〜♪


「…ん?」


今日は快晴。

明るい日の光のもと、明るい歌声が聞こえて、
新選組の鬼副長、土方歳三は誘われるようにその声に近づいていった。





-唄に誘われて-




「…………」


何となく…本能的に気配を殺し、近づいていった先にいたのは…
楽しそうに唄を歌いながら洗濯をしているだった。


(………)


声をかけようかと思ったが、本当に楽しそうに歌っている様子に邪魔をするのが憚られ、
土方さんは歌声に引き込まれるようにただじっとを眺めていた。

普段も明るい笑顔が印象的で、自分にも物怖じしないが、
鈴花さんよりは大人しい印象があるから、
人前で歌ったりするのは苦手だろうと思っていたから珍しい。

と、土方さんは意外に思いながらもその歌声に聞き惚れていた。

もともとの声を、土方さんは気に入っていたが、
こうして唄として聞いていると非常に心地いい。

特別上手いとか、それはわからないが、
心底楽しそうに歌っている姿を見ていると、
こっちまで気持ちが明るくなるようで…。

聞いたこともない唄だが、優しい声や詩に心が癒されるようだった。

しばらく様子を眺めていると、
が振り向き土方さんと目が合った。


「…………わぁ!?ひ、土方さん!?


土方さんに気付いたはひどく動揺し、
洗濯の竿に下げている途中だった布を握り締めて後ずさった。

すなわち、布を引っ張ったことになり、
引っ掛かっていた竿が倒れてきた。


「っ!」

!!」


反射的に頭を押さえて屈んだだったが、
同時に力強い腕に抱き締められた気がした。


「………………」


ガラガラと竿が落ちる音がし、しばらくすると静かになったが、
は何かがぶつかったような衝撃も特に何も感じず、


「…………?」


ただ、何か自分を包み込んでいるような力強い、
暖かい何かが傍にあることはわかった。


「……怪我はないか??」

「……え…」


が恐る恐る目を開けると、同時に心配そうな声がすぐ傍で聞こえ、
顔を動かしたの目に映ったのはのは声同様、心配そうな顔をしている土方さんだった。


きゃあ!?ひ、土方さん!?

「あ、いや!す、すまない!」


どうして土方さんがこんなに近くにいるのかと、
驚いたが思わず悲鳴をあげると、土方さんも動揺し、
慌てて抱き締めていた手を離した。

嫌がられたと思ったのだろうか。
かなりの慌てようだった。


「え?あ、の…土方さん…どうして…?」


焦っている土方さんにが困惑したようすで声をかけると、
土方さんはばつの悪そうな表情で視線をそらし、言い訳のように言葉を続けた。


「いや…お前が……だから……物干しが…」

「え…?」

と、とにかく!お前に怪我がないのなら良い。」

「あ…」


照れ臭いのか、土方さんは落とした布を掴んで立ち上がると、
に背を向け、そう言い置いた。

その言葉にも、土方さんが自分を庇ってくれたことに気付く。


「もう少し注意して行動しろ、。」

「……すみません…。」


そして嗜められてシュンとうなだれた。
迷惑をかけたこと、自分の不注意も、申し訳ないことこの上ない。

暗い顔になったに気付き、土方さんは少し顔を戻した。

照れ隠しだったとは言え、
少しキツイ言い方をしてしまったと気に病んだのかもしれない。

の方に向き直ると手を差し出し、優しく声をかけた。


「立てるか??」

「あ、はい!すみません…。」


手を差し出してくれた土方さんに、も慌てて立ち上がろうとし、
手を取ろうとしたが、その時、土方さんの手が赤くなっていることに気付いた。
を庇った時に物干しを打ち付けてしまったのか手の甲が赤くなって少し腫れている。


「土方さん…」


それに気付いたが顔色を変えたので、
土方さんも自分の怪我に気付いた。


「ん?…ああ…この程度…」


だが、大したことはないと気にしない様子の土方さんに、
の方が慌てて反論した。


「だ、だめです!後からひどくなったらどうするんですか!」

「え?い、いや…;」

「とりあえず冷やしましょ?ね?」


ギュッと土方さんの手を両手で握り締め、水のあるところまで引っ張っていった。



***



「すみません…私のせいで…。」


水を流し、手を冷やしながら、
は再度、申し訳なさそうに謝った。


「別に…お前のせいじゃない…。」


ひどく気に病んでいる様子のに、土方は苦笑いして答えた。

本当に大したことはない、
普段剣術の稽古の時などに受ける傷の方が余程ひどいだろう。

そう言っているのに、の表情は暗かった。
自分の責任だと思っているからなのだろうが…。


、そんなに気にするな。この程度、怪我のうちにも入らん。」

「……はい…。」


いつまでも暗い顔をしているに、
土方さんは必死に宥めるように言葉をかけた。

普段なら怪我をしかねないような不注意をした相手を諫めるのだが…
やはり土方さんはには甘かった。

何度も言葉をかける土方さんにようやくにも笑顔が戻った時、
それまでずっと手を握ったままだと言うことに気付いた土方さんが慌てて手を振り払った。


!?

「あ;いや;別になんでもないが…;すまない…///


いきなり激しく手を振り払われ、は驚いたように目を丸くしたが、
対する土方さんは耳まで真っ赤なになっていた。


「ど、どうかしました?土方さん?顔赤いですけど…。」


怪我した手よりも赤くなっているのではないか…。
心底不思議そうな顔をしているに土方さんは必死に平静を装おうとしたが、
如何せん動揺しているため上手くいかず…。


「打ち所が悪くて体調が悪くなっちゃったんですか;」

「そんなことはない。」

「でも、怪我が原因で熱が出たりすることも…」

「そうだとしても、そんなにすぐ発症はしないだろう…。」

「う〜;すみません;」

「いや;だから…」


いつもは冷静で、鬼副長と恐れられている土方さんも、
のペースに巻き込まれると、どうも何処かずれるのか…。


「痛いですか…?」

「だから平気だと言って…」


また同じ問答が続くかと思われたが、何か閃いたのかが手を叩いた。


「あ!土方さん!手を出して下さい!」

「いや…本当にもう…」

「最後の仕上げです。」

「仕上げ?」


の言葉に首を傾げる土方さん。
は半ば強引に土方さんの手を取ると、祈るように手を合わせて土方さんの手を握った。


「……


そして…


痛いの痛いの飛んでけ〜!

「…………」

「ね?これで平気です!」


にっこりと自信満々の笑顔を返した。


「……っ」

「……?」

「…ふっ、ははは…!

「ど、どうして笑うんですか;///

「いや…クッ…まったく…お前は…」


最後の仕上げ』と称し、何をするのかと思ったら…。
まったく思いもよらないことをする。

しかも大真面目に。

思わず吹き出した土方さんに、も変なことをしてしまったのかと少し焦ったが、
珍しく…土方さんが笑ってくれたことの方が嬉しくて、安心したように笑った。


「まあ…もう十分だ。ありがとう、。」

「いえ、」


ぎこちなく、緊張していた様子だった土方さんもやっと気持ちが解れたらしい。
本当にほっとしたような優しい笑顔だった。普段厳しくしているから、
鬼副長などと言われ、恐れられているが、そんなことは全くないのだと、この笑顔を見ると思い知らされる。


「…………」

「……?何だ?どうした??」

「あ…いえ、」


なんとなく…じっと自分を見つめているようなの視線に気付いた土方さんが首をひねり声をかけると、
は満足気に笑い、


「土方さんも笑うと可愛いですね。」


と言った。


「…………は?」

「いつもそんな風に笑っていて下されば、きっと皆も安心しますよ。」

「…………な!///


にっこりと笑顔で、さらりと言ってのけたの発言に、
土方さんはまた真っ赤になった。


「………っ///


全く…こいつには適わない…。
皆に恐れられている鬼副長は真っ赤になった顔を押さえて密かにそう思った。


「………」

「はい?」

「…男に…可愛いという言葉は誉めていることにはならんぞ?」

「え?あ…そ、そうでよね;すみません…。」


土方さんに諭されて、以前にも同じことを言われたことを思い出したは素直に謝った。

以前に言った相手は藤堂さんだが全く同じことを言われたのだ。

つい本心から出た言葉。
考えずに口にしているから…悪気はないのだが…。


(やっぱり男の人は『可愛い』と言われるのは嫌なものなんですね…。)


一先ず反省したは慌ててお辞儀をし、
謝ったのだが、それでも…。


「あの…でも、別に悪い意味では…。私はむしろ…良い意味なんですけど…。」

「ああ、それはわかってるが…やはりな。」


弁解の言葉を述べるに、土方さんは苦笑い。
悪気がないのは最初からわかっている。

それでも、なんとなく抵抗を感じるもので、
特にに、好意を持っている異性に言われると素直に喜べないものだ。

そんな複雑な心境のもと、苦笑いを浮かべるしかない土方さんに、
はそんな心境を吹き飛ばすようなことを言った。


「でも…。」

「ん?」

「私、土方さんの笑っている顔好きですよ。
 土方さんが優しい方だって教えてくれますから。」


ふわりと花が咲いたような優しい笑顔で…。


「………………!?//////


理解した土方さんがもはやゆでだこ並みに赤くなったのは言うまでもない…。

深い意味は、他意は全くない言葉。
だから余計なのだが…。やはり最強必殺は彼女の笑顔。
土方さんは特に弱すぎ。

自分のことを可愛いと言っただが、
むしろ可愛いのはお前の方だと、
柄にもない言葉が口を突きそうな程、今の笑顔は…。


「土方さん?」

「い、いや;なんでもない…///


動揺している土方さんの気持ちに気付かないは赤くなった土方さんに不思議そうな顔をしたが、
土方さんは慌てて誤魔化し、手に持ったままになっていた洗濯物をに突き付けた。


「ほら、これも…」

「あ、」

「悪いな、洗濯…引き続き頼む…。」

「はい!」


洗濯物を受け取ると、は元気良く答えて、引き続き洗濯をしに戻っていった。

去っていくの背中を見て、土方さんはやっとほっと胸を撫で下ろした。
誰と接している時も、冷静である時、気丈であるべき時は弁えているのに…。


(やはり惚れた弱みか…;)


どうもには弱い自分自身に土方さんは苦笑いした。


「土方さん。」

!?


すっかり気を抜いていた時、もう洗濯に戻ったと思っていたがまだ目の前にいて、
声をかけてきて、土方さんは飛び上がる程驚いた。


お、!?お前戻ったんじゃないのか?」

「い、いえ;もう戻るんですけど…」


あまりにも驚いた土方さんのリアクションにも少しびっくりし、
返事に詰まったが、てきぱきと土方さんの手を取ると怪我した部分に手ぬぐいを巻き付けた。


「お、おい…;」

「やっぱりこのままじゃ心配なので…」

「…………」


散々平気だと問答を繰り返したのに、以外と心配性なだった。


「すみませんでした。土方さん。」


手当てが終わると、はもう一度深々と頭を下げた。


「私は何処も平気ですからね。
 土方さんのおかげです。ありがとうございました。」


そして最後に改めてお礼を言うと、今度は本当に戻っていった。


(何処までも真面目で律儀なやつだな…。)


土方さんは手に巻かれている手ぬぐいを見ながらぽつりと思った。
でも、心遣いは嬉しくて…。

青いうさぎ柄の手ぬぐい。
これを返す時、その時は…しっかり心の準備をして、ゆっくり話せたら…。

土方さんはそう思いながら拳を握り締めた。




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2010.01.27