-ありのまま-




今日も雨が降っている。
連日すると疎ましくも感じるが、
この梅雨の時季独特の楽しみや景色を眺めるのもまた一興…。


「あら?ちゃんだったの?」


雨の中、少し用事で出かけていた山崎さんは、
身動きせずに、ただじっと紫陽花の前に立っている人物が目に入り、
気になってそっと顔を伺った。

行きに通りがかった時も確かいた気がする。
傘を覚えていたからだ。
ただ、傘を差しているから顔は見えなくて、誰かわからなかった。
その時は然程気にせず通り過ぎたが、用事を済ませた帰りに、
まだそこに立っているので気になって顔を覗き込んだのだ。
すると思いがけず見知った人物で、驚いて声をかけた。


「あ、山崎さん…」


山崎さんが声をかけると、少し驚いたように顔を
上げたがはにっこり微笑んだ。


「お買い物ですか?」


荷物を持っている山崎さんを見て、がそう尋ねると、
山崎さんは笑ってくれたが、後半不思議そうに尋ねた。


「今日は違うわ。勇ちゃんの用事でちょっとね…。
 ところで、ちゃんこそ何やってるのよ?随分長い間ここに立ってるでしょ?」


行きも帰りも同じ様子で立っていた
ということはつまり、その間もそうだったに違いない。

山崎さんはの横に立ち、長時間も眺めるようなものがあるのかと、
きょろきょろと辺りを見回した。
そんな山崎さんの素振りにはふっと笑うと、


「最初は紫陽花を見ていて…、あと、ほらあそこに…。」


と言って紫陽花の中を指差した。


「ん〜?あら、あんな所に……かたつむり?」

「はい、珍しいな、と思いまして…。」

「そうね、可愛いわね。」


紫陽花の中にいたのはかたつむりだった。
のろのろと動いているのが見える。


「けど、あんなの熱心に見てたの?」


理由はわかったがと、少し呆れたように山崎さんが言うと、
は少し苦笑いしたが嬉しそうに笑って言った。


「はい、私紫陽花の花が好きなのでしばらく眺めていたんですけど…。
 紫陽花は雨の中が一番綺麗に見えますから。」

「そうね。」

「そしたら、かたつむりがいて、紫陽花とかたつむりの組み合わせを見て、
 なんだか、梅雨の時季になったんだな。ってしみじみ思っていたら…。」

「こんなに時間が経っちゃったのね。」

「……はい;」

「まったく呑気ね〜ちゃんは…。」

「すみません;」


度々相槌を打ちつつも突っ込みを入れる山崎さんに、
はしゅんとなり謝ったが、そんな素振りを見て、
山崎さんは上機嫌になって笑うと、ポンポンとの頭を撫でた。


「まあ、ちゃんらしいけどねv」

「…はぁ;」

「でも、あんまり雨の中にいると風邪引いちゃうわ。一緒に帰りましょ。」

「はい。」


山崎さんはの手を取り、二人はそのまま一緒に屯所へ戻った。



***



「ねぇ、ちゃん。
 せっかくだから、アタシの部屋で一緒にお茶でも飲みましょ。
 私は勇ちゃんに荷物を届けてくるから先に行ってて。」

「はい、わかりました。」


屯所に戻ると、山崎さんはそう言ってを誘った。
特に断る理由もないので、は頷き、言われたとおり、
山崎さんの部屋に向かった。

と、部屋に続く途中の廊下…。


「あ…。」


足元を見て、目に付いたものに、は足を止めた。
そして、どうしようかとその場で固まってしまった。



***



ちゃんおまたせv…って何やってんの?そんなとこで。
 …もしかして、アタシの部屋わからなかった?」


近藤さんの所へ荷物を届け、急ぎ部屋に戻ろうとした山崎さん。
廊下の途中で突っ立っているを見つけ、
いくら方向音痴でも、流石にもう部屋へ行くのに迷うことはない
と思いつつもそう声をかけた。

そして、ポンと肩に手を置くと、はビクリと反応し、
少し驚いた顔で振り向いた。


「山崎さん…。」

「ん?どうしたの?」

「あ…いえ…;」


少し困ったように足元に視線を落としたにつられ、
山崎さんも下を向く。すると目に入ったのは『なめくじ』。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「キャーーー!!!

 なめくじじゃない!!塩!塩!塩をまくのよ!!」



「や、山崎さん!?落ち着いて下さい!
 そんなことしたら死んでしまうじゃないですか!」


なめくじを見て、すっかり混乱気味の山崎さん。
が必死に落ち着かせようとしたので、
なんとか冷静さを取り戻し、塩をまくのは思い止まった。
が、まだ構えている。


「……って、ちゃん平気なの?」


狼狽まくる山崎さんに対し、存外平気そうにしている
山崎さんは少し驚いたように尋ねた。


「はい、まあ…触れませんけど…;
 別にそんなに怖くは…ないです…。
 それに…塩をかけるなんて可哀想ですよ…。」

「う…そうね…;」


本気で悲しそうな目をされては流石に山崎さんも頷くしかなく、
仕方なく塩を片付けた。


「けど、ここから動いてきて部屋に来たら嫌だわ。」

「……そうですね…。」


動きはゆっくりだが、やっぱりその心配はある。
山崎さんがそう言うと、は少し思案し、
どこかへ行くと、和紙を持って戻ってきた。


「これに乗せて、外の花壇にでも放してあげましょう!」


直接触ることができないので、思いついた作戦らしい。
が、たかがなめくじにそこまでする必要があるのか…、
と、少し疑問に思う山崎さんだった。


「で、誰がやるの?」


微妙になめくじが苦手な山崎さん、少し意地悪く言うと、
は少し怯み、苦笑いしたが、


「私がやりますよ。」


といって、しゃがみこんだ。
恐る恐る和紙を近づけていく様子を見ると、
やはりも怖いことは怖いようだ。

なんとか必死に作業を勧めていただったが、
ぽつりと口を開いた。


「かたつむりは可愛いといわれる方もいますのに…、
 どうしてなめくじは嫌われるんでしょうね…?」

「え?」

「山崎さんもさっき、かたつむりは可愛い、と。
 私もかたつむりはまだ平気なんですけど、なめくじは少し苦手で…
 背中の殻があるかないかだけなのに……なんだか可哀想ですね…。」

「…やっぱり外見が大事なのかしらね…。」


何やら深刻な声のにつられて、山崎さんも考えて返事をすると、
は山崎さんを振り向いた。


「でも…」

「何?」

「でも、私別にそんなつもりは…。
 確かに外見も大事ですけど、私は山崎さんのことは別に山崎さんが綺麗だから好きなわけではないですよ?」

「………」

「山崎さんのこと、お綺麗だとは思いますけど、
 それ以上に、新撰組隊士として、人として、ご立派だと思っているからですよ?」


じっと真剣な顔のままはそう言った。


「……ちゃん。」

「はい?」

「よそ見してると、なめくじ動いちゃうわよ。」

「え……ひゃあ!?」


山崎さんに言われ、視線を戻すとなめくじが和紙をよじ登っていて、
驚いたは和紙を取り落としてしまった。


「しょうがないわね〜。」


そんなに山崎さんはふっと笑うと、
ひょいと和紙を拾い上げて庭へ降りた。


「山崎さん…?平気なんですか?」


少し驚いた顔をしたに山崎さんは、


「平気じゃないけど…あんなこと言われたら、
 ちょっとは良いとこ見せないとかっこ悪いじゃない♪」


と言ってウインクした。

さらりと言ったの言葉に深い意味はないだろうが、
あまりに真っ直ぐな言葉に流石の山崎さんも少し動悸が早まった気がした。

飾らない、正直な、ありのままの気持ち。
それにこんなに心動くなんて…。

山崎さんはに背を向けたままで照れたように笑った。

こんなにも嬉しいと思うのは、飾り気無しでも美しいこの原石の少女。
この少女だけは変わらず、ずっとこのままでいて欲しいと…。

ポツリと降り続く雨に、祈った。




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2007.07.04