「あれ?」


珍しい場所で珍しい人物の姿を目にし、
は思わず声をかけていた。





-月のうさぎ-




「斎藤さん…ですか?」

「!!」


が声をかけると、
斎藤さんが驚いたように振り向いた。


……。」

「どうしたんですか?こんな所で…。」


『こんな所』そこはお団子屋さん。

斎藤さんは確か甘いものが苦手なはずじゃ…?
が首を傾げていると、斎藤さんはを手招きし、
並んでいるお団子のひとつを指差すと尋ねた。


、お前これをどう思う?」

「?」


不思議そうにが覗きこんだ先には、
うさぎの絵がかかれているお団子が。


「わぁ!かわいい!」


がそう言うと、店主は満足そうに笑った。


「そうだろ!そうだろ!嬢ちゃんは目が高い!これはお月見用のお団子だよ。」

「なるほど。だからうさぎさんの絵が描いてあるんですね。」

「そう!そう!これは女の子には特に人気の品だよ。なぁ、兄ちゃんどうだい?」


店主は斎藤さんに向き直ると尋ねた。
斎藤さんは少し考えたがの方を見た。


はこれが気に入ったのか?」

「え?あ、はい。そうですね。とっても可愛いと思いますけど…。」


突然振られては驚いたが、とりあえず正直に答えると、
斎藤さんは納得したような顔をし、


「では店主、これを貰おうか?」


と言った。


「え?」

「へい!まいどあり〜♪」


店主は上機嫌でお団子を包むと斎藤さんに渡し、
お団子を受け取ると斎藤さんとは店を出た。



***



「ほら、」

「え?」


店を出ると斎藤さんは今買ったお団子をに差し出した。


「あの?」

「気に入ったのだろう?お前にやる。」

「え!?でも…」

「俺は甘いものは苦手なんだ…。」

「そ、そうですか…。」


じゃあなんで買ったんだ!
と、思わないでもないだが突っ込まないことにした。


「今日は月見だろう?」

「あ、今日だったんですか?」

「そうだ。知らなかったのか?」

「えっと……はい…そろそろだとは思ってましたけど、今日なんですね。 」

「ああ…。」


そんな話をしながら斎藤さんとは一緒に屯所まで帰った。

屯所に入りそれぞれ部屋に戻ろうとした時、
が斎藤さんに声をかけた。


「あ、斎藤さん!」

「ん?なんだ?」

「あ、あの…今晩お暇ですか?」

「え?」

「もしよかったら一緒にお月見しませんか?」


ちょっと照れたように笑いながらそう言った
斎藤さんは少し驚いたような顔をしたが、嬉しそうな顔になると、


「……俺とお前の二人でか?」


と尋ねた。


「え?…はい。」


不思議そうな顔をしつつも首を縦に振った
斎藤さんは満足そうに笑うと、


「じゃあ夜に……。」


と言って去っていった。



***



「あ、斎藤さん。」

か、遅かったな。」


その夜、二人が落ち合ったのは屯所の屋根の上。


「すみません遅くなってしまって、…お茶を持ってきたんですけど…。」


そう言うと、はお盆に乗せたお茶と昼間斎藤さんが買ってくれた
うさぎの月見団子を差し出した。


「そうか、すまないな…。」


斎藤さんはお盆を受け取りとりあえず安定した場所に置くと
を引き上げてくれた。


「あ、すみません。ありがとうございます。」


やっと落ち着き、二人並んで腰掛けると、
はお茶を入れて斎藤さんに渡した。


「悪いな。」

「いえ。実は何か食べるものも持ってこようかと思ったんですけど……。
 斎藤さんはこのお団子食べれませんし…。お煎餅なら甘くないから良いかと思ったんですけど…。
 夜に外で食べてたらうるさいかと思いまして…。」


申し訳なさそうにそう言ったに斎藤さんは思わず吹き出した。


「いや……俺のことは気にしなくていいから…。」

「はい、すみません。せっかくですので頂きます。」


斎藤さんにお礼を言うとはお団子を口にした。


「旨いか?」

「はい、とっても美味しいです!
 ありがとうございます、斎藤さん!」

「いや。」

「にしても、このうさぎの絵可愛いですけど…
 食べるのちょっと可哀想な気がしますね…。」


ふと呟いたに斎藤さんは、


「そうだな…たが、形がうさぎだったらもっと食べられないんじゃないか?」


と言った。


「それもそうですね…。」


斎藤さんの答えには納得し、また食べはじめた。
他愛もない会話をしながら二人月を眺めていた。



***



月を見ながらお団子を食べていたが、
最後のひとつを手にしたまま止まっているので、不思議に思った斎藤さんは声をかけた。


「どうした?」

「あ、いえ…。」


何か考えていたからなのか、少し驚いた表情で顔を上げ、
ちょっと考える素振りを見せると斎藤さんに尋ねた。


「このお団子のうさぎの絵はやっぱり月にうさぎがいるからなんですよね?」

「そうだろうな…、月見の時に餅をついているのだろう…。」

「お餅を作っていると言うことは、最低二人(?)はいるんですね。」

「そうだな。……?それがどうかしたか?」


の質問の意図がわからず斎藤さんが尋ねると、
はちょっと照れたように苦笑いした。


「あ…すみません変なこと聞いて…。
 独りぼっちだったら寂しいなって思ったんです。」

「うさぎがか?」

「はい。うさぎは寂しがりやで、
 寂しさで死んでしまうこともあるそうです…。だから……」


しゅーんと本当に寂しそうな顔をする
斎藤さんはちょっと狼狽えたが、


「でも!二人なら大丈夫ですよね!」


はにっこり笑顔でそう言った。


「やっぱり独りぼっちは寂しいですし、
 今日は斎藤さんと一緒にお月見できて嬉しいです。」

「……そうか///

「はい!」


本当に嬉しそうに笑ってそんなことを言うに斎藤さんは少し照れた。


「初めて新選組に来た時、少し不安だったんですけど…
 皆さんとっても親切で、兄上が仕事でいなくて、
 家に独りぼっちだった時よりはずっと安心で毎日楽しいです。」

「兄上…、そうかお前兄がいるんだったな?」

「はい、ここずっと忙しくて…いないことが多くなったので、
 近藤さんに預ける意味もあって私を新選組に…」

「……そうだったのか。
 では兄の仕事が終わるまでの間だけと言うことなのか?」


の話を聞いて少し不安になった斎藤さんは気になったことを尋ねた。
斎藤さんの問いにはにっこり笑って、


「いえ、そんなことはありません。ここに来て、
 新選組の皆さんの信念や心意気に共感しましたし、
 何よりお世話になった新選組の皆さんに恩返ししないことには…。」


と言った。


「……そうか。」

「はい。」


正直、そんな一時的とも言える理由だったのかと
少し落胆しそうだった斎藤さんだったが、
きっぱり言い切ったの返事にほっと胸を撫で下ろした。

志同じくする者として生半可な決意でこの場所にいて欲しくはなかったからだ。
そして、一時的な理由ですぐいなくなってしまうのは……寂しい…と。
たが、そんなことはないのだと斎藤さんがほっとしている傍らでは話を続けた。


「それに、斎藤さんには特にお世話になっていますよね。
 初めて会った時から…本当に感謝しています。」


優しい笑顔でそう言って振り向いたに、
斎藤さんはドキリと胸が高鳴り、思わずの手を取った。


!俺は……!」

「あ…」


斎藤さんが突然手を掴んだのでは持っていたお団子を落としてしまった。


「………」

「あ、えっと…その…ごめんなさい…。」


無言で固まる斎藤さんに、せっかく買ってくれたお団子を 落としてしまったので
怒っているのだと思ったは慌てて謝ったが、
斎藤さんは怒っていると言うよりは落ち込んでいる感じだ。


「あ、あの…斎藤さん?」


心配になったが傍へ寄って斎藤さんの顔を覗き込むと、
顔を上げた斎藤さんと唇が触れそうになった。
あまりの近さに慌てたがあとず去ろうとすると、
それを許すまいと斎藤さんがに手をのばした。

その時……。


「おい!上に誰かいるのか!!」

「!?」


誰かが下から叫んだ。


「ひ、土方さん…。」

「なんだ、か?そんな所で何をしている?」

「え…あ、その……お月見…を…。」


しどろもどろに答えるに土方さんは不思議に思ったが、
屋根の上は暗く、それに縁側に近い位置にいる土方さんからは 屋根の上は見えない。


「とにかく、危ないから下りてきた方がいい。」

「そ、そうですね…わ、わかりました…きゃあ!?」


突然が悲鳴を上げ、反対側で物音がした。
が屋根から落ちたのかと思った土方さんは慌てて裏へまわった。


!大丈夫か!……!?」


だが、裏にいたのはを抱きかかえている斎藤さんだった。


「あ、あの……斎藤さん…?」


が困ったように問い掛けると、
斎藤さんはを抱いたまま土方さんの方に視線を向け、


「お騒がせしてすみませんでした…土方さん…。」


と言ってそのまま部屋の方に歩いていった。


「あ、あの!斎藤さん!もう下ろしてくれて良いですよ!」

「部屋まで送ろう…。」

「で、でも…!」


慌てまくるとは対照的に斎藤さんは落ち着いている。
唖然と見送っていた土方さんだったか、我に返ると大慌てで二人を追っていった。






おまけ***

翌朝、と斎藤さんは土方さんの部屋に呼び出され、
こっぴどく叱られてしまった。

屋根の上に上がるなんて危ないとか、
あんな時間に外にいたとか、
食物を粗末にしたとか(お団子を落としたので)。

はひたすら謝り恐縮していたが、
斎藤さんは勝ち誇ったような顔をしていたとか…。




戻る




2007.02.08