-変わらぬ想いを-




「もうすぐ七夕ですね。」

「そうですねぇ…。」


屯所の縁側に座って雑談していた鈴花さんと
他愛無い日常の話からふとそんな話になった。


「七夕って素的ですよね、一年に一度の恋人との再会なんて

「そうですね、一年に一度しか会えないのは寂しいですけど…。
 でも、一度でも会えるなら…幸せなのかもしれませんね…。」


今はまだ昼間なので星は出ていない空を眺めて、
二人は顔を見合わせた。


「でも、鈴花さんは直ぐ傍で、いつも一番大切な人に会えるから良いですね。」

「なっ!///なな、何言ってるんですかさん!///

「七夕の日は…一緒に過ごすんですか?」

「そ、そんなことまだわかりませんよ!///


別に他意はない、いつもののんびりした口調で尋ねただったが、
その言葉に鈴花さんは照れまくり、慌てまくっていた。


鈴花さ〜んvvVV


と、そんな所にそんな話題の人物がやってきたものだから、
結果は想像するまでもなく…、


きゃー!!梅さんの馬鹿ーー!!何で今来るんですか!!

「え?な、なんのことぜよ?;
 わしはいつでも鈴花さんに会いたいと……」

人前でそんな恥ずかしいこと言わないで下さい!!

ええぇーー!?


「…………………;」


いつものことと言えばいつものことだが、またにぎやかな痴話喧嘩(?)をしつつ、
二人はに挨拶してそそくさと去っていった。


「良いですね、仲良しで♪」


少し呆れつつも、仲睦まじい様子を微笑ましく思いながら、は二人を見送った。


「でも、…ちょっと羨ましいですね。」


二人を見送って、二人の姿が見えなくなってから、はぽそりと呟いた。

才谷さんと鈴花さん、いつでも仲の良い二人。

喧嘩もしているけど、それは親しいから故だし、
お互い想っているから、言える事もあって、だから喧嘩にもなる。

そんな関係が、には羨ましかった。
そんな存在がいることも。


「やっぱり…好きな人がいるのは良いですね。」

「………………

「…………………!!!わぁ!?さ、斎藤さん!?


ぽつりと寂しそうに呟いた
そこにボソリと声をかけられ、気づくまで時間がかかってしまったこともあって、
酷く驚いて縁側から落っこちてしまった。


「!……;すまない…大丈夫か;」

「イタタ…;だ、大丈夫です…すみません;」


そんなに驚くとは思っていなかっただけに、
斎藤さんの方もかなり驚いた様子で、慌ててに駆け寄った。

一先ず手を貸して、起こしてくれて、も素直にそれを受けたが、
いざ顔を合わせるとどうも妙な沈黙が流れた。


「「……………」」


さっき呟いたことが聞かれていたのかと、は内心冷や汗が流れて青い顔をしていたし、
斎藤さんは斎藤さんで、何やら複雑そうな顔をしていた。

それでも…その空気に耐え切れず、口を開いたのはだった。


「あ…あの…;な、何か用ですか?」

「え?」


恐る恐る、不安げな顔で斎藤さんを見つめ、そう尋ねた。
何だか今にも泣き出しそうなぐらい不安そうな顔で言われたため、斎藤さんも少し言葉に詰まる。

聞きたいこともあったのだが…不用意なことは言えない。
そんな気がした。

そんなわけで、仕方なく元々の用件を切り出す。


「その…」

「は、はい…;」

「もうすぐ七夕だが…」

「はい…」

「去年、約束したこと覚えているか?」

「………え?」


いまいち不安だった
かなり身構えた状態で斎藤さんの言葉を聞いていたが、
話が思わぬ方向へ行ったので落ち着きを取り戻し、
言われたことを理解しようと頭を巡らせた。


「去年…約束…?」

「…いや…覚えていないなら…」


いまいちピンと来ていない様子のに斎藤さんは落胆したように肩を落とし、
残念そうに視線を外したが、
思い出したが遠慮がちに尋ねると、ふっと優しい表情を見せてくれた。


「あ、あの…もしかして天の川のことですか?私が…見たいって言った事…。」

「ああ、去年無理だったから、今年こそはと思ったんだが…。」

「……………」

「…………?」


思いもよらないことだった。何せ一年も前のことなのだ。
その上、去年天の川を見られなかったのはの不都合。

自分が見たいと言い出して、斎藤さんに無理に頼んだのに、自分が体調を崩して結局見られなかった。

おまけに看病までして貰って…とことん迷惑をかけたと言うのに。

それなのに斎藤さんはその時の約束を覚えてくれていて、しかも、今年こうして改めて誘ってくれた…。

驚いて言葉をなくしていただったが、
不思議に思った斎藤さんが首を傾げ、顔を覗き込んだ時、
ほっとしたような、ぱっと明るい笑顔を返した。


「ありがとうございます…斎藤さん…。
 あの時のこと覚えていてくれたんですね…。私のせいでご迷惑をお掛けしたのに…。」


嬉しそうに笑ったに、
斎藤さんもほっと安心したような笑顔を返した。


「迷惑などと思ってなどいない。それに…」

「?」

「俺がお前と一緒にいたいだけだ。」

「…!……///


今年も誘ってくれたこと、笑顔を返したくれたこと、
それだけでも十分嬉しかったのに、最後に言ってくれた言葉には真っ赤になってうつむいた。

それでも、その言葉も何より嬉しいもので…。


「ありがとうございます…斎藤さん。…嬉しいです…///


最初の不安そうな顔は何処へやら、は最高に幸せそうな笑顔を返した。



***



それから数日後の七夕当日。

流石に今年は何事もなく、は何とか約束の時間に斎藤さんの所へ行くことができた。

夜に出かけるからと、近藤さんには一応報告したが、
斎藤さんと『二人で』出かけると言うと、
何だか散々からかわれるようなことを言われてしまい、
斎藤さんの所へ行った時はは半ば疲れ気味だった。


「どうかしたのか?」


そんな様子に、斎藤さんは少し心配そうな顔をしたが、
は大丈夫だと言って出かけることにした。

天の川を見ることができれば、きっと疲れも取れるだろうと。
実際、のそんな期待は十分答えられた。

斎藤さんが連れて行ってくれた場所は広い空が何処までも見えるような場所で、
天の川もそれは見事に輝いていた。


「凄い…こんなに沢山の星初めて見ました。」

「…そうか…?」


夜空を、天の川を見上げたまま、
が感慨深げに呟くと、斎藤さんは満足した様子でを見ていた。

ただ、いつも星を眺めているのに…?
と、少し疑問に思った気持ちがあったのか、尋ねるような口調だったので、
は斎藤さんの方に視線を戻して言葉を続けた。


「普段も、綺麗ですけど、やっぱりこういう時は特別かなと思いまして。」

「星はいつも見えていると思うが…」

「ええ、最近は良く見るんですけど…。
 何だか昔は見てなかったような気がするんです。昔は…空にこんなに星はなかったような気が…。」

「…そうか…。」


斎藤さんはの言葉を少し不思議に思いながらも、
また空に視線を戻したに倣い同じように空を眺めた。

いつもと同じ美しい星空。
いつも以上に美しい星空。

星は変わらないが、やはり天の川は七夕の特別なものかもしれない…。
一年に一度だけ逢瀬を許された恋人が出会う場所だから…。


(年に一度の逢瀬か…)

『やっぱり…好きな人がいるのは良いですね。』


天の川を眺めていた斎藤さんの頭に、昼間、が言っていた言葉が過ぎった。

あれはどういう意味だったのか。

好きな人がいるのかいないのか…。

いないから欲しいと言ったのか、それとも、いるが気持ちを伝えてはいないと言う意味なのか…。


(好きな人…か…)


斎藤さんは正直自分がのことを好きなのか、はっきりわかってはいなかった。

ただ、一緒にいるのは心地良い存在だとは思っている。
こうして誘ったのも共にいたいと思ったからだ。

ただ……今までそんなことを考えたことがあまりないから…、
はっきりしたことはわからなかった。

ただ、の口から『好きな人』と言う単語が出たとき。
一瞬心に不安が過ぎり、それが『誰』なのか気になった。

それはつまり…。

いまだ空を眺めたままのにそっと視線を移して、
斎藤さんは微かに心に過ぎった気持ちを考えていた。

すると不意にが口を開いた。


「星…綺麗ですね。」

「え?…あ、ああ、そうだな。」


突然話しかけられて、驚きつつも相槌をうった斎藤さんには続ける。


「…私、私が星や月が好きなのは…
 これだけは変わらないって思ってるからかもしれません。」

「……え?」

「星や月は、時が経っても変わらないものだと。
 どんな場所から見ても変わらないと。同じものを…見てると…。
 たとえ会えなくなっても、離れていても、同じもの…見ているんだと思えるから…。」


何処か寂しそうに聞こえたの言葉。
そして、逢えない誰かを恋しく思っているような言葉。


「……たったひとつだけでも…それだけは同じで…繋がってるって信じたいから…。」


ぽつりぽつりと呟かれた言葉。
そして最後の言葉の言葉と同時に、の瞳からぽつりと涙が零れたような気がした。


「!?」


驚いた斎藤さんが声をかけると、はにっこりと笑顔で振り返った。


「……」

「?どうしたんですか?斎藤さん?」

「あ、いや…」


泣いているように見えたのは気のせいだったのか…。


「斎藤さん、今日は誘ってくれてありがとうございました。
 一年越しでも…斎藤さんと一緒にいられて、一緒に天の川が見られて嬉しかったです。」

「いや、俺の方こそ…」

「もし…この先逢えなくっても、こうして星を見たら今この時の事思い出せますよね。」

「…え?」

「この空とは違って、人の気持ちは変わってしまうかもしれないし、
 忘れてしまう時がくるかもしれません。なくしてしまうことも…。
 でも、一年に一度だけでも、ほんの一瞬でも想い出せたら…充分です…。」

…?」

「……ふふ、なんでもないですよ。」


半ば混乱している所に、が口にした言葉はいまいち斎藤さんには伝わらなかった。
も、何だか誤魔化すように笑って深くは話さなかったし。

念願の天の川を見ることが出来てよかった。
何よりその言葉を繰り返し口にして。


「さ、斎藤さん帰りましょうか。もう遅いですし。
 近藤さんも心配しているかもしれません。」

「ああ…そうだな。」


再度空を仰ぎ見て、はそう呟くと、斎藤さんを急かせて帰路に着いた。

帰りがけ、後ろを付いてきているを振り向き、斎藤さんは口を開いた。


…。」

「はい?」

「お前さっき…」

「はい。」

「人の気持ちは変わるかもしれない、忘れる時が来るかもしれないと言ったが…」

「…はい……」

「俺は今日のことは忘れる気はない。お前と…共にいて、共に見た…今日の空を…。」


斎藤さんはそう言って手を差し出し、
少し驚いた表情をし、躊躇ったもののはその手を取った。


「………光栄です…。」


少しだけ力を入れて握り返し、は小さく呟いた。

一年に一度だけの逢瀬でも、互いを想いあっている恋人の幸せを。
そして今そばに入る誰より大切な人の幸せを天の川に願って…。



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2008.09.19