-青龍-




新選組に加わった新入隊士。
いろいろな意味で注目され、
いろいろな意味でみなが気になった人物『』。
中でもみなが気にしているのはの実力…。

見た目はかなり華奢で弱そうな上に、
動作や雰囲気も幼い感じがする
とても隊士としてやっていけるとは思えない…。
とはいえ、その柔らかい雰囲気がみなの心を捉えたのか、
みな好意的で追い返そうという者はいなく。
特に、同じ女性隊士が増えたことを桜庭はとても喜んでいて、
二人はすっかり仲良くなっていた。

それに、近藤さんはの実力について、
何やら自信がある様子だった。

そんなある日…。
朝早く、巡察から戻った俺が道場の前を通りかかった時、
ふと道場の中に一人ぽつんと座り込んでいる人物が目に入った。


(…?)


道場の中心で目を閉じて正座している。
何かいつもとは違うような張り詰めたような空気を感じて、
なんとなく足が道場へ向かった。

道場の中に足を踏み入れると、気配に気が付いたのかが振り向いた。


「あ、おはようございます!斎藤さん!」


にっこりと笑顔で挨拶をした。
さっきまでの張り詰めたような空気は消えて、
ホッとするような暖かい空気が流れた。


「…ああ、おはよう。すまない、邪魔をしたか?」

「いえ、大丈夫です。斎藤さんは巡察でしたか?」

「…ああ。」

「そうですか。」


なんとなく会話は終わってしまったが、
気まずいという雰囲気ではなかった。
この暖かい空気がそれを回避しているのかもしれないな…
俺はそんな風に思いながら、さっきのことを考えていた。

道場の中心で正座していたは今とは違い張り詰めた雰囲気だったこと。
道場へ入った自分の気配にもすぐに気付いたこと。
普段の雰囲気からは想像できないが、近藤さんが自信を持っているだけあって
やはり実力はあるのかもしれない…と。


「あの…斎藤さん?」


名を呼ばれて我に返ると、が心配そうな顔をで自分の顔を覗き込んでいた。
考え込んでいたせいで、難しい顔をしていたのかもしれないな。


「……あ、なんでもない…気にするな…。」


俺が返事をするとはホッとしたような顔になり、笑顔になった。
真っすぐ自分を見つめて笑ったにドキッと胸が跳ねたような気がした・・・
が特に気にはせず、聞きたかったことを尋ねた。


。」

「はい、なんですか?」

「お前はどうして新選組に入ったんだ?」

「え…?えっと……。」


少し考えるような表情で天井を眺めた後、
視線を下ろすと俺と目があった。
口を開きかけたが、言葉は発しないまま何やら真剣な表情で考え込んでしまった。


「う〜ん。」


始めてあった時の地図をみながら唸っていた時のことを思い出し、
思わず吹き出しそうになった。
一生懸命に考える姿に心温まるような気がしながらの姿を眺めていた。


「あ、さん!ここでしたか!」

「わっ!は、は、はい!!;」


不意に名を呼ばれ、考え込んでいた
かなり驚いた様子で返事をし振り向いた。
俺も視線をそちらに向けると、を呼んだのは沖田だった。


「あれ、斎藤さんも一緒だったんですね?おはようございます。」

「ああ、おはよう…。」


沖田は俺にも挨拶をした後、と何やら話始めた。


さん、朝から稽古ですか?」

「あ、はい…。」

「感心ですね、昨日来たばかりなのに。」

「いえ…、まだ慣れなくて緊張して…体を動かした方が良いかと…。」


沖田の言葉には照れたように笑った。
その顔を見ているとなんだか複雑だ。
今まではどんな顔を見ても安心するような、心地よい気分だったのに…。
話の途中で返事を聞けなかったから、気になっているだけだろうと思い直し、
とりあえず二人の方へ視線を戻した。


さんどうでしょう?」

「はい?」

「僕と手合せしませんか?」

「え゛え゛っ!?」


沖田の突然の申し出に、
は驚いた叫び声を上げ立ち上がった。


「で、でも……私なんかとても沖田さんのお相手には…」


かなり慌てている。


「大丈夫ですよ、もちろん木刀でやりますから。」


そう言うと、沖田は腰の刀を外すと俺に渡した。


「すみません、斎藤さん。預かってもらえますか?」


俺は無言で頷くと沖田の刀を受け取り、を見た。
俺と目が合うと、は困ったような顔をしたが、
観念したように腰の刀を外し、そっと俺に差し出した。

の刀、正確には鞘だが美しい細工を施されていて、一目で技物とわかる代物だ。
おそらく、中の刀もかなりの物だろうと興味が湧いたが、
勝手に抜くことはできないので一先ず、沖田との打ち合いを見ることにした。
の実力に興味があるのは俺も同じだからな。

二人は道場の中心で向き合い、一礼して構えた。
すると、のさっきまでの柔らかい雰囲気は消えて、
道場の中心で正座していた時のような研ぎ澄まされた気配になった。

さっき感じたのは間違いではなかった…と思いつつもやはり少し驚いた。
まだ戦闘においての実力は見ていないが、
それでも戦における覚悟はできているのだ、と少し見なおした。
それは沖田も同じのようで、少し驚いた表情をしたが楽しそうに刀を構えた。



***



先に仕掛けたのは沖田だった。
いつもの調子で一撃目を打ち込んだ。
は特に態勢は崩さず沖田の攻撃を受け止めると、
すっと体を下げて受け止めた刀を下げた。


「!」


すると、打ち付けた沖田がバランスを崩した。


(……なるほど)


は相手の攻撃を『受け止める』と言うよりは
『受け流す』という戦術をとるようだ。
軽やかな動きで沖田の攻撃を受け流し、避けると反撃に出た。
だが、そこは沖田だ。最初は不意打ちで驚いていたが、
すぐにの動きを読み体勢を立て直し、木刀を振った。


「あ!」


今度は受けることに失敗したの木刀が持ち主の手を離れた。


「「「…………」」」


カラカラと木刀が飛んだ音以外静寂が落ちそうだった所に、


「それまで!」


ピシッと引き締まるような声が響いた。


「……近藤さん。」

「いや〜、なかなかやるね君。腕を上げたんじゃないかい?」


にこにこと上機嫌の近藤さんが道場の中に入ってきた。


「いえ……その、私なんてまだまだ…。」


は少し乱れた息を整えながら返事した。


「そんなことないよ。ねえ、斎藤君?」


近藤さんは突然振り返ると俺に同意を求めた。


「…そうですね、思ったよりできると思います…。」


俺は正直に思ったことを口にした。
隊士としてやっていけるのか?などと思ったことは十分撤回できる実力だ。
俺が返事をすると、は俺の方を見て嬉しそうに笑って


「…ありがとうございます!斎藤さん!」


と言った。今度は不快には思わなかった。
真っすぐ自分だけを見て笑ってくれているからだろうか…。


「総司はどうだった?」


近藤さんは今度は沖田に尋ねた。


「ええ、僕もすごいと思いましたよ。
 人は見かけによりませんね?近藤さん。」


沖田もにこにこと笑顔で称賛した。
みなに誉められてはすっかり真っ赤になって照れている。


君は力は弱いけど身のこなしは見事だし、
 力に頼るんじゃなくて、力を利用する戦いをするからね。
 力任せのような戦いをする奴よりは優れていると思うよ。」


近藤さんはそう言ってぽんぽんとの頭を軽く叩いた。
は近藤さんを見上げるとにっこり笑って


「ありがとうございます!」


と言った。


「まあでも、まだまだ稽古すれば腕も上がるだろうし…
 新選組に入った以上は実戦も多くなるし、君に何かあったらに顔向けできないからね。
 しっかりがんばってくれよ!」


近藤さんはそれだけ言うと俺と沖田にも声をかけて道場を出て行こうとしたが、
俺が手にしていたの刀に気付くと、少し驚いた顔をしてを振り向いた。


君、これ君の刀かい?」

「え?あ、はい、そうです。」

「これは…そっか、君に譲ったんだね…。」


近藤さん少し残念そうに呟いた。
刀好きの近藤さんはどうやらこの刀を気に入っていたようだ。
名残惜しそうに俺が手にしている刀を眺めていたが、


「まあでも、この刀は君にはぴったりかもしれないな。
 大切にしてあげてくれよ!」


そう言うと道場を後にした。
道場を出るとき、近藤さんはそっと俺に耳打ちしていった。
少し気になったが、とりあえず稽古を終えた二人に刀を返し俺も道場を後にした。



***



その夜、が入隊し最初の巡察は俺とだった。
朝のこともあるので近藤さんの計らいだろう。
緊張している様子のに声をかけると、は飛び上がらんばかりに驚いた。
俺が思わず吹き出すと恥ずかしそうに俯いて、それから困ったように苦笑いした。

その後少し話して屯所を出た。
近藤さんの話ではは方向音痴らしいが、どうやら本人も自覚があるらしく、
一生懸命道を覚えようとしている。
俺が今度時間のある時に案内してやってもいいと言うと、本当に嬉しそうな顔をした。
どうもこの顔に弱い気がする…。
気が抜けるというか…悪い意味ではないが、少し調子が狂うような…?
とはいえ、巡察の最中に気を抜くなど許されない。
気を引き締めて巡察を続けた。



***



ガタッ

物音がして顔を向けると、路地の間から老人が青い顔をして出てきた。


「…お、お助け…。」

「大丈夫ですか?」


が老人に駆け寄り手を取ると、
老人が出てきた路地から数人の男が出てきた。


「待ちやがれ!」

「じいさん、逃げる気か?」


がらの悪そうな明らかに不逞浪士だ。
が老人の前に庇うように立つと、男たちは不敵な笑みを浮かべて近づいた。


「なんだ?邪魔する気か?」

「お年寄り相手に乱暴は止めて下さい!」


詰め寄ってくる男を真っすぐ見返すと、はきっぱりそう言った。


「ふっ、ははは、だったらお前が相手してくれるのか?」


男はそう言うとに手を伸ばしたので俺は咄嗟に飛び出し、
と男の間に割って入った。


「俺が相手をしよう…。」


俺がそう言うと男たちは明らかに不快そうな顔になり、腰の刀に手を掛けた。


「邪魔すんじゃねえ!」


そう言い放ち、刀を抜いて斬り掛かってきた。
俺もすばやく刀を抜いて反撃すると、周りの男たちも一斉に刀を抜いた。


!」


後ろにいるを振り向くと、
は老人を立たせると逃げるように言っている所だった。
とにかく今は敵の数を減らす方が得策と思い、掛かってきた奴らを斬り捨てた。



***



とりあえず俺に向かってきたやつは一掃し、の方へ目を向けると、
のすぐ後ろで男が構えているのが目に入った。
後ろを向いているは気付いていないのか、前の奴を片付けたところだった。


!!」


距離があって、今からでは間に合わない、俺は大声での名を呼んだ。


「!!」


俺の声に気付いたはぎりぎりの所で男の攻撃を避けると、
円を描くように刀を振った。


「うっ…」


の刀は男の刀をはねのけ吹き飛ばし、男は腕を押さえその場に倒れた。
なんとか間に合ったと安堵したが、それよりも……。


「…………」


あまりの美しさに思わず見惚れた。
の刀は刃が透き通るような青い色をしていた。
円を描くように振り上げた刀は瑠璃色の線を描くように光を放ち、
今も月明かりが刀を通り抜けたように光っているように見える。
今まで見たこともない刀だ。


(君の刀は見物だよ、名前はね…)

「青龍…」


朝方、近藤さんが言っていたことを思い出した。


(なるほど…このことか…)


すっかり目を奪われていたが何もそれはの刀
『青龍』にだけではない、使い手であるも同じ。
寸でで避けた身のこなし、そして円を描くような鮮やかな太刀さばき、
この刀がここまで美しく見えるのは、使い手であるの技量だろう。

惚けて眺めていた俺を現実に引き戻したのは、俺を呼ぶの声だった。


「斎藤さん!斎藤さん!」

「…あ、ああ、すまない。大丈夫か??」

「はい!斎藤さんのお陰です。ありがとうございます!」


いつものように笑ってお礼を言ったにほっと安堵の息が漏れた。


(刀を振っている姿も美しいが、やはりこちらの方が俺は好きだな…。)


にこにこと笑っているに安心し、


「では…戻るか。」

「はい!」


初めての巡察を終えて、屯所へ戻った。








おまけ***

「斎藤君、君の刀を見たかい?」

「ええ、見ました。」

「いい刀だろう?」

「はい、珍しいし…美しい刀ですね。」

「そうだろう!いや〜俺も気に入っていたんだけどね〜。」

「そうなんですか。」

「ああ、でもあの刀は君の方が似合うかもね。」

「そうですね、あれはが持つべき物だと思います。」

「……言うね…斎藤君。」

「?」


特に悪気はないのだが率直な斎藤さんの返事に近藤さんは苦笑いした。




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2006.10.11