「おはようございます。」


朝っぱらから俺に声をかけてきた奴がいた。





-一雫-




「朝から煩いよ…。」


俺がそう言うと、そいつは一瞬怯んだような顔をして、申し訳なさそうに謝った。


「す、すみません…;」


にこやかだった表情はすぐに消えて、本当に反省したような顔をしている。


「…謝るぐらいなら、声かけないで欲しいねぇ…。」


俺がめんどくさそうにそう言うと、意外にもそいつは反論してきた。


「…でもっ!挨拶は大事ですから!」

「……はぁ?」


わけがわからない、と言うように俺が見返すとぐいっと顔を近付けてきて、拳を握り締め、


「朝だけじゃなくても、挨拶は大切ですよ!お話するきっかけにもなりますし!」


と、真剣な表情で言った。
普段ぼやっとした間抜けな奴で、大人しい奴だと思っているのに、
たまに驚くほど強気な時がある。
しかもわけのわからないことで…。

少し驚いたが、顔を近付けてきたこと、そしてその言葉にふと悪戯心が湧いた。


「へぇ…アンタ俺と話したいんだ?」

「……へ?」


俺の言葉にそいつはきょとんと不思議そうな顔をした。


「今言っただろ?話すきっかけになるって、俺と話したいんだろ?」

「え!いえ…別にそういうつもりで言ったわけでは…;」


予想どおりと言うべきか、そいつは困ったような顔になって狼狽えだした。
他意のない言葉だったこともわかっていたから、
そう言うだろうと思っていたけど…アンタ…わかりやすすぎだねぇ…。


「ふ〜ん、俺とじゃ話なんかしたくないと…。」


今度はそんな風に言ってみると、


「え!?そ、そんなこと…ないです…けど…。」


また狼狽えている。
……どっちなんだよ…。

大方そんな失礼なこと言えるわけがないと思っているんだろうけど…。
本当馬鹿だねぇ…アンタ…。


「え?大石さん?何ですか?」

「今日俺非番だから、特別にアンタに付き合ってやってもいいよ?アンタも非番だろ?」

「ええっ!?で、でも…」

「何?嫌なの?お話したいんだろ?」


俺は目の前でオロオロと狼狽えているそいつの腕を掴むと
そいつの言葉は無視して自分の部屋に連れて行くことにした。



***



「…………」

「…………」


無理矢理連れてきたものの、
部屋に入れて座るように言うとそいつは大人しく従った。

ただ、話をしにきたはずなのに黙り込んでいる。
…まあ、無理矢理連れてきたんだから当然かもしれないけどねぇ…。


「…ねぇ?黙ってないでなんとか言ったら?
 わざわざ話を聞いてやるって言ったのに、その態度は失礼じゃない?」

「え、…はぁ…す、すみません;で、でも、突然言われても…」


そいつは一先ず謝ると困ったような顔をしたが、
少し思案して口を開き、


「あの…大石さんはどうして新選組に入隊されたんですか?」


と聞いてきた。


「無難な質問だねぇ…。」

「はぁ…すみません;」


…謝ってばっかりだな…アンタ。


「……そうだねぇ。」


一先ず返事をし、答えを考えたが、考えるまでもないか…。


「人が斬れるから」

「…え?」

「え?じゃないよ。ちゃんと聞いておいて欲しいねぇ…。人が斬れるからだよ。」

「…………」


俺の返事にそいつは黙り込んだ。
まあ、そうだろうねぇ。
アンタみたいな奴なら返事に困るだろうねぇ…。


「何?」

「そんな…本当にそんな理由なんですか?」

「ああ…他に何があるのさ?」

「え?…えっと…、たとえば…これから先の日本のためとか?」

「…くだらないねぇ、これから先?
 自分が生きているかもわからない先のことに興味なんてないよ。」


ひらひらと手を振って言うと、そいつはますます困ったような顔をしたが、
俺が次に言った言葉にそいつは突然大声を出し立ち上がった。


「生きてる今を楽しまないと…」

「楽しむって…大石さんは人を斬るのが楽しいとでも言うんですか!


いきなりで流石の俺も少し怯んだ。


「……そうだけど…悪い?」

「おかしいですよ!人を斬って楽しいなんて…!」

「だけど、ここはそういう人間の集まりさ…みんな手は血で汚れてる…アンタだって同じだよねぇ…。」

「それは……」


俺の言葉にそいつは怯んだ。
同じ新選組隊士で同志、アンタだって刀を持って戦っている人間の一人。
その自覚はあるんだねぇ…。

綺麗事でも並べてくるかと思ったけど、そいつはぐっと唇を噛み締めて耐えていた。


「人のことなんか気にしているのは愚かな事だよ…。」


ふんと馬鹿にしたように言うと、そいつは、


「それでも…生きているのは同じなのにそんなこと…言えません…。」


と震えたような声で答えた。


「口ではなんとでも言えるけど、
 アンタも人斬りである以上そんなこと言っても説得力ないねぇ…。」

「…………」


返す言葉もなくなったのか黙り込んだそいつに、
なんとなく勝った気で顔を見上げると、同時にぽつりと水滴が落ちた。


「それでも…誰かが傷つくのは…哀しいことです…。」


そして小さく呟かれた言葉、見上げたそいつは泣いていた。


「…………」

「……っ」


言いたいことだけ言って、そいつはそのまま部屋を出ていった。
文句でも言ってやろうかと思っていたのに、泣いていたことに驚いて言葉が出なかった。

女が泣くのはよくあることだ。
しかも男の気を引こうとする浅ましいような涙。
だからすぐ泣く女は嫌いだ。くだらない…。
そう思っていたはずなのに…。


「何を泣くことがあったんだ…?」


一雫の涙を零し、去っていったあの女に俺は思わずぽつりと呟いていた。



***



「…………」

「…………」


あれから数日後、夕刻からの巡察、よりにもよってそいつとだった。

なんとなく気まずい雰囲気でお互い黙り込んでいた。
別に誰と一緒の時も話はしないし、気まずい雰囲気などいつものことだが…
こいつがこんな風に黙り込んでいるのは珍しいねぇ…。

黙っていたって和やかな雰囲気が魅力だとか言われていたのに…。
まあ、俺には関係ないけど…。
ともかくせっかくの巡察、こいつのことなんか気にてる場合じゃない、
何か起きないかねぇ…。一暴れできる何か…。


バタン!!


「「!!」」


俺の願いが通じたのか、突然傍の家から男が飛び出してきた。


「新選組!覚悟!」


そう言ってその男が刀を構えると、他にも何人も出てきて俺たちは囲まれた。


「へぇ…良いじゃないか…面白くなりそうだ…。」


俺は意気揚揚と刀を抜き、あいつも仕方なく刀を構えた。


「掛かれぇ!!」


最初に出てきた男が叫ぶと、男たちは一斉に向かってきて俺も地を蹴った。




「…ふん。」


数は数だが大したことのない連中に俺は拍子抜けして、ふとあいつの方へ目をやった。

あの特別な刀を手にして戦っている姿はやはり美しいと少し目を奪われた。
軽やかな身のこなしと太刀すじは今回の連中など敵ではなく、
むしろ俺はあいつとやりたいと心底思った。
だが、少し太刀にキレがない気がする…。

俺は目の前にいた最後の男を切り捨てるとあいつに近づいていった。


「アンタ…」


俺が声をかけるとあいつは顔を上げ俺の方を向いたが、
その時あいつが倒したはずの男の一人が起き上がりあいつに切り掛かった。


「死ね!!」

「!」

「ちっ」


仕方なく俺はあいつを押し退けその男の前に出た。
が、あいつを押し退けた時躱し切れずに腕を少し斬られた。


「大石さん!?」


あいつの驚いた声が聞こえたが、俺は無視して男に向かっていった。



***



「なんだ、つまらないねぇ…。」


もともと手負いの相手だけにあっさりと倒れた男に物足りなく思いながら呟いた。
せっかく俺に傷を負わせたんだからもう少しがんばってくれればいいのに…。
まあ、もう倒した相手に何を言っても無駄だけど…。

俺は男を一瞥すると思い出したようにあいつに視線を向けた。


「アンタ油断してるから…」


馬鹿にしたようにそう声をかけたが、
ぼろぼろと涙を流している姿が目に入り俺は思わず固まった。


「……アンタ…何泣いてんのさ…。斬られたのは俺なんだけど…」

「はい…ごめんなさい…ごめんなさい、大石さん…!私のせいで…」


俺が声をかけるとあいつはぼろぼろと泣きながら必死に謝り、
斬られた俺の腕にそっと触れた。そして涙のたまった目で俺を見た。


「ごめんなさい…大丈夫ですか?」


本気で心配している、不安そうな目だった。

こいつ…まさか俺のために泣いているのか…?
なんで…?

真っすぐ澄んだ瞳…媚びるような涙ではなかった。
だけど、俺が怪我をしたことで、なんでこいつが泣く必要があるのかさっぱりわからないねぇ…。

俺とこいつは別段親しいわけでもない、その上さっきまでは気まずい雰囲気で、
俺のことは快く思ってなどいないはず。なのに何で泣く必要があるのさ…。

涙のたまった瞳、そして触れている手が暖かくて、
何故か落ち着かない気持ちになり俺はそいつの手を振り払い背を向けた。


「こんな傷、何でもないよ。」

「でも…」

「それに言っておくけど、別にアンタを庇ったわけじゃないからね。」

「……はい、すみませんでした。」

「…だから」


冷たく言い放っても申し訳なさそうに俯くそいつの態度に苛立って俺が振り返ると、
そいつは顔を上げ、


「ありがとうございました…大石さん…。」


と、言ってふわっと微笑んだ。


「…………」


文句を言おうと振り向いたのに、
思いもよらず笑顔を見せたそいつに俺はまたも言葉を失った。

……一体何なんだよ…こいつは…。

泣いてたと思ったら今度は突然笑って、一体何考えてるんだか…。
こいつの頭の中はどうなってんのかねぇ…。
もう訳が分からず混乱気味の俺はふいっと顔をそらした。


「…もう行くよ、アンタには付き合ってられないからねぇ。」


誤魔化すようにそう言って俺は先を歩き始めたが、
あいつは何も言わずに俺の後ろをついてきた。
今度は気まずいような雰囲気ではなかった。

そして何故だかわからないが、俺はその雰囲気にほっとしていた。
別に誰にどう思われようがどうでもいいと思ってるはずなのに、
誰がなんと言おうが俺には関係ないはずだしねぇ…。

…それなのに…、何でほっとしてるんだ?俺は?
こいつがいるから何だと言うんだ。
別にこんなやつ面倒なだけ、すぐ泣いたり、笑ったりしてわけのわからないやつなのに…。

自分で自分の気持ちが分からず、大石さんは複雑な表情を浮かべた。
こんなやつ、こんなやつと必死に気持ちを押さえ付けたが、
初めて自分のために泣いてくれた、初めて自分を本気で心配してくれた、
そんな存在に心の奥に小さな暖かい気持ちが芽生え始めていたこと…微かに感じていた。


(……ありえない…こんなやつに…こんな甘い女に…)


認めたくない気持ちの方が大きくて、必死で自分の気持ちを否定し、罵倒した大石さん。
それでもふと振り向くと、目が合うと彼女はにっこり微笑んで、それを見るとまた心が揺れた。


(ありえないねぇ…。)


大石さんは深いため息を吐き心の中で呟いた…。




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2007.09.12