「よ、勇。」

「ん?ああ、じゃないか!突然どうしたんだよ!」

「いや、ちょっと近くまで来たから顔を出しただけ。」


突然の来訪者。
近藤さんは驚きつつも喜んで部屋に招きいれた。




-たった一人の大切な…-




「久しぶりだな、君には会ったのか?」

「いやまだだ。部屋に行ったがいなかったんでね。」

「そっか、君は今は巡察に出てるのかな…。」

「まあ、別にいいさ。また後で会えば良いし。」


近藤さんは少し考え呟き、
は然程気にした風でもなく腰を下ろしたが、


「で、は上手くやってるか?」


と、腰を下ろすなりそう言って近藤さんを見た。


「ん?ああ、大丈夫だよ。しっかりがんばってる。」

「そうか。」


のこと、気にしていないのかと一瞬思った近藤さんだったが、
やっぱり第一声はそれで、近藤さんはふっと笑って返事し、
それを聞いてもホッとしたように笑った。


「みんなとも上手くやってるしね。隊士としても抜かりはないよ。」


近藤さんは続けて話す。
実際そうだし、特にもめ事もない。
と言うか、むしろもめ事は彼女のお陰で解決している時もある程。
あの全く毒のない無邪気な笑顔が効果を発揮しているのだろう。


「それに、人気だしね。君。心配なんじゃないのか?」

「ん?」


一通り話した近藤さんは最後、にやにやと楽しそうにそんなことを言った。
を試すような言い方。


「男ばかりの新選組に大切な妹を預けているなんて。」


に対するぞっこんぶりをよくわかっている近藤さん。
の心境をからかうつもりで言ったのだが、以外にもは軽く笑うと、


「ま、でも…いずれは俺以外にあいつを守ってくれる人を見つけなきゃいけないからな…。」


と言った。


「……


あまりにも意外な言葉に近藤さんは一瞬固まった。


「何だよ?」


そんな近藤さんの反応には不思議そうな顔をしたが、
近藤さんはまだ狼狽えている。

「いや;だって…」

いつものなら、もっと怒るし、すごい反応をするのに…と続け。

実際初めて会った頃のはさらにひどかった。
に近づく者は容赦しなかったし、近藤さんと親しくなるのも随分かかった。
周りの者は全て敵だと思っているのではないかと思う程の警戒ぶり。

ただそれでも親身になってくれた近藤さんの優しさや人柄が、
少しづつの警戒を解いていったのだ。
今、がこうして人当たりの良い性格なのは、近藤さんのお陰だろう…。

そしてもその自覚はあり、近藤さんには感謝していて、
信頼しているからこそ、を新選組に、そして近藤さんに預けているのだ。
近藤さんと近藤さんを慕って集まった者たちなら大丈夫だろう…と。


「勇…お前、俺のことそんなに兄馬鹿だと思ってたのか…。」

「いや〜そういうわけじゃないけど…。」


むー、と少し不服そうに頬を膨らませ、
が拗ねたような反応をしたので近藤さんは慌てて苦笑いして誤魔化した。

は少し言葉に詰まったが、照れたように頬を掻いて、


「俺はお前のことを信頼してるからあいつを預けてんだぞ?だからしっかり頼むぜ?」


と言って笑った。
少し言いにくそうにはしたものの、真っすぐ本心を口にするのはの共通点だ。
飾らない率直な気持ち、それが一番大切だと…。

照れ笑いでそんなことを言われ、
ちょっぴり照れた近藤さんは冗談のように、


「あ、じゃあ俺が君貰っちゃってもいいわけ?」


と言ってみた。
すると、にこやかだったの雰囲気が一転し、
凍り付くような気配がした。


「……冗談だよな、勇?」


顔は笑っている。

間違いなく。

最高に爽やかな笑顔だ。

ただ…目が笑っていない…

さすがに焦った近藤さん。
大慌てで頷いた。


「も、もちろん;」

「だよな♪」


するとはぱっと明るい笑顔に早変わりし、
絶対零度の凍り付いた気配は消えた。


「……相変わらずだな;」

「なんのことかな?」


焦っている近藤さんを尻目に、は余裕の笑顔。
天然の彼だけにわざとなのか本気なのかわからない…から余計に恐いのかもしれないが…。
密かに、はやっぱり十分兄馬鹿だと思った近藤さんだった。


「けど、さっきと言ってることが違うじゃないか、?」

「ん?」

君のこと、守ってくれる人を見つけるんじゃないのか?」

「それはそう言ったが…勇はダメ。」

「何で;」

「だって、つねさんがいるだろう。あんな綺麗な妻君を裏切るのか?」


にじろっと睨まれ近藤さんは肩を竦めた。


は真面目だね〜。」

「当然のことだろ。」


ふん、と腕を組んだ
どうやらと同じで浮気(?)は断固反対らしい。


「じゃあ誰なら良いんだい?」


近藤さんは少し思案し、興味深そうに尋ねた。


「え?」

「たとえば新選組の隊長の中なら誰が良いとか?」

「……それは俺が決めることじゃないだろう。」

「まあ、そうだけど参考意見だよ。」

「……ふむ、」


近藤さんの問いに首を傾げただったが、
そう言われ、少し考えたが、口を開くと、


が認めて好きになった相手なら構わないよ、誰でも。」


と言って笑った。
近藤さんはの返事にやっぱり、と嬉しそうに笑ったが、
また悪戯っぽく笑い、

「じゃあ……」

と、何事か言い掛けたが、近藤さんの言葉より前に、
がにっこり笑って、

「勇はダメ

と即答した。


「何で!?誰でも良いって!」

「既婚者はダメ!恋人持ちもダメ!
 ……と言うか、相手がいる人をは好きにはならないよ。」

「え?」

「それに、そう言う場合は好きになっても絶対言わないよ。あいつは。」


ふと悲しそうに苦笑いしたに近藤さんも言葉を止めた。


「どういう意味だい?」

「そりゃ、他の人を好きな人を好きになっても見込みがないからだよ。
 それに、余計なことを言ってその人に迷惑をかけたくないしね…。」

「それでも…。」

「それに、そのことで気持ちが揺れるような人だったら、好きにはならないだろうな…。」

「?」

「恋人や奥さんを大切にしない人には惚れないってことだよ。」

「う〜ん。…けど、それじゃあずっと片思いなんじゃ…。」

「そ、ずっと片思いさ。」


複雑な思いに唸る近藤さんに対し、はさらっと答えた。


「そんなの不毛じゃないか…。」


そんなに近藤さんはますます唸るが、は小さく笑い、


「…それでも…好きになった人を、大切な人を、傷付けるよりは良いんだろう…。」


と呟いた。


「……純粋だね、君も。」


の答えを聞いて、近藤さんは目を細めて優しく笑った。


「……俺もとは言ってないだろ…。」


近藤さんの視線に居心地が悪くなったのか、
は照れてふいっと視線を外した。
そんな様子が肯定しているのと同じだと、近藤さんは思い、
吹き出しそうだったが、がこれ以上拗ねてもなんなので必死に堪えた。
こういう所はまだまだ子供だ。

二人きりの兄妹で親もなく、妹を守るため、必死に強がり、
大人を演じているが、まだ幼い純粋さは消えていない。
近藤さんはのそんな所が気に入っていた。


「優しいからね〜、君も♪」


上機嫌に言った近藤さんだったが、は自嘲気味に笑った。


「優しくなんかないさ…相手を傷つけたくないなんて口実で…
 嫌われるのが恐くて言えないだけかもしれない…。
 本当は……自分が傷つく勇気がないんだよ…。」

「…………」


そして時折見せる、こんな弱さも…。

あまり弱みを見せないし、強がっているだが、
本当に時々はこうやって本心を見せることもある。
それは近藤さんを信頼している証拠。
そして、強がっていても、時には誰かに頼りたいと思っている気持ちの片鱗。

がそんな様子の時は、近藤さんは決まって優しい表情を見せて、
慰めるようにの頭をぽんぽんと撫でた。


「まあまあ、大丈夫。本気で惚れたらそんなこと言ってられないって。
 何が何でも手に入れたいって思うもんだから。」

「…………」


励ますように言った近藤さんには無言で考えていたが、
ふっと笑ってため息混じりに頷いた。


「……ふっ、そうだな。周りが見えなくなる程惚れた相手ができたらいいな…。」


こういう時は子供扱い(?)してもは怒らなかった。
それはが近藤さんのことを父や兄のように思い慕っているからだ。

目上の者には敬語で話すようにには言っているだが、
自分は近藤さんにはため口だったりする。近藤さんの方が年上なのに。

それは近藤さんと対等でありたいと思う気持ちと、
自分が大人であると証明したい気持ちからだった。

近藤さんものそんな気持ちをわかっているから何も言わないし、
普段は対等に接しているが、こういう時は年上としてさり気なくを慰めるのだった。


「まあ、けどが先だな。俺に代わってを守ってくれるやつが見つからないと…。」


はため息をついたが、その後はまたいつもの調子に戻ってそう言った。


「本当、君のことが一番なんだね。」

「当たり前だろ。あいつは俺のたった一人の大切な…」


にっこり笑った近藤さんにも笑って答えた時、
足音が近づいてきて近藤さんの部屋の戸を開けた。


「兄上!」

!戻ったのか?」

「はい!沖田さんが兄上が来ていると教えてくれて、近藤さんの部屋にいるのではと…」

「そうか、おかえり。。」

「はい!兄上!」


がにっこり笑って手を差し出すと、
は嬉しそうに笑って手を取りそのままに抱きついた。


「ああ、会いたかったよ…。」


を抱き返し、はたから見たら長い間逢えなかった
恋人のような二人のやり取りに近藤さんは苦笑いした。

まあ、この二人はいつもこんな感じだが…。


「はいはい。いちゃつくなら他でやってよ。」


近藤さんがそう言うと、は慌てたようにから離れた。


「あ、すみません。近藤さん;」

「邪魔すんなよ、勇。」

「あのね、ここは俺の部屋なの。」

「あ、そうだな。じゃあ先に部屋に戻ってな。後でちゃんと顔出すから。」

「はい、兄上。」


と近藤さんに一礼すると部屋を出ていった。
一応を先に行かせたが、もすぐ立ち上がると部屋を出ようとしたので、
近藤さんは慌てて尋ねた。


「じゃあ勇。ありがとな。」

「ああ、…。」

「何?」


一つ気になっていたこと。


「あのさ、何か危ない仕事をしてるわけじゃないよな?」

「え?」


近藤さんの問いには驚いた顔をした。

『自分以外にを守ってくれる人が』

の言ったその言葉が近藤さんは不安だった。
自分の代わり…。

だが、はふっと笑い首を振った。


「大丈夫だ、さっきのあれはそういう意味じゃない。」


近藤さんの言わんとしていることがわかったのか、はそう返事した。


「たとえばの話だ。俺はまだその役を他のやつに譲る気はない。
 今は傍にはいられなくとも、あいつは俺のたった一人の大切な妹で、
 俺のこの世で一番大切なものだからな。」


ぱちっと片目を閉じ、自慢げに笑ってそう言い、
は近藤さんの部屋を出ていった。

少し呆気に取られていた近藤さんもその言葉を聞いてほっとしたように笑った。
あの笑顔に嘘はないだろう。

一先ず安堵し、相変わらずのに吹き出し、近藤さんが頭を掻いていると
が戻ってきてひょっこり顔を出した。


「勇〜。」

「わ!どうしたんだよ、;」


のことを笑っていたので少し慌てた。
が、は気付いてないのか、一呼吸置いて口を開いた。


「俺な、」

「うん。」

「勇のことも大事だって思ってるからな。」

「…………」

「じゃあな。」


は笑顔でそう言うとひらひらと手を振り今度は本当に行ってしまった。
近藤さんはしばらく呆けていたが、はっと我に返ると照れたように頬を掻いた。


「まったく…あの兄妹は…真顔であっさり言うんだもんな…。」


まだまだ目が離せないな、と真っすぐな二人の兄妹を思い出し近藤さんは呟いた。
これからも、まだまだ見守らないといけないな……と。




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2007.12.19