-甘い星-




は星や月を見るのが好きらしい。
以前屯所の屋根の上に座り込んでいるのを偶然見つけ声をかけた。
俺が声をかけると驚いて落ちそうになったりもしたが、
高い場所も好きらしくあの日以降もよく見かける。
また落ちはしないかと心配ではあるが、
たまに夜二人でいられる時間があるのはなんとなく嬉しくて、止めはしなかった。


。」

「あ!斎藤さん、こんばんは。」


今日もまたは屯所の屋根の上にいた。
俺が声をかけると、振り向いてにっこり笑った。
ここで会うのも頻繁になって来たので今はもう驚かなくなってきたようだ。


「……」

「……」


最初挨拶したあとはいつも特に会話があるわけではない。
はただじっと空を見ているし、俺も同じように空を見て、そしてを見ていた。
何か話す時もあるが、俺はただじっと黙って隣にいるこの時間も好きだった。
ほっと一息つける時だからだ。
その時ぽつりとが口を開いた。


「もうすぐ七夕ですね。」

「…そうだな。」

「天の川…ここから見えますかね?」

「天の川?」

「はい…あまり見たことがないので、
 ちゃんと見てみたいな…って思ったんですけど…。」

「そうか…。」


俺はに向けていた視線を空に向けた。

天の川…。

ここからも見えるだろうが…。



***



翌日。
非番だった俺はたまに出かけては昼寝したり、稽古をしている場所へ行った。
町から外れた小高い山、丘と言った方がいいかもしれないが…。
ここなら屯所の屋根よりも天の川がよく見えるかもしれないと思ったからだ。
俺はしばらくその場を物色し、いつものように昼寝をしたり稽古をしたりして夜になるのを待った。



***



「あ、斎藤さん。今おかえりですか?」

「ああ。」

「遅かったんですね、心配しましたよ?」

「すまない…。」

「あ、いえ、夕食の席にもいらっしゃらなかったので…
 非番なのにどうしたのかなって思っただけですから。」


俺が謝るとは何故か狼狽えた。
その様子を微笑ましく思って見ていたが、
今日出かけてきたことの本題を口にした。


、昨夜天の川が見たいと言っていただろう?」

「あ、はい。」

「もしよければ、俺と見に行かないか?」

「え?どこかいい場所があるんですか?」


俺の言葉にはパァっと表情が明るくなり、
期待に満ちた眼差しで俺を見た。


「あ、ああ…///。そこならよく見えるだろう…。」


ぐっと近づいてきたにさすがに俺は照れて少しあとずさった。


「ありがとうございます!斎藤さん!」


本当に嬉しそうに笑うに俺まで嬉しくなった。


「すごく楽しみです!」


飛び跳ねて喜んでいるを見ながら、


「俺もだ…。」


斎藤さんはフッと微笑み呟いた。



***



「………ごめんなさい…斎藤さん。」


七夕当日。
は何度目かわからない謝罪の言葉を口にした。


「気にするな。」


傍らに座っている斎藤さんも何度目かの同じ言葉を繰り返した。

ここはの部屋。
は布団で寝ていて、斎藤さんはその横に座っていた。
時間はもう夕刻、天の川を見に行くならもう屯所を出なければいけない時間だが…。


「う〜本当にごめんなさい!斎藤さん!」


は泣きだしそうな顔で必死に謝った。
実は昨日の巡察で不逞浪士と戦った時、
は戦っていた相手に突き飛ばされて川に落ちてしまったのだ。
幸い怪我はなかったが、風邪をひいてしまったらしく、
今日一日は部屋で安静にしているようにと松本先生から厳しい言い付けを言い渡されてしまった。

今夜どうしても出かけたかったは午前中おとなしくしていたが、
残念ながら体調は戻らなかった。
斎藤さんにも大丈夫だから行きたい!と何度も頼んだが、
熱が下がりきっていない真っ赤な顔のの外出を斎藤さんが許すはずもなかった。


、体調だけは仕方がないだろう。
 天の川は無理だが、また次の機会に連れていくから…。」


斎藤さんがそう言うと、はしぶしぶといった感じではあるが部屋に戻った。
ともあれ、出かける約束をしていたので予定もないし、
心配だった斎藤さんはについていてくれることになり、
隣で看病してくれることになった。

でも、斎藤さんの顔を見るたび謝るに斎藤さんはちょっと困っていた。
これではちっとも休めないだろう。


、俺のことは気にしなくていいから休め。」

「…はい。ごめんなさい…。」


はもう一度謝ると、布団をかぶって横になった。


「………」

「………」

「あの…斎藤さん?」

「なんだ?謝罪ならもういいぞ。」


横になったまま、また口を開いたに斎藤さんは先制した。


「あ、はい…。いえ、あの…。」

「………?」

「斎藤さん、いつまでそこにいて下さるんですか?」

「………俺がいると迷惑か?」


の言葉に斎藤さんがちょっと顔をしかめたので、
は慌てて首をふった。


「いえ!そうではなくて!
 私の傍にいたら、斎藤さんに風邪が移ってしまうかもしれないから…。」

「…別に、俺はかまわない。
 それに人に移したほうが早く治るらしいぞ。」


の返事にホッとした斎藤さんはぽつりと返事をした。


「私はかまいます〜!私のせいで斎藤さんが風邪をひくなんて嫌です!」


むーとむくれてそう言ったに斎藤さんはふっと笑うと、


「もし、俺が風邪をひいたらお前が看病してくれるのだろう?」


と言った。


「それは、私の責任ですから、ちゃんと私が責任を持って看病します!」


即答しただったが、斎藤さんはちょっと考えて、


「お前の風邪が移ったのではなかったら、看病してはくれないのか?」


と聞いた。


「え?」

「普通に病になった時は…?」


斎藤さんの問いに少し考えただが、


「心配ですから…斎藤さんが良いなら…看病します。」


と答えた。の答えに満足した様子の斎藤さんだったが、
また少し考えると、


「……その…風邪をひいたのが俺以外の時はどうする?」

「へ?」

「永倉さんとか…土方さんとか…。」


なんとなく斎藤さんの表情に切迫したものを感じただったが、
また少し考えるとあっさり答えた。


「それは……誰が病気になっても心配ですし…看病します。」


わかっていたとはいえ、の返事に斎藤さんはがっかりとうなだれた。


「斎藤さん?」


斎藤さんの反応には不思議そうに声をかけた。


「…………」


が、斎藤さんは返事をしない。
不思議に思ったが少しだけ布団から顔を出すと…、


…。」

「わぁ!?」


いきなり斎藤さんがの布団をひっぺがし、
肩をつかんで起き上がらせるとの口に何か押し込んだ。


「……ん。」


何か固いものだった。


「………甘いですね。」


何か甘い味で砂糖菓子のようだ。


「金平糖だ。」

「金平糖?」

「山崎さんに貰った。の見舞いに行くなら持っていってやれと言って渡してくれた。」


そう言うと斎藤さんは持っていた包みを開いた。


「わ……。」


包みの中には色とりどりの金平糖が入っていた。


「綺麗…お星様の形ですね、金平糖って。」


は金平糖を一つ掴むと目の高さまで持っていった。


「そうだな。」


そんなの様子を斎藤さんは暖かく見守っていた。


「天の川は無理だったが、それが代わりの“星”と言うことだな。」

「そうですね…ありがとうございます!斎藤さん!」


はにっこり笑ってお礼を言うと、また一つ金平糖を口に入れた。

天の川を見ることはできなかったけど、甘くて優しい星を十分味わった七夕でした。




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2007.08.05