-夕焼け色-




?」


庭で落ち葉掃きをしていたらしいが何やら
蹲っているのが目に留まり、泰衡様は声をかけた。


「あ、泰衡様。」


呼ばれるとは振り返り笑顔を見せた。
蹲っているから、具合でも悪いのかと心配した泰衡様だったが、
振り返ったが笑顔だったので、ほっと安堵し、またいつもの厳しい表情に戻った。


「何をしている…。」


泰衡様が尋ねると、は手に持っていた落ち葉を顔の前で振ってみせた。


「これ…綺麗ですね…。」


が持っていたのは普通の落ち葉。
確かに他のものより傷も少なく、色も鮮やかに変わっているが…。


「……ただの枯葉だろう…?」


怪訝そうに尋ね返す泰衡様に、は、


「これ…もともと緑色だったんですか?」


心底不思議そうに尋ねた。


「?当たり前だろう…。」


何を馬鹿なことを、とでも言うように呆れて言った泰衡様だったが、
ふと気が付いて尋ねた。


「…お前の国は違うのか?」


は普通の人間ではないのだ。
そして、この世界に来たのは今年が初めてだと言っていたのだ。
だったら……。


「あ、はい。そうなんです。」


は泰衡様の言葉に頷いた。


「雪の国は植物自体も少ないですが…、
 色はみんな白い色をしています。陽の光もわずかなので…。」

「ほう…白か…。」

「はい。四季もありませんので、ずっと白いです。」


の返事に泰衡様は少し考えていたが、


「…だから、この色の付いた葉が珍しいと?」


と、に尋ねた。


「はい。」


はにっこり笑って返事をし、
泰衡様はつられたようにふっと表情をゆるめた。


「不思議ですね、どうして色が変わるんでしょう?」


じっと落ち葉を見ながらは呟いた。


「……お前の…」

「はい?」


すると、突然泰衡様が口を開いたので、
が驚いて顔を上げると、泰衡様はを見返し、


「お前の国は白いものばかりだな…。
 空も、夜も白いと言っていただろう?」


と言った。思いがけず、言ってくれた言葉。
前にが話したこと、泰衡様は覚えていてくれたのだ。
は嬉しくなってにっこり笑顔になると、


「そうですね。地面も白くて、空も白くて、
 木々も…本当に一面白ばかりの国です。」


と答えた。


「少し寂しいかもしれませんが…、物が少なくてもかくれんぼができますよ。
 私達雪花精はみんな髪が白いですし、着物とかも…見つかりにくいんです!」


自慢げにそんなことを言ったに泰衡様は吹き出した。


「…ふっ、…そういう問題か?」


表情的には大して変わっていないかもしれない。
でも、泰衡様は笑ってくれた、はそう感じた。
いつもよりも柔らかい雰囲気も、そう思わせるようで…。


「白い銀世界は美しいです。何もなくても、故郷の景色ですから…大好きです。」

「……」

「でも、人間界のこの移りゆく四季も美しいですね。
 『色』があるから、変化していく色彩がとても綺麗だと思います。」

「……そうか。」

「冬の間しか、こちらに来られない掟が残念です…。
 こんなに綺麗なものたちを兄様たちにも見せてあげたいのに…。」

「………」


少し寂しそうな顔をしたに泰衡様は思案するように空を仰いだ。


「……

「はい。」

「今日の仕事は…あとどのぐらい残っている?」

「え…っと、このお庭のお掃除で終わりです。」

「……そうか。」

「…?」


突然の泰衡様の質問の意図がわからず、
が不思議そうな顔をしていると、
泰衡様は視線を下ろしの顔を見た。




「はい?」

「ここの掃除が終わったら俺の部屋に来い。夕刻までには…だ。」

「は、はい!わかりました。」


最後厳しく言われた言葉にはビクリと反応したが、


「ではな。」


と、背を向けた泰衡様は機嫌良さそうに去っていった。
残された雰囲気が怒られたようなものではなかったので、
はホッとため息を漏らすと急いで掃除に取り掛かった。
泰衡様に言われた『夕刻まで』と言う期限に間に合わせるためだ。



***



広い屋敷の庭の落ち葉掃き。
一生懸命やっているが、なかなか終わらない。
そもそもどうなれば終わりなのか、はよくわかっていなかった。

風が吹けばせっかく掃いた落ち葉が舞ってしまい、きりがない。
あらかた片付いてはいるのだが、端に寄せただけのようなものもある…
これでいいのか…;う〜んと不安そうな顔でが唸っていると、


!」


名前を呼ばれた。顔を上げると泰衡様が…。


「泰衡様。」

「まだ終わらないのか?」


少し不機嫌そうな様子の泰衡様には慌てた。


「あ、え、っと…;」


困ってオロオロと視線を泳がせたを尻目に、
泰衡様は庭を見渡すと、


「…十分だ。」


そう言うと、の腕を掴んでそのままずんずんと歩いて行った。


「あ、あの?泰衡様?」

「黙っていろ。」


ピシャリと言われ、は口をつぐんだ。


「泰衡様?お出かけですか?」

「少し出てくる。」

「どちらに?」

「すぐに戻る。」


途中、従者が泰衡様に声をかけてきた。
と共にいることが、周りの者には不審に映っているのか
しつこく尋ねる者もいたが、泰衡様はさして気にした様子もなく、
短く答えるとさっさと歩いていった。



***



を引きつれ、泰衡様がやってきたのは馬小屋。
泰衡様はつないでいた馬を一頭放して、裏の出口に連れていった。

は黙って泰衡様の様子を不思議そうに見ていたが、





泰衡様が振り返り、名を呼んだので近づいていくと、
泰衡様はを抱き上げ馬に乗せた。


「きゃあ!」

「手綱を持ってろ。」

「は、はい…;」


恐る恐る手綱を手に持ったは不安そうに泰衡様を見たが、
泰衡様は後ろを振り返ると、少し首を傾げ、


「銀」


と呼んだ。


「はい、泰衡様。」


泰衡様の声に、どこにいたのかひょっこり銀が顔を出した。
泰衡様は複雑な表情をしたが、


「すぐに戻る。」


と銀に言い渡し、銀はにっこり笑うと、


「はい、行ってらっしゃいませ。」


と返事した。
泰衡様はそのままひょいっと馬に飛び乗ると
から手綱を受け取り馬を走らせた。

馬が走る寸前、が銀の方へ目をやると銀は笑顔のまま、


「御気を付けて。」


と小さく手を振った。



***



どこに行くのか聞こうとしただったが、
黙っているように言われたため、なんとなく口を閉じたままだった。
それに走る速度もそこそこ早い。
何か急いでいるようなので邪魔をすべきではないと
が黙りこくっていると、


「……恐いのか?」


泰衡様がに声をかけた。


「え?」

「さっきから黙っているが…」


心配したように声をかけてくれた泰衡様に、
は嬉しくなってふっと微笑むと、


「いえ、平気です。
 …お急ぎのようなのでお邪魔してはと思いまして…。」


遠慮がちにそう言ったに泰衡様も優しい表情になった。


「いや、別に邪魔などではない…。」

「そうですか?」

「言いたいことがあるなら聞くが?」

「え…。」


ふっと皮肉な笑いをしてそんなことを言った泰衡様には少し困って苦笑いした。
わざわざ言われると聞き辛い…。少し考えたが、は一応泰衡様に尋ねた。


「あの…どちらに行かれるのですか?」

「……行けばわかる。」

「そ、そうですか…;」

「…………」

「…………」


尋ねたものの、あっさり返された返事にますます詰まって沈黙した。
また黙ってしまっただったが、そっと泰衡様を見上げ、


「あの、私がご一緒してよかったのですか?」


と、不安そうに尋ねた。

馬で外出するような場所に自分が着いていっていいのか?
銀はいなくていいのか?

と、どこに何の用事で行くのかわからないから、
の不安は募るばかりだ。
そんなを見下ろし、泰衡様はポツリと一言。


「……お前、…お前でなければ意味がないんだ。」

「え?」

「ほら、着いたぞ。」


泰衡様は誤魔化すように次の言葉を口にし、
馬に鞭をあてて止めさせた。



***



着いた場所はいつかの高台だった。
泰衡様は前と同じようにを抱き上げ、下ろしてくれた。
がお礼を言うとふっと小さく笑い、背を向けると高台の方へ歩いていった。

もその後を着いていくと、泰衡様は崖の端の方まで行って止まり、を振り返った。
そして、すっと顔を崖の先に向けた、向こうを見るように言っているのだろう。
は不思議に思いながらも、泰衡様の後ろからそっと顔を出して崖の先を覗きこんだ。


「…!わぁ…!」


目の前に広がる景色を目にし、は歓喜の声を上げた。
嬉しそうな顔のまま、泰衡様の方を向くと、泰衡様もの表情を見てふっと微笑んだ。

崖の先に広がっていたのは美しい夕焼け、夕暮れの空だった。
丁度赤く染まり始めた空はゆっくりと色鮮やかに変化していき、太陽は見事な紅の光を放っていた。
は吸い込まれるようにその空を眺め、泰衡様はそんなを眺めていた。

白銀の雪の国。空も大地も植物も白一色の雪の国。
確かに幻想的で美しいに違いない。
だが、それ故に、この『色』のあるこの世界がにはとても美しく見えるのだ。

庭で色の変わった落ち葉を嬉しそうに見せた
この美しいものを大切な人達に見せたいと寂しそうに言った
泰衡様はそんなの姿が気になって、
この場所のことを思い出し『色』の変わる空を、夕焼けを見せたいと、
この景色を見て喜ぶ姿を見たいと、を連れ出した。

以前は自分自身の行動をいまいち理解できず、認めたくなかったが、
今はの喜ぶ顔が見れるならそれも悪くないと思うようになっていた。

案の定嬉しそうなの姿にぽっと心に明かりが灯ったようにささやかな幸せを感じていた。
自分の利ではなく、誰かのために何かすることがこんなに嬉しいことなのか…。
泰衡様がふっと自嘲気味に笑った時、が振り向いた。


「すごい、…すごいですね!泰衡様!空の色もこんなに変わるんですね!」


薄い空色が朱に交ざり合い、瑠璃色に変わり、宵闇に溶けていく。
美しい変化を見せる空には大喜びだ。
満面の笑顔を見せるに、泰衡様は満足そうに答えた。


「……ああ。」

「空も赤く変わっていくんですね。
 …葉っぱが赤くなるのは夕焼けの色が映るから…でしょうか?」


ふと思い出したようにが言ったので、泰衡様も考える素振りを見せた。


「……夕刻の空が赤いのは秋だけではないが?」

「…そういえば…そう…ですね;」

「……ああ。」


じゃあ何故でしょう?と、また唸っているに泰衡様は吹き出した。
そんなことを真剣に考えている姿に。


「……まあ、だが、秋の夕刻は長いし、変わりやすいという…あるいはそうかもしれんな…。」


の真剣な姿に泰衡様がぽつりと言った。
少し驚いたように顔を上げただったが、泰衡様の顔を見て嬉しそうに笑った。


「本当ですか?」

「…あくまで仮定の話だ。」


泰衡様の返事にはふふっと笑った。


「どうした?」


本当に嬉しそうで、上機嫌といった様子のに泰衡様が尋ねた。
が嬉しそうにしているのは泰衡様に取っても嬉しいこと、
ただ、少しその理由をの口から聞いてみたいという気持ちが泰衡様の中にふっと過った。

自分では気付かないぐらいのほんの一瞬。
自分がしたことで、彼女が喜んでいるのか、
自分がしたことが、彼女を喜ばせているのかを、
確かめたいという気持ちが、その言葉だった。

泰衡様本人も気付いていない。そんな隠れた意味のある言葉。
心が尋ねた言葉だった。

そんな意味を知ってか知らずか、は笑顔を絶やさずに答えた。


「こんなに綺麗な空を、景色を、泰衡様と一緒に見られて嬉しいんです!」


真っすぐな気持ちと真っすぐな言葉。
心が尋ねた言葉でも、求めた気持ちに気付いていなくても、
が答えた返事は泰衡様が求めたものだった。

この景色に対する称賛と何より、自分と共にいることを嬉しいと言った言葉。
自身が思う以上に心は満ちていて、泰衡様はふっと微笑んだ。


「……そうか。」


今まで誰も見たことがないような優しい表情だった。
そんな泰衡様の笑顔にも嬉しそうに笑って、
二人幸せな気持ちのまま、飽きる事無く染まりゆく夕暮れを眺めていた。



***



帰り道…。
行き同様、を前に乗せて泰衡様は馬を走らせていた。
結局すっかり暗くなってしまっていた。


「すみません…泰衡様、遅くなってしまって…。」

「構わん、連れ出したのは俺だ。」


申し訳なさそうにが謝ったが、泰衡様は機嫌良さそうだった。


「でも、夕焼けは本当に綺麗でした。ありがとうございました、泰衡様。」


にっこり笑ってそう言ったに、泰衡様は満足そうだった。
いつもの厳しい表情はどこへやら…。

このまま屋敷へ帰ったら、屋敷の者が何事かと思うぐらいだった。
が、次のの言葉に泰衡様はいつもの仏頂面に戻ってしまった。


「銀さんもご一緒できたらよかったですね。」


何気なく言った言葉、深い意味などまったくなかった。
だが、泰衡様の機嫌を損ねるには十分だった……。


屋敷へ戻った泰衡様とを出迎えた銀。
機嫌良く戻ると思っていたのに仏頂面の泰衡様に不思議に思いながら声をかけた。


「泰衡様?如何なさいましたか?」


泰衡様は返事はせずに恨めしいような目で銀を睨み付けたのだった……。




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2007.11.01