-君に会えたら-




大分暖かくなってきた今日この頃。
は山崎さんから頼まれて受け取ってきた品物を持って屯所への帰り道を歩いていた。


「…ふぅ」


山崎さんから頼まれた品は着物。

衣替えのために新しく買った着物で、今日受け取りに行くと店に言っていたのだが、
山崎さんは急用が出来てしまったため、が代わりに受け取りに行くことになったのだ。

別に着物ぐらい…と思っていたが、
思いの外量が多くては疲れたように息をついた。


(山崎さん…こんなにたくさん本当に必要なんでしょうかね…;)


だんだんと腕の負担になってきた着物の包みに目を落とし、は心の中で呟いた。
山崎さんはそれでなくとも沢山持っているはずなのに。

近藤さんや永倉さんの給金はお酒や島原で消えていくが、 山崎さんの給金はこの着物代で消えてるのかな…。


、」


がそんなことを考えていると、名前を呼ばれ、振り向くと斎藤さんが駆け寄ってくる所だった。


「あ、斎藤さん。」

「大丈夫か?」

「え?」


が気付いて返事をすると、
斎藤さんはそんなことを言い、の持っている包みを持ってくれた。


「あ…の?斎藤さん?」

「山崎さんが、お前が自分の代わりに荷物を受け取りに行ったから手伝ってやって欲しいと言われてな。」

「あ、そうなんですか。」


不思議がるに斎藤さんはそう答えた。
実は山崎さんがに頼んだのはこのためだったり…。


「あ、斎藤さん。別に全部は…私も持ちますよ。」

「…ああ。」


包みはいくつもあるのに全部持とうとする斎藤さんに、は慌てていくつか取り返した。



***



「……それにしても…これ全部山崎さんの物か…?」

「そうだと思いますけど…。」

「……こんなに必要なのか…?」

「…あはは;斎藤さんもそう思うんですね;」


着物の多さに目を丸くし、
自分と同じことを言った斎藤さんには苦笑いした。


「…やはり女性は…こういうものを欲しがるものなのか?……山崎さんは男だが…。」

「どうでしょうね…。それは多少は…でも着物は高いですから…。」

「……おまえも…何か欲しいと思うものがあるのか…?」

「私ですか?私は…別に…。」

「…もし…俺のために着てくれるなら…俺が…」

『あ!斎藤さん!』



少し躊躇いがちに、斎藤さんがに言った言葉。
意を決して、かなり気合いが入っていたに違いない。
だが、残念なことに言葉は途中で途切れ、の耳には届かなかった。

変わりに聞こえたのは、斎藤さんのことを呼んだ、明るい元気な声だった。


「?」

「…………」


その声に先に振り向いたのはだった。
聞いたことのない声だったから気になったのだろう。

振り返った先にいたのは鮮やかな橙色の髪をした可愛らしい青年で、
それは嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。


「斎藤さん、呼んでますよ?」

「…ああ。」


何故か機嫌が悪いのか、返事をしないでいる斎藤さんにが声をかけると、
斎藤さんも振り返り青年を見、斎藤さんが振り返ってくれたことに、青年はますます嬉しそうな顔をした。


「斎藤さん!こんにちは!偶然ですね!こんなところで!」

「……ああ。」


斎藤さんの返事は素っ気ないものだったが、それでも青年は嬉しそうで、
彼が斎藤さんに好意を持っているのは一目瞭然だった。


「斎藤さんに会えて嬉しいです!俺!」

「……そうか…。」

「はい!」


はしばらく大人しく二人のやり取りを眺めていた。
嬉しそうに話してる青年の邪魔をするのも躊躇われたからだ。

と、それからしばらくして青年がようやくの存在に気付いて首を傾げた。


「あれ…?この人…斎藤さんの知り合いですか?」


特に口を挟むことはしなかっただが、
ずっと傍にいることを不振に思ったのかもしれない。

青年の言葉に斎藤さんはほっとしたように息をついて、青年にを紹介した。


「ああ…、こいつは俺と同じ新選組の隊士だ。」

「初めまして。です。」


斎藤さんの紹介には頭を下げて挨拶したが、
青年はそれに驚いた顔をし、声をあげた。


「え!?この子が新選組の隊士!?」


の顔をまじまじと見て、信じられないと言うような顔をしている。
は困ったように苦笑いし、斎藤さんはそんな青年に声をかけた。


「咲彦、見掛けで実力を判断しないことだ。は…強い。」

「さ、斎藤さん;」


思いがけない斎藤さんの言葉に、も青年もびっくりして斎藤さんを見た。


「へぇ…斎藤さんが言うならそうなのかな…。すごいね。」

「いえ;とんでもないです;」


斎藤さんの言葉に、感心したような眼差しを向けてきた青年に
はすっかり弱ってしまい、助けを求めるように斎藤さんを見た。

それに気付いた斎藤さんは、今度は青年をに紹介した。


、こいつは花柳館の隊士で咲彦だ。」

「あ、初めまして。咲彦です。」


斎藤さんに紹介され、青年、咲彦君はに笑顔を見せた。


「花柳館?」

「俺がお世話になっている道場だよ。
 それにしても、桜庭さん以外に新選組に女性隊士がいたんだね。」


咲彦君はの問いをさらっと返すと、やっぱりもの珍しそうにを眺めた。
…そんなに新選組隊士には見えないんだろうか…。


「あの…咲彦さんは鈴花さんのことご存じなんですか?」

「うん、桜庭さんは才谷さんと花柳館に来た事があるから。」

「あ、そうなんですか…才谷さんも…。」


意外と花柳館と新選組は親しいのだろうか。
…才谷さんは新選組の隊士ではないが…。

咲彦君の話を聞いて、は興味深そうに首を傾げた。
と、が口を閉じたので、咲彦君はまた斎藤さんに向き直り声をかけた。


「所で、斎藤さん!もしよかったら今度俺に…」

、そろそろ戻らないと山崎さんが待っているんじゃないか?」

「え?あ、えっと…はい…。まあ…。」


が、斎藤さんは咲彦君の話が終わるより前にに声をかけ、その場を去ろうとした。


「なら早く戻ろう。ではな、咲彦。」

「え、あ、斎藤さん!」

「斎藤さん!」


咲彦君に短く挨拶し、さっさと行ってしまった斎藤さん。
半ば呆気に取られた二人だったが、は咲彦君に一礼すると慌てて斎藤さんの後を追っていった。

去りぎわ、しょんぼりと暗い顔をした咲彦君に、
何故かの方がひどく責任を感じ、申し訳なく思ってしまった。



***



「斎藤さん!待って下さい!」


慌てて追い掛けたが声をかけると、斎藤さんは立ち止まってくれて、
何とか追い付いたは恨めしそうに斎藤さんを見た。


「斎藤さんひどいです…。」


珍しくムッとした顔をしているに斎藤は驚き、慌てて謝った。


「すまない、別におまえを置いていくつもりは…」

「私じゃありません!咲彦さんです!」

「…え?」


だが、が怒っているのはどうやら違うことらしい。


「咲彦さん、斎藤さんにまだ話したいことがあったんじゃないんですか?
 まだお話の途中だったのに…」

「ああ…」


しゅんと悲しそうな顔でいわれ、斎藤さんもの言いたいことに気付いた。


「咲彦の…話は長いからな…。全部聞いていたらいつまでも終わらないぞ。」

「でも…」

「別にお前が気にすることじゃない。」

「…………」


それでも納得いかないのか、不満げなに斎藤さんは苦笑いした。


「山崎さんの所へは私が行きますから、斎藤さんは咲彦さんのお話…聞いてあげて下さい。」


挙げ句の果てにそんなことを…。

斎藤さんは驚いてを見た。


「いや…、俺は…お前を手伝いに…」

「だったら、咲彦さんのお話の邪魔をしてしまったのは私だと言うことですよね。」

「…そんなことを言っているんじゃ…。」

「咲彦さん、斎藤さんに会えてあんなに喜んでいたのに可哀想ですよ…。」


捨てられた子犬のように落ち込んでいた咲彦君が余程気の毒に見えたのだろう。
はさっきの咲彦君に負けないぐらい落ち込んだ顔をし、


「ね?斎藤さん…お願いです…。」


うるうると縋るような目で斎藤さんを見つめて頼み込んだ。


「…………」


そんな顔でお願いされては斎藤さんもさすがに断ることも出来ない。
がどうしてそこまで咲彦君のことを気にするのかと、斎藤さんはそれも複雑だったが…。


「わかった…。」


盛大にため息をついて仕方なく頷いた。


「とにかく…言い掛けたことは聞いてこよう。」

「はい!」


斎藤さんの返事を聞いて、はぱぁっと笑顔になり、斎藤さんは苦笑いした。
本当にどうしてそんなに…。

斎藤さんが不思議そうな顔をしていると、それに気付いたはにっこり笑って答えた。


「咲彦さんは斎藤さんのこと好きなんですよ。」


にっこり満面の笑顔。

しばらく理解に窮する斎藤さん。


「…俺はそういう趣味はないが…。」


やっと出た答えだったが、はきょとんと目を丸くし、
違いますよ!と言い聞かせるように言った。


「そういう意味じゃなくて!」

「?」

「別にそういう意味じゃなくても、男性でも女性でも、
 仲良しな人や好意を持っている人に会えたら、やっぱり嬉しいじゃないですか。
 お話したいことだって、きっとたくさんあります。
 私も、斎藤さんに会えたら嬉しいですし、お話するの好きです。だから…」


何とか必死に説明をしようとしているが、
自分でも何を伝えたいのかわからなくなってきた。

は段々と声が小さくなり、困惑した表情になり、
仕舞いには言葉が続かなくなってきたが…。

ぽん、とそんなの頭に手を乗せて、斎藤さんはふっと笑ってくれた。


「?」

「……わかった…。とりあえず今言い掛けたことを、咲彦に聞いてこよう。
 他は…また後日、ゆっくり聞くと…。」

「斎藤さん。」


斎藤さんはようやく納得してくれたのか、さっきとは違う満足そうな表情だった。

ただ…。


「だから…」

「はい?」

「少し待っていてくれないか?すぐに戻る。
 咲彦にも納得いくよう話をつけてくるから…。」

「私のことは別に…。」

「…俺はおまえを手伝いに来たんだ。おまえの方を優先するのは当然だろう?」


斎藤さんはそれだけ言うと早足に咲彦君の所へ戻っていった。
「すぐ戻る!」だから待っていろ、とに念を押して…。

は首を傾げたが、仕方なく、近くの店の長椅子に着物を置いて腰掛けた。


「…咲彦さん…無事に会えると良いですね。」


がっかりしていた咲彦君がぱぁっと嬉しそうな顔をする所を想像すると、
はほっと安心したように笑った。



『私も、斎藤さんに会えたら嬉しいですし、お話するの好きです。』


実は、斎藤さんを動かしたのはこの言葉。


「……そんなことを言われたら…行かないわけにいかないだろう…。」


斎藤さんは嬉しそうにふっと笑いを盛らした。


(自分に会うこと、が嬉しいことだと思ってくれている。
 それがわかっただけでも咲彦には感謝すべきか…。)


話の邪魔をされて、つい邪険な態度を取ってしまったこと、
斎藤さんは反省し、咲彦君を呼び止めた。

斎藤さんに呼び止められて、咲彦君は驚いた顔をしたものの、嬉しそうに笑った。


大好きな人に会えることは、きっと誰でも嬉しいこと…。




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2008.09.04