-花の笑顔-




どうも最近調子が悪い…。
理由は恐らくアイツのせいか…。


***


「あ、おはようございます!土方さん!」


突然声をかけられて心臓が跳ね上がった。
むろん表情には出しちゃいないが、
今し方頭を過ったばかりの相手だっただけに動揺も大きかった。


「ああ…お、おはよう。」


慌てて返事をし、上ずったような声になっちまったが、
声をかけてきた当人…は気付いていないのかいつも通りにこにこと笑っていた。
そう…この顔がどうも俺の調子を狂わせるんだ…。


「朝早くからお出かけですか?」

「ああ…ちょっと近藤さんを迎えにな…。」

「そうですか、いってらっしゃいませ。土方さん。」


にっこり笑ってそう言ったに柄にもなく照れた俺はそそくさとその場を後にした。



***



(…………)


容保様に呼び出された近藤さんを報告を聞きがてら迎えに行く時も、
頭にあるのはのことだった。
笑顔で送り出されなんだか妙な気分だ…。


(………なにを考えてんだ俺は…。)


必死に頭を振って考えを出そうとしたが、頭にあるのはあのの笑顔だった。
思えば初めて会った時から、あの笑顔にやられちまったのか…。



***



初めて会った時、刻限に遅れたをきつく説教する気でいた土方さんだったが、
落ち込むに文句の一つも言えなかった。

沖田さんの言葉に元気を取り戻した時も、一応言うべきことは言わなければ!
と思ったが、不意打ちの笑顔にまたも言葉を失った。

それでも幹部への挨拶の後、やはり一言言うべきだとを呼び出し遅刻したことを注意した。
先の落ち込みようから反省していることはわかっていたので、怒鳴るようなことはしなかったが、
それでも、隊士としてやっていく自覚にかけるやら、責任感がなってないやらと口うるさく言ってしまった。
かなり落ち込んで反省していたのに言いすぎたかと、土方さんがちょっと気にして様子を伺おうとした時、


「本当に申し訳ありませんでした。」


と言って頭を下げ、顔を上げたはにこっと笑った。


「何が可笑しい…?」


説教した後に笑顔を向けられたことなどない土方さんは少し動揺し、
訝しげにに問い掛けた。


「あ…、すみません…;」


怒られていたのに笑ったことで、
土方さんに不快な思いをさせてしまったと、
は少し慌てたが真っすぐ土方さんの顔を見ると、


「なんだか安心してしまって…。」


と言った。


「安心?」


ますます難しい顔をしる土方さんには笑顔を向けると続けた。


「土方さんは恐い方だと聞いていたんですけど
 …率直で優しい方だってわかって安心しました!」

「…………」


笑顔でそんなことを言われ、一瞬思考が停止した土方さん。


(…………優しい?俺が?)


口うるさく説教した後にそんな風に言われるとは思ってもいなかった
土方さんはおかしなものでも見るかのようにジロジロとを眺めてしまった。
そんな土方さんの視線に気付いたはまたにこっと笑った。


(…………っ!///)


何度も見ているはずの笑顔なのに、はっきり目が合っての笑顔は初めてだからなのか、
土方さんは動揺し締めはそこそこにを帰させた。
その後、近藤さんの部屋に行くとそのことを話した。


「あ〜君は素直だからね。」


近藤さんは事もなげにそう言った。


「ちゃんと自分が悪かったってわかっているし、
 トシが怒るの当然だって思ってるからだよ。トシの言ってることは正論だし。」

「……それはそうかもしれねぇが…。」


普通説教すると、不貞腐れたり、落ち込んだりする反応ばかり目にしている
土方さんにはの反応は異質に思えた。


「それにな『怒る』ってことはそれだけ心配してくれているってことだから、感謝したんじゃないか?」


近藤さんにそう言われ、土方さんはまた考え込んだ。


「俺は別に…心配なんかしちゃいねぇが…。」


素直すぎるの反応にすっかり困惑している土方さんをおもしろそうに見ていた近藤さんだったが、
何かに気付くとにや〜と笑って土方さんに近づいた。


「トシ♪そんなに考え込むなんて、君に一体何を言われたんだ?」

「え……」


近藤さんにはが説教をしたのににこにこしているから、と言う旨のことを話した。
解りづらいかと思ったが、のことをよく知っている近藤さんは理解できたらしい。
だから、が言ったことは近藤さんには話していない。
の言ったこととはつまり…


(土方さんが率直で優しい方だってわかって安心しました!)

「…………っ!///


の言っていたこと、そしてあの笑顔を思い出し、
土方さんが赤くなると近藤さんはますます笑顔になった。


「そ〜か、そ〜か♪まさかトシが…」

「な、なに言ってんだ!近藤さん!」


土方さんが慌てるのを近藤さんは楽しそうに見ていた。



***



鬼の副長と呼ばれ、新選組内外で恐れられている土方さん。
確かに女性にはモテるが初対面であんな無邪気な笑顔を向けられることはまずない。
だから初めてに会った時、今まで見たこともないような美しい花でも見たような、
そんな不思議な感覚だった。素直で純粋な…この殺伐とした戦乱の世に咲く可憐な一輪の花…。
いつも笑顔でいることもそれを思わせる要因なのだろうか…。


「よう、トシ。」

「…………」

「トシ?」

「…………」

「トシ!」

「!…あ、近藤さん…。」

「どうしたんだ?らしくもなくぼーっとして?」

「いや…別に…。」


考え込んでいたのか、気が付くと目的地に着いていた。


(近藤さんに呼ばれても気付かねぇなんて…かなりの重傷だな…。)


自分の失態を叱責するように頭を振っていると、また近藤さんがニヤニヤと笑いながら近づいてきた。


「ま〜た、君のことを考えてたのか〜?」


俺の肩に手をかけると、そんなことを言った。


「近藤さん!!///

「いいじゃないの〜、誰が誰に惚れようが、好いた惚れたは自然の道理なんだからさ〜♪」


終始楽しそうに話す近藤さんに俺も反論する気もなくなっていた。
容保様の話の報告を聞きに来たはずなのに、何時の間にやら話題はのことになっていた。


「だから〜、何をそんなに躊躇ってんだよ〜トシ〜?」

「だから!俺は別にのことはなんとも思っちゃいねぇよ…。」

「またまた〜。」

「それに、まだ会ってからそんなに経っちゃいねぇだろ…。」

「なぁ〜に、一目惚れってのもあるんだぜ?トシ。時間なんて関係ねぇよ!」


すっかり盛り上がっている近藤さんとは逆に土方さんはうんざりしたように頭をかかえていた。
すると突然何か見つけた近藤さんは土方さんの方に手を差し出し、


「トシ!ちょっと金貸してくれ!」


と言った。


「はぁ?」

「財布忘れたんだよ。」

「一体何を買うんだ、近藤さん?」

「まあ、いいから♪いいから♪」


近藤さんが引かないので仕方なく土方さんはお金を近藤さんに渡した。
近藤さんはお金を受け取ると、すぐ戻ると言って駈けていった。
少しして戻ってきた近藤さんの手にあったのはどうやらお饅頭のようだ。


「どうしても買わなきゃならねぇもの…ってそれか?」


半ば呆れ気味に問い掛けた土方さんに近藤さんは満面の笑顔で答えた。


「今週限定の品で今日が最後だからな!」


土方さんは大きなため息をついてそんな近藤さんを見、先を歩き始めた。


「?食べないのか?近藤さん?」


後ろを歩いている近藤さんを土方さんは不思議そうに振り向いた。
いつも買ったらその場で買い食いする近藤さんなのに今日は包んだお饅頭を持ったままだった。


「いや、限定品だし、味わって食べたいから戻ってから食べるよ。トシ食べてみるかい?」

「いや、俺はいい…。」


不思議に思った土方さんだったが、近藤さんの返事に納得したのか
そのまま二人は屯所に戻った。結局先の報告らしい話は全くしなかった…。



***



屯所に戻ると、庭でと山崎が話しているのが目に入った。
また近藤さんが余計なことを言いだしそうな気がして俺はその場を立ち去ろうとしたが…


「お〜い!君!」


近藤さんが大声でを呼んだ。

近藤さん!!

俺は思いっきり近藤さんを睨み付けたが、近藤さんはそ知らぬ顔でを手招きした。
俺たちに気付いたはいつものようににこっと笑うと駆け寄ってきた。


「近藤さん、土方さん、おかえりなさい。お疲れさまでした。」


傍へやってくるとそう言ってにっこり笑う。


(〜〜〜っ///!)


ダメだ!しっかりしろ!俺は新選組の鬼副長だぞ!
近藤さんのせいで妙に意識しちまってまともにの顔が見れなかった。
俺が必死に動揺を押さえようとしていると、近藤さんがとんでもない事を言い出した。


「やあ、君。お出迎えありがとうv 実は君にお土産があるんだ!」

「え?」

「これなんだけど、トシが君に買ってくれたんだ!」

(!?)

俺の名前の部分を妙に強調し、近藤さんはあの饅頭をに差し出した。


「え?土方さんがですか?」

「そう、トシが。」


(近藤さん!!!)


驚いているに近藤さんが繰り返し俺の名前を言った。


(くっ!そういうことか!!)


確かに金を出したのは俺だが…。
まんまと近藤さんに騙されたことに気付き、自分の浅はかさを恨んだが、
が俺の方を見て


「ありがとうございます!土方さん!」


と満面の笑顔で言うとそんなことはどうでもよくなりそうだった。


「いや、そ、それは近藤さんが…」


言い訳のように俺が口を開くと、それを遮るように近藤さんが横から口出した。


「それも限定品で最後の一つ!君のために!トシが!わざわざ!


一々強調するように話す近藤さん。余計なことを…!


「へ〜トシちゃんが?ちゃんに?」


近藤さんだけでも十分だというのに、もう一人ややこしい人物が近寄ってきた。


「山崎…;」

「ひどいじゃな〜い。アタシにはお土産なんて買ってきてくれたことないのに?ちゃんだけ?」


山崎はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらの肩に手をかけた。


「そうなんですか?」


が不思議そうな顔で山崎を振り向いた。


「そうよ〜。って言うか、多分トシちゃんがお土産買ってきたなんて初めてなんじゃないかしら?」


山崎の言葉にが驚いた顔で俺を見た。
……確かにそうだが、だからそれを買ったのは近藤さんだ…。
喉元まで出かかった言葉はの言葉に遮られた。


「あ、あの…、それじゃあ皆さんにもお裾分けした方が…」


の言葉に山崎はガクッとうなだれた。


「なんでそうなるのー!?」

「へ?」


山崎の叫びには不思議そうな顔をしていた。


「あのね、ちゃん!これはトシちゃんがちゃんのために…」

「山崎!!!」


もうこれ以上余計なことを言われるのはごめんだ!
俺は山崎の首根っ子を引っ掴むとズルズル引きずって行った。


「ちょっと、トシちゃん!離しなさいよ!」

「近藤さん!」


ついでに近藤さんにも声をかけた。近藤さんは苦笑いしたが、観念したのか黙ってついてきた。
呆然としているに山崎が最後に必死に言葉を発した。


ちゃん!とにかくそれはアンタが一人で食べなさい!それがせめてもの礼儀よ!」

「は、はい!」


山崎の必死の台詞に我に返ったは返事をしたが、いまいち意味はわかっていないような表情だ。
だが、俺たちが行っちまうことに気付いたが慌てて口を開いた。


「あ!土方さん!」


名前を呼ばれ、ギクッとしたが無視するわけにもいかず、首だけ振り返るとは、


「あ、あの、ありがとうございます。大切に食べます!」


と言ってまたにっこりと笑顔を見せた。


「……///ああ。」


もう慣れてきたかと思ったが、やっぱりダメだ…。
くそっ…可愛すぎる…。

適当に返事をすると俺はそのままその場を後にした。
山崎や近藤さんが笑いを堪えていたが、気付かないふりを決め込んだ。
だらしのねぇ顔を見られるよりはマシだ…。
まったく…どうしちまったんだ…俺は…。

複雑な感情に困惑しながらも、何かを求めて土方さんはチラリと後ろを振り向いた。
相変わらずにこにこと笑顔でいるを目にしてホッと心に安堵のため息がもれた。
山崎や近藤さんにからかわれても、あの笑顔を見れたから別に良いか…なんて思っちまうなんてな…。


複雑な想いはあれど、今は小さな幸福が胸を暖めているから機嫌は悪くない土方さんでした。



おまけ***

「ト〜シ〜。」

「なんだ?近藤さん?」

「さっきの饅頭の金、どうする?」

「………」

「金は借りたんだしな〜。返そうか〜?」


ニヤニヤと笑いながら近藤さんはそんなことを言いだした。
返事もわかっていて言っているだろう…。


「別に…もういい。」

「あ!そうかい?」


大体に散々俺が買ったようなことを言ったくせに何を今更…。
俺の返事に近藤さんが満足そうな笑顔になった。
まったくこの人は…。苛立ったのは事実だが、やはり憎めないのは近藤さんの人柄か…。
それとも本当は感謝してるからなのか…。




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2006.10.19