今日はまた一層日差しが強く暑い日だった。


「……っ…;」


もとより暑さに弱いは少し体調が思わしくなく…だが今日は巡察。
一緒に行くのは…


、準備はできたのか?」

「あ、はい。お待たせしてすみません、土方さん。」

「いや、行くか?」

「はい。」


鬼副長の土方さん。
暑さで疲れた、などと言える相手ではなかった…。





-暑い暑い夏-




「今日も暑いな…。」

「そうですね…。」


トコトコと土方さんの後ろをついて歩きながら何気なく会話をかわす二人。
暑いと言いながらも普段と変わる様子なく、
キリッと引き締まった態度の土方さんにはひたすら感心していた。
何というか…黒っぽい着物とかも暑そうなのに…。

さすがは新選組副長だということか…。

最も、土方さんより上の局長近藤さんはぐったりしているのだから、肩書きは関係ない気もするが…。
ともかく、巡察中、余計なことを考えていてもいけない、
土方さんを見習ってもう少ししっかりしなければ…。


(心頭を滅却すれば火もまた涼しですよね…!)


はぐっと拳を握り締めて気合いを入れ、少しふらついていた頭を振った。



***



しばらく町中を歩いていたが、特に変わったことはない。
巡察と言っても何かあるのが常ではない。むしろ何もないことの方が多い程。
今日の巡察はなんとか無事に終わりそうだ…。


「ふむ……どうやら問題はなさそうだな…。」

「……そう…ですか…。」

「ああ、今日はもう良いだろう。戻ろう。」

「はい……そうですね…。」


町外れ、人気のない辺りまで来て、土方さんはそう言って辺りを見回し、
真剣な表情でぶつぶつと何か考えていた。
常日頃忙しく、巡察中はもちろん巡察に集中してはいるが、考えることも多い土方さん。
そのため、の異変には気付いていなかった。


「帰りはこっちの道から……」



ポスッ



土方さんが手を上げ、帰り道を指差した時、
背中に何か暖かいものが寄り掛かってきた。


「……?」


不思議に思った土方さんが首を後ろに向けると、目に入ったのは橙の髪。


「……?」

「…………」


突然背中に寄り掛かってきた
何事かと思い声をかけたが返事がない。


「…………///


不振に思わないでもなかったが、好意を持っている相手に寄り掛かってこられて、
土方さんは顔が熱くなるのを感じた。おまけに動悸も激しく波打っている。
こんな人気のない場所で、あのがこんな大胆な行動に出るとは…。
背中、触れている部分は熱いほどだった。


「……っ;お、…お前…///


土方さんはすっかり動揺していた。
だが、やっぱり顔を見たいし、何か伝えるなら顔を見て…と、
土方さんが振り返ろうと体を動かすと……、



パタ…



「………………!?お、おい!どうした!?しっかりしろ!!!」


土方さんの背中にもたれかかっていたはそのままずり落ちるように倒れてしまった。
慌てて土方さんが抱き起こすと、は真っ赤な顔で苦しそうに息をしていた。


「熱…熱があるのか…;」


赤い顔に触れるとひどい熱だった。
暑さにやられて気を失ってしまったのか…。
土方さんに寄り掛かってきたのは無意識…と言うか偶然だったようだ…。


「……///


変な勘違いをしてしまい、土方さんは複雑そうな顔で真っ赤になったが、
の様子を見るとそれどころではないと思い直し、を抱き抱えると慌てて駆け出した。



***



「松本先生!」

「誰だ!病室で騒ぐんじゃねぇ!!」


土方さんが大慌てで駆け込んだのは、松本先生の診療所。


「……ん?トシ?どうした、珍しいな…おめぇがそんなに取り乱すなんて…。」

「松本先生!こいつを!が!」


バタバタと部屋にやってきた土方さんに松本先生は驚いた顔をしたが、
土方さんの言葉と、土方さんが抱えている人物を見て、納得したような顔になった。


「どうしたんだ、のやつ。」

「突然倒れた。熱がある見てぇで…」

「…わかった。落ち着けトシ、大丈夫だ。今日は暑いから熱射病だろ。」


松本先生は土方さんを宥めるように声をかけるとを受け取り布団に寝かせた。


「ともかく涼しい所で休ませてやることが大事だ。
 俺は水を用意してくる。トシ、お前はについていてやりな。」

「……松本先生…。」

「くっ、なんて顔してやがる。お前らしくもねぇ。大丈夫だ。」


不安そうに顔を歪める土方さんの肩に手を乗せ慰めの言葉をかけると、松本先生は部屋を出た。
松本先生に言われ、少しは頭も冷えた土方さんだったが、今度は悔しそうに唇を噛んだ。
こんなになるまでの調子に気付けなかった、自身に対する苛立ち。
巡察に出る前に気付くべきだったと。

いつもなら、こんなことになった当人を責めるのだが…、
苦しそうな顔のを見ると心配な気持ちの方が先立つらしい。


……」


未だ気を失っているからは返事はない。
そっと髪をはらい、額に、頬に手を触れるとやはり肌は熱かった。


「…………」


上気した赤い顔をじっと眺め、柔らかい肌に触れていると変な気持ちになりそうだった。
さっきのことも思い出す。さっき…本当に自分を頼って、自分を求めてくれていたら…。


「……


土方さんはそっとの頬をなで、そのまま唇をなぞると顔を近付け……、


「おい、トシ。」

「!!」

「?どうした?」

「ま、松本先生…;」

「ん?」

「いや…何でも…;」


水を汲みに行っていた松本先生が戻ってきて、土方さんは大慌てでから離れた。
松本先生は不思議そうに首を傾げたが、ふっと意地悪く笑うと、


「トシ、お前に何かしたか?」


と尋ねた。


「な!何もしてません!」

「本当か〜?」

「〜〜///


土方さんは必死で否定したが、真っ赤になっている様子は肯定だった。


「はははは、まあこの状況じゃ仕方ねぇか!」

「だから!」


豪快に笑う松本先生だったが、土方さんは必死。
だが、松本先生相手では強く出られないのか言い負かされていた。


「…本当に何もしてねぇのか?」

「してません!!///

「邪魔しちまったか…。」

「そんなんじゃありませんから!」

「……あの」

「うるさい!……ん?」


執拗な松本先生に必死で対抗していた土方さんは、着物の袂を引っ張り、
弱々しい声をかけてきた相手に、その状態のままで反論してしまった。


「す!すみません……;」


声をかけた相手は怒鳴られ、ビクッと体を震わせた。


「!?…っ、お、…;」


土方さんに声をかけたのはもちろん


「気が付いたか、。」

「松本先生…。」

「そら、水だ。飲みな。」

「あ…ありがとうございます…。」


松本先生は土方さんをあっさり無視してに声をかけ、水を渡した。
いまいち状況を把握できていない様子のだったが、渡されるままに水を受け取り口にした。
熱射病で倒れたことはわかってなくとも、体が水分を要求しているのだろう。


「具合はどうだ?」

「え…?」

「熱射病で倒れたんだ、お前は。トシがここまでお前を担いで来たんだぞ?」

「え!そうなんですか!」


松本先生の言葉に、は驚いて土方さんを見た。
そしてしゅんと落ち込んだ顔になると、


「……すみませんでした…土方さん。ご迷惑をおかけして…。」


と言って謝った。
さっき怒鳴られたこともあって、気にしているようだ。


「あ、いや…;迷惑など…」


思いっきり落ち込んでいるに土方さんは慌てて否定した。
さっき怒鳴ってしまったのも間違い(?)だし、迷惑だなんてとんでもない。
むしろ…


「すげー心配ようだったぜ?」


助け船なのか、単にからかっているだけなのか、松本先生が口を出した。


「ま、松本先生…!」

「おまえを担いで来たときのトシの顔といったら…くくっ」


松本先生はそれは楽しそうに笑ってガシガシとの頭を撫でた。


「トシはそれだけお前のことが大事なんだよ。」

「松本先生!///

「お〜恐!鬼副長を怒らせちゃ厄介だからな。俺は行くわ。トシ、もう妙な真似するなよ。」

「○▲□×///!?」


言いたい放題いってそそくさと、逃げるように松本先生は部屋を出ていき、
土方さんはすっかり混乱して言葉にならない声をあげた。
さっきの土方さんの行動、松本先生は実は見ていたのかも…。


「あの…土方さん…」

「何だ!?俺は何もしていないぞ!」

「は?…ここまで連れてきて下さったんじゃないんですか?」

「…………そ、それはそうだな…。」


松本先生が出ていった後、が土方さんに声をかけたが、
それでも土方さんは慌てていて、おかしな会話がされていた。



***



「もう…平気なのか?」

「はい、平気です。」


土方さんがもう一度水を汲んできて、部屋も風通しをよくしたりし、
しばらく休んでいると、大分熱も下がったようではにこっと笑顔を見せて返事をした。


「ありがとうございました、土方さん。
 …それに…すみませんでした、巡察中にこんなことに…。」


ただ、やっぱり巡察中の失態だと気にしているらしい。
土方さんは少し複雑な顔をしたが、キリッと厳しい顔になり口を開いた。


「確かに…今日は何もなかったが、何かあった時に体調に不備があれば命にかかわる。
 体調が優れない時は無理せず最初に言うべきだった。」

「はい。」

「皆に迷惑を掛けたくないのならやせ我慢などもっての他だ。返って皆を危険に晒す事にもなる。」

「……はい。」


具合の悪いに多少厳しい言い分かもしれないが、土方さんの言っていることは正論だ。
は自分の浅はかさが悔しくて、唇を噛んだ。
そして…


「ごめんなさい…土方さん…。」


と一言。そして同時にぽつりと涙が零れた。


「っ!な、泣くことはないだろ!?;」


ぽろぽろと涙を流したに動揺したのは土方さんだった。
少しキツク言い過ぎたのかと…自分が泣かせてしまったのかと…。
だが、慌てる土方さんにはふるふると首を振り再度謝った。


「すみません…違うんです…土方さんのせいじゃ……情けないだけです…私…。」


ぎゅっと布団を握り締め、涙を堪えるように言ったの言葉を理解した土方さんは苦笑いし、
そっと手をのばすとの涙を指で拭った。


「気にするな…お前の言いたいことはわかった…。これから気を付ければいいだろう…。」

「……はい…でも…すみませんでした…。」

「もういいんだ。大したことがなくてよかった…。」

「土方さん…」


優しい瞳でを見つめ、優しい声で言葉を続けてくれた土方さん。
は瞳に涙をためたままだったが、ふわっと嬉しそうな笑顔を見せた。



ドキッ…



笑った瞬間、涙が頬を流れ落ち、本当に綺麗だと…土方さんの心臓は跳ね上がった。
そんな土方さんには、頬に触れている土方さんの手を添え、


「土方さんの手は…冷たいですね…。」


と言って笑った。


「そ、それは…い、今はおおおお前は熱が…あ、あるからだろ…///


土方さん、動揺しまくり…。

視線を泳がせ、真っ赤な顔を隠すように逆の手で口元を押さえた。
はにこにこと嬉しそうな顔のまま、


「でも、手が冷たい人は心が暖かいそうですから…土方さんがそうなら、きっと本当なんですね。」


と、続けた。


「〜〜〜っ///


土方さんはますます真っ赤になり一度顔を伏せたが、もう限界だった。
必死に自分を抑えていたのに。
そんな笑顔で、そんなことを、そして他に人もいない、二人きりのこんな状況で…。


!!」

「は、はい!?」


土方さんは意を決して顔を上げ、大声で名前を呼ぶと、
押し倒しそうな勢いでの肩を掴んだ。そして…、


「俺は…「大丈夫か!!」

「倒れたと聞いたが…」

さん大丈…」

「お、お前たち…;」

「な!何してるんですか…土方さん…体調の悪い所を襲うなんて!

「しかもさんを泣かせてる!?」

「何っ!?」

「え…いえ;これは…別に…」

「土方さん…を泣かせるなんて…いくら貴方でも許しませんよ…」

ご、誤解だ!俺は何も…」

言い訳は聞きません。

ハ、ハジメ!?いくら何でも抜刀はマズイんじゃ…」

落ち着け斎藤!

「…………」

「斎藤さん…本気ですね…;」

「さ、斎藤さん…;」


土方さんが決死の告白を試みた所へ、丁度皆がやってきた。
…が、土方さんは皆に誤解され、せっかく(?)の告白もダメになり、大騒ぎになってしまった。

キレた斎藤さんはが必死に理由を説明して何とか宥め、
松本先生や近藤さんもやってきてくれて騒ぎは何とか収まった。


暑い暑い夏の日のとんだ一騒動でした…。





***おまけ


「元気出せや、トシ。」

「そうそう、まだ機会はあるって!」

「もう…いいですから…;」

その夜、土方さんは松本先生と近藤さんに散々飲みに付き合わされ、慰められ…た?




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2008.08.01