-求めたものは-




「や、やっと終わった…」


疲れはてた声でそう呟き、バタッと机に突っ伏したのは新撰組局長、近藤勇。
溜まりに溜まった仕事がようやく終わった所だった。


「ったく…相変わらずなんだから、トシの奴は…。」


ぼそぼそと自分をこんな目に合わせた相手に対する不満をぼやきながら、
近藤さんは目を閉じた。

…まあ、実際の所は仕事を溜めていたのは近藤さんだし、
土方さんには何の非もないのだが。

それでも、仕事が終わるまでは外出禁止だと厳しく言われ、
部屋に缶詰にされ、追い詰められたと近藤さんは不満らしい。

そのお陰で仕事を終えることができたのだが…それは別の話のようだ。


「まーったく!トシの奴!トシの奴!!」


すっかり疲れが溜まってしまったのか、
近藤さんはブツブツと一頻り土方さんに文句を言い続け、
とりあえず気が済んだのかバッと顔をあげると、立ち上がった。


「さて…飲みにでも行くかな…。」


ただ、それでも疲れが取れたわけでも、不満がなくなったわけでもない。
こういう時はパァーッと気分転換するに限る…と、
日も高いのに近藤さんは早々島原に繰り出すことにした。


「…………」


が、部屋を出た所で、少し複雑な気分に気づく。
確かに疲れているし、パァーッと気分転換したいのは事実なのだが…


何か違う気もする。


そういうことでなく、そういうものではなく、
何か、心からホッとするような、スッと気持ちが晴れるような…そんな何かが、
本当は欲しい気もした…。

曖昧で、はっきりしない何かなのだが…何か…。


「……はぁ…。」


疲れと、その変な気分を吐き出すようなため息を、近藤さんが漏らした時だった。


「近藤さん?」

「え?」


心地の良い声に名前を呼ばれ、顔を向けると庭先にが立っていた。


「ああ、君か。」


親友の妹で、自分にとっても妹のような存在の少女。
親友である兄の彼と同じ、温かい陽の光のような色の髪の少女。

髪の色だけではなく、何処かホッとする雰囲気のその少女が、
何故か不安そうな目で自分を見ていた。


「?どうかしたのかい?」


その目に思わずそう尋ねたが、近藤さんのその問いに、の方が尋ね返してきた。


「それは私の台詞です。」

「え?」

「近藤さん…何だかお顔が凄く疲れてます。何かあったんですか…?」


そう言ったは、不安そう、と言うよりは心配そうな表情だった。
どうやら自分のことを心配してくれていたらしい。
そのことに気づくと、近藤さんは何だか胸の中がホッと暖かくなったような気がした。


「いやね、仕事が大変でね。もう終わったんだけど疲れちゃって…。」


心配そうなの気持ちを解すため、
近藤さんは少しわざとらしく肩を落とし、おどけた口調で言った。

近藤さんのその言葉に、深刻な悩みや問題ではないとわかったはふっと笑顔になり、


「そうでしたか…お疲れさまでした。」


そう言って近藤さんの労を労った。
ただそれだけの言葉なのに…、少し疲れが取れたような気がして…。


「ありがとう、君。」


近藤さんもようやく笑顔を返した。


「お疲れでしたら肩でも叩きましょうか?」

「う〜ん…ありがたいけど…」


そして更に続いたの申し出、近藤さんは少し考えたが、思い付いたことを口にした。


「それよりさ、」

「はい?」

「何かこう…疲れが一気にふっ飛ぶような方法ない?」

「え?一気に…ですか?」

「そう。」

「え〜…っと…。そう言われても…。」


そんな簡単には…と。
は困ったように苦笑いしたが、近藤さんは何か確信でもあるかのようにに答えを即した。


「じゃあ、君が疲れた時とか、元気がないときとか、こんなことをすれば元気になる、とかないの?」

「私…ですか…?」

そう言われ、は少し考えるように視線を外したが、
直ぐに近藤さんに向き直ると、真っ直ぐ近藤さんを見上げ、


「…近藤さんちょっと座って貰えますか?」


と頼んだ。


「え?うん…?」


言われるままに近藤さんが腰を下ろすと、
庭に立っていると丁度同じぐらいの目線の高さになった。

その状態で目が合うと、はニコッと笑い、
近藤さんの頭にそっと手を乗せ、


「良い子、良い子。」


と言って頭を撫でた。


「え?」


びっくりした近藤さんが声を上げると、は慌て、照れたように赤くなった。


「あ…いえ//すみません…//
 この言葉はおかしいとは思ったんですけど…他に何て言って良いかわからなくて…。」


そしてしどろもどろ言い訳したが、


「その…言葉は何でも良いんです。
 こうして、頭を撫でてもらうのが…良いので。何だか落ち着けて…安心するから…。」


ふっと優しい表情になると、そう言ってまた近藤さんの頭を撫でた。
壊れ物を扱うように優しく、いとおしむような温かい、そんな触れ方だった。


確かに…落ち着く。


近藤さんは無意識にそう思っていた。
そして同時に当然思うこと…。


「これって…もしかしてが…?」


もしかしなくとも、殆ど確信に近い問いだったが、案の定は笑顔で頷いた。


「はい。私が落ち込んだり、泣いていた時に…兄上が…。」



『泣くな、。大丈夫だ。お前は良い子だ。』

『心配するな……俺が…いるだろ?』



その時のこと、昔のことを思い出すのか、は懐かしそうに目を細め、
近藤さんも容易に想像のつく光景を思い浮かべ、微笑んだ。

ただ…不意に、にそんな顔をさせた、の心を占めている存在に悔しさを覚え、
近藤さんは手を伸ばしてを捕まえると、自分の腕の中に抱き寄せた。


「!?近藤さん?」


その行動には驚いたが、近藤さんが悪戯っぽく片目を閉じて笑って見せると、
驚いていた表情は困ったような苦笑いに変わった。

嫌がったり、照れたりしない辺り、自分は彼女にとって、やはり兄に近い存在なのかと、
近藤さんは多少複雑な気分に駆られつつ…捕まえていたをそっと抱き締めた。

別に兄のような存在であることに不満はない。
自身の彼女に対する感情は、特別なものではないと、近藤さんは確信していた。

ただ…それでも彼女を好いていて、大事に思っていることは事実。
そう、彼女の兄が、彼女を想うのと同じように。

だからこそ、少し悔しいと思った。

『兄』の立場では、どうあっても、実兄である彼には勝てないから…。


「…………」


また少し騒ぐ心。
それを振り払おうと、ぎゅっと腕に力を入れると、そんな気持ちが伝わったのか、
はもう一度、近藤さんの頭をそっと撫でた。

そして…。


「お疲れさまでした…近藤さん。」


優しい、優しい声でそう…。


(まあ……いっか…。)


それを聞いて、近藤さんの騒いでいた心は落ち着いていった。

何か考えるより先に。

何か思うよりも今は。

そんな言葉が、何よりも嬉しいから…。


(まあ、良いか。こんな立場でも…。)


ぱっと手を離すと、は花が咲いたような笑顔を見せてくれて、
近藤さんのややこしい考えは消えた。

別に、敵わなくても良いや、と。
自分もまた、彼女を見守る立場として…近くにいられるなら…。

つられるように自然と笑顔になった近藤さんはすっきりした気分になっていた。

疲れた心が求めた、心からホッとするもの、
曖昧ではっきりしない何か、は意外にも近くにあったようだ…。




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2010.06.26