盛大な荷物を手に、盛大なため息を吐いた男性が一人…。





-太陽の花-




「才谷さん!いい加減にしてくれよ!」

「すまん!石川!この詫びは必ずするぜよ、だから今日は見逃してくれんか!」

「あんたそう言っていつも俺に押しつけるじゃないか!
 今日こそはちゃんとしてくれ!」

「わ〜頼むき〜!今日は鈴花さんと『でえと』なんじゃ、
 どうしても行かないかんのじゃき!頼む〜!石川!!!」

「…………」



***



そして結局今に至る。

大荷物抱えてため息を吐いているのは、
才谷梅太郎こと坂本竜馬の友人、石川誠之助。

結局、彼は梅さんの押しに負け、
またすべての仕事を背負うこととなってしまった。


「はぁ〜;まったく…。」


石川さんは再度大きなため息を吐いた。


(まったく…才谷さんは…。)


ぶつぶつと無責任な友人を叱責しつつも、
結局は甘い自分の責任でもある。
自己嫌悪に陥りつつも、やっぱり梅さんが悪い。
と、思い直すことでなんとか気持ちを支えていた。


(それにしても…)


石川さんは梅さんが夢中になっている女の子を思い浮べた。
梅さんがすっかり惚れ込んでいるのは新選組唯一の女性隊士、
名前を『桜庭鈴花』と言う。
茶色の短い髪に大きな可愛らしい目をした女の子だ。
話した事はないが、梅さんの言う限りでは『はちきん』だと言うことだ。
お転婆で元気のいい子なのだろう。


(しかし……偵察に行った新選組で女に惚れて入り浸っているとは…。)


もちろん偵察も兼ねていると本人は言っているが、
帰って聞かされるのろけ話の数々を聞いているとそれも疑いたくなってくる…。


「才谷さん、今はそんな場合じゃないだろう?」


石川さんがそう言っても、梅さんは、


「じゃけど、息抜きも必要じゃき。石川も好きな女子ができればわかるぜよ!」


と、締まりのない顔で笑って言うだけだった。
そして梅さんはその後こんなことを言った。


「どうじゃき、石川も一つ夫婦にする相手を探したらどうぜよ?」

「夫婦…!?」

「そうぜよ、わしは将来は新しくなった日本で
 鈴花さんと一緒になりたいと思ってるぜよ。」

「…今はそんなことに気を回してる余裕はないよ。」

「石川は気を張りすぎじゃき、真面目なのはいいんじゃが、
 もっと気持ちにゆとりを持った方がいいぜよ。」

「………」

「石川にお薦めの子がいるき。」

「だから…」

「新選組の子なんじゃが…。」

「?新選組にいる女性隊士は鈴花さんだけじゃないのか?」

「それがこの前新しく入ったんぜよ。」

「…聞いていないぞ…才谷さん;」

「おお、報告するのが遅れたき。」

「……;」

「とにかくその子、さんと言うんじゃか、
 まことめんこい子じゃき。石川も気に入るぜよ!」

「だから、俺は…」

「まあ、さんは新選組でも人気があるき。
 なかなか難しいかもしれんが…石川がさんを手に入れたら…」

「……」

「『だぶるでえと』ができるき!がんばってくれ!石川!」

「………才谷さん;」

「じゃ、わしは鈴花さんと約束があるき、いぬるよ。またな。」

「…………はあ!?ちよ、才谷さん!!」


呆れて固まっていた石川さんに爽やかな笑顔を送り、
才谷さんは風のように去っていった。

…そんな話をしたのは数日前。
あまり真剣に聞いていなかったが、新選組に梅さんが
会いに行っている鈴花さん以外に女の子がいる。
と言う話は初耳だったし、少し気になった。
と言っても、梅さんが薦めたような理由ではない。
新選組の現状を把握しておく必要があるからだ。


(一度どんな人物か見ておく必要はあるかもな…。)


あくまでも土佐藩の任務のため…
石川さんはそんな風に思いながら梅さんの話を聞いていた。



***



大荷物抱えて歩いていた石川さんは梅さんにぶつぶつ文句を言っていたら、
ふと数日前のそんな会話を思い出した。


(そういえば、まだ会っていないな…。)


結局何かと忙しく、自分は仕事に終われてしまい、
その新選組に新しく入った女の子を確認していなかった。


(まあ、別に急ぐ必要なんてないけど…。)


梅さんが言っていた内容は気にも止めず
そんなことを考えていた石川さんは…。


「おら!気付けろや!」

「邪魔じゃ退けや!」


前から歩いてきたガラの悪い不逞浪士にぶつかってしまった。


「……っ、」


不逞浪士は石川さんを突き飛ばし、
石川さんが持っていた荷物の書類は辺りに散らばってしまった。


(……はぁ;)


不逞浪士はそのまま行ってしまい、
散り散りになってしまった書類だけが残り石川さんはまたため息を吐いた。

もう何だか拾う気力もなくなりそうだ。
周りでくすくすと笑い声が聞こえてきてますます落ち込む石川さん。
それでも必要な仕事の書類、このままにしておくわけにはいかない。
諦めたように屈んで書類を拾おうとした時…。


「大丈夫ですか?」


優しい声がして顔を上げると、明るい橙の髪の少女が自分を見つめていた。


「え…?あ、ああ…。」


突然のことでなにがなんだかわかっていない石川さんは
曖昧な返事をしてしまったが、少女はてきぱきと散らばった書類を拾い始めた。


「え、あ…」


何故か手伝ってくれていることに石川さんは慌てたが、
少女は辺りを気にする様子もなく素早く書類を拾い集めた。
慌てて自分も拾い始めたが、石川さんが呆気にとられていた間に
殆ど少女が拾ってくれて、すぐに終わってしまった。


「はい、どうぞ。」


少女は集めた書類をまとめると石川さんに差し出した。


「あ…ありがとう…///


見ず知らずの女の子の手を患わせてしまって申し訳ないのと、
照れ臭いので、石川さんは苦笑いしてお礼を言った。


「いえ、どういたしまして。」


石川さんがお礼を言うと、少女はにこっと微笑んだ。


「………」


ふわっと太陽のように温かい色の髪が揺れて、
花が咲いたように可愛らしい笑顔だった。


「全部ありますか?」

「え!?あ、そ、そうだね///


少女の笑顔に見惚れていた石川さんは少女に話し掛けられて、
慌てて書類を確認した。


「あ、ああ。大丈夫みたいだ、ありがとう///

「そうですか、よかったです。…あの、すごい量ですね?お手伝いしましょうか?」

「え…い、いや!平気だよ!あ、ありがとう///


石川さんは照れに照れてひたすら「ありがとう」を繰り返した。
そんな石川さんの様子に少女はクスッと小さく笑うと、


「それじゃ、気を付けて下さいね。」


と言って去っていった。
石川さんは惚けたように去っていった少女の後ろ姿を眺めていた。



***



「石川?石川?お〜いどうしたぜよ?」


珍しくぼーっとしている友人に梅さんは不思議そうに声をかけた。


「あ、さ、才谷さん。帰っていたのか…。」


いつもなら帰りが遅いと散々説教され、
山のように仕事を渡されるのに、今日は何故か覇気がない。


「どうしたぜよ、石川。」


手元の仕事もいつもの半分も進んでいない。
さすがに様子がおかしいと、梅さんは石川さんに詰め寄った。


「どうしたんじゃき、石川。」

「別に…何も…。」


歯切れも悪い。
なんとかいつもの調子を取り戻してもらおうと梅さんは、


「何じゃき、石川。恋煩いでもしたき?」


と茶化すように言った。
いつもなら、


「才谷さん、馬鹿なことを言ってないで早く仕事を終わらせてくれ。」


と厳しい返事が返ってくるはず…。
もちろんそれを期待して言った言葉。
なのに石川さんの反応は意外なものだった。

「恋煩い」と言った時、石川さんはかあっと赤くなったのだ。
驚いた梅さんは、


「なんじゃ、本当にそうなんじゃき?」


と石川さんに尋ねると、石川さんは慌てた様子で
書類の束を掴むと梅さんに押しつけた。


「なななななに言ってんだ!才谷さん!!
 そそそんなことよ早くこれを終わらせてくれよ!
 今日はいつもより仕事も残っているんだから!」

「え゛え゛〜〜!!こ、こんなに!?」

「こんなにじゃない!このぐらい俺がいつもしている分だよ。」

「ひぃー;」


明らかに狼狽えた石川さん、
誤魔化すように梅さんに仕事を押しつけ、
自分も仕事に取り掛かった。

何か振り払うように一心不乱に仕事をする石川さんを
梅さんは横目で見て考えを巡らせていた。



***



「な〜な〜石川。一体誰なんじゃき?石川の意中の相手は?」

「しつこいな!才谷さん!そんなんじゃないって言ってるだろう!」

「別に照れんでもいいじゃか〜。」

「照れてない!」


それから数日。
梅さんはいろいろ手を尽くし、石川さんの相手を探したが
結局わからないまま、仕方がないので所構わず石川さんに詰め寄り、
聞き出そうと必死だ。


「教えてくれてもいいじゃか!応援するぜよ!」

「そんな人いないって。」

「まさか!鈴花さんに惚れたんじゃないき!」

「まさか、そんなわけないだろう。才谷さんの彼女だと言うのはよくわかってる。」

「そんならいいがのぅ…で、誰じゃき?」

「だから…;」


もう呆れてものも言えない…とでも言うように、
石川さんはため息を吐いた。その時…。


「あ、梅さん!」


元気のいい声が梅さんを呼んだ。
鈴花さんだ。


「おお!鈴花さん!会えて嬉しいぜよvV


今までのしつこさはどこへやら。
梅さんはあっさり石川さんから離れて鈴花さんに駆け寄った。


(……やれやれ。)


やっと解放され、今のうちと石川さんがそそくさと場を離れようとした時、


「ああ、さんも一緒じゃったんか?買いもんじゃったかの?」


と才谷さんが言った。


(?…あの新入隊士の子か…。)


一度確認して置かなければと思っていた石川さんは
梅さんの言葉に振り返りみんなの方へ視線を向けた。


「あ、はい。少し買いたいものがあって鈴花さんに一緒に選んで貰ったんです。」


笑顔でそう返事した少女…。
目に留め石川さんは思わず息を飲んだ。


「君は…。」


石川さんがそう呟いた声が聞こえたのか、
少女は石川さんに視線を向けるとにっこり微笑んだ。


「こんにちは。この前お会いしましたよね?」


「あ、ああ…あの時は…ど、どうも…///


しどろもどろになりながら返事した石川さん。
その様子に梅さんは驚いてに尋ねた。


「なんじゃ、さん石川くんと知り合いぜよ?」

「いえ、知り合いと言うか…少し前にお会いしただけです。」

「少し前?」

「ええ、…一昨日ぐらいですか?」


首を傾げて言ったに、石川さんはぎくりとした。


「一昨日?」


の答えを復唱し尋ね返した梅さんは、こくりと頷いたを見て、
にやっといやらしい笑いをして石川さんを振り向いた。


「………;;」


石川さんの様子がおかしかったのは一昨日から…、
そして惚れた相手ができたのでは?と散々言っていて、
そこに丁度現われた一昨日会ったという人物…。
そして、今の石川さんの態度…。
梅さんがそのことに気付くには十分だった。


「ほ〜、そうじゃったか!一昨日石川が会うたっちゅうんはさんのことじゃったんか〜。」

「才谷さん!」


石川さんは慌てて梅さんを引っ張った。


「わかってるぜよ、石川。余計なことは言わんぜよ!」


梅さんは満面の笑顔でそう言って、バシバシと石川さんの背中を叩いた。
状況がいまいち飲み込めないと鈴花さんは不思議そうに二人を見ていた。
そんな二人のもとへ梅さんは石川さんを引っ張っていき、


「こいつはわしの友人で石川っちゅうもんぜよ!
 さん仲良くしてやってくれんかのぅ?」


と言って紹介した。


「え?は、はい?」


何故かを名指しで指名する梅さんには不思議そうな顔をし、
石川さんは真っ赤になって慌てた。


「あ、えっと…。私はです。よろしくお願いします、石川さん。」


不思議そうにしていただが、頭を下げて自己紹介をし、
顔を上げるとにっこり笑った。
鬼の副長土方さんも落とした笑顔に石川さん固まる。

一度見ているのに、やっぱり優しい暖かい笑顔に狼狽えたて
石川さんは真っ赤になった。


「よ、よろしく…///


いつもは落ち着いている石川さんの狼狽えた姿に、
梅さんは必死で笑いを堪えている。
梅さん、石川さんの様子に大体事情を把握した鈴花さんも
楽しそうに二人を眺めていた。

自己紹介はしたものの、そのあとどうしたらいいのかと、
すっかり困っている石川さん。
とはいえ、立ち去る意志は消えた様子だし、
ここぞとばかりに梅さんが口を開いた。


「どうじゃ、せっかくじゃき四人でメシでも食わんかのぅ!」

「それいいですね!行きましょう♪」


梅さんの提案に鈴花さんが素早く同意し、
慌てた石川さんはもちろん断ろうと口を開きかけたが…。


「そうですね、折角ですし。石川さんはどうですか?」


も同意し、ぴょこっと首を傾げるようにして石川さんに尋ねた。
そんな可愛らしい仕草で聞かれて断れるはずもなく…石川さんは頷くしかなかった。

「よし!」とでも言うように顔を見合わす梅さんと鈴花さんに、
石川さんはしてやられた気分だったが、本当にやられているのは
隣で微笑んでいる暖かい太陽の花の方にだということに自分では気付いていなかった…。




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2007.07.18