それはほんの偶然の事故。
それであんなことになるなんてな…;





-君の近くで-




「うおっ!」

「きゃあ!?」


ドシンッ!!!


松本先生に呼び出しを受けて慌てていた俺は、
屯所の廊下を走っていて、角の所で思いっきり誰かとぶつかった。


「げっ!?お、!大丈夫か!?」


よりにもよって、一番危ない人物だった。
男連中ならまだしも、なんでよりによってなんだよ…;

俺はなんともなかったが、尻餅をついて倒れたを俺は慌てて覗き込んだ。


「大丈夫か?どっか…痛いか?」


こいつに怪我でもさせたら、後で他の奴に何を言われるかわからない。
しかも、今回は明らかに俺の不注意だし…。


「ホントすまねぇ…怪我ねぇか?」

「だ、大丈夫ですよ。原田さん。」


はしばらく顔を押さえていた
(どうやら顔面激突したらしい…すまん…泣)
が、俺がそう言うと、にこっと笑って返事した。

しばらく声をだせない程痛がっていたのに、
必死に俺を気遣って笑顔を見せるに、
ちょっと感動しつつも俺は只管謝った。


「悪かったな…急いでたもんでよ…;」

「もう良いですよ、原田さん。大丈夫ですから、気にしないで下さい。」


必死に謝る俺に、は相変わらず笑顔でそう言う。
良いやつだな……。


「私は平気ですから、お急ぎなんじゃないんですか?原田さん。」


ホント…良い奴だよな…。


「わりぃな、。じゃあ…」


松本先生のことを思い出し、名残惜しいが急がねぇと…、
と、慌てて俺が立ち上がると、が何かに気付き声を上げた。


「あ、原田さん!待って…!

「え?」

「っ……いたた…;」


何かに引っ張られるように感じたのと同時に、
が頭を押さえて叫んだ。


!?」


俺が慌てて引き返すと、は申し訳なさそうに顔を上げた。


「す、すみません…原田さん。髪…髪が…;」

「ん?」


見るとの髪が俺の首もとの鎖にひかかっていた。
引っ張られたように感じたのはこれのせいだったみてぇだ。


「わ、悪りぃ…今解くわ…;」

「はい…すみません…;」


俺は慌てての前に座り込んだ。
これ以上動いたら、またに痛い思いをさせかねねぇし、
の髪が抜けちまうかもしれねぇ。

せっかくの綺麗な髪が…。



***



「……ど、どうですか?原田さん?」

「う…;悪い…まだ…;」

「あ…いえ、すみません;私のせいで…;」

「いや!のせいじゃねぇよ!気にすんな!」

「でも…。」


それからしばらく、何とか髪を解こうと必死になっている俺だが、
なかなか上手くいかねぇ…。

髪が結構上の方で絡まっちまって、からは見ることもできねぇんで、
俺が何とかしなきゃいけねぇわけだが…どうもこういうのは苦手だ;

おまけにその…なんと言うか…近いんだよ…距離が…///

髪が絡まって動けねぇから当然だが、
こんな密着した状態じゃ集中できねぇし!

の髪に触ってんのかと思うと何か変な気分だし…。

…って、何考えてんだよ!俺は…!!

ぶるぶると頭を振って、変な考えを追い出そうとしたが、
何か一回気付いちまうと、落ち着かねぇ気分は消えなかった。

手を伸ばせば、そのまま抱きしめられるぐらい
傍にいんだもんな…今は…。

大人しく俺の目の前に座っている
こんな近くにいること普通ねぇしな…。

何かそう思うと、このままでも良いかと思っちまいそうだ。
こうしてこいつを独り占めできるんなら…。
と、不謹慎にも今の状況に少し感謝しちまった。


「あの…原田さん…。」

「な!?…なんだ…!?」


そんなことを考えていると、いきなりがそっと
顔を上げたからめちゃくちゃ驚いた。


「?」


じっと見ていたのがばれたのかと冷や汗が出たが、
は不思議そうな顔をしてるから、別にそうじゃねぇみてぇだ。

よかった…;

ってか、この距離でそんな顔で見上げられると…///

俺は必死に赤くなっている顔を誤魔化した。


「な…どした??」

「あの、解けないんでしたら…私の髪を切ってくれても良いですよ?」

「え”!?け、けど…;」


赤い顔を誤魔化すように顔を逸らしていた俺だったが、
その言葉に驚いて、の顔を見た。


「そ、そんなことできねぇよ…!」

「でも、原田さんお急ぎだったんじゃ。
 これ以上時間をかけていて大丈夫なんですか?」

「あ……」


にそういわれ、急いでいたこと、松本先生のことを思い出した。
というか、すっかり忘れていたな…。

俺の反応を見て、は、


「ね?私は別に構いませんから。」


と、自分の髪を切るようにと俺に言う。
…けど。


「だ、大丈夫だって、少しぐらい平気だ!」


俺は必死に笑顔で誤魔化した。

正直、松本先生に怒られるのは怖いが、かといって、
の髪を切るなんてできるわけがねぇよ。
わざわざ俺のことをこんなに気遣ってくれてるのに。

それに元はと言えば俺の責任だ。
これ以上に迷惑をかけたくねぇよ…。


「本当に大丈夫なんですか?」

「平気、平気、気にすんな。」

「…すみません…ありがとうございます…原田さん。」


ポンポンと頭を撫でた俺に、は申し訳なさそうに謝り、
その後、嬉しそうに笑ってお礼を言った。

なんか…良心が痛む…;



***



「ダメだ…;こりゃ、誰かに見てもらうか…。」

「そうですね…。」


またしばらく努力したが、結局解けず、
俺はため息と共に呟いた。

正直、最初より酷くなっている気がする。
あの後は結構真面目にがんばったんだが…やっぱ俺には無理みてぇだ;


「あの、山崎さんならどうでしょう?」

「ああ、そうだな。山崎なら……けど動くと痛てぇんじゃねぇのか…?」

「え?あ…平気ですよ、少しぐらい…。」

「………」


は笑って言ったが、動くのはやっぱり結構至難だと思った。
俺は痛くないから、上手くを気遣ってやれるかも心配だし…。


「原田さん?」


少し考えた末、手っ取り早い方法を思いついた。


「こうすりゃ良いか。」

「え?……わっ!?」


俺は一応気を使いながら、を髪が首の鎖と同じぐらいの
高さになるあたりまで抱き上げた。


「大丈夫か??」

「わ、私は平気ですけど…原田さん重くないんですか?」

「おめーが重いわけねぇだろ。とりあえず、山崎のとこに…。」


ちょっと照れくさかったが、やっぱこれが一番安全(?)だろう
と、そのまま山崎の部屋へ行こうとした時、


「あーーー!!何やってんの!左之さん!!」

「!?」


と、大声で叫ばれた。平助だ…。


「何って…事情があんだよ!」

「どういう事情だよ…左之?」


新八もいんのか;

明らかに怒っている二人に仕方なく事情を説明した。



***



「なるほど…事情はわかったが…」

「それでもくっ付きすぎじゃない?そんな状態でそんなに長い間一緒にいたの?」


理由は話したが、まだ機嫌の悪い二人…。
原因は俺とがくっ付きすぎらしい……ってか!!


「これはさっき平助が大声出したから、驚いて酷くなっちまったんだ!!」


さっきよりさらに密着状態になって俺はますます狼狽えた。
しかも、もさすがに恥かしいのか赤くなって俯いてるし、
俺まで照れるじゃねーかよ…///
とりあえず、を下ろし、また廊下に座り込んでいるんだが…。

何か、抱き上げている時に平助が大声を出して驚いた拍子に、
髪の根元が絡まっちまって、今度は本当に密着してる。

俺の胸の辺りにの頭があるから絶対バクバク言ってる
心臓の音が聞こえてる…くそっ…かっこ悪りぃ…;


「と、とにかく。なら早く外しちゃおう!」

「そうだな、待ってろよ!すぐ助けるからな!」


助けるって…;

……まあ、とにかく平助と新八が頑張ってくれるらしいから
おれは二人に任せることにした。
なせもうくっ付いてるから俺も手が出せなくなってきたしな…。



***



それから数分後…。


「もーー!新八さんが邪魔するから!!」

「うるせー!平助!おめーが下手なんだ!」


まだ解決してなかった…。
あ〜新八たちを信じた俺が馬鹿だったぜ…;

可哀想なことにの髪はますますぐちゃぐちゃになっちまった。
もうこれじゃあ「の髪を切る」というのは無理だ。
すごい量を切っちまうことになるし…。
こんなことならさっさと山崎に頼めばよかった…。

申し訳ない気持ちでそっとの髪を撫でると、
ふいにが口を開いた。


「すみません…原田さん…」

「え?」

「私のせいで、ご迷惑をお掛けしてしまって…。」


俯いているから顔は見えねぇが、泣いてんじゃねーかと慌てた。


「何言ってんだよ!俺のせいだし…」

「いえ…私の…髪がもっと短かったらよかったですね…。
 鈴花さんみたいに…。」


落ち込んだようなの声に、たまらず抱きしめていた。


「そんなことねーよ!」

「原田さん?」

「俺はおまえの髪好きだし…ごめんな…俺のせいでこんな…
 せっかくきれいな髪…こんなぐしゃぐしゃにしちまって…」

「……原田さん…」

「本当すまねぇ…」


本当に謝るしかできねーのが悔しかった。
謝ることしかできねー悔しさと、こんな風に傷つけたこと、
それが苦しくて、誤魔化すように俺はをきつく抱きしめていた。


「……何してるんですか…原田さん…。」


すると突然背後から低い声が……


「あ、斎藤さん。」

「さ、斎藤……;」

何か…見た感じは普通。いつも通りなのに妙に怖くて、
俺は思わずから離れた。
と言っても、手を離しただけでくっついたままなのは変わらねぇが…。


「あ、ハジメ。」

「ハジメさん。」


斎藤の殺気立った様子に喧嘩していた新八と平助も気付いて、
また事情を説明することになった。


「なるほど……じゃあ、俺が何とかしましょう…。」

「「え?」」


事情を聞いた斎藤はあっさりとそう答え、みんな驚いた顔で斎藤を見た。


「なんとかって…どうするの?ハジメさん?」

「簡単なことだ…」


首を傾げて尋ねた平助に、斎藤は返事をし刀を抜いた。


「「!!??」」

「な、何する気だ;ハジメ;」

「ま、まさかの髪を切んのか;今更無理だろ!」


刀を抜いた斎藤に新八も俺も慌てて言ったが、
斎藤はさらりと、


「いえ…切るのは原田さんの鎖です。」


と言った。


「は?」

「一先ず原田さんの鎖を外して、
 後はの髪は俺か山崎さんにでも見て解いてもらいます。」

「え”!?け、けど、これは俺も気に入ってるし…;」

「大丈夫です。原田さんの鎖はちゃんと鍛冶屋にでも持って行って直して返しますから。」

「ちょ、ちょっと待てよ!斎藤!」

「これ以上は待てません。動かないで下さい原田さん。……首が飛んでも知りませんよ。」

「な……;」

「さ、斎藤さん;」

「安心しろ。お前は何も心配することはない。」

「お、おい…マジか?斎藤;」

「いきます。」

「ちょっと待てーーーーーーーーーー!!!」



***



結局…あの後斎藤は宣言どおり、俺の鎖を切って、
を俺から引き剥がした。

その後はまあ、斎藤か山崎が何とかしたらしく、
の髪は無事なんとかなったらしい。

俺はというと、松本先生の所へ行くのはすっかり忘れて、
翌日死ぬほど説教された。

自分のドジが発端とはいえ、昨日は散々な一日だった。

の傍にいられたのは嬉しいと思ったが、
あんな目に合わせてしまってはもう嫌われてしまったかもしれない…;

がっくりと落ち込んでいると後ろから声をかけられた。


「原田さん。」

「!!!」


聞き間違うはずもない、可愛い声が俺を呼んだ。


「あ…あのよ…;」


何をいって良いかわからず言葉に詰まる俺に、
はペコリと頭を下げた。


「昨日はすみませんでした、原田さんの大切な鎖を…」

「な、何言ってんだよ。俺の方こそ…。」


謝るに俺も慌てて手を振り謝った。


「でも、原田さんの鎖はちゃんと、斎藤さんが修理に出してくれましたから。」

「あ、そうか…。」

「はい。修理に出した場所もちゃんとお聞きしましたので、私が受け取りに行って来ます。」

「え、けどよ…」

「よかったら、原田さんもご一緒しませんか?」

「え?」

「昨日のお詫びにお食事でもどうですか?ご馳走します。」


は顔を上げるとにっこり笑って言った。
思いもかけない誘いだった。
大体侘びって…悪いのは俺の方だろ…。


「あ〜俺が奢るぜ。」

「え?」

「昨日迷惑をかけたのは俺の方だからな。
 おまえの髪をぐしゃぐしゃにしたその侘びだぜ。」

「そんな…もう直りましたから大丈夫ですよ。」


は自分の髪をひっぱって見せた。
確かにもう大丈夫そうだ。


「けど、俺の気がすまねぇんだよ。な?奢らせてくれよ。」


俺はそう言って、の頭をポンポンと撫でた。
触れた髪は柔らかくて……本当、無事でよかったと思う。


「ありがとうございます、原田さん。」


にこっと笑ってそう言ったに、俺はほっとため息をついた。

正直、金はあんまねぇし、きつかったが、
こいつのためなら少しは良いか。

昨日のこともやっぱりきちんと謝んなきゃいけねぇし、
せっかく一緒に出かけられるなら名誉挽回しねぇとな。
今度はあんな事故のせいじゃなく、一緒にいられることを楽しまねぇと。

俺がの頭から手を離すと、は顔を上げもう一度笑ってくれた。
今度はもっとゆっくりした気持ちで、その笑顔を眺めて、

おまえの近くで、幸せな一日を過ごせるよな…?




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2007.11.07