「泰衡さん!泰衡さん!」

「!!」


挨拶もなしに勢い良く部屋の戸を開け入ってきたのは白龍の神子様だった。





-White Day-




「いきなり何の用件かな神子殿?」


口調は丁寧だが明らかに不機嫌な様子の泰衡様。
突然の訪問者を睨み付け、皮肉を籠めて言葉を続ける。


「白龍の神子ともあろうものが、随分と礼儀を知らぬ振る舞いだな。
 いきなり人の部屋に上がり込むとは…「そんなこと良いですからちょっと来て下さい!」


しかし神子様はそんな皮肉をものともせず、
いきなり腕をつかむとそのまま泰衡様を部屋から引きずりだした。


「なっ!?」


泰衡様は視線も合わせず取りあえず追い返そうと話し掛けていたらしく、
そんな神子様の行動に驚いたが、抵抗する間もなく連れ出されてしまった。

さすが百戦錬磨の白龍の神子と言うべきか…。



***



「おい!何処へ行く気だ!いい加減手を離せ!」


抵抗の限りは尽くしたが、見かけによらず力が強いのか、
振りほどくのは無理と判断した泰衡様。

口での応戦をかなりがんばっていたが、
聞く耳も持たない神子様に、いい加減苛立ってきていた。

一層強い口調で言い放ち、腕を振り上げ、
やっとのことで振りほどくことに成功した。


「あ、泰衡さん、大人しくしてて下さいよ。」

「何を言ってる!いきなりなんだ!俺は…!」

「もう着きますから。ほら。」

「人の話しを…」

「あ、神子様!泰衡様!」


泰衡様が本気でブチ切れそうになった時、
唯一泰衡様の怒りを納められる人物が丁度良く現れた。


「!……」

「お待たせ〜ごめんね。ちゃん♪」

「いえ、とんでもありません。」


驚く泰衡様だったが、神子様は嬉しそうにに駆け寄る。
どうやら待ち合わせをしていたらしい。

状況が飲み込めず、ただ呆然と二人を眺めている泰衡様。
そんな泰衡様に、神子様と話し終わったが駆け寄り、

そして…


「泰衡様、今日はありがとう御座います!」


と、それは嬉しそうな満面の笑顔で言った。


「?…一体何の…」


お礼を言われるようなことをした覚えはない…。
首を傾げた泰衡様が、そう言いかけると、
神子様が慌てて泰衡様を引きずって耳打ちした。


「泰衡さん!ちょっと!」

「何だ?…まさか…」

「泰衡さん、今日はちゃんと一緒に過ごしてあげて下さい!」

「…は?いきなり何だ…?」


唐突過ぎる神子様の言葉に、目を丸くする泰衡様だが、
神子様はさらに爆弾発言を投下した。


「と言うか、今日は一緒に過ごすってもう約束しちゃったんです

「…何!?誰が?」

「もちろん、泰衡さんがです。」

「…誰と?」

ちゃんとです。」

「……何故?」

「ホワイトデーだからです。」

「………」


呆れて怒鳴るのも忘れていた泰衡様。
だが、あまりに普通な神子様の態度に
やはり我慢が出来ず、また大声を上げた。


「何を平然と勝手なことを言っている!俺はそんな約束をした覚えは…」

「わー!!しーっ!!」


そんな泰衡様に慌てて口を塞ぐ神子様。
驚いているに目をやるとにが笑いして誤魔化した。


「そんな大声出さないで下さい!
 ちゃんに聞こえちゃうじゃないですか!」

「煩い!大体…『ほわいとでー』とは何だ?」

「『ホワイトデー』と言うのは『バレンタインデー』のお返しをする日です。」

「ばれんたいんでー…?」


そう、今日はホワイトデー。
先日のバレンタインデーで、結局あまり進展のない二人に
納得いかない神子様は、今度は泰衡様を動かすことにした。

とは言え、のように素直に言うことを聞いてはくれないだろうことは
明白なので、半ば強引に(かなりとも言える)ことを進める手段を取った。

つまり、泰衡様より先にを動かし、断れない状況を作ること…。

とは言え、何も知らない泰衡様。
このままでは埒が明かないので、神子様は手短に事情を説明した。


「泰衡さんこの間ちゃんにお菓子貰いましたよね?」

「何の話だ…?」

「一ヶ月前です。」

「………あ…ああ…///

「何で赤くなるんですか…。」

「!う、煩い!だからなんだ!」

「今日はそのお返しをする日なんです。」

「お返し…?」

「そうです、それで返事を…」

「返事?」

「…………」


何とか要点を纏め、話を進めているのに、
納得いかないと言うような表情をしている泰衡様に、
今度は神子様は段々と苛立ってきた様子…。


「だから!今日はお返しとして一日一緒に過ごして、
 この間の返事をしてくれれば良いんです!!」

「…!…突然怒鳴るな!」

「もう!泰衡さんの物分りが悪いからでしょう!」

「勝手なことを言うな!」

「「………」」


どうしても口論になってしまうこの二人…。
銀なら、泰衡様を怒らせることなく上手く纏めることができるのだが…。


「ともかく、今日は泰衡さんはちゃんと一緒にいるって約束したんです。」


疲れてきた神子様はため息と共に、
とりあえず用件を言い切り完結させようとした。


「…勝手にそんなことを決めるな…。」


が、まだ不満たらたらの泰衡様。
むっとなった神子様は、睨むような顔つきで泰衡様を眺めて責めるように言った。


「でも、ちゃん先月のこと気にしていたんですよ。
 泰衡さんに迷惑をかけたって。…詳しくは知りませんけど。」

「……!」


すると、終始抵抗を見せていた泰衡様の表情に変化が…。


「泰衡さんがゆっくり休めなかったとか、
 夜眠れなくて…とか…泰衡さん…ちゃんに何したんですか…。」


それを見た神子様が、じとーっと泰衡様を責めると、
泰衡様は真っ赤になってまた声を張り上げた。


「馬鹿か!!///誤解を招くような言い方は止せ!!///


必死になって否定する泰衡様に神子様は面白そうに笑ってさらに煽った。


「え〜何ですか〜?誤解って…?」

「〜〜〜〜っ!///


すっかり神子様にやり込められる泰衡様。
居心地が悪くなったのだろう。ようやく抵抗を止め、を引っ張って行った。


「もう付き合いきれん!行くぞ!!!」

「えっ!?あ、あの!泰衡様!?」


ほったらかしにされていたのに突然腕を捕まれ、
引きずられて、は慌てたが抵抗する余地はなかった…。


「あ〜…ちょっとからかい過ぎちゃったかな…。ごめんね…;ちゃん…。」


神子様は小さくなっていく二人を眺めながら
心ばかりの謝罪を口にした…。



***



「あの…泰衡様…?どちらに…?」

「……!す、すまない…;」


とりあえず場を離れたかった泰衡様は何も考えず、
ずんずん足を進めていて、の声に初めて我に返って立ち止まった。

相当頭にきていたようだ…。


「いえ、謝って頂くようなことは…。」


はそんな泰衡様に柔らかく微笑みそう言った。
それを見て、泰衡様も表情を緩める。

泰衡様がそんな顔をするのはの前でだけ…。

ほっと温かい空気が二人の間に流れた。
二人に自覚はないが、やはりお互い大切な存在であることは間違いない。


「……それに…謝らなければいけないのは私の方です…。」


じっと泰衡様の顔を見つめていたは不意に視線をそらすとそう口にした。


「…何?」

「あの…先日の…ひと月前のこと…。
 今日はその日と対になっている日だと、神子様にお聞きしました…。
 あの日は…申し訳ありませんでした。」


オロオロと不安そうに視線を泳がせていたは最後は深く頭を下げて謝罪した。
の言葉に不振そうに眉をひそめた泰衡様だったが、先の神子様の言葉を思い出し、納得した。


『でも、ちゃん先月のこと気にしていたんですよ。泰衡さんに迷惑をかけたって。』


(……まったく…馬鹿なやつだ…。)


頭を下げたままのを見て、
泰衡様は苦笑いしてため息をついた。

あの日、朝起きた時のの慌てぶりはひどかった。
もちろん、一緒に寝ていたわけではない。

泰衡様はあのまま机に向かったまま一晩過ごしたのだ。

だが、だからこそは慌て、ひどく申し訳なく思い、
迷惑をかけたと思い責任を感じた。
自分のせいで泰衡様が休めなかったから。

むしろ、一緒にでも泰衡様がちゃんと寝ていれば
が責任を感じることはなかったかもしれないが…。

まあもちろん、それはそれで問題がないわけではないが…。


「…もう過ぎたことだ。…気にするな。」


いつまでも顔を上げないに、泰衡様は小さく声を掛け、
くしゃっと頭を撫でた。

別に迷惑だなどと思ったことはない。

お前のことは。


あの時も、休めなかったのは事実だが、
不機嫌な状態で出かけ、結局何も解決しないまま帰宅し、
あのままならもやもやを抱えたままでどの道休めなかっただろう。

だが、が待っていてくれたこと、そしてあの手紙や贈り物。
それに心は救われた。

自身でどうにもできなかった心の闇、しこり、それをいとも容易く…。

眠れない夜を過ごしたことは事実だが、
それでも翌朝晴れやかな気持ちだったのは…誰より、この少女の力おかげ…。


「顔を上げろ、。」


泰衡様がそう言い放つとは言われた通り顔を上げる。
その目は不安そうに揺れていたが、思いがけず優しい泰衡様の眼差しに、
少し驚きつつ…それでも安心したようだった。


「泰衡様…。」


じっと自分を見つめ、次の言葉を待っている。

泰衡様は何を言うべきか迷っていたが、不意に神子様の言葉が頭をよぎった。


『「ホワイトデー」と言うのは「バレンタインデー」のお返しをする日です。』

『それで返事を…』



返事



それは…あの手紙に対する…?



『大好きな泰衡様へ』



飾らない、率直な言葉。

いつも真っすぐな少女らしい。


だが、この言葉に他意はないだろう。
それに返事を…。


「……泰衡様?」

「いや…、何でもない…。」


散々悩んだが、泰衡様は結局何も言うことはできなかった…。
本当は言いたいことがないわけではない。


……だが…


主人と従者と言う関係。
そして自分よりもまだ幼い少女である


そんな相手に……


「あの日のことは……迷惑などと思ってはいない。」

「……え?」

「だから…今日は礼をしてやろう。
 神子殿曰く、今日はそう言う日らしいからな…。」

「礼?…お礼ですか?…泰衡様が?」

「ああ、貸しを作ったままでは…腑に落ちないからな…。」


それでも…いつも通りの回り回った言い方で、
何とかお礼をすることにはした泰衡様。

こんな方法では伝わらないかもしれない。
だが、今の自分にはこれが精一杯…。


「この先の…桜が見頃らしい…。
 今日は一日お前の花見に付き合ってやる…。精々心身の休養に勤めるんだ。」


そんな言い方をしての手を取ると黙って歩きだした。
宣言通り、桜を見るために。

の返事を聞いてはいないが、が断るわけはないという確信があったから…。
案の定、は泰衡様の手を握り返し、お礼を言った。


「ありがとうございます…泰衡様…。」

「…………」

あんな言い方でも、この少女にはちゃんと伝わっている。
心からの感謝。


「ありがとうございます…。」

「……聞こえている。一度で十分だ…。」

「…はい。」


素直な言葉じゃなくとも、真っすぐな心はちゃんと…。




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2008.03.12