「平助さん。」

「え?」

「あ…。」


名前を呼ばれて振り返ったら、さんが照れたように笑った。





-名前-




「びっくりした。」

「す、すみません…。」

「あ、ごめん。別に怒ってるわけじゃないよ。」


俺が驚いてそう言うと、さんが謝ったので、慌てて否定した。
本当にびっくりしただけなんだ、だって…。


さんって、オレのこと『藤堂さん』って呼んでなかった?」


比較的名前で呼ぶ人が多い中、さんは名字で呼ぶから
よく覚えている。オレがそう言うと案の定、


「はい…。」


さんは苦笑いした。


「今まで鈴花さんとお話していて、鈴花さんは藤堂さんのこと、
 『平助君』と呼んでいるんでつい…うつっちゃったみたいです。」


照れたようにそう言った姿に可愛いと思いながらも、
些細な理由にちょっとがっかりした。


(なんだ、そんなことか;)


名前で呼んでもらえたのかと嬉しかったのにな。


「でも、さんは『さん』なんだ、最後。」


オレが笑ってそう言うと、さんは、


「兄上が目上の人には敬語を使うようにって、よく言っていましたから。」


と言って笑った。


「ふ〜ん、だからそんな話し方なんだね。
 でも、鈴花さんはオレの方が年上なのに『平助君』って呼ぶんだよな〜。
 『平助君』って感じだって言って。どんな感じなんだか…。」


オレが膨れてそう言うと、さんは、


「あ、わかる気はします。藤堂さん、可愛らしいですし…。」


と、満面の笑顔で言った。


さんまで…;」


満面の笑顔は嬉しいけど、その言葉は傷つくよ…。
オレは少し落ち込んだけど、さんはまったく気付いていない。
まあ、さんに悪気はないんだろうし、むしろ誉めてるつもりなんだろうけど…。


「あのね…さん。」

「はい?」

「男に可愛いってのはあんまり誉めてることにはならないよ?」

「え?そうですか?」


やっぱり…。さんは驚いたような顔をして小首を傾げた。


「そうそう、男なのに可愛いって言われても嬉しくないよ。
 女顔って言われてるみたいだし…。」

「いえ、そんなつもりは…;」

「まあ、わかってるけどさ…。」

「す、すみません…藤堂さん;」


オレががっくりと落ち込んだように言うと、
さんはオロオロと慌てだし、必死に謝った。

まあ、確かに気にしてることだし、人に言われると腹立つけど…
不思議とさんはそんなに腹は立たないんだよな…。

オロオロと本気で狼狽えているさんを見ていると、
吹き出しそうになって、言われたことも忘れそうだ。
さんの言葉にはまったく悪気がないから不快に思わないんだろうな…。


「あの?藤堂さん?」


さんは不安そうな顔のままオレの顔を覗き込んできた。
そういう顔をされると、なんか意地悪したくなってくるな…。


「オレ童顔だってよく言われるし…、結構気にしてるんだよ?」


じとーっとさんの顔を見ると、
さんはペコペコと頭を下げまくって謝った。


「ごめんなさい、藤堂さん;」

「じゃさ、お詫びにオレのお願い聞いてくれる?」

「え?」


オレが突然言った言葉にさんは一瞬少し驚いた顔をしたけど、
すぐまた笑顔に戻った。


「あ、はい。私にできることならなんでもします。」

(なんでも…ね…。)


あっさり了解するさんに苦笑いしつつ、
なんでもと言われるといろいろ頼みたいこともあったけど、


まあ、ここは最初に思ったことでいいや。
と、オレはさんを真っすぐ見て口を開いた。


「じゃあさ、もう一回名前で呼んでくれる?」

「え?」

「まあ、できればこれからもずっと名前で呼んでくれたら嬉しいけどさ…。」


別に比較的名前で呼ぶ人が多いんだから大した違いはないかもしれないけど、
やっぱり名前で呼んでもらえたらずっと親しい気がするし、
屯所内でさんが名前で呼んでいるのは鈴花さんだけだもんな…。

ここでオレが名前で呼んでもらえたら、みんなより一つ勝ってる気がするし…。
数多い恋敵に少しでも差をつけたくて、オレがさんに提示したお願いはそんなことだった。
簡単なことだし…。と思って言ったことなのに、意外にもさんは困ったような顔をした。


「?ダメなの?」

「あ…いえ、そういうわけじゃないんですけど…;」

「名前で呼ぶくらい簡単でしょ?」

「はあ…そうですけど…」

「??」


何故か言いにくそうにするさん。
不思議に思って、オレがじっと見ているとさんは俯いて小さい声で、


「いざ言われると恥ずかしいです…///


と言って赤くなった。


「……っ///


そんな風に言われるとオレも恥ずかしいよ…///
オレまでつられて赤くなった。


「あ〜その…できればでいいよ。無理にとは言わないし…///


俯いて照れているさんが可愛くて、つい言ってしまった。
本当は結構本気だったんだけど、やっぱり無理強いはできないし…。
オレがそう言うと、さんは顔を上げ、にこっと笑ってくれた。


「す、すみません…;ありがとうございます……へ、平助…さん?」

「え?」


驚いてさんの顔を見ると、 さんは照れたように苦笑いした。
言いにくそうだったし、小声だったけど、 ちゃんと最後名前で呼んでくれた。


「あ、ありがとう…さん…///


別にどうということはないと思っていたのに、いざ名前を呼ばれたら、
なんだか妙に恥ずかしくて、妙に嬉しかった。

照れ笑いを浮かべているさんもすごく可愛く思えた。


(平助『さん』だから照れるのかな…。)


オレが照れてたら、さんがますます言いにくいだろうと思って、
妙に恥ずかしいのをなんとか誤魔化そうとそんなことを思っていた。


(鈴花さんは平助『君』て呼ぶもんな…。)


沈黙してしまったオレにさんが声をかけた。


「藤堂さん?どうしました?」

「……あ、」

「え?」

さん、また戻ってる。」

「え…あ;あはは…;」


苦笑いで誤魔化そうとしているさんにオレも苦笑いするしかなかった。


「オレも名前で呼んでるんだから気にしなくていいのに…。」


オレがそう言うと、さんは、


「慣れてしまうと変えるのが難しいんです。」


と言った。


「まあ、そうだろうけど…。」


まあ、一度定着してしまったら確かに変えるの難しいかな〜。


「ま、でも、言いだしたのはさんだからね。責任持ってがんばってよ!」


オレはそう言って、ポンポンとさんの頭を叩いた。
さんはうっと、一瞬詰まったような顔をしたけど、観念したように、


「がんばります…;」


と言った。


「でも、藤堂さんを名前で呼んでいる方は結構多いですから、まだ言いやすいですかね…?」

「まあね、新八さんや左之さんも名前で呼ぶからね。」


まあ、確かにオレは比較的多い方かも…。
さんの言葉に少し考えていると。


「やっぱり藤堂さんは親しみやすい感じがするんですね。」


さんは笑っていった。


「そう?」

「はい。」

「それって、…なめられてるってんじゃないよね?」

「もちろんです。」


にこにこと終始笑顔のさんにはやっぱり嫌な気はしない、
皮肉を言ってもあっさり返されちゃうもんな。


「親しみやすい…ね。」

「いいことですよ?」

「いや、そうだけど…。」


でもね…。


「そう言うさんがまた名前で呼べてないけど?」

「うっ…;」


オレがそのことを指摘すると、さんはまた赤くなった。
その反応が可愛くて、つい言っちゃうだけだけど…。


「ほらほら、がんばってよ!さん!」

「う〜…努力します…;」


困ったような顔をするさん。
たかが名前を呼ぶだけなのにこんなに照れなくてもいいのに…。
って、言ってもたかが名前を呼んでもらうだけなのに
こんなにムキになってるオレが言うのもあれかな?

でも、さっき名前を呼んでもらえた時、本当に嬉しくて、
なんでこんなに嬉しいのかわからないけど…、
さんに名前を呼んでもらえたからだってことはわかったから、
もう一度、呼んで欲しいって思ったんだ。

いつか、自然に「平助さん」って、呼んでもらえるようになったらいいな。
そんな風に思いながら、さんを見ていると、目が合った。
さんは困ったように苦笑いしたけど、目線を外すようなことはしなかった。

いつか真っすぐ目を見て名前を……。




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2007.03.28