雪の花-壱
-青の心と信念と- 「」 「兄様!」 約束を果たす事ができた桜の下。 二人に近づき、声をかけてきた人物がいた。 「お前は…」 「そういえば、まだ名を言っていなかったか?藤原の総領殿。」 男は楽しそうに笑うと、泰衡様に手を差し出した。 「だ。よろしく。」 人懐っこいような笑顔を浮かべ、握手を求めた青年。 以前に会った時は、冷たい印象を受けたが、今は爽やかな笑顔が明るい雰囲気を出していた。 困惑しつつも手を握り返した泰衡様に、青年「」は嬉しそうに笑って、 泰衡様の耳元に顔を寄せると、 「約束…思い出してくれてありがとな。」 と小声で言った。 その言葉に驚き、弾かれた様に顔を向けた泰衡様に、 はパチッと片目を閉じると、さっと泰衡様から離れての傍へ行った。 「体の具合は平気か??」 は軽々とを抱き上げ、抱きしめてそう言い、 も嬉しそうにに抱きついた。 「はい、兄様!」 「そうか…なら良いが、無理はするな。辛くなったら言え。 お前は…これ以上は…不味いからな…。」 「…はい。」 二人のやり取りを呆気に取られたように眺めていた泰衡様だったが、 の言葉に我に返った。は元々消滅しかねない程力を消費しているのだ。 これ以上ここにいて平気なのか…。 「おい、」 「何だ?」 泰衡様が声をかけると、はを下ろし、泰衡様の方を向いた。 透き通るような青い瞳は真っ直ぐで、すべて見透かすようなの眼に、泰衡様は少し怯んだ。 氷のように澄んだ眼はあの時と変わらず、そしてと同じ…。 「何だ?泰衡?」 泰衡様の反応にが首を傾げたので、 泰衡様は慌てて取り繕い言葉を続けた。 「大丈夫なのか?」 「何が?」 「こいつに決まっているだろう!本当にもう平気なのか!」 に目をやり、キツイ口調でそう言い放った泰衡様には目を見開き、驚いた顔をした。 言った方がばつが悪くなる程の驚いた顔…。 そしてその後はにこ〜っと満面の笑顔になり、ますます気分の悪い泰衡様。 「な…何だ…その顔は…;」 限りなく不機嫌な顔でを睨み付け、 泰衡様はそう言ったが、はますます嬉しそうに笑う。 「何だと言っている。」 「いや、やっぱりと思って♪」 「何がやっぱりだ。」 「お前が、泰衡が、やっぱりいい奴だと思って。」 「な!何故…」 「だってを心配してくれてんだろ?いい奴だな、お前。」 「な…何を馬鹿な…;」 すっかり狼狽え気味の泰衡様に対し、は上機嫌だった。 必死に反論を試みる泰衡様だが、はまったく聞いていない…。 「、お前の主人はいい奴だな。」 「はい!」 「おい…;」 「さすが平泉の総領だな。」 「はい!」 「お前たち…」 「、泰衡のこと好きだよな?」 「はい、大好きです!」 「…!」 「……だってさ?泰衡殿?」 「…………っ!?///」 どさくさに紛れて物凄いことを言ってのけたはにやにやと泰衡様を見た。 真面目な男かと思っていたのに、結構いたずら者のようだ…。 泰衡様は楽しそうに笑っているを見て、そんなことを思った。 「……それで…どうなんだ?」 「何が?」 「だから!」 動揺している気持ちをなんとか押さえ込み、 もう一度尋ねた泰衡様にはまたしれっと聞き返す。 それにキツイ口調と顔になり泰衡様が大声を出すと、 はわかったわかったと手を振り、 「ああ、一先ずは平気だ。…心配はない。」 と答えた。 「本当だろうな?」 「当然。」 「………」 笑顔で答えるに泰衡様はまだ難しい顔をしていたが、 は泰衡様の肩をぽんぽんと叩くと、 「一先ず屋敷に戻らないか? お前のことも、のことも、心配してる奴は他にもいるだろ?」 と言った。 まだ釈然としない泰衡様だったが、 確かに銀も気にしているはず…。 「わかった…。」 仕方なく頷いた。 「それで、お前はどうする?お前も来る気なのか?」 「ん?ああ、一応な。ま、俺は先に行くからお二人さんはごゆっくり…。」 泰衡様が尋ねると、はそう答え、 また前の時のようにフッと姿を消した。 「…………」 それ以上尋ねる間もなくいなくなったに、 泰衡様は呆気に取られつつため息をついた。 先にと言ってもどうするつもりなのか…。 勝手に屋敷に入るなど無理な話なのに…。 「泰衡様?」 難しい顔をしていた泰衡様はの声に我に返った。 「行くか…、」 呼ばれて振り返り、に目をとめると泰衡様は小さくそう言い、 「はい。」 も笑って答えた。 もう二度と離さないと、もう二度と離れないと、 泰衡様は自然との手を取り、共に帰路を歩き始めた。 *** 屋敷に戻ると銀が出迎え、を見ると、 「おかえりなさいませ、さん。」 と満面の笑顔を見せた。 それ以上は何も言わず、追求もしなかった。 余計な詮索をせず、笑顔で迎えてくれた銀には救われた、 と安堵の息をついた泰衡様。銀は気付いていたのかもしれない。 あの笑顔を見るとそんな気もする…。 泰衡様はと別れ、自室に戻った。 がいなくなってから滞っていた仕事が山とあるのだ、 余計なことをしている暇はない。 賄い場の友人などには自分で話をするとは言ったし、 泰衡様は後のこと、自分のことはに任せることにした。 *** 自室に戻り山のような書類に目を通し、泰衡様は早々仕事を片付けた。 今はまだから目を離しているのが少し不安で本当に戻ったこと、 無事なことを傍で確かめたかったからだ。 できるなら仕事に時間をかけずに近くに居たいから…。 *** それなりに仕事に一区切り付けた泰衡様が部屋を出るとすぐ上の屋根で物音がした。 不振に思い、曲者かとも思ったが、庭に下り、屋根の上を見上げると、 ちょんと屋根の上に座っていたのはだった。 「よお、泰衡。仕事は片付いたのか?」 「お前…そんな所で何をやってる。」 「何って…先に行くと言っただろう。」 「……間者と思われるぞ。」 「何大丈夫。俺はそんな簡単に捕まらん。」 「……そういう問題じゃない。」 相変わらずさらっと受け流すに泰衡様はため息をついた。 はそんな泰衡様を見てにっこり笑うとひょいっと屋根から飛び降り、 泰衡様の隣に立ち、 「で?」 と泰衡様の顔を覗き込んだ。 「は?」 「いや、何か言いたそうな顔してるから。」 「……別に。」 に真っすぐ見つめられ、覗き込まれて、 泰衡様は顔を背けたが、は言葉を続けた。 「のことがそんなに心配か?俺の言葉がそんなに信用できないか?」 「……何?」 「妹を見殺しにした兄は信用できないのかと言っているんだ。」 「……何を」 口調は柔らかいが厳しい言葉。 驚いて泰衡様はを見たが、は普段と変わらない表情をしていた。 「あの時、が命を投げ出そうとしたのに黙って見ているだけで 助けもしなかったひどい兄なんだろ?俺は?」 それどころかにやにやと笑いながらそう言う。 まったく読めない男だ。と複雑な思いでを眺めていた泰衡様だったが、 ふとは真顔になり遠くを見つめた。 「?」 「…俺は最初からを死なせる気はなかったぜ。 どんなことをしても助ける気だったさ。 ただ、道を違えさせたくなかっただけだ。自分で選んだ道を…。」 「……自分で選んだ道?」 真剣な表情で言葉を続けるに、泰衡様も思わず聞き入ってしまった。 そして尋ね、は前を見据えたままで答え、続けた。 「そう、お前を助ける道だ。」 「!それは…」 「それはの想いで信念だ。 自分の心に、信念に背く答えを選んでも後悔するだけ…、 その上で生きても、きっと『生きている』と胸を張ることはできない。 なら、自分の信じる道を命を懸けて進む方が良い。俺たちはそう思っている。 俺も、も…。」 「自分の命を無駄にすること、お前はよしと言うのか?」 「無駄じゃない。自分の命より大切なものがあることは無駄なのか?罪なのか?」 「…………」 「違うだろ?お前だってそう思っているはずだぜ。」 そこまで言って、はやっと顔を泰衡様に向けた。 迷いない晴れやかな笑顔だった。 「これは俺たちの誓いと約束、それこそ命を懸けても守るべきの…。そして誇りだ。」 「……お前たち一族のか?」 「いや、一族のじゃない『俺たち』の誇りだ。 泰衡……俺は一族次期当主と言われている身だからこんなこと言うべきではないが ……俺は一族の掟より、自分の信念を選ぶ。後悔だけはしたくないからな。」 力強く言い切り、ふっと笑った。 真っすぐにそう言えるのが少し羨ましい気もして、 泰衡様は皮肉を込めたように呟いた。 「…とんでもない次期当主だな。」 「そりゃどーも♪」 はまた前を向き、目を閉じると楽しそうに呟いた。 皮肉がまったく通じないのはと同じ、 何だかんだ言って二人は良く似ていた。外見も中身も。 始めてあった時、に罵倒を浴びせてしまい。 快くも思っていたかった泰衡様だったが、今は少し好意を持つようになっていた。 決して迷わない真っすぐな心も、汚れない瞳も、と同じものを持つこの青年を。 「」 「何だ?」 「お前これからどうするつもりなんだ?」 「どうって?」 「……行くあてがないならお前もと共にこの屋敷にいても構わないが…。」 泰衡様がそう言うと、は明らかに驚いた顔をし、 またにやにやと笑うと、ぽんぽんと泰衡様の頭を叩いた。 「へ〜、ホント人が良いな、泰衡は。」 「な!やめんか!」 「はいはい。」 はククッと笑うと手を離し、タンッと地を蹴り塀の上に飛び乗った。 「せっかくの申し出ありがたいが、俺はちょっと野暮用があるからな結構だ。 心配しなくともはお前に預ける。俺もここに出入りはさせてもらうから… これからもよろしく頼むぜ、泰衡殿☆」 「な…おい!」 「じゃあな!」 はそれだけ言うと、ひょいっと屋敷の外へ飛び降りた。 言いたい事だけ言ってさっさと行ってしまったを泰衡様は唖然と見送っていた。 「あの…泰衡様…。」 「!…。」 「あの、兄様は…?」 が出ていって入れ代わりにが声をかけてきた。 少し不安そうに尋ねた様子に、今までのやり取りを見ていたわけではないらしいと思い、一先ず事情を説明した。 「野暮用と言っていたが…ここへは顔を出すと言っていたから心配はないだろう。」 「…そうですか…。」 「お前は引き続きここにいるようあいつは言っていたが…お前はそれで良いのか?」 「……え?」 が出ていったことを言った時、 不安そうな顔をしたに、泰衡様は思わず尋ねていた。 もちろんここに居てほしいが、せっかく会えた兄と離れるのは には酷なことなのかと思ったからだ。 泰衡様の言葉に、は少し考える素振りをしたが、 にこっと笑うと、 「泰衡様のご迷惑でなければ…ここに居させて下さい…。」 と言った。 「……迷惑など…あるはずがないだろう。」 憮然と答える泰衡様に、は嬉しそうに笑った。 「…はい、ありがとうございます。……ここに居ます。泰衡様のお傍に……。」 「……ああ、そうしろ。お前は……ここに居れば良い…。」 「はい。」 もう二度と、失わないと、傷つけないと誓う。 だから離れず傍に、お前はずっと俺の傍にいろ…。 約束の桜の下、再会した二人は新に共にいる誓いを胸に、 また日々を送る約束をした。 Top Next 2011.10.10
連載の続編。ついにUPしました!
本当に遅くなってしまってすみません;本当に本当に;(滝汗) で、とりあえず解説…。 ページTOPにも書いていますが、この話は夢主人公EDの続きです。 そして第壱話であります、これは本当にあの話(一章最終話・夢主-雪の花の約束)の直後の話です。 再会を果たした二人のその後。 といっても、今回の話はむしろ主人公より兄様がメインで、 最終話での兄様の行動や気持ちを語っているような話になりました。 微妙につかみにくいキャラかもしれませんが、 今後は兄様もほぼメインキャラ扱いで登場すると思いますので、 どうぞよろしくお願いしますm(__)m でもメインは泰衡様と夢主人公。 二人の関係が今後どう変わっていくか…がんばって書いていきたいと思います! |