-紅龍-
朝、いつかと同じように道場へと足が向いて、 ふと中を覗くと、道場の真ん中で直立浮動している人物がいた。 少し怯んでしまいそうになる気迫……。 思わず息を飲むと、 「やあ、おはよう。」 その人物は振り返り笑顔を見せた。 「……どうも。」 やわらかい笑顔と共に周りの空気がふっと緩んだ。 (同じだな……。) 爽やかな笑顔を見せた人物を見て、俺はそう感じた。 俺が気になっている人物と…よく似た雰囲気だ。 (流石、兄妹か……。) 道場にいたのはの兄で、その人だった。 昨日の『ばれんたいん』とか言う日にこちらへ来て、 昨夜は泊まって行ったようだ。 随分遅くまで近藤さんの部屋で飲んでいたようだし…。 *** 「何をしていたんですか?」 何となく、俺は口を開いていた。 あまり人と話をするのは好きではないが…。 と同じ雰囲気を持った、の兄だという この男に興味を持ったからだ。 「別に。何かしていたわけじゃないが…」 男は頭を掻きながらあいまいな返事をした。 別に誤魔化しているとか、そういう感じではなく、 本当に何と言って良いものかわからず困っているようだった。 「君…斎藤君だね?三番隊の?」 彼はふと俺の顔をまじまじと見つめると笑顔になってそう尋ねてきた。 「ええ…三番隊組長の斎藤一です…あなたは…の…」 「ああ、名前はだ。よろしく。」 「ああ……そうでしたね…さん…。」 「何か?」 「いえ、別に…あなたこそ、俺に何か?」 どうも何か含みがあるような気がして、気になって尋ねてみると、 彼はにっこり笑うと、意外な事を口にした。 「いや、が、君の事をよく手紙に書いていたから、 どんな人物か気になって…こうして話ができて嬉しいよ、斎藤君。」 「が?俺のことを……ですか?」 「ああ、随分と世話になっているみたいだと思っていて… あ、先にお礼を言うべきだったかな…ありがとう、斎藤君。」 「いえ…俺は何も…。そんな覚えはないんですけどね…。 は…本当に俺のことを?」 半信半疑で尋ねた俺に、さんは楽しそうに話してくれた。 初めて屯所に来た時に案内してくれたこと、町を案内してくれたことも、 任務のときに助けられたり、勇気付けられたりしたこと。 俺がそんなに覚えていない、然したる事ではないと思っていたことも、 は覚えていて、嬉しいことだったようで、 本当に感謝していて、世話になっていると、文に書いていたそうだ。 自分のしたことで、がそんなに喜んでいたのだと思うと嬉しく、 心が温かくなるような気持ちを感じ、ふっと笑みがこぼれた。 さんはそんな俺の様子に気づいたのか、ふっと笑ってこんなことを言った。 「それにしても…斎藤君、随分強いらしいな、どうだろう? 一度俺と手合わせ願えないか?君の実力……興味があるんだが…。」 突然で驚いたが、実力に興味があるのは俺も同じだった。 近藤さんに並ぶ実力と常々聞いていたのだ、是非とも彼の剣を見たかった。 「こちらこそ……よろしくお願いします。」 *** 互いに本気の実力を見たいということで、真剣で勝負することになった。 多少危険は伴うが、俺も彼も生半可な実力ではないと、 お互い思っているので暗黙のうちにそうなったのだ。 お互い刀を納めたまま、道場の中心で立ち合い構えた。 「「…………」」 口を開くことはなく、目が合うと互いに小さく一礼し、 ほぼ同時に刀を抜いた。 キィィィン!! 居合いを受けて交わった刀が音を立てた。 素早い抜刀に隙はなく、その一つの動作でも実力を窺わせた。 「……っ」 抜刀の瞬間はほぼ同時、刀を受ける時も太刀筋は見え、確実に受け止めた。 劣る部分はなかったはず…。 だが、一瞬圧され刀を引いたのは自分だった。 「お見事……」 小さく呟き、小さく笑った、 さんの言葉に、俺は刀を下ろした。 「すごいな…気が逸れたのはほんの一瞬… そして立て直したのも…ほんの一瞬だった…」 さんは感心したように言ったが、俺は心中複雑だった。 いくら実践ではなかったとはいえ、一瞬でも気を逸らしたことが…。 「斎藤君はもちろん、の青龍を見ているね?」 さんはふっと刀を振って俺に尋ねた。 「……ええ、見ました。」 「だからか、俺の刀に然程反応しなかったのは…。」 「……いえ、驚きました…。」 「そうか…。」 俺の返事に満足したかのように小さく笑い、 さんは刀を鞘に収めた。 そう、俺がほんの一瞬気を逸らしたのは彼の刀故。 そして、それが一瞬で済んだのは彼が言ったように、 の刀を、青龍を見ていたから、知っていたからだ。 「……その…刀は…?」 「……紅龍」 ふっと笑って彼は答えた。 「……紅龍…。」 俺が小さく復唱すると、彼は再び刀を抜いてすっと顔の前に立てた。 道場に入り込んだ光が刀に反射して、赤い光が目に入り俺は一瞬目を閉じた。 彼の刀はの刀同様刃に色がついていた。 ただし、その色は紅だった。 刃全体が真っ赤に染まった紅の刀…。 見ようによっては、血が染み込んでいるのではと思わせるような怪しい光を放っている。 戦場で目にすればそれだけで敵を怯ませ、戦意喪失させることができるのではと思わせるような…。 ただ、今はそうは感じなかった。 紅色なのは事実だが、朝日に照らされて輝いている刀、紅龍は美しかった。 血を思わせるような穢れた紅ではなく、夕日のように澄んだ美しい紅だった。 「見事ですね。」 思わずそう口にしていて、その言葉を聞いてさんは嬉しそうに笑った。 「ありがとう、紅は戦いの中に身を置く者は"血"の印象が強いからか、 この刀を気味悪く言うものも多いんだが……」 「いえ、美しいと思います。の青龍と同じ…」 刀が美しく澄んでいるのは使い手の心の表れだと、 二人を見ているとそれを強く感じる。 と青龍を思い出し、そう言葉を続けた。 さんは俺の言葉を終始嬉しそうに聞いていたが、 「話に聞いていた通りだな、斎藤君は…。」 と呟いた。 「はい?」 「いや、褒めているんだ。ありがとう。」 ククッと楽しそうに笑うとさんは刀を納めて俺に一礼すると、道場を出て行った。 去り際に、 「妹をこれからもよろしく、仲良くしてやってくれ。」 そう言い残して。 おまけ*** 「斎藤君?あれ?、いなかったかい?」 「ああ、近藤さん…おはようございます。彼なら、先程出て行かれましたが。」 「あ……そう、君の所かな?」 「近藤さん」 「ん?なんだい?」 「彼の刀もと同じなんですね。」 「あ、見せてもらったのかい?斎藤君。そうなんだよ、色は違うけどね。」 「ええ、すごいですね。刀も…彼も…。」 「お、と手合わせしたの?」 「ええ……少し…。」 「珍しいな…アイツあまりやりたがらないんだけどね…。で、どうだった?」 「強いですね。」 「そうだろうね〜、も君と同じで、 普段は結構のほほんとしているけど、やる時はやる男だよ。」 「そうみたいですね……。」 「ま、なんせアイツの通り名は『紅の鬼神』だから…」 「……それは…すごい名ですね…。」 「そ、実はすごいのよ。彼…。」 続・おまけ*** 「兄上!」 「!どうしたんだ?」 「おはようございます…兄上、 昨夜また近藤さんと遅くまでお酒飲まれていました?」 「うっ…;」 「兄上!少し控えて下さいと、いつも言って…」 「わ、悪かったよ。けど、最近はちゃんと控えているし、 昨夜は久々で、それに勇の奴が…;」 「日々飲むよりも、急激に飲む方が体には悪いんですよ? 兄上は確かにお酒にお強いですが、お体は別です。 兄上にもしものことがあったら……」 「悪かった、ちゃんと気をつけるから。ごめんな?心配かけて…?」 「本当に気をつけて下さいよ?」 「ああ、約束する。」 「はい、約束ですよ!」 『紅の鬼神』と呼ばれる男も、溺愛している妹には形無しだとか…; 戻る 2007.02.27
主人公出てなーーーい!!(滝汗)
流石にまずいとおまけを作りました(笑) 兄上の通り名を出したかったこともあるけど…。 斎藤さんは兄上に認められた!……のかな;(笑) バレンタイン最後に少しだけ登場した兄上。 もうちょっと活躍させたくて書いた話なんですが…。 主人公登場してない!ってどういうことですか!?(◎□◎|||) すみません!すみません!(>_<)ゞ(激しく謝罪!;) オリジナル要素濃すぎにも程がありますね…(^ ^;Δ これじゃあ、兄上ドリーム(?)じゃないか!; |