雨の多い梅雨の水無月。
ここしばらくも雨が続いていたが、今日は久々の晴天。

そんな天気に負けないぐらい晴れやかな浮かれた様子で、
鼻歌を歌いながら新撰組屯所を目指して歩いている人物が居た。





-六月の花嫁-




「鈴花さ〜んvV


上機嫌で屯所へやってきたのは、察しの通り才谷梅太郎さん。
屯所に着くなり大声で名前を呼びながらその人物の部屋へ直行した。


「も〜!梅さん!そんな大声出さなくても聞こえます!」

「おお!鈴花さん!会いたかったぜよ!」


鈴花さんは顔を真っ赤にして部屋から出てきた。
が、怒っているわけではなく照れているだけなので、
梅さんはそのままいつもの調子で鈴花さんを抱きしめた。


「きゃー!もう!梅さん離して下さいよ!」

「照れんでもいいじゃか

「照れてません!離して!」


わいわいといつもの調子で騒いでいる二人。
すると、そんな二人の後ろでくすっと笑い声が漏れ、
驚いた二人が振り返ると立っていたのはだった。
二人と目が合うと、はにっこり笑ったまま、


「おはようございます、鈴花さん、才谷さん。いつも仲良しですね。」


と言った。永倉さんや原田さんなら、茶化したり、
からかったりな意味が込められているかもしれない言葉だが、
なのでそんなつもりは全くない。

梅さんも鈴花さんも、もちろんわかっているが、
やはり見られたことは恥ずかしいのか、鈴花さんは大慌てで梅さんを突き飛ばした。


「お、おはよう…ございます…さん…///

「鈴花さんひどいぜよ…;」



***



「それで…今日は何ですか?…それにその大荷物は?」


とりあえず落ち着いた鈴花さん。
梅さんが持っていた大きな箱に目が留まってそう尋ねた。


「随分大きな箱ですね、何が入ってるんですか?」


も不思議そうに首をかしげ、
二人の言葉に梅さんは嬉しそうに笑って、自慢げに答えた。


「鈴花さんへの贈り物じゃき!丁度いいき、さんもぜひ見て行くといいぜよ!」


梅さんはそういうと箱を持って、いそいそと 鈴花さんの部屋へ入って行ったので、
仕方なく二人も後に続いた。

部屋に入り、梅さんに勧められて鈴花さんが箱を開けると、
中に入っていたのは綺麗な白い着物…というか洋服だった。


「わぁ…すごく綺麗な着物ですね。」

「ほんと…でも、何だか白無垢みたい…?」


純白の美しい着物。
なんとなく言った鈴花さんの言葉に、梅さんはにこ〜と嬉しそうな顔になった。


「鈴花さん察しが良いきその通り!
 それは外国の白無垢で、『うえでぃんぐどれす』というんじゃき

「「うえでぃんぐどれす?」」

「そうじゃき、まっこつ綺麗な着物なんせのう。
 鈴花さんに着て欲しいと思ったき、持って来たんぜよ!」

「…………え"!?」

「もちろん、着て貰ってすぐ祝言でもわしは良いんじゃが…。」

「絶対駄目です!」

「わかっちょる…じゃき、とりあえず着て、
 そん姿を見せてくれるちゅうならそれで我慢するぜよ。」

「……………」


すっかりその気の梅さんに、鈴花さんは困っていた。

正直、この綺麗な『うえでぃんぐどれす』には興味はある。
だが、婚礼の衣装だとわかった以上はやはり照れくさい…。
けど、自分のためにわざわざ梅さんが用意してくれたのだと思うと
嬉しい気持ちも事実だし…と、どうしていいか大混乱だ。

そんな鈴花さんの気持ちを知ってか知らずか、
も梅さんと一緒になって鈴花さんに『うえでぃんぐどれす』を勧めた。


「良いじゃないですか、鈴花さん!せっかくですし。」

「う〜ん;」

「鈴花さんなら似合います、きっと素敵だと思いますよ!」


にっこりと全く毒のない笑顔で勧めるに次第に鈴花さんも折れた。
どうもの笑顔は性別関係なく効果があるらしい。

結局、了解した鈴花さんに気をよくした梅さんが山崎さんにお願いして、
お化粧などもしてもらうことになった。


「はぁ〜まだかのぅ鈴花さんは…。」

「楽しみですね、才谷さん。」

「ああ、楽しみじゃき。」


鈴花さんの準備が終わるまで、部屋の外で待つことにした梅さんと
縁側に腰掛け、話をしていた。


「じゃがのぅ、さん。」

「何ですか?」

「わしは本気で今日鈴花さんと結婚してもよかったんじゃがのぅ。」

「鈴花さんも本気で嫌がっていたわけではないですよ。」

「わかっちゅう、まだ新撰組でやることがあるさの。」

「はい、鈴花さんのそういう所ご立派だって思います。」

「うむ、わしも鈴花さんのそういうところが好きぜよ。」

「はい。」

「じゃけ、今月がよかったんじゃが…」

「どうしてですか?」

「西洋では水無月に結婚した女性は幸福になれると言われちょるんじゃき。
 何でも、水無月は家庭の守護神『ジュノー』ちゅうんの月じゃかららしいぜよ。」

「へぇ…。」

「うん、『じゅーんぶらいど』ちゅうそうじゃき。」

「素敵な言い伝えですね。それにしても…。才谷さんはいろいろお詳しいですね。」

「いや、それ程でもないき。」


「よ、珍しい組み合わせだな。」

「なんだ、桜庭はいねぇのか?」


と、そんな話をしていた二人に声をかけて来たのは永倉さんと原田さんだった。


「なんじゃ、永倉君、原田君。」

「梅さ〜ん、桜庭がいねぇ時にと逢引かよ。」

「そんなわけないぜよ、わしは鈴花さん一途じゃき。鈴花さんを待っとうとこぜよ。」

「そうですよ、永倉さん、原田さん。
 鈴花さんは今、才谷さんのためにとびっきりのおめかしをしてるんです!
 永倉さんも原田さんも見たらきっと惚れ直しますよ!」

「へぇ〜そりゃ見ものだな、左之?」

「ああ、そんなに言うなら見て行こうじゃねぇか。」

「二人は見んでもいいき、惚れ直されても困るぜよ。」

「まあまあ、それは言葉の綾だって梅さん。」


何だかんだと話しているうちに二人も鈴花さんの晴れ姿を見ることになった。
梅さんは渋っていたがどうせなら、と。
の勧めもあるし、二人も気になったのだ。

それからもうしばらくして、わいわいと四人騒いでいるところへ
やっと山崎さんが顔を出した。


「おまたせ〜梅ちゃん!ちゃん!鈴花ちゃんできたわよ〜ん♪」

「おお、まこつか?山崎君。」

「ホントホント、すっごく可愛いわよ
 …って、あら、八ちゃんに左之ちゃんじゃないの?二人も鈴花ちゃんの晴れ姿を見に来たの?」

「別に、たまたま通りがかっただけだけどよ、がどうしてもっていうからよ。」

「おう、そんなに言うなら見てやろうと思ってな。」

「二人ともそんな言い方失礼ですよ!」

「そうじゃか、別に無理にとはいっとらんき!」

「わりーわりーそんなつもりじゃねぇよ。」

「まあ、そんなこと言ってられるのも今のうちよ二人とも
 絶対びっくりするわ、何てったってアタシの力作だし♪」


山崎さんは自信たっぷりにそういうと、鈴花さんの部屋の戸を開けた。


「えへ♪どうですか?」


部屋を開けると上機嫌の鈴花さんが出てきた。
初めは恥ずかしかったが、いざ着てみるとやはりウエディングドレスは美しく、
山崎さんが綺麗にお化粧もしてくれたので、すっかり自信もついたらしい。

純白のウエディングドレスに身を包み、綺麗にお化粧もして、
そんな姿で、少し照れたように笑った鈴花さんはすごく可愛くて、
思わずみんな言葉を失った。


「………何とか言ってくださいよ…。」


黙りこむ皆に不服そうに口を尖らせた鈴花さんに最初に我に返ったのは梅さんだった。


「鈴花さん!想像以上に綺麗やか!いや〜もう惚れ直すどころじゃないき!」


にこにことそれは嬉しそうに笑ってそう言った。


「えへへ……そうですか?///


梅さんの言葉に鈴花さんは赤くなりつつも嬉しそうに笑った。


「はい、本当に綺麗ですよ!鈴花さん!
 もし私が男だったら、是非お嫁さんに欲しいぐらいです。」


もそんな風に言って鈴花さんを褒め、
の言葉に梅さんが驚いた顔をした。


さん!そりゃ困るぜよ!そんな厄介な『らいばる』増えても困るき!」

「と言うか、どういう意味だよ…;」

「冗談ですよ♪」

「そりゃそうでしょ;」


楽しそうに笑ったは、永倉さんと原田さんに向き直ると、


「それで、お二人はどうなんですか?言葉もないのでは?」


と言って、にっこり笑った。


「「え……」」


二人はの言葉に詰まり、鈴花さんを見た。
もちろんウエディングドレスを身にまとった鈴花さんは美しく、
見とれてしまったが、まさか二人ともにそんなこと言えるわけがない…。


「あ〜そ、そうだな…///

「ま、まあ、あれだ!」

「「馬子にも衣装」」

「!」

「言うと思いましたよ。」


永倉さんと鈴花さんの声が重なった。


「でも、八ちゃんも左之ちゃんも真っ赤よ素直じゃないわね


ばつの悪そうな顔をした永倉さんに山崎さんはそう言ってつっこんだ。


「本当ですね。」


それを聞いてがくすっと笑うと、
永倉さんも原田さんも大慌てでに詰め寄り弁解した。


!べ、別にそんなんじゃねぇからな!」

「そうだぜ!誤解すんなよ!」

「へ?」


必死の二人相手には不思議そうな顔。
ちょっと同情したくなった梅さんと鈴花さんだった。


「あれ?何やってるの?」

「楽しそうですね。」


と、そこへやってきたのは藤堂さんと沖田さん。
興味深そうに声をかけてきた二人は鈴花さんを見て驚いた顔をし、
一瞬惚けたように言葉を失ったが、沖田さんはにっこり笑うと口を開いた。


「とても似合ってますよ、桜庭さん。どうしたんですか?その衣装は。」

「梅ちゃんが持って来たのよ、外国の婚礼の着物なんですって

「え、じゃあ梅さんと祝言を?」

「そ、そんなわけないですよ!」

「鈴花さ〜ん;」

「一応着てみただけです。」

「へ〜、でも本当に綺麗ですよ。」

「あ、ありがとうございます、沖田さん…///


にっこりと笑顔でそう言った沖田さんに鈴花さんは赤くなってお礼を言った。
やっぱり直球で褒められると照れるらしい。
沖田さんがしっかり感想を言ってくれたので、山崎さんが今度は藤堂さんに意見を求めた。


「平ちゃんはどうなの?」

「え?あ〜うん、綺麗だと思うよ。」


突然ふられて藤堂さんは少し驚いた顔をしたが、頷いてそう言った。


「よかったですね、鈴花さん♪」


藤堂さんの感想を聞いて、がそう言って鈴花さんに向き直ると、
藤堂さんはの傍へ寄って手を取り、


「けど、オレはさんの婚礼衣装が見たいけどね


と言った。


「…………え?」


あまりに唐突な言葉に理解できず目が点になっているに、
藤堂さんはもう一度言った。


さんにオレのために婚礼衣装を着てほしいな

「ええ!?」

「な!平助!何言ってんだよ!」

「しかもどさくさに紛れて手握ってんじゃねェよ!」


藤堂さんの台詞に驚いた声を上げただったが、
それ以上に驚き慌てたのは永倉さんと原田さんで、
永倉さんはと藤堂さんの間に割って入り、二人を引き離した。


「新八さん邪魔しないでよ。」

「平助!」

「はいはい。」


永倉さんに言われ、渋々観念したような素振りをした
藤堂さんだったが、ふっと笑うと、


「でも、新八さんだって左之さんだって、さんの晴れ姿、見たいよね〜?」


と言って二人を見た。


「「「え!?」」」


藤堂さんの言葉に重なった声は永倉さんと原田さんとだった。
なぜか一番慌てているは永倉さん、原田さんが返事をする前に大急ぎで口を開いた。


「でも!藤堂さん!この『うえでぃんぐどれす』は鈴花さんのために
 才谷さんが用意して下さったんですよ!それを他の人が着るのはダメです!!」


きりっといつになくキツイ表情のに藤堂さんも怯んだ。


「……うん;」

「でもさん…」

「鈴花さん!せっかくの才谷さんのご好意を無下にしちゃだめですよ!」


ともかく必死の剣幕のに皆怯んだが、
山崎さんだけた楽しそうに笑い、の傍へ行くと、


ちゃん、そんなこと言って恥ずかしいだけでしょ?」


と言った。
その言葉にギクリと反応するに笑いを堪え、
山崎さんはを抱き締めた。


「も〜ちゃんってばホント照れ屋さんね〜♪
 前もせっかく綺麗にしてあげたのにものすごく抵抗したものね〜

「や、山崎さん;」


しゅ〜っと音が聞えそうな程赤くなるに、永倉さんがまた慌てて二人を引き離した。


「おい!山崎!」

「はいはい。」

「それにしても前って何の話ですか?」


成り行きを傍観していたような沖田さんが何気なく口を開いた。


「そうだね、さん前にこんな格好してたの?」


それを聞いて藤堂さんも尋ねると、山崎さんは笑って、


「あ〜白無垢じゃないけどお化粧をね。そういえばあの時は…
 ハジメちゃんが途中でちゃんを連れてっちゃったから皆には見せてなかったわね。」


と答えた。


「「「え゛〜!!」」」


山崎さんの返事に皆大ブーイングである。


「ずるいよ!ハジメさんだけそんな!」

「ハジメのやつ〜!」

「さすが…斎藤さんらしい気もしますけどね。」

「俺が何か?」

「「「「「…………」」」」」


ぶつぶつと不平を洩らしていた所にさらりと答えた声…。


「「「「「わぁ!?」」」」」

「斎藤さん…;」


いきなり表れた斎藤さんに皆驚いてあとずさり、


「どうかしたのか?」

「いえ…何も…;」


驚きはしたものの、特に何か言ったわけでもなかったが辛うじて返事した。
とは言え、さっきの山崎さんの話に不満を持った面々は咄嗟に斎藤さんとの間に割って入った。


さん!」

「な、何でしょう?;」

「オレやっぱり見たいな、さんの晴れ姿。前の時見れなかったんだから良いでしょ?」


藤堂さんはにっこりと笑顔でに詰め寄り、はますます困惑顔になる。
断りたいがそんな風に言われると断りにくい…。


「あの…でも…、」

「別に『うえでぃんぐどれす』じゃなくてもオレのために着てくれたら何でも良いから♪」


藤堂さんは笑顔でそう言い、またの手を握った。


「平助!調子に乗るな!」

「そうだぜ!それには俺のために着てもらう!」

「ずるいですよ!それなら僕も!」


藤堂さんの言葉と行動に黙っていた面々が騒ぎだし、すっかり乱闘状態。
呆れたように様子を眺めている山崎さん、才谷さん、鈴花さんの三人。
口を挟む隙もないので黙っていたが…。


「「!」」

さん!」

さん!」


騒いでいた面々は埒があかないので、
直接の意見を聴くことにしてを振り向いた。


「「「「あれ?」」」」


が、振り返ると肝心のの姿がない。


は?」


傍観者三人に尋ねた永倉さんに、三人苦笑いし、


さんは…」

「ハジメちゃんが連れてっちゃったわよ。」


と回答。


「「何ーーー!!」」

「さすが斎藤君、ちゃっかりしとるのう。」


発狂寸前の四人に梅さんはぽつりと呟いた。





***





「あの…」

「何だ?」

「よかったんですか?皆さんに黙って…。」

「別に…大丈夫だろう。」

「はぁ…;」


斎藤さんに手を引かれ、あの場を離れたはちょっぴり不安そうにそう言ったが、
斎藤さんは相変わらずしれっとした態度で答えた。


「それとも…」

「はい?」

「お前はあの場の誰かのために着飾る気だったのか?」


少し憮然とした様子で言った斎藤さんだったが、
はそれ以上にその言葉に慌て激しく首を振った。


「そういうわけじゃないです!と言うかそれは困ります!!

「……そうか。」


激しく否定したに斎藤さんは少し驚きつつもほっとした顔をし、

「お前が着飾るのは俺のためだけで十分だ…。」

とボソリと言った。


「え?斎藤さん何ですか?よく聞こえなかったんですけど…」

「お前は気にしなくていい。ただ……」

「ただ?」

「……いや、何でもない。」

「??」


斎藤さんはそれ以降は結局口を閉ざしたが、繋いでいるの手を強く握り返した。

口にはしなかった言葉。

「ただずっと俺だけのために…俺だけの傍に…」

その気持ちを込めて…。




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2008.06.17