-いつか帰る場所-




「あ、斎藤さん!」


が部屋を出ると、丁度部屋の前に斎藤さんがいて、
ぶつかりそうになり、慌てて足を止めた。


「…どうかしたのか?」


慌しく部屋を出てきたに、
斎藤さんは首をかしげて思わず尋ねた。

は、斎藤さんの問いに嬉しそうに笑うと、
包み込むように合わせていた手をそっと開いて中を見せた。

の手の中にいたのは小さな鳥の雛だった。

数日前、羽根を怪我して落ちていたのをが拾って、
松本先生に見てもらい、それからしばらく世話をしていた…。


「…ああ…。」


雛を見て、そのことを思い出し、斎藤さんは思わず呟いた。

野生の鳥、怪我して弱るなんてよくあること。
それをわざわざ拾ってくるなんて…。

雛を手当てしてくれた松本先生以下、皆そう思ったのだが、
必死な様子のに折れて、屯所で…と言うかが飼うのを認めてくれた。

それから必死に世話したのか、
今、の掌にいる雛はすっかり元気になっているようだった。


「…元気になったんだな…。」

「はい!」


パタパタと羽根を動かしている雛を見て、
斎藤さんがそう言うと、は更に嬉しそうな顔をした。

ただ…気になるのは…。


「…それで…何処か行く所だったのか…?」


その雛を連れて?

慌しく部屋を飛び出したの行動を不思議に思い、斎藤さんは再度首をかしげた。

いくら元気になったとはいえ、出かけるのに雛を連れて行く必要はないだろう。
それとも、元気になった姿を誰かに見せるためなのか?

あれこれと憶測が頭を過ぎっていると、
は得心したような顔になり意外なことを言った。


「えっと…この子、もう帰してあげようと思いまして。」

「…え?」

「もう元気になったので、いつまでも…私が引き止めていてもいけませんから…。」

「………」


少し寂しそうに見えたが、心は決っているのだろう。
足取りは変わらないまま、は屯所を出て行った。



***



「…この辺りで良いでしょうか?」

「…ああ、大丈夫だと思うが…。」


雛を帰しに行くと言うと、斎藤さんは同行してくれることになり、
屯所を出たと斎藤さんは山頂のお寺に着ていた。

ここなら何となくだが雛を離すのに悪くない場所だと思ったから。
斎藤さんも同意してくれて、はほっとして雛を地面に下ろした。


やっぱり少し寂しいし、ホントはもう少し…一緒にいたいけれど…。


「ほら、もう行って良いんだよ?」

「もう普通に飛べるって松本先生も言っていたから…。」

「元気で…ね…?」


地面に下ろした雛は、しばらくの事を見て、
話を聞いていたように見えたが、他の鳥の声が聞こえると、
それに釣られたようにパッと空へと飛び去っていった。


「………」

「………」


雛が飛んでいってから、しばらくは雛が飛び去った空を黙って眺め、
斎藤さんもかける言葉が見つからず、黙って傍に立っていた。

やがて、がふっとため息を漏らしたのを聞いて、斎藤さんが声をかけた。


「……落ち着いたか…?」

「……え!あ、え、えっと…は、はい!」

「…………」

「す、すみません、わざわざこんな所まで…。」

「いや、あれだけ可愛がっていたのだから当然だ。
 ……寂しいのだろう?別に無理する必要はない。」

「…………すみません;」


やっぱり寂しいと思っているのだろう、必死に誤魔化そうとしたが、
斎藤さんがそう言うとは素直に認めて頭を下げた。

もし一人だったら何時までも此処にいたかもしれない。
付いて来てよかったと、斎藤さんは密かに安堵していた。


「いや、それにしても…正直意外だったな。」


いつまでも俯いたままのに、斎藤さんはポツリと言った。


「…え?何がですか?」

「雛を…」

「?」

「お前が雛を帰すと言ったことがだ。」


可愛がっていたこと、大切にしていたのを見ているから、
が自分からそう言い出すとは思っていなくて。

今、酷く寂しそうにしている様子からも、
本意ではなかったのではないかとも感じる。


「ずっと…手元に置いておきたいと、お前なら言うかと思っていたからな。」

「……………」


苦笑いの様な顔で斎藤さんがそう言うと、
も少し寂しそうな顔をした後、誤魔化すように苦笑いした。


「…できれば…そうしたかったですけど…。
 …そうしたい気持ちもありましたけど…何となく…駄目な気がして…。」

「………」

「それは私の我侭ですから…。」


自嘲気味に見える寂しそうな笑顔。
はすっと息を吸うと、雛が去っていった空に視線を向け、ゆっくりと話し始めた。


「誰だって、自分のいるべき場所があるんです。
 だから、そこに帰してあげなきゃって…思ったんです。」

「帰るべき場所と…そこで待ってくれている人が…。」


だから個人の勝手な我侭でそれを遮ることは許されないと。
あの雛にも待ってくれている仲間や家族がいるかもしれない。


「それはきっと生まれ故郷だったり、大切に想い、想ってくれる人だったり。
 自分の居場所だと思える場所。そういうもの大切ですし、幸せな所です。」


まだ幼い雛にはこれから出逢うべきものも沢山あるだろうから…。


「きっと誰にでも…あるはずですから。」

「………」


しばらく寂しそうな表情ばかりだっただったが、
そう話した後は、ふっきれたような晴れやかな笑顔だった。


「帰るべき場所…か…。」

「斎藤さんにもきっとありますよ。今は屯所が、新選組の皆が。」

「……ああ…そうかもしれないな。」

「はい。」

「それから…」

「はい?」

「……いや…なんでもない…。」

「…?」


落ち着いた様子のが言ったこと、斎藤さんは穏やかな気持ちで聞いていた。

やっと寂しそうな雰囲気も消え、も元気を取り戻したから安心したのだろう。
もちろん、の言ったことが心に残ったからでもある。
途中、言葉を濁したが、斎藤さんもホッと気持ちが晴れた気がした。


「そういうお前はどうなんだ?」

「え?私ですか?」

「ああ」

「私…も、今は新撰組がそうですね。
 斎藤さんや皆がいる新撰組が居場所だと。」

「…そうか。」

「…はい。」

「なら…そろそろ帰るか。俺たちの…帰る場所に…」

「…はい!」


きっと誰もが持っている自分の居場所。

何処より温かく大切な。

どんなに遠くへ行っても。

いつか必ず帰るべき場所へ…。




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2010.03.08