如月になって、唐突にこんな話が持ち上がった。 「豆まきしましょう!」 「「は?」」 -鬼との約束- 「明日節分ですよね!だから、屯所でも豆まきしましょう!」 言い出したのは視線組でも数少ない女性隊士の一人、桜庭鈴花さん。 一緒にお茶を飲んでいた山崎さんとは、 唐突過ぎる提案に少し驚いたものの、そう言われると納得して一応頷いた。 「そういえばそうですね…。」 「本当ね、忙しくてすっかり忘れていたわ。」 「せっかくの一年に一度のことですからね。 最近新撰組の屯所汚いですし〜豆まきして厄を払えば…」 「…部屋が汚いなら豆まきよりお掃除した方が…」 何だか楽しそうに、歌うように言った鈴花さんの言葉に、 少し疑問を感じたが突っ込むと、鈴花さんはずいっと顔を寄せ、 「いえ!ただ掃除するように頼んだって誰もしてくれないんですよ! だから、部屋が汚い人のところでは大量に豆を撒いて、掃除せざるおえない状態にするんです…!」 と、力強く言いきった。 「……な…なるほど…。」 「良い考えですよね♪」 「そ…そうですね…;」 確かに良い考えかもしれないと思いつつも、 何だか迫力ある鈴花さんに底知れぬものを感じたは、 微妙に答えに詰まりつつ同意した。 それに山崎さんも答える。 「まあ、良いんじゃないかしら。ホントみんな部屋が汚すぎるしね…。 敬ちゃんやトシちゃん、ハジメちゃんなんかは…まだマシな方だと思うけど…。」 「その三人はまだまともで真面目ですからね。」 「…………;」 何だか微妙に棘のある二人の口調。 一体何があったのか…。 困惑するだったが、とりあえず近藤さんに相談し、 許可を貰って、結局明日、屯所では節分の豆まきをすることになった。 *** 「鬼は〜外〜!福は〜内〜!」 「痛い!左之さん!やめてよ〜!」 「鬼に向かって投げるのは普通だろう。」 「いつオレが鬼になったの!!」 「おい、桜庭、ちょっと撒きすぎじゃねぇか?」 「撒いた豆拾う時ちゃんと掃除してくださいね〜。」 「ああ、だから大目に撒いてるんですか。なら僕も協力しますよ。」 「何!?ちょっと待て桜庭!総司も!本気で撒きすぎだって!」 「あはは、まあ…あまり撒きすぎると食べる分がなくなるから程ほどにね…。」 「……流石に…撒いたものを食べるわけにもいきませんしね…。」 「それは当たり前でしょ!そんなのアタシ絶対食べないわよ!」 「いや〜盛り上がってるね〜♪」 斯くして翌日、豆まきが盛大に行われた。 初めは乗り気ではなかった面々もいざ始めるとすっかり楽しんでいて、結構大騒ぎだった。 そんな中、豆まきしている面々の中にある人物がいないに気づき、 土方さんは賄い場の方へ足を向けた。 昨日、節分の時は巻き寿司を食べる風習もあると言って、 それなら食べたいと言ったみんなのために、作ると約束してくれたから、 きっとそこにいるだろうと思って…。 案の定、賄い場の近くまで良くと、何やら良い匂いが漂っていて、 トントンと、包丁を動かす音も聞こえる。 中を覗き込むと探していた人物が居て、土方さんは声をかけた。 「、」 「あ、はい!」 名前を呼ぶと、その人物…は勢いよく顔を上げて返事をした。 少し驚いた様子だったが、土方さんの顔を見てほっとした笑顔を見せた。 「……あ、土方さん、どうしたんですか?」 「いや、お前が居ないから気になって…悪いな。 一人でこんなこと…、何か手伝えることはあるか?」 思いがけず…そんなことを言ってくれた土方さん。 まさか、かの『鬼副長』から手伝いの申し出とは…。 「え?あ、いえ、大丈夫ですよ。もうすぐできますから。」 は少し驚きつつも、くすっと小さく笑いを漏らして返事をし、 それに釣られて土方さんもほっとしたように笑った。 実は土方さん、豆まきの最初、鬼を決める段階でひと悶着あって、 ちょっぴり元気をなくしていた。 だから、の顔が見たくてわざわざ探しに来たのだ。 『鬼副長』との肩書き故のちょっとしたことだったのだが…。 -豆まき前- 「豆まきといや、鬼を決めねーとな。」 「誰がやるの?」 「ま、鬼って言や〜」 「かの鬼副長でしょうか?」 「あ〜やっぱり土方さんが…」 『俺がどうかしたか?』 「「うわーー!?」」 「きゃーー!?」 「あれ、居たんですか土方さん?」 「総司、一体何を騒いで…。」 「いえ、やっぱり鬼は土方さ…」 「だーー!!余計なことを言うな!総司!!」 「そ、そうだよ!オレたち別に何も…!ね、ねぇ、鈴花さん!」 「え、え、ええ!そうですとも!」 「……………」 別に皆の軽い冗談だというのはわかっている。 わかっているが……あんなに驚かれると複雑だった。 やっぱり『鬼副長』と言う肩書きは伊達ではなく、 結構皆自分を恐がっているのではないかと…土方さんは正直凹んだ…>。 もちろん顔には出していないし、その後もいつも通り振舞っていたが…、 皆を傍観しているだけで自分は中には入らないでいると、 沈んだ気持ちが余計に深くなってきた気がして、ふと優しい笑顔が見たくなったのだ。 そしてそれを求めて探した相手がだった。 はその時いなかったし、きっと笑顔を見せてくれると確信があったから。 そしてその希望通り、は笑顔を見せてくれて、 一気に胸のつっかえが取れた土方さんは、落ち着いた様子でに話しかけた。 「…美味そうだな、後で食べるのが楽しみだ。」 「…そうですか?…ありがとうございます…///」 綺麗に並べられたお寿司を見て、土方さんが褒めれば、 は照れたように笑って、そんな様子がまた可愛いと思い、 さっきの沈んでいた気分は何処へやら、土方さんはすっかり元気になっていた。 「そういえば…」 「はい?」 「お前は豆まきをしなくて良いのか?」 「え…あ…はい…私は…別に…。」 せっかく皆で盛り上がっているのに、一人こんなところで…、 と、気遣ったつもりの土方さんだったが、その言葉に、は何故か複雑そうな顔をした。 「?」 どうも歯切れの悪い返事。 土方さんの方を向いていた顔も戻して、先ほどの続きと、 巻き寿司を切り分ける手を動かした。 「どうかしたのか?」 不思議に思った土方さんが再度尋ねると、 は、躊躇いつつも小さな声で答えた。 「いえ…その…私あまり豆まき好きじゃないので…」 「ん?」 ちゃんと聞こえてはいたが、その言葉の意味を図りかねて、 土方さんは再度疑問符のような声を上げた。 豆まきが好きじゃないとはどういう…? 好き嫌いがあるようなものなのか? 『豆が』好きではない、食べられない、なら解るが… 『豆まき』が好きではないと言うのは…? さっぱりわからない土方さんがそのことを尋ねると、 「その…が……だと……」 は一応答えたが、さっきよりさらに声が小さくなっていて、 何といったのか聞き取れない。 「え?何だって?」 それに土方さんは微かに苛立ったような声を上げたので、 は躊躇いつつも、渋々もう一度答えた。 「いえ…その…; ………鬼が………可哀想だと…思うから…」 「………………」 やっぱり小さな声だったが今度は聞こえた。 だが、その言葉に土方さんはどう答えて良いのか…返事に詰まった。 それは…たかが豆とはいえぶつけられる側は痛いかもしれないが…、 そこまで本気でぶつけるわけでもないだろうし…。 そんな風に思ったが、言葉を濁し、答えた声も小さかったの返事。 もっと他に意味があるんだろうか…。 照れくさそうに顔を伏せているを見て、土方さんはそんな風にも思った。 土方さんがしばらく黙っていると、 今度はの方が躊躇いがちに口を開いて、土方さんに話しかけた。 「……土方さんは、節分の時どうして豆を、炒った大豆を撒くのかご存知ですか?」 そんなことを尋ねられ、土方さんは必死に記憶をまさぐって返事を返した。 「それは…確か…穀物や果物には「邪気を払う霊力」がある とか言われているから…と言うのを聞いたことはあるが…。」 「ええ、私も聞いたことがあります。」 「…ならそうなんじゃないのか?」 「では、鬼が豆を嫌がるのはどうしてだかご存知ですか?」 「え…だから…この場合、鬼が邪気に当たるからじゃないのか?」 「ええ、そうなのかもしれませんね…。」 「……?」 土方さんの答えに、は同意し、頷くものの、 何か違うといっているようにも聞こえる。 わけが解らない…と土方さんが少し不満に思ってきたとき、 はゆっくりと話し始めた。 「それだけならよかったんですけど…昔、こんな話を教えてもらったことがあるんです…。」 昔々、ある鬼が人間の女性に恋をして、 是非彼女をお嫁さんに欲しいとお願いしました。 でも、鬼に娘をやりたくない両親は炒った大豆を鬼に渡して、 その大豆を植えて芽を出させることができたら、娘をやっても良いと約束をしました。 鬼はそれを信じてもらった大豆を植えて、大切に大切に育てました。 でも、炒っている大豆が芽を出すことはありません。 それでも鬼は毎年毎年諦めず、炒り豆を貰って帰っては育てました。 でも、どうしても芽が出ることはなく、やがて時だけが流れて、 人間の女性は亡くなってしまい、鬼はその後岩倉に閉じこもってしまったそうです。 「…炒り豆をぶつけられて、鬼が嫌がるのはそのせいなんだと…。」 「……………」 ゆっくりとした口調で、寂しそうに話したの話を土方さんは黙って聞いていた。 さっきのの「鬼が可哀想」といったのは、『豆をぶけられる鬼役』のことではなく、 『鬼』そのもののことだったのだと今の話を聞いてわかった。 「昔話だと思いますけどね…土方さんはご存知でした?」 「え…あ、いや…その話は…聞いたことはないな…。」 話し終わると、は伏せていた顔を上げ、土方さんの顔を見つめた。 まだ少し、悲しそうな顔をしている。 真っ直ぐな瞳で見つめられ、尋ねられて土方さんは少し動揺して答えた。 単なる昔話、そうは言ってもの表情は瞳は、そうは言っていなかったから。 「……その話が…」 「はい?」 「その話があるから鬼が可哀想だと言ったのか…。」 「……はい。」 きっと鬼はその娘のことを、本当に好きだったに違いない。 だからこそ、騙されているなんて気づかずに、 ただ懸命に、純粋に、娘のために、一生懸命だった。 そんな一途な想いを持っていたのに…。 そんな鬼の心境を思うと可哀想だとは言って、 のそんな言葉に、土方さんは優しく微笑んだ。 「お前らしいな。」 「あはは…;すみません…。」 「いや、褒めているんだ。 俺はお前のそういう所……その…悪くないと思っている。」 苦笑いしたに、思わず余計なことを口走りそうになりながらも、 何とかこらえて誤魔化した。本当はもっと先まで言いたかったが…。 「お前は本当に…優しいな…」 無意識に手を伸ばし、そっと髪を撫でた。 柔らかくて暖かい、優しい感触が指先を流れる。 はそれにくすっぐったそうに、顔を伏せた。 「そんなこと…ないですよ…。」 恥ずかしそうに呟いた照れた声や仕草が土方さんには愛おしかった。 「いや、…もしその話の娘がお前だったらもっと良い話しになっていたかもしれん。 お前のように、相手の気持ちを想う気持ちがあれば…鬼も報われたかもしれないだろう。」 「…そんなことは…」 「ただ…」 「?」 土方さんはそこまで言うと、一度言葉を切り、 髪を撫でていたのとは反対の手も伸ばすとの体を自分の元に抱き寄せた。 そして、突然のことに驚いているに顔を近づけると、 「だが、俺が鬼ならきっと…耐え切れなくて、浚って行ったかもしれないな、その娘を。」 そう言って囁いた。 「え?」 「無駄なことだとわかった段階で、強硬手段に出るかもしれん…。 目の前にいるのに、いつまでも手をこまねいて見ているだけなど俺にはできん。」 「…約束…したのにですか…?」 は目を見開いて土方さんを見つめ、尋ね返した。 約束を守って、ずっと娘を思い続けた鬼の行動。 はそれを当然と思っていて、だから土方さんの発想に驚いたのかもしれない。 見開かれた瞳はそう言っていた。 「約束か…。」 土方さんはそれを復唱すると少し考えた。 『約束』 その言葉に、どれだけ強い意味や力があるだろうか。 鬼はそれを信じていたが、それは裏切られたのだ。 守るのも守らないのも相手次第。 『約束』と言う言葉が全てなわけではない。 信じても…裏切られるかもしれない約束…。 それでも…、 「…お前はその約束…信じるんだろうな…。」 大きく見開かれている真っ直ぐな瞳を見て、土方さんは呟いた。 たとえ、何度裏切られても、たとえ最後傷つくことになっても…。 「…私は…約束って大事なことだと思いますから。」 土方さんの呟きに、はにっこり笑って答えた。 約束は特別なことだから、自分は絶対に守るから、 信じる信じないの問題ではなく、約束は約束だと。 「………そうか…。」 「それに…私はできなければ最初から約束なんてしませんから。 だから、約束したことは絶対に守ります。」 力強い言葉だった。 簡単なことではないはずなのに、さも当然とでも言うような。 「それもそうだな。」 難しいことだと思っていたが、こいつが言うと簡単に聞こえる。 できないなら約束しない、できるから約束すると。 それなら守られるのは当然なのだろうか…。 「あの…土方さん…。」 「ん?」 いろいろ思うことがあり、土方さんが考え込んでいると、控えめに名前を呼ばれた。 同時に、小さく着物を引っ張られている。 何かと思って顔を向けると、は赤くなってうつむき、困ったような声で訴えた。 「……あの;…手を…///」 土方さんも言われるまで忘れていたが、今は土方さんに抱きしめられている状態。 手は肩と腰に添えられて、結構がっしり抱きしめられている。 も今まで特に気にした様子を見せていなかったのだが、 会話が止まってしまい、沈黙するとその状況の方に意識がいってしまったからなのか真っ赤になっていた。 当然土方さんも慌てたのだがの方がうろたえているので、いつもより少し余裕が持てた。 (………………) それに、そういう反応をされると少し悪戯心が湧くもの。 普段、おっとりしている性格故か、どんなに好意を向けても気づいてもらえず、 男としてさえ意識して貰えていないのでは…とさえ思うこともある。 最も、それは別に自分に限ったことではないのだが…正直不満だった。 だが、今この状態で赤くなってうろたえていると言うことは、 多少は意識して貰えている、と思っても支障はないだろう。 「…?」 「は、はい?」 耳元に顔を寄せ、名前を呼ぶと、は体をこわばらせた。 返事はあくまで普通に返しているつもりのようだが、抱きしめている体が緊張しているのはよくわかる。 華奢な小さい体。力を籠めれば容易く折れてしまいそうだ。 よくこんな体で新撰組で隊士などやっていけていると驚く。 それでも、柔らかくて暖かい。 (……とても放す気にはなれないな…) さっきのの訴えは、当然そのことだったに違いないが…、 土方さんは放すどころかますます腕に力を籠めた。 「ひ、土方さん?」 それにはさらに慌て、離れようと半ば暴れた。 と、その拍子に足がもつれ、土方さんを巻き込んで盛大に転んでしまった。 「っ、うわ!?」 「きゃぁ!?」 賄い場の物がいろいろと落っこちて派手な音を立てたが、 その中でも一部「ゴッ」と言う鈍い音が大きく響いた…。 「●×□▼◎…!!!」 それに呼応して声にならない声が…。 そのなんとも形容しがたい悲鳴に土方さんは慌てて体を起こした。 「だ、大丈夫か!!!!」 足を取られて転んだのはの方なので、 土方さんは巻き込まれただけで責任はない。 とはいえ、が後ろに倒れたため、 の方が下敷きになってしまったので、土方さんは大慌てだった。 おまけに、は頭を抑えて半なき状態。 土方さんの下敷きになってしまって苦しかったし、足は捻って痛いし…、 と、あちこち痛むが、頭は他の非ではなく、 「す…すみませんでした…土方さん…;」 とりあえず切れ切れの声で謝罪するしかできなかった。 「いや;…すまない…俺が…」 「大丈夫ですかさん!どうかしました!!」 と、の謝罪に土方さんが返事を返した時、 物音に心配した鈴花さんが様子を見に来てくれた。 が、現状を見て固まった。 今の現状だけを見れば、半泣きのを土方さんが押し倒し、 組み伏せている状態にしか見えないのだから…仕方ないか…。 正確には押し倒したと言うよりは、押しつぶした。 で、わざとでもないのだが…。 「な…///何やってるんですかーーー!!?」 「さ、桜庭;い、いや違うこれは…!?;;」 完全に誤解した鈴花さんは大絶叫し、その叫び声に駆けつけた面々により、 「鬼」副長、土方さんは節分の制裁を受けて撃沈した。 皆が豆まきしている間にいなくなって抜け駆け…等とも誤解され、 おまけに流石にやりすぎだと近藤さんにまで怒られてしまった。 やはり『鬼』にとって節分は散々な日になってしまうのかもしれない…。 最も…その後、の頭の怪我などから誤解だと言うことがわかり、 逆に土方さんに制裁を加えた人たちに厳しい罰が与えられた…のは鬼副長だけの秘密…。 戻る 2009.05.01
またも更新が遅れに遅れましたすみません;(汗)
今回は節分ネタなので、鬼副長をピックアップしてみました! でも何故か最後がまたぶっ壊れ暴走してしまいました; おかしい…今度こそは土方さんをカッコよくかけると思ったのに…! …本当はもう少し強引に迫って(?)何か凄い話(?)を、描きたかったんですが…。 どうすれば良いのかもうわからなくなってしまったんです…orz まあ、それがなくてももう少し真面目な話にしたかったのに…;(汗) と、それはともかく、実は一番書きたかったのは主人公が話した「節分の鬼の話」 実際には鬼は村娘を浚うだけの悪い鬼、と言うパターンの場合もあるんですが、 私はこの設定の方が好きなので、こっちにしました。 この話を始めて聞いた時は鬼が可哀想で本当に泣いてしまいそうでした…。 いつだって悪いのは人間の側なんじゃないかなぁ…と思ってしまいます。 こういう話…自分とは違う異質なものを認めないのはいつだって人間ですから…。 |