「…………」


ぼーっと道行く人を眺めながら考え事をしている青年が一人…。





-そのままの君で-




何やってるんだろうな…俺は…。

暇なわけでもない。
調べものの途中だったと言うのに…。

不可解な自分の行動にため息を吐いた。

今日も坂本は新選組に入り浸っている。
一緒に行こうと誘われたんだが…、
俺は行く気にはなれなかったから断った。

坂本が俺を誘った理由は大体検討がつくし、
からかわれるのがわかっているのに一緒に行くわけないだろう…。

彼女に会ってからは、坂本は何かというと
彼女を引き合いに出して俺をからかうようになった。

今までは俺の方が優位だったはずなのに、
彼女のことを言われると……俺の方が丸め込まれることが多くなった。


「…………はぁ;」


今までこんなことなかったのに…。


思い出すだけでも、落ち着かない気持ちになる。
俺はそんなにまで彼女に心奪われてしまったんだろうか…。

坂本が熱をあげている鈴花さんではない、もう一人の女性隊士。
温かい橙色の髪と優しい笑顔が印象的な少女。

始めて逢った時から…もしかしたら…。


ぼーっと店の外を見ながら俺はまた彼女のことを考えていた。
別にいままでも女性に好意を持ったことはある。

坂本が熱をあげている鈴花さんのことも始め見たとき可愛いと思った。
『はちきん』と坂本が言っていた通り、少し強気な所もあったが、
しっかりとした強い意志を持っている彼女の瞳には好感が持てたし、俺もそういう女性は嫌いではない。
むしろ共に生きていくなら険しい道を生きている俺たちにはそういう人の方が良いだろう。

だが彼女、鈴花さんは坂本が熱をあげているのをわかっているからか、特別な感情は持たなかった。
あの坂本があれだけ想っているなら応援してやりたいと思う気持ちの方が強かったからかもしれない。
あいつには…幸せになってもらいたいから…。

……だからといって、毎日のように聞かされる惚気話は勘弁して欲しいけどな…。


俺は手元にあるお茶を飲み干すと店を出た。
正直酒でも呷りたい気分だったがまだ日も高いこんな時間から飲むわけにもいかない。

店を出た俺はぶらぶらと町を歩いていた。

特にあてはない。

宿に戻ろうかとも思ったが、何となく足は宿へは向かなかった。

ただただ単調に歩を進めていた俺は、
ふと長屋の窓辺に飾ってある花が目に入り足を止めた。

小さな白い花だった。

別に思い入れがある花でもない。
というか、俺はそんなに花に興味もないが…。
その花には何故か強くひかれた。


小さく控えめなその花が。

優しく愛らしいその花が。


「…………似てるからかな…」


ぽつりと思わず声が漏れて、俺は慌てて口を抑えた。
さっきから…ずっと彼女のことを考えていたこと…
認めたくなかったのに、今の言葉で証明されてしまった。


「…………はぁ///


俺は盛大にため息をつくと、顔を抑えて膝を折った。

顔が熱い気がする。
赤くなってるのかもしれない…。


(…………俺はやっぱり彼女のことを…)


そんな風に考えると、ふと彼女の笑顔が頭に浮かんだ。
今でも鮮明に覚えている。

始めて逢った時の、あの笑顔…。


「………………」

「……あの…大丈夫ですか…?」


そう…あの時もこんな風に声を…


「……石川さん…?」

「……え?」


物思いに耽っていて、一瞬声が聞こえた気がした。
あの時の彼女の声が。

それは当然俺の記憶の幻聴…そう思っていたのに、
名を呼ばれて反射的に顔を上げた先にあったのは俺が逢いたいと望んだ、
愛しい彼女の笑顔だった。


「こんにちは、石川さん。」

「あ、さん!」


彼女は優しい笑顔でもう一度俺の名を呼び挨拶をしたが、
少し心配そうな顔になり、


「大丈夫ですか?」


と言った。


「え?」

「その…突然踞られたので…」


俺の顔を覗き込み、心配そうな顔のさん。
…まさか見られてたのか…;


「あ、いや;大したことは…少し目眩がして…///


明らかに不振な動きをしていたかもしれない自分を必死に弁解しようと、
俺は思わずそんなことを言ってしまった。

そんなことを言ったら…


「え!大丈夫ですか?具合悪いんですか…?」


…やっぱり…さんは途端に不安そうな顔になり、
心配そうに俺に話し掛けた。

彼女ならそう言うだろうと思っていたのに、つい…。


(悪いこと言っちゃったな…;)


本気で心配してくれている彼女に少し罪悪感を感じた。
たが、それでも自分のことをそんなに心配してくれているのかと思うと嬉しいと思う気持ちも強かった。

…別に自分じゃなくても彼女は心配しただろう。
誰にでも優しい彼女なら…。
だが、それでも嬉しいことは嬉しい。


「だ、大丈夫だよ;本当に少し…ふらついただけだから!」

「でも…顔が赤いですよ?風邪気味なのかも…。」

「え…」


彼女はそう言うとそっと手を伸ばし、俺の額に触れた。


「……っ!」


顔が赤いことを指摘され、それだけでもひどく動揺してしまったのに、
彼女の手が触れたことにますます狼狽え、俺は真っ赤になってしまった。


「!い、石川さん!本当に熱があるんじゃないですか?結構熱いですよ…。」

「いや;それはさんが…///

「え?」


さんがそんなことするから…;

喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込み、俺は別のことを口にした。


さんの…手が冷たいからだよ…///

「……あ…」


それを受けてさんは慌てて手を引っ込めた。
ホッとした気持ち半分。残念な気持ち半分。


「すみません;」


だけど、さんが申し訳なさそうに顔を伏せたのに今度は俺が慌てた。
何の気なしに口にしたことだったが、気にしてたことだったのかもしれない…。

さんの手が冷たかったのは事実だ。
少し驚いたけど、赤くなって、熱くなっていた俺の体には心地良いような
感覚だったから言ってしまったけど…気にしてたことだったら…


「ごめん!別に、それが悪いわけじゃ;」


俺は慌ててさんの手を握った。
拒否したわけじゃない。それを証明したくてつい…。


「!」

「その…別に嫌だったわけじゃ…ないから…。」


しどろもどろの弁解だったけど、
さんはホッとしたようににっこり笑ってくれた。


「ありがとうございます…石川さん…。」


さんの手はやっぱり冷たいけど、その笑顔が何より温かいと思った。


「私…私の手…どうしてか凄く冷たいんですよね…。
 冬の間は仕方ないかもしれないんですけど…夏場も…。変ですよね…。」


けど、さんは次にそんな言葉を告げて苦笑いした。
やはり気にしていることだったのかもしれない。


「そんなこと…ないと思うよ。」


苦笑いした彼女の表情が痛々しく感じ、
俺は首を振って、握っていた手に力を籠めた。


「……石川さん?」

「手が冷たい人は、心が温かいって…
 聞いたことがある気がするけど…本当なのかも、って思ったよ。」

「……え?」

さんの手が冷たいから。」

「…………」


少しでも傷つけた償いがしたくて、俺は懸命に言葉を探して口にした。


さんは…温かい人だよ。始めて逢った時から思ってた。
 温かい太陽みたいな人だって。
 一番大事な心が温かいなら手が冷たくても良いんじゃないかな?
 それにさんの冷たい手、気持ち良いから俺は好きだよ。」


ありったけの気持ちを籠めて、俺はそう言った。手は握ったままで。
むしろ力が入っていたかもしれない。冷たいさんの手。

それでも…放したくないと…思っていたから…。


「ありがとうございます…石川さん…。」


さんはしばらく沈黙していたが、照れ臭そうに笑ってお礼を言った。


「ありがとうございます…そんな風に…言って下さるなんて…///


もじもじと恥ずかしそうに顔を伏せたさん。
そんな仕草もまた可愛いと思ってしまう。

本当に…俺は彼女のことが好きなのかもしれない。

こんな恥ずかしい台詞も、今まで言ったこともないのに…つい口をついた。
ただ必死だっただけとも言えなくもないが…。

女性と言うよりは少女と形容するような印象を受ける彼女。
まだ幼さが残るような雰囲気や容姿は頼りない印象を受けるし、
正直、女性としての色気とかそう言うものはあまりない気もするけど…
何より温かいこの笑顔が…たまらなく愛しくて…。

幼い頃から変わっていないんじゃないかと思える程純粋な彼女の笑顔。
そして瞳。ずっと変わらず、ずっとそのままで。
そのままの君をずっと傍で見ていたいと…
これから先の長い人生を君の一番近くで…過ごしたい…と…。


「あ、あの……さん。」

「はい?」

「…………」

「……?」


でも…今は…。


「よければ一緒にお昼どうかな?」

「え?」

「美味いそば屋があるんだけど…。」

「あ、はい。ぜひ。」

「本当?」

「はい。私お蕎麦好きです。」

「そっか!ならよかった!じゃあ行こうか!」

「はい!」


今は焦らず、こんな一時を幸せだと思っているのも悪くない…かな…。
君が変わらずそのままでいられるように、見守っているのも…ね…。




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2008.11.11