「あ、土方さん!こんにちは。」


非番の日、何気なく町を歩いていた土方さんに声をかけたのはだった。





-春の陽に-




「ああ、お前か…。」


土方さんはに気付くと少し表情を緩めて、優しい顔になった。
そんな土方さんを見てもにっこり笑った。


「今日はどうされたんですか?」


が尋ねると土方さんは少し考えるような顔をして、


「いや、今日は非番でな。特に何かあるわけではないが…、なんとなく気分転換だ。」


と言った。


「そうですか。」

「そういうお前は何をしているんだ?」


土方さんは返事をすると逆に尋ね返したので、
今度はが少し考えると、


「私も特に何かというわけではないんですけど…気分転換です。」


と答えた。


「そうか。」


似たような返事をしたに土方さんは少し笑うと、


「そういえば…」


と言葉を続けた。


「はい?」

「お前や桜庭は非番の日は何をして過ごしているんだ?」

「え?」

「新八や原田などは酒を飲んだり、
 島原に行ったりするんだろうが…おまえ達は酒も飲めんだろう?
 普段何をして過ごすのか興味があるな。」


土方さんが真剣に考えるような顔をしてそう言ったので、
も少し考えるような素振りをした。


「え…っと…そうですね…。
 特にいつもすることが決まっている訳ではないんですけど…。」

「そうなのか?」

「はい。刀の手入れをしたり、お店を見たり、のんびり一休みしたり?」

「ほう、そうなのか…。」

「はい。」


まだなんとなく納得していないというか、
考えるような顔をしている土方さんにはふっと笑うと、


「あの、でしたら今日は私とご一緒しませんか?」


と言った。


「ん?」

「もし宜しければで構いませんが…、私が普段よく行くお店とか、案内しますよ?」


にっこり笑ってそう言ったに土方さんは少し固まった。
言われたことを理解するのに数秒要したようだ。

しばらくして理解できたのか、土方さんは少し躊躇いがちに、


「………その、いいのか?」


と尋ねた。


「はい。」


はもちろんだとでも言うようにあっさり返事し、
斯くして二人で町を散策することになった。



***



「ほう、こんな所があるのか。」

「はい、綺麗ですよね?」

「ああ、見事だ。」


が最初に土方さんを案内したのは綺麗に花が咲き乱れているどこかの庭の前だった。
広い庭には色とりどりの花が咲き誇り、手入れも行き届いていて、
どれもとても大切に育てられた物だと言うことがよくわかる。


「ここに住んでいる方はとってもお花がお好きで、それにお花のことにとても詳しいんですよ。」


庭の花を見て、そして土方さんの方を向くとは嬉しそうに笑ってそう言った。


「知り合いなのか?」

「はい、たまにお話させて頂くので…」


がそう言った時、庭の花が揺れて優しそうなおばさんが顔を出した。


「おや、お嬢ちゃん。また来てくれたのかい?」


おばさんはの顔を見ると嬉しそうに笑って、
土方さんに気付くと一瞬驚いた顔をしたが、


「おや、今日は連れがいるのかい。
 しかも随分いい男じゃないか!お嬢ちゃんの恋人かい?」


と楽しそうに言った。


「なっ…!///


おばさんの言葉に驚いて真っ赤になったのは土方さんで、
返事に困り狼狽えていたが、はくすっと笑うと、


「違いますよ。」


と、あっさり否定した。


「私がお世話になっている新選組の副長さんです。」

「おや、そうなのかい?」

「はい。」

「…………」


確かにそうだが…そんなにあっさり笑顔で否定しなくとも…
とちょっと落ち込む土方さん。

は全く気付いていないが、おばさんはそんな土方さんの気持ちに気付いたのか、


「けどお似合いだよ。」


とフォローし、


「せっかく来てくれたんだから、寄ってって貰おうと思ったけど
 逢引きの邪魔しちゃ悪いしね〜。」


とにやにやと楽しそうに言った。


「……っ///

「いえ、そんなんじゃないですから…///


おばさんの言葉に土方さんは赤くなり、
もさすがに苦笑いのような照れ笑いを浮かべた。



***



おばさんに散々からかわれ、見送られてすっかり疲れた 顔をしている土方さんには苦笑いして謝った。


「すみません…;土方さん…;」

「あ…いや;別に…少し驚いただけだ…;」


の謝罪に土方さんは慌てて否定し、
前を向いたまま話を続けた。


「その…あの人はいつもあんな感じなのか?」

「え?…まあ…そうですね。お話好きで楽しい方ですよ。」

「そうか…。」

「誰かとご一緒したことはなかったので、お客さんが増えてきっと嬉しかったんですよ。」


はにっこりと自分も嬉しそうに笑って言った。


「いつもは一人なのか?」

「はい、土方さんが初めてですね。
 土方さんは俳句を詠まれるので、お花がお好きかと思いましたので。」

「それでわざわざ?」

「はい。…あ、えっと…すみません;ご迷惑でしたか?」


の言葉に土方さんが驚いた顔をしたので、
が思わず謝ると、土方さんは慌てて首を振った。


「いや!そうではない…その…お前の心遣い…感謝する…。」

「……いえ、喜んで頂けたなら嬉しいです。」


慌てて否定した土方さんにはほっと安心した顔になり ふわっと柔らかく微笑み、
の笑顔を前に赤くなった土方さんは慌てて顔を背けた。


「今日は残念でしたけど、また今度は俳句を詠ませて頂けるようにお願いすれば、
 きっともっと綺麗な庭を見せて頂けますよ。」

「今度?」

「はい、……あ、そのもし良ければです。無理にとは…;」


どうも過剰反応してしまう土方さんの返事に 不快に思わせたのかと思って謝る
そんなつもりはないのだが、緊張していると言うか…
普段の落ち着きが欠けている土方さんは必死の思いで弁解した。


「あ、いや…またお前を付き合わせるのは悪いと思ってな…。」


時折不安そうな顔になるも、土方さんの返事を聞くと、
はまたすぐ笑顔に戻った。


「そんなことないですよ。
 私、土方さんの俳句好きですし、詠んだものを聞かせて頂けたら…嬉しいです。」


と、嬉しそうな笑顔と共にそんな言葉を…。
必死に動揺を押さえようとしている土方さんなのに、
また心臓が跳ね上がり顔が熱くなるのを感じて
ぐりっと思いっきり顔を背け早足で先を歩いた。


「あ、あの?土方さん?す、すみません。また何か気に障るようなこと…私;」


そんな土方さんの反応にまた慌てる
必死に後をついていき、土方さんもまた、


「い、いや;そういうわけではないが…先を急ごう…時間が惜しいからな;」

「は、はい?」


必死に取り繕おうとしていた…。



***



「土方さんは甘いものはお好きですか?」


今度は町中を歩いていた二人。
はきょろきょろと店を見ていたが、目当ての場所を見つけたのか
土方さんの方を振り向きそう尋ねた。


「ん?…そうだな…特別好きなわけではないが…食べれないことはない。
 近藤さんに付き合わされて何度かそういう店に行ったことはある。」


土方さんがそう返事をすると、はにこっと笑って、


「それじゃあ、あの店に入りましょう。
 私がよく行く所なんです。とっても美味しいですよ!」


と角の店を指差した。


「ほう、そうなのか?」

「はい、あそこは永倉さんが教えて下さいました。
 季節限定のものとかもあって、見た目もとても綺麗なんですよ。」

「そうか、それは楽しみだな。」


本当に楽しそうに話すを土方さんは
微笑ましく思いながら眺めていたが、


「甘いものは疲れを取ると言いますから、
 日頃お忙しい土方さんのお疲れが少しでも癒えたら良いんですけど。」


と、は満面の笑顔でそんなことを言った。


「!……///


もちろん他意などないし、誰が相手でも言ったに違いない労いの言葉。
それでも、あんな笑顔と共にそんな言葉を言われては…しかも好意を寄せている相手、
せっかく落ち着いてきた土方さんだったがまた赤くなって言葉に詰まったのは言うまでもない…。



***



店の中に入り席に着くとすぐ店の人がやってきてに声をかけた。


「いらっしゃい、ちゃん。」

「こんにちは。菊乃さん。」


が『菊乃さん』と呼んだ女性は年はそこそこいっているようには見えるが、
大人の女性と呼ぶに相応しい雰囲気の綺麗な人だった。


「ご注文はどうしますか?」


菊乃さんが注文を聞いてきたので、は土方さんに尋ねたが、
自分はよくわからないからに任せると土方さんは答え、
それならと菊乃さんがこの時季の限定と桜の羊羹を薦めたのでそれに決まった。
去りぎわ菊乃さんはちらっと土方さんに目をやると、


「綾乃がいたら喜んだかしら…それともガッカリしたかしらね…。」


と呟いてふっと笑った。
土方さんは少し気になって首を捻って菊乃さんを見送ったが、
また誰か別の女の子がに声をかけてきたのでの方を向いた。


ちゃ〜ん!」


女の子はに手を振って笑顔を見せたが、
土方さんに気付くと慌てて引っ込んでいった。

そんな女の子の様子には不思議そうな顔をし、
土方さんは苦笑いした。


「お前は知り合いが多いんだな。」


さっきの店員やここに来る前の庭の女性以外にも
時折挨拶してきた人たちを思い出し、土方さんはそう言った。


「そうですか?」


本人は然程気にしていないのか首を傾げきょとんとした顔をしている。
が新選組に来てもうしばらくは経ったが、
この町にいるのは土方さんの方が長いのに話し掛けてくる人が多いのはの方だった。

もちろん土方さんも知り合いは多いが、
気さくに話すような間柄の人は屯所外には少ないのかもしれない…。


「さっきの人がこの店の店主か?」

「えっと…店主は菊乃さんの旦那さまだと思います。
 と言っても店に顔を出されることはないですが…。」

「旦那?」

「はい。あ、菊乃さんはああ見えてご結婚されているんですよ。」

「そうか。」

「しかも、お子さんもいて…綾乃さんと言うのがそうです。」

「子供もいるのか?…確かに、そんなに年にはみえないな。」

「はい!とてもお綺麗でお若く見えますよね!」


土方さんの返事にぱっと我が事のように嬉しそうな顔をしたに土方さんは苦笑いした。
他の女性を誉めた(?)のだからもう少し……

まあ、この少女にそういう反応を期待するのも酷というものだが。


「娘さんの綾乃さんもすごくお綺麗な方ですよ。」


は土方さんの心中にはまったく気付かずにこにこと笑顔で話を続けた。


ちゃんお待たせ。」


丁度そこへ菊乃さんが注文した羊羹を持ってやってきたが、
何故か羊羹は袋に包んであった。


「菊乃さん?」

「せっかくだから外で桜でも眺めながら食べたらどうかと思ってね♪」


菊乃さんはそう言って袋をに手渡し二人を見送った。
も土方さんも突然店を出されて呆気に取られていたが、
せっかくの提案なので菊乃さんの薦め通りお花見することにした。

…実は土方さんがいると店では目立ちすぎるので、
何かとややこしい噂になりかねないことを懸念した菊乃さんの気遣いだった。



***



「土方さん、土方さん!」

「おい、あまり走ると危ないぞ;」

「大丈夫ですよ。ほら、桜がこんなに!」


場所を変え、川原近くの桜並木に着くなりは大はしゃぎだった。
もとより桜が好きなこともあってすっかり上機嫌で手を広げ桜を指差した。
無邪気に駆け回るに苦笑いしつつも、
そんな一時に心温まるものを感じながら土方さんも桜を見上げた。


「ああ、すごいな。」

「はい!満開ですね!」


咲き誇る桜は美しく、そしてその下で嬉しそうに笑っている
愛しい花もまた何より美しいと土方さんはふっと優しく微笑んだ。


「土方さん、土方さん。あそこで食べましょうか?」

「ああ、そうだな。」


川原に降りた辺りにある大きめの桜の木を指差して
がそう言ったので、土方さんは頷いて返事した。



***



「ほぉ…見事なものだな。」


さっきの店で買った桜の羊羹を見て、
土方さんは感心した声を上げた。


「本当に綺麗ですね。」


もコクコクと頷き、


「食べるのが勿体ないぐらいですね。」


と、困ったような顔をした。


「ふっ、そうだな…だが食べなかったら勿体ないだろう。
 せっかくだから頂くとするか…。」


土方さんはの言葉に小さく笑うと羊羹を口にした。


「……どうですか?」


じっと不安そうな顔で土方さんを見つめていたがそう尋ねると、土方さんは、


「ああ、美味い。」


と言って笑ってくれた。
それを聞いてもほっとした顔になり、


「よかったです、土方さんのお口に合って。」


と言って笑った。そして自分も食べ始め、
土方さんは幸せそうな顔で羊羹を食べている
眺めながら優しい春の陽気と美しい桜、
そして隣の愛しい人に幸せを感じてふと呟いた。



『春の陽に 綻ぶ桜 君の花』



「え?何か仰いましたか?土方さん?」

「いや、何でもない。」


隣で微笑む花に土方さんからの気持ち、
今は未だ君には届かなくともいつかは…。




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2007.05.09