-好きな人-




「う〜ん…疲れた;トシ容赦ないしね〜。せっかく外はいい天気なのに…;」


やっと仕事を終えた近藤さんは、せっかくのいい日和りに仕事を押しつけた、
土方さんに愚痴をこぼしながら庭に出ると空を見上げて伸びをした。
空は快晴で解放感にあふれている。


「いや〜本当に今日はいい天気だ♪…って…?」


すっかり気分が良くなった近藤さんがもう一度空に目をやった時、
何かがコツンと頭に当たった。
地面を見ると落ちているのは桃色の星…?


「ん?これは…金平糖?」


不思議に思った近藤さんはきょろきょろと辺りを見回し、
何気なく視線を屋根の上に向けた。


「……あ」

「あ;えっと…す、すみません…近藤さん;」


金平糖は屋根の上から落ちてきたようで、落としたのはだった。
は屋根の上に腰を下ろしていて、手には小さな巾着を持っていた。
そこに金平糖が入っていたのだろう。
近藤さんに見つかってしまい、少しばつの悪そうな顔をしては慌てて謝った。


君、何やってんの?そんな所で…。」

「い、いえ…;べ、別に…何でも…。」


近藤さんは笑顔で尋ねたがは苦笑いして首を振った。
そんなの返事に近藤さんも苦笑いして少し寂しそうな顔をした。


「…同じだね。」

「……え?」

「同じなんだよ、と。」

「兄上…ですか?」


近藤さんは不思議そうな顔をしている
を見てそう言い、頬を掻くと続けた。


「そ、何か考えている時とか、そうやって屋根や木の上、高い所に上がる癖。」

「…………」

「それで、俺が声をかけると『何でもない』って笑うの。
 でも、嘘を吐くのが下手だからね。顔を見たらすぐわかるんだよね。
 何でもなくなんかないこと…。」

「…………」

「でも言ってくれないんだよね〜。俺ってそんなに頼りにならないかな?」

「そ!そんなこと…!そんなことないです!近藤さんは……!」

「!!あ!危ないよ!君!」


近藤さんの言葉には慌てて立ち上がった。
少し辛そうに見えた近藤さんの表情に耐えられなくなったんだろう…。
だが、勢い良く立ち上がったその場所は屋根の上。
当然足場は悪く、気を付けておかないと…


「っ!……あ;」

君!」



「「…………」」



「ご、ごめんなさい…近藤さん…;」

「い、いや、良いんだよ…君に怪我がなければ…;」


はバランスを崩し、屋根から落ちてしまった。
幸い近藤さんが受けとめてくれたので大事には至らなかったが
…肝を冷やした二人だった…。



***



「で、何考えてたの?」


一先ず落ち着いて、二人は縁側に腰を下ろしてお茶を飲んでいた。


「う〜ん;ですから別に何でもないんです。」

「そうかい?…やっぱり俺には話しにくいのかね〜。」


ふるふると首を振ったに、近藤さんはがっくりと肩を下ろし、
拗ねたような素振りを見せた。


「いえ!そ、そうじゃないですから!本当に!
 …兄上だって、近藤さんのことはとても信頼して、頼りにしています!」


そんな近藤さんの様子にはまた慌てて必死に弁明した。
ぐっと拳を握り締め、真剣な目で自分を見つめるに近藤さんは思わず吹き出した。


「ふ…くくっ…。」

「近藤さん?」

「いや、ごめんごめん。」

「??」


近藤さんはまだ笑いの残るような顔でぽんぽんと
不思議そうな顔をしているの頭を撫でた。


「あ〜本当に可愛いね〜君は♪」

「え;急に何ですか?近藤さん?」

「ん〜?別に急じゃないよ?いつも思ってることだよ?
 俺も君みたいな妹が欲しかったな〜って。」


近藤さんはよしよしとの頭を撫でながらしみじみといった感じで呟いた。


君は俺みたいな兄は嫌かい?」

「え?そんなことないですよ。光栄です。」

「そっか。」


にっこり笑って返事をしたに近藤さんも満足そうに笑ったが、
少し青い顔になると、


「でも君にはがいるからね。
 の前でこのことを言ったら俺、ただじゃ済まないだろうけどね;」


と言って苦笑いした。


「そんなことないと思いますけど…;」


青くなった近藤さんには苦笑いしたが、
近藤さんは何だか複雑な顔をして笑うだけだった。


「あ、でも、兄上がいますから近藤さんは兄上じゃなくても父上でも良いですよ。
 近藤さんの方が兄上より年上ですし。」


ぽんと思いついたように手を叩いてはそう言った。


「え?父上…;」

「はい。」


近藤さんはちょっと複雑そうな顔をしたが、は相変わらずにこにこしている。
別に他意はないからだろう。


「……それは…俺がもう年だと?」


今度は本気でちょっと凹んでしまった近藤さん。
もそんな近藤さんを見て言ってしまったことの意味に気付いて慌てた。


「ち、違います!そんなわけないじゃないですか!」

「そりゃ、君とは結構年が離れてるけど父上は…」

「近藤さん!本当にそんな意味じゃないですから!
 近藤さんはしっかりしていて、大人っぽくて素敵だってことですよ!」

「う〜ん…」

「私近藤さんのこと尊敬していますし、理想ですし、
 私も大人になったら近藤さんのように強くて格好いい人になりたいと思ってますから!」

「……ありがとう、君。」


必死で説明し、褒めまくるに近藤さんも少し納得したのか
やっと笑ってくれて、もホッと安堵のため息をついた。


「ところで君、」

「はい、何でしょう?」

「今俺のこと『理想』だって言ったけど…それは自分がそう在りたいという意味での理想?」

「は?…え〜っと、そうです…よ?」


何だかいまいちわかっていないようだが、は近藤さんの問いに頷いた。


「んじゃあ、男性としての理想像は?」

「へ?」


にこ〜と、何だか楽しそうな様子に変わった近藤さんに
はちょっぴり不安を感じつつも答えた。


「……男性としての理想像…ですか?」

「そう♪」

「…近藤さんも男性ですから近藤さんで良いんじゃないんですか?」

「いや違うよ。」

「え?」


少し考えつつもよくわかっていないのか、はそのまま答えたが、
近藤さんに否定され、また不思議そうな顔になった。


君は俺のことは『自分がそう在りたい理想』だっていったろ?」

「はい。」

「そうじゃなくて…どう言ったらいいかな〜?」


近藤さんもなんとか説明しようと試みたが何だか悩んでいる様子。


「自分じゃなくて、一緒に居てほしい人の理想?」

「え?う〜ん?」

「何かわかりにくいな〜;まあ、早い話が…」

「はい。」


結局上手い言い方が思いつかなかった近藤さんは直球で聞くことにした。


「恋人とか、結婚したいって思うような男性像は?ってことだよ。」

「…………え!?こ、近藤さん!?///


直接的な言い方をするとが慌てるのがわかっていたので何か良い言い方を…、
と思案したが思いつかずきっぱり言い切った近藤さん。
案の定、は真っ赤になって狼狽えている。


「あ〜ごめん、ごめん、君;そんなに難しく考えなくていいから;」

「で、でも///け、結婚だなんて…///


ふしゅ〜という音が聞こえてきそうなぐらいは真っ赤になっていた。
もうゆでダコだ。どうもこういう話は苦手らしい。

今まで兄であるが大事にしすぎたせいで免疫がないんだろうな…と、
近藤さんは苦笑いしての頭を撫でた。


「ん〜、じゃあ君はみんなのことどう思ってる?」

「え?」

「深い意味はないよ?君の率直な気持ちで良いから、聞かせてくれるかい?」

「え?え〜っと…。」


は困った顔を上げたが、優しい声音で尋ねた近藤さんに
少し落ち着きを取り戻し、ホッと息をつくとにっこり笑って、


「好きです。」


と答えた。


「みんな?」

「はい!」

「そっか。」


近藤さんも今度は無理を言うようなことはしなかった。
真っすぐ迷いないの答えに納得したように笑って、
は近藤さんの笑顔を見て安心したように言葉を続けた。


「近藤さんは新選組の皆さんに信頼されていて、局長としてご立派だと思いますし。」

「いや〜それほどでも///


の褒め言葉に近藤さんは照れ笑いして頬をかいて、
は微笑ましいように笑ってまた続ける。


「土方さんは確かに厳しい方ですが、誰より皆さんのことを想って下さっていますから。」

「そうだね。」

「山南さんはとても優しい方で、子供たちにも慕われていて、ご立派ですし、
 山崎さんも悪戯っぽい雰囲気ですが本当はいろいろお考えで皆さんのこと気遣って下さっているんですよね。」

「うん…。」

「沖田さんはいつも真っすぐで素敵な方だと思いますし、
 原田さんは気さくで皆さんの気分を晴らしてくださるような…、
 永倉さんはいつも皆さんを大切に想っている仲間想いの方ですし、
 藤堂さんも皆さんと仲良しで友達想いの方ですしね。」


にこにことみんなのことを話すは本当に嬉しそうで、
みんなを尊敬していて好きだというのは事実なんだな、と近藤さんは微笑ましく思った。


「鈴花さんはとっても可愛らしくて、皆さんにも好かれていますし、
 いつも人のことを考えて行動されて、思いやり溢れる素敵な方だと思います。
 …鈴花さんも私の理想です。しっかりされていますし。」

「そうだね、君がお手本にするなら俺より桜庭君の方がいいと思うよ。」

「ふふ、はい。そうかもしれませんね。」


思わず大きく頷いて言った近藤さんには笑った。


「それと、才谷さんも明るくて楽しくて、すぐに何方とでも仲良くなられて凄いです。」

「ああ、確かに。才能だね〜。」

(……ん?…………あれ?)


うんうんとの話を聞いていた近藤さん、
誰か忘れているような違和感を感じ、を見ると、
はふと嬉しそうに笑って、


「あと、斎藤さんは…」


と口にした。


「ああ、斎藤君ね;」

「斎藤さんは凄い方だと思います。剣技にも優れた方ですが、器用で何でもできますし。
 口数の少ない方ですが、何も言わなくても優しい方だということすごく伝わりますから…。」

「…………」

「すごく…尊敬しています…。」


誰のことを話している時も嬉しそうだったし、みんなを尊敬していて、
みんなを好きだという気持ちはとても伝わってきたの言葉。

だが、今、斎藤さんのことを話すは今までと少し違うような気がした。
今までよりも…。


君、」

「はい?」


近藤さんが気になって声をかけた時。





近藤さんとは別の声もを呼んだ。


「あ、はい!…あ、斎藤さん。」

「斎藤君。」


を呼んだのは斎藤さんだった。


「すみません…邪魔しました?」


斎藤さんは近藤さんに少し頭を下げたが、
近藤さんが首を振ったのでに話し掛けた。


「斎藤さんどうかしました?」

「この間、時間があったら稽古をつけてほしいと言っていただろう。
 俺は今日は時間があるんだが…。」

「あ、本当ですか!じゃ是非。
 ……あ、でも少し待って下さいますか?ここ片付けないと…。」


斎藤さんの言葉には嬉しそうに笑ったが、
近藤さんと話をしていて、お茶を出していたことなどに気づいて、
慌てて近藤さんに向き直った。


「ああ、構わないよ。ここは俺が片付けておくから。」


近藤さんは慌てたを見て、ふっと笑うとそう言って手を振った。
は少し恐縮しながらもお礼を言うと斎藤さんと一緒に道場の方へと歩いて行き、
近藤さんは笑顔を見せて二人を見送った。

二人の後ろ姿を眺めていた近藤さんはふ〜んと呟くと、


君の好きな人…ね…。トシ、がんばらないと負けちゃうかもよ〜……。」


と小さく言って苦笑いした。
まだ本人に自覚はないようだが、近藤さんが少し感じたこと。

みんなが好きで大切だと言った、の言葉に嘘はないだろう…。
ただ、それでも、他とは違う小さな気持ちが微かに心に芽生えているのでは…
と、近藤さんは感じた。

今はまだ、自分では気付かない程のほんの小さな恋心…。




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2007.06.20