「山南さん!山南さん!」


元気な足音が廊下を駈けていき、
山南さんの部屋の前で止まって障子を開けた。





-春色の誘い-




「桜庭くん?どうかしたのかい?」


山南さんは驚いて障子を開けた人物に声をかけた。


「山南さんちょっと来て下さい!」


山南さんの部屋を尋ねたのは鈴花さんだった。
鈴花さんは慌てた様子で山南さんの手を取ると そのままどこかへ連れていこうとした。


「一体どうしたんだい?桜庭くん、何かあったのかい?」


鈴花さんの様子に山南さんは何かあったのかと
真剣な顔になったが、鈴花さんは訳は話さずに、


「とにかく一緒に来て欲しいんです!」


と山南さんを見返した。
理由ははっきりわからないが、
鈴花さんの真剣な様子を受けた山南さんは頷き、


「…わかった、それじゃあ行こうか。」


と言って、鈴花さんと一緒に部屋を出た。



***



「桜庭くん、どこまで行くんだい?」

「すみません、もう少し…。」


しばらく歩いていたが、町中は静かで特に騒ぎが起きている様子もない。
山南さんは首を傾げていたが、鈴花さんは目的地に向けてずんずん歩いていった。


「桜庭くん?」


ふと鈴花さんが曲がり角の手前で足を止めたので、
山南さんが声をかけると鈴花さんは振り返り、


「山南さん、目閉じてください。」


と言った。


「え?」

「目を閉じてください。大丈夫です、ちゃんと手を繋いでいますから!」


鈴花さんはぎゅっと山南さんの手を握り締めそう言った。


「で、でも、どうして…」


もうすっかり困惑気味の山南さん。
困ったような顔をしたが、


「お願いします…山南さん…。」


鈴花さんに縋るような瞳で懇願されては断ることはできなかった。
仕方なく山南さんが目を閉じると、鈴花さんはそのまま手を引いて少しづつ進んで行った。


「桜庭くん?」

「まだですよ、山南さん。まだ開けないで下さいね!」

「ああ…うん…。」


正直、目を閉じたまま歩くと言うのはかなり不安だったが、
鈴花さんの手が触れていると思うと少し照れはあるものの安心できるような気がした。

自分よりずっと小さい手、それでも今はそれがとても頼もしく、
暖かいと、山南さんは感じていた。

しばらく進と、鈴花さんは足を止め、手を離した。


「もう良いですよ、山南さん。目を開けても。」


そして同時にそう言った。
目を開けても良い、という言葉にはほっとした山南さんだったが、
離れてしまった鈴花さんの手に少し残念な気持ちも…。
ともかく山南さんは一呼吸おくとそっと目を開けた。


「……やあ、これは…」

「どうですか?」


目の前に広がる景色に驚きの声を上げた山南さんに、
鈴花さんは嬉しそうに笑った。


「すごいね、満開じゃないか…いつのまに…」


目の前には桜の木が、そして満開に花が咲いていた。
ついこの間まで固い蕾だったと思っていたのに、と山南さんは驚きの声を上げた。


「山南さん、最近部屋に閉じこもってばかりいるから気付かなかったんですよ…。」


鈴花さんは少し拗ねた様子で口を尖らせた。


「お仕事忙しいのわかりますけど、心配していたんですよ…。」

「ごめんよ、桜庭くん。」


山南さんは申し訳なさそうに苦笑いして鈴花さんに謝った。
鈴花さんはそんな山南さんの言葉に少し機嫌を直してくれたように 小さく微笑み、
少し照れたように赤くなると、


「それに…私、山南さんと桜を見たかったんです。だから…」


と言った。


「桜庭くん…。」


鈴花さんの言葉に今度は山南さんも赤くなった。
それでも幸せそうに笑って、


「ありがとう…君もそんな風に思っていてくれたなんて嬉しいよ…。」


と言って、そっと鈴花さんの髪を撫でた。


「本当は私も桜が咲いたら君を誘おうと思っていたんだ。
 けど、つい仕事や研究に没頭してしまってね…ごめんよ。」

「山南さん…良いんです!
 山南さんもそんな風に思っていてくれたなんて!私こそ嬉しいです!」


山南さんの言葉に驚いた顔をしていた鈴花さんだったが、
ぶんぶんと首を振ると満面の笑顔を見せた。

そんな鈴花さんの笑顔に山南さんも笑うと、
少し頭をかくと言いにくそうに口を開いた。


「実はね…部屋にこもってカラクリ人形を作っていた時も、
 君のことを考えていて…途中で変更したんだ…。」

「え?どういう意味ですか?」


不思議そうに尋ね返した鈴花さんに山南さんは、
少し躊躇いがちに懐から何か取り出し鈴花さんに手渡した。


「……これ…もしかして…私ですか?」


橙の着物に茶色い髪の女の子の人形。
カラクリ人形ではなく、器用に布で作られた可愛らしい人形だった。


「いや、永倉くんや原田くんが私のカラクリ人形は顔が怖いと言うんでね、
 何とか可愛いくできないかと思っていたら君のことを思い出して…」


赤くなってポツポツと話す山南さんに鈴花さんはふっと吹き出し、


「山南さん、私のこと可愛いと思ってくれているんですか?」


と尋ねた。


「え!いや、それは;……もちろんだよ///


鈴花さんの言葉に、山南さんはますます真っ赤になったが、
強い口調でそう言い切った。


「…ありがとうございます、山南さん。」


鈴花さんは嬉しそうに笑い、人形の頭を優しく撫でた。


「その…桜庭くん。この人形は君にあげようと思って…受け取ってくれるかな?」


山南さんはほっと鈴花さんを眺め、人形を差し出したままそう言った。
けど、鈴花さんは少し考えると首を振って、


「いえ、この人形は受け取れません。」


と言った。


「え?」


意外な鈴花さんの返事に山南さんが少し悲しそうな顔をしたので、
鈴花さんは慌てて手を振った。


「あ!違います!山南さん!気に入らないとかじゃないんです!その…」


少しつまり照れ臭そうに苦笑いすると、


「その…この人形、私なんですよね?
 だったらこれは山南さんに持っていて欲しいんです///


と言った。


「え…桜庭くん、それは…」

「それでその…できれば私には、山南さんの人形を作ってほしいな!…なんて…///


赤くなって冗談のように言った鈴花さんだったが、
山南さんはものすごく嬉しそうな顔をした。


「わかった、是非作るよ!
 自分の人形を作るなんて思わなかったけど、君がそう言ってくれるなら…。
 とても嬉しいよ桜庭くん。」

「えへへ…楽しみにしています。」


鈴花さんも嬉しそうに笑うと、


「じゃ、この『私』は是非山南さんの傍に置いておいて下さいね。」


と言って、ぽんと自分の人形を叩いた。


「うん、ずっと傍に…。」

「はい!私も山南さんのお人形を頂いたらきっとずっと大切にしますからね!」


にっこりと満面の笑顔で嬉しそうに笑う鈴花さん。
山南さんはその笑顔に幸せを感じ、密かにある決意をしていた。


(桜庭くん…その人形を渡す時、私の気持ちも一緒に渡すよ…私は…君のことが…)

「山南さん?」


じっと自分を見つめる山南さんの視線に
ふと鈴花さんは不思議そうに首を傾げた。


「あ…いや、何でもないよ…。」


山南さんは慌てて、誤魔化したが心で呟いた決意は固かった。
きっと必ず伝えよう、君が誰より好きだということ…。





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2007.04.10