「本当に大丈夫かい…?」

「大丈夫ですよ!」

「……」

「心配しないで下さい!」

「う〜ん…。」

「少しは信用して下さい近藤さん!」

「え…?あはは…信用していないわけじゃ…;」

「大丈夫です、ホントに!」

「…わかったよ、気をつけてね?」

「はい。」

「迷ったら人に聞くのもいいけど、聞く相手をちゃんと選んでね。」

「はい。」

「無理そうだったら引き返して…」

「大丈夫です!それじゃあ、行って来ます!近藤さん!」

「あ…。………本当に大丈夫かな…;」


激しく心配されながら出かけていった
近藤さんは未だ不安そうにその後姿を見つめていた…。





-迷子の迷子の-




事の起こりは数分前。まだ陽も高い正午。
近藤さんは緊急の要件を思い出した。
とある人物からの預かり物を、今日中に返す約束をしていたことを…。

だが、今日は容保様のお呼び出しもあり、自分で行くことはできそうもない。
こういう場合は山崎さんに…と、思っていたが、
そういえば山崎さんは現在任務で屯所にはいないことを思い出し、頭を抱えた。

土方さんは自分と一緒に行かなければ行けないし、斎藤さんと山南さんは巡察中。
非番の人たちは皆遊びに出かけてしまっている。
届け先までそれなりに距離があり、あまり遅くに出かけたのでは間に合わない。
出かけている非番の誰か、そして巡察中の二人を待っている暇もない。


(困ったな…。)


近藤さんは頭をかいてため息を漏らした。


「ただいま。」


と、そこへ丁度良く誰から帰ってきたらしい。


「あ…」

「ただいま帰りました、近藤さん。」


近藤さんの部屋に顔を出したのはだった。


君、早かったんだね。」

「はい。近藤さんが教えてくれたお団子屋さんが開店したばかりで、
 まだ人が少なかったので、思ったより早く買えたんです。」

「あ、そうだったんだ。」

「近藤さんの分も買ってきましたよ。」


はにっこり笑ってお土産に買ったお団子を近藤さんに差し出した。


「ありがとう。」


近藤さんはの渡したお団子を笑顔で受け取ったが、
ふっと困っている表情が垣間見えたのか、はそれに気づいて近藤さんに尋ねた。


「どうかしたんですか?」

「…え?」

「何かあったんですか?」


心配そうに尋ねるに、近藤さんは苦笑いした。
その辺の変化に目ざといのはと同じだな…と。


「いや、大したことじゃないよ…。」

「…………」


そう言って誤魔化そうとしたが、
は不安そうな顔をしたまま近藤さんを見つめていて、
その視線に負け、観念したように近藤さんは事情を話した。


「いや…実はね、今日中に届けないといけない荷物があるんだけど…。」

「荷物?」

「俺もトシも出かけなきゃいけなくてね。山崎もいないし…。」


苦笑いして言った近藤さんの言葉。
は当然。


「届ける人が居ないんですか?…だったら私が行きますよ?」


と言った。
もちろん、の返答、予測していた近藤さんは苦笑いし、手を振った。


「いや…少し遠いし、迷うかもしれないから、君は気にしないでいいよ。」


何とかやんわりと断ろうとした近藤さんだったが、
がそれで引くわけもなく、


「でも、今日中なんですよね?
 今日は…他の皆さんもお出かけなんじゃ…?」


と、痛いところを突かれた。


「う…;」


そう言われると近藤さんも辛い所だ。
結局最後には誰かに頼まなければいけないのは事実…だけど…。


「近藤さん。私行って来ますよ?」


しきりに申し出る、本当なら頼みたいのだが…
方向音痴のに頼むのは…物凄く不安な近藤さんだった。


「その…もう少ししたら誰か帰ってくるかもしれないし…。」

「でも、急いだ方がいいんですよね?」

「…それは…そうだけど。」

「大丈夫です!地図を書いて頂ければきっと行けると思いますし、
 もし迷ったら誰かに聞きますから!」

「う…ん…。」

「私もいつまでも子供じゃないですし、これでも新撰組隊士ですよ!
 大丈夫です!行かせて下さい!」

「……」


……そして結局行く事になったのだ。



***



「…君大丈夫かな…。」


を送り出し、土方さんの仕度を待っている
近藤さんはふっと空を見上げて呟いた。

の凄まじい方向音痴っぷりを分かっている近藤さん、
やっぱり頼んだのは間違いだったかも…と、時間が経つに連れ、
取り返しのつかないことをしたような後悔の念に駆られた…。

確かにもうも子供ではないし、信頼していないわけではない。
(多少のドジや失敗はあるが)新撰組隊士として立派にやっていることも認めている。

……だけど……。


君の方向音痴は…ちょっと普通じゃないからな…。)


そう思うと不安で堪らない…。
確かに地図も持たせた、迷う恐れのある場所については何度も念を押した、
大丈夫…なはず!と、自分に言い聞かせているが、やはり不安は消えそうもなかった。


「…頼むよ君…無事に帰ってきてくれよ…;」


自分の心とは対照的な晴れやかな青空に、近藤さんは切に願った…。



***



その頃は近藤さんの心配を余所に、軽快に歩みを進めていた。


(三時までには着けそうですね…。)


地図を見ながらそんなことまで思い、かなり余裕もある様子。
それもその筈、近藤さんの地図にはかなり念入りに書き込みがされていて、
これで迷うなら迷う方がおかしい。と言われるような物だった。

如何に近藤さんがを心配しているかがわかる出来だ。

その甲斐あって、は無事目的地に着くことができた。
丁重に挨拶をし、届け物を渡し、届け先を後にした。後は帰るだけ…。



***



「近藤さん…どうかしました?」


日もとっぷり暮れてしまい、夕闇が広がって来た頃。
屯所の入り口で仁王立ちしている近藤さんに声をかけたのは斎藤さんだった。

今日は容保様と面会があって昼頃から出かけていたはず、
そしてそう言う日は帰った後は面会の内容はどうあれ、
土方さんや山南さんと遅く迄話をしているのが常なのに、
今日に限っては、何故か近藤さんはずっと屯所の入り口を気にしていて、
日が落ちてからは入り口でうろうろしている。


はっきり言って…不振だ…。


隊士たちも何かあるのかと不安になっている様子で、
仕方なく斎藤さんが声をかけたのだ。


「何か心配事ですか?」

「あ…斎藤君…」


斎藤さんがそう声をかけると、
近藤さんは難しい顔で頭をかいた。


「……心配事…と言えばそうかな…;」

「何ですか?」


近藤さんの返事に斎藤さんは再度尋ねる。
すると近藤さんもしぶしぶ事情を話しだした。


「実は…君がまだ帰らないから…」

?」


近藤さんの口から出た名前に斎藤さんは眉を寄せた。


「ちょっと届け物を頼んだんだけど…。」

「帰ってきていないんですか?」

「うん…。」

「……いつ頃出たんですか?」

「昼過ぎ…」

「…………」


の方向音痴ぶりは斎藤さんも重々承知。


「……届け先は…」

「普通に行けば片道一刻半ぐらいかな…。」

「…………」


なので、話を聞けば聞くほど、
近藤さんの不安そうな顔の意味がわかってきた。

日もとっぷり暮れた今、通常ならもう帰っているはずの時間…つまり…。


「迷っている…?」

「のかな…やっぱり;」


顔を会わせた二人は結論を口にした。


「…どうして一刻以上もかかるような所にを…」

「いや、俺だって気は進まなかったよ。
 でも、君がどうしてもって言うし、急いでいたのも事実だったからね…。」


別に近藤さんを責めるつもりはなかったが、
心配が先立った斎藤さんはそう口にしていて、
近藤さんも責任を感じたように肩を竦めた。

しばらく二人は考えるように沈黙していたが、考えていたって結論は同じ。


「……とにかく…俺が探してきます…。」


斎藤さんはそう言い残し屯所を出ていった。


「…頼むねー、斎藤君。」


近藤さんに見送られ…。



***



さて、肝心のはと言うと…暗い街道を一人歩いていた。
もちろん地図から外れた道…。


「……はぁ…困りましたね…;」


つまり二人の予想どおりしっかり迷子になっていた
行きは普通に行くことができて帰るだけなのに、
迷子になるとは呆れるばかりのようだが、
あれだけの地図を持ってしても迷子になったのにはわけが…。



***



「あ、お譲ちゃんすまんが…」

「はい?」


数時間前…。
行き同様、地図を見ながら帰っていたに声をかけてきた人がいた。

引っ越した孫の家を探しているらしい老人だった。
この辺りなのは間違いないが中々見つからず、何時間も探し歩いているそうだ。


「そうなんですか…大変ですね…。」


老人から話を聞いたは当然…。


「それなら私も一緒に探しますよ!」


……と言うわけで、老人の家探しに付き合ったはすっかり
時間が経ってしまい、いつのまにか地図の道からも外れてしまった。

それでも老人の探していた家は見つかったし、道も、
歩いていれば知っている道に出るだろうと思いとりあえず歩いていたが
…そう上手くも行かず今に至る…。



***



「もうすっかり夜になっちゃいましたね…。」


暗くなった空、浮かび上がった月を見ながらはぽつりと呟いた。


(……近藤さん心配していますよね…きっと。)


暗くはなったが、月も明るい今日は特に恐怖心もなく、
は夜の道をそんなことも思いながら歩いていた。

夜は、暗やみは恐怖心を煽るもの。
も例外ではなかった。

だが、月があればそれでも一人ではないと思えた。
そして星も。





ひとりじゃないよ。

優しい月明かり。
いつも傍に。

不安なら、寂しいなら、顔を上げて。
ほら、僕はいつでも君を見てるよ。

君が僕を見てるなら、僕も一人じゃない。
一緒だね。

たとえ雲に隠れて見えなくなっても、
心はいつも君を想っているよ。

心はいつも君の傍に。

ひとりじゃないよ。
忘れないでね…





月を眺めていたは、そんな歌を口ずさんだ。
夜、一人で居る時も決して一人じゃないと教えてくれた、
夜を怖がっていたに、兄上が教えてくれた歌だった。


「……兄上。」


ポツリと名前を呼んだ。
返事はない。

…それでも……


「!」


と、が兄上を呼んだ時、誰かがの腕を掴んだ。
突然腕をつかまれ、身構えたは、腰の刀に手をかけ振り返ったが、
相手の顔を見てほっと胸をなでおろした。


「……あ…斎藤さん…」

「……見つけたぞ……。」


振り向いたの顔を見て、斎藤さんもほっと息をついたが、
少し厳しい表情になり、に話しかけた。


「何をやっているんだ、…こんな時間まで、それにこんな所で…。」

「あ…えっと…すみません…。」

「…それに、腕を掴まれてから刀を手にしても遅い。
 こんな時間なんだ、もう少し回りを警戒していないと危ないぞ。」

「……はい…。」


指摘されれば最もな斎藤さんの言い分。
迷子になって遅くなってしまったこと、今の失態も。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで、はふっと顔を伏せた。


「………」


反省した様子のに、斎藤さんは再度大きく息をついたが、
ポンと優しくの頭に手を乗せた。


「……?」


そしてが顔を上げると、ふっと優しい笑顔を見せ、


「帰るぞ…。」


と言った。


「……はい」


不安そうな顔をしていたは、
斎藤さんの笑顔を見て、照れたように笑って頷いた。

失敗したこと、心配をかけてしまったことも、
申し訳ないとは思っているが、
こうして斎藤さんが自分を探しに来てくれた事は…やっぱり嬉しいから…。


***


斎藤さんに手を引かれ、少し後ろを歩きなが帰路についた。
手をつないでいるのは恥ずかしかったが、
迷子になったことを言われては、断ることもできなかった。

それに恥ずかしいとは思っていても、嫌ではない。
むしろ温かい安心感が幸せだった。

そんな気持ちでほっとしていたに、
ふと思い出したように斎藤さんが口を開いた。


、」

「何ですか?」


前を、進行方向を向いたまま、に声をかけた斎藤さん。
は斎藤さんの背中を見ながら尋ね返す。


「お前…」

「はい、」

「……俺がお前を見つける前に…」

「?」

「歌を歌っていただろう?」

「…え…」

「あの歌…もう一度…歌ってくれないか?」

「……え"!?


思いもよらない斎藤さんの言葉に、
が思いっきり動揺すると、斎藤さんが振り返った。


「?…駄目か?」

「え…あの…;ど、どうしてですか?」

「…あの歌が聞こえたから、お前を見つけられたんだ。
 お前の声だと…すぐにわかったからな。」

「……そ、そんな大きな声で歌っていた覚えは…」

「…俺には良く聞こえた…だから…もう一度聞きたいと思ってな」

「………;」

「…駄目なのか?」

「……それは…///;」


動揺し、渋りまくるに、斎藤さんはもう一度尋ねた。

必死の思いで探し回っていた時、ふと聞こえた優しい歌声。
心地よいと感じると同時に、安心感が広がった。
もちろん、探していた人物を見つけたからというのもあるが、
あの歌は…もう一度聞きたいと…。

斎藤さんがそこまで言うと、
渋っていたも観念したように頷いた。


「…わかりました…。
 …でも、恥ずかしいので前を向いていて下さい…///

「……わかった。」


言われた通り、斎藤さんが前を向くと、
は小さい声だったが、歌い始めた。





一緒にいるよ。

瞬く星たち。
どんな時でも。

想いを、気持ちを、願いを教えて。
ほら、私達に届いているよ。

貴方の願いは、私の願い。
ひとりじゃないよ。

いつか願いが叶ったら、
きっと流れて貴方の元へ。

心はいつも貴方と共に。

一緒にいるよ。
覚えていてね…





初めは小さかった声も次第に通るように、
優しい夜に溶けていった。

月明かり、星の明かりも優しく二人を照らし、
温かくて幸せな気持ちが二人の胸に灯っていた。

迷子になってしまった時は不安だったし、
最初に歌を歌った時は、正直寂しかった

でも今は…誰より優しい人が傍にいてくれているから…。


(やっぱりひとりじゃなかったんですね…。)


繋がれている手に目を落とし、ふっと小さく笑った。

そして空を見上げ、月を、星を見て一言…。


「…ありがとう…。」

「…ん?……何か言ったか?」


ポツリとが空に言った言葉に斎藤さんが振り向いた。
斎藤さんの顔を見て、は笑顔になると、もう一度、


「ありがとう…って言ったんです。
 ありがとうございます、斎藤さん。迎えに来てくれて…。」


そう言ってお礼をいった。
今、ひとりではないと安心できたのは、貴方のお陰だから…。

の言葉を受けて、斎藤さんも笑う。


「……いや、…俺こそ…もう一度お前の歌が聞けてよかった。
 ……俺は…その歌が、お前の歌が好きだ。」


笑顔と共に言われた言葉に、は赤くなったが、
それでも笑顔は耐えることはなかった。
幸せな気持ちも…。

兄上がに教えてくれた優しい歌は、
優しい二人に幸せな気持ちを与えてくれたようだ…。


そして、歌を聴いていた月と星も…、

二人を祝福するように優しく空で輝いていた…。



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2011.04.10