-鶴の恩返し-
昔々ある山に、 木を切って生計を立てている木こりのの青年がいました。 青年の名前は「泰衡」と言い、 「金」と言う名の犬と二人で暮らしていました。 ある日、泰衡様が金と一緒にいつものように木を切りに山へ行くと、突然金が駆け出しました。 「ワンワン!」 「どうした?」 泰衡様が呼び止めても、金は一目散に何処かへ走っていきます。 仕方なく、泰衡様も後を追っていくと、一羽の鶴が傷を負って倒れていました。 「クゥ〜ン…。」 金は心配そうに鶴の様子を見ています。 「……まだ息があるな…。」 泰衡様も傷だらけの鶴を見て流石に可哀想になり、 傍の川まで連れて行くと傷口を洗って手当てしてあげました。 「ワン!」 泰衡様の手当てのお陰で鶴は何とか元気になりました。 人には厳しいですが、動物には優しい泰衡様でした。 「…余計なお世話だ。 大体わざわざ助けたわけじゃない…鶴は食えんから…。」 「ワンワン!」 「わかった!お前がどうしてもと言うからだ!」 「ワン!」 ブツブツ憎まれ口を叩いている泰衡様でしたが、 元気になった鶴が、一声鳴いて空へ帰っていくのを金と一緒に満足そうに見送りました。 *** それからしばらく経ったある夜のこと…。 「…ん?どうした?金?」 「ワン!」 泰衡様が就寝の仕度をしていると、突然金が戸口の方へ駆け寄りました。 そして、トントンと誰かが戸を叩きました。 「…誰か来たのか…?珍しいな…。」 めったに来客のない泰衡様の家。 金意外に友達はいないんでしょうか…。 「煩い!別にそんなことはない!!」 ……泰衡様…。 一々ナレーションと会話しなくて結構ですが…? 「ならば貴様も余計なことを言うな。」 はい…以後気をつけましょう。 それより…早く出てあげてもらえませんか。 「お前が邪魔をするからだ!」 一悶着ありましたが、 (誰のせいだ誰の…!) 泰衡様が戸を開けると、立っていたのは白い着物を纏った可憐な少女でした。 「…何だ…お前は…?」 見覚えのない少女に、泰衡様は不思議に思いましたが、 泰衡様が声をかけると少女はいきなり、 「あの…お願いします…! 私を貴方のお嫁さんにして頂けませんか…?」 と、お願いしました。 「…………………………」 「…………」 あまりに突然過ぎて理解が遅れる泰衡様。 「ワン!」 「!!」 金の声に我に返りました。 「な!何をいきなり馬鹿なことを!///」 「お願いします!」 「っ、む、無理だ突然そんな…///」 少女は必死に頼みましたが、泰衡様は頑なに断りました。 …顔は赤いので満更でもないのかもしれませんが、 流石に初対面でそんなことを承諾するのは問題があると判断したようです。 「煩い!もう余計なことは言わないのではなかったのか!」 「!?」 「あ、いや…;何でもない…。」 ……… 「あの…では、せめて貴方のお傍に置いて下さい。 お嫁さんではなくても、貴方のために何か…なんでもしますから…。」 「…………」 最後は、必死に頼み込む少女に泰衡様も折れ、 一先ず、一緒に暮らすことになりました。 少女は名を「」と名乗りました。 *** それから、泰衡様は金とそしてと生活することになりました。 は働き者で、家の掃除や食事の用意など、 何でもこなし、文字通り泰衡様のために何でもしてくれました。 金もを気に入り、よくなついています。 泰衡様も、最初こそは慣れませんでしたが、 いつも一生懸命働いてくれるに、段々と好意を持つようになり、 結婚はしていませんが、仲の良い二人は殆ど夫婦同然の生活を送っていました。 そんなある日…。 「泰衡様?如何なさいました?」 町へ出た泰衡様が少し落ち込んだ様子で帰ってきました。 「いや…少しな…。」 中々理由を話さなかった泰衡様でしたが、 が根気よく尋ねると、町で少しドジを踏んでしまい、 お店の商品を駄目にし、弁償するよう言われてしまったそうです。 「ドジを踏んでなどいない。大体あれは金が…」 「クゥ〜ン…。」 「うっ…いや…別にお前のせいでもないがな…。」 「ワン!」 「………」 その話を聞いて、は少し考えていましたが、 「あの、奥の機織り機を貸して頂けますか?」 と、言いました。 「?…ああ、別に構わないが…お前使えるのか?」 「はい。待っていて下さい。泰衡様。金さん。」 「ワン!」 はにっこり笑うと、機織り機のある部屋に入っていきました。 ただ、部屋に入る前、 「私が部屋から出るまでは、決して戸を開けないで下さい。」 と、泰衡様に念を押し、念入りに約束しました。 泰衡様は不思議に思いましたが、 一先ず言われた通り大人しく待つことにしました。 それから数時間後。 はそれは美しい純白の布を持って部屋から出てきました。 「…これは…」 「この布を町へ持っていけば高く売れるはずです。どうぞ…泰衡様…。」 「……ああ…。」 泰衡様は驚きつつも、その布を受け取りました。 ……ただ…。 「?」 「はい。…何ですか?」 「お前…少し痩せたか?それに顔色が悪いが…」 「いえ、大丈夫です。何ともありませんから…。」 「……」 どうも部屋に入る前より元気がない。 泰衡様は心配になりましたが、一先ず布を持って町へ出かけました。 「ワン!」 「…金さん…私は大丈夫ですから…。 泰衡様には…秘密にして下さいね…。」 「クゥ〜ン…」 「お願いします…。」 「………ワン。」 *** 町へ布を持っていった泰衡様。 早速反物屋さんへ持ち込みました。 すると、の言った通り、 布は驚く程高い値段で買い取られました。 おまけに布の噂が町に広まり、 お城の殿様までその布が欲しいと言って来ました。 の体調のことを気にしていた泰衡様は、 丁重に断ってきましたが、流石に殿様の命令には逆らえず、 仕方なく、帰ってに事情を話しました。 「…お前に負担がかかるのなら…無理をする必要はないぞ…」 「いえ、大丈夫です。ご心配お掛けして申し訳ありません…。」 泰衡様の願いを聞き、はまた機織り機の部屋に入っていきました。 キィ バタン キコキコ バタン 機織りをする音が部屋に響いています。 泰衡様は気になりましたが、見ないと約束しているので、 ただ待っているしかできませんでした。 「……泰衡様…」 「!大丈夫か!」 「はい…大丈夫です…。さあ、これをお持ち下さい…。」 「………」 布を持って出てきたは、以前にも増して痩せていました。 泰衡様は慌てて駆け寄り、声をかけましたが、 は心配しないでと笑うと布を差し出しました。 布を折る作業がそこまで重労働であるとは思えないのですが… の疲労の仕方は明らかに異常です。 「もうこれで良い。もうこれ以上…織る必要はないからな。」 「……ありがとうございます…泰衡様。」 泰衡様は倒れそうなを抱きしめ、 そう言うと、出来上がった布を持って城へ上がりました。 「………クゥ〜ン…。」 「もうそろそろ…限界かもしれませんね…。」 泰衡様が町へ出かけた後、 と金は寂しそうに呟きました…。 *** お城へ布を持っていった泰衡様。 お殿様は大変喜ばれ、泰衡様も一安心でしたが…。 「まあ!これは素晴らしい布ですわね!」 「気に入ったか?」 「ええ、とってもvありがとうございますv」 「ふむ。では、この物に褒美を。」 「……ありがとうございます…。」 「でも〜。」 「どうした?」 「せっかくですから、私もう少し欲しいですわ。」 「…………」 「そうか。」 「ええ。せめてもう2、3枚は。」 もうこれ以上…に無理をさせたくない と言う泰衡様の願いも虚しく、殿様はあの布をまだ所望する様子です…。 「そうか…。おい、聞いているな?この布をあと…」 「お断わりします。」 「…何…?」 が、やはりのことが大事な泰衡様。 殿様の申し出を聞く前に断りました。 「これ以上その布を作ることはできません…。」 「あらぁ〜ご不満ならお金は今の倍出しますわよ?」 「金銭の問題ではありませんので。…失礼します…。」 断固として断る姿勢を崩さなかった泰衡様は早々に場を離れようとしましたが、 殿に付き添っていた女性が怪しく声を発しました。 「まぁ…私はともかく、御殿様の頼みを聞けないとおっしゃいますの…?」 「…………」 *** 「……チッ…!」 殿様の命令を断った泰衡様はなんとあの女性に捕らえられ、 城の地下の牢屋に入れられてしまいました。 「気が変わりましたらいつでも言って下さいな。すぐに出して差し上げますわ。」 「無理なものは無理です。」 泰衡様はそれでも姿勢を変えることはなく、 頑なに拒み続け、キッと女性を睨み付けました。 「まあ、恐い!」 女性はしばらく泰衡様の態度を楽しそうに見ていましたが、 一向に意見を変えない泰衡様に飽きて、後は兵士に任せて去っていきました。 「…………クソッ…」 牢屋に取り残された泰衡様は舌打ちをしその場に座り込みました。 *** 泰衡様がお城に捕らえられてしまったことは、 家で泰衡様の帰りを待っていたの耳にも届きました。 「泰衡様が…!そんな…どうして…。」 「先日お持ちした布をお殿様が気に入られて、 もっと用意するようにとの申し出を断ったからだとの噂です。」 知らせに来てくれたのは泰衡様と唯一懇意にしてくれていた青年でした。 青年の話を聞いたは、すぐ金と一緒に城へ向かいました。 *** 「ほぅ…あの男の…妻か?」 「あらぁ可愛らしいですわね。」 「…いえ、私は泰衡様の…泰衡様に…お仕えしているものです…。」 城へ出向いたはすぐ中に通され、殿様とあの女性と謁見しました。 「仕えてだと…?」 「それより、貴女があの布を織られたの?」 「…はい。」 「まだ作ることは可能かしら?」 「……はい。」 「でしたら、ぜひ作って頂けません?私のために…。」 と対面した女性は、 早速にあの布を織るよう頼みました。 「………わかりました。」 「ワン!」 「本当ですか?」 「ワン!」 「はい。」 「ワン!ワン!」 「煩い犬だな…。」 心配している金を無視し、は女性の申し出を引き受けました。 ただし… 「ただし、泰衡様を…解放して頂くとお約束して頂けますか?」 「…フン…私に交換条件とは…。」 「良いではありませんか、愛するもののためにとは健気ですわ。」 「………」 「まあ良いだろう。だが、仕えていると言ったな。 なら、私に仕える気はないか?この城であの布を織ればよい待遇で迎えんでもないぞ。」 殿様はの要求を受け入れ、泰衡様を解放することを約束してくれました。 が、不意にそんなことを言いました。 「あら、それは良いですわね。 私も貴方の布が気に入っていますの。 貴方のことも可愛がって差し上げますわよ?」 それに女性も賛同しましたが… 「いえ、私がお仕えするのは…泰衡様だけです。」 「「…………」」 泰衡様同様、も固く言い切りました。 「フッ…」 「似たもの同士ですわね…。 構いませんわ。お約束さえ護って下されば…。」 「はい。約束します。」 結局…は例の布を献上することを約束し、 変わりに泰衡様を解放してもらえることになりました。 「…泰衡様…!」 「ワン!」 「…!お前達どうしてここに…!」 「これで宜しいですわね、私は約束を守りましたわよ?」 「はい、私も必ず…。」 「素直な子は好きですわ。それでは…お待ちしています。」 女性はそう言って去って行きました。 何があったのかわからない泰衡様でしたが、 二人の会話を聞いて思い当たり険しい表情をしました。 「………お前まさか…。」 「帰りましょう…泰衡様…。」 「…………」 *** 家に帰ってから、泰衡様はに城であったことを問い質しましたが、 は頑なに口を閉ざし、何も言うことはありませんでした。 仕方なくその夜はいつも通り就寝し、 翌朝もいつも通り山へ木を切りに出かけた泰衡様でしたが、 家に帰ると、何だかが妙に憔悴していました。 「!?どうした…!」 「……泰衡様…いえ…大丈夫ですよ…?」 「嘘を吐くな、そんなにふらふらになって何処が大丈夫だと…」 「本当に…なんでもありません…」 「……」 泰衡様は大変心配し、を気遣いましたが、 それでもは口を割りませんでした。 そしてその翌日、その次の日も、泰衡様が帰ってくると、 は真っ青なで出迎えました。 ただ…それでも、頑なに口を閉ざす。 やせ細り、今にも倒れそうなの様子に 泰衡様は次第に耐えられなくなってきました。 がこんな風になる原因は恐らく…。 「じゃあ行ってくる…。」 「はい…いってらっしゃいませ…泰衡様…。」 「…………」 その翌日。 いつも通り、家を出た泰衡様は、 山へは行かず、家の裏へ回りました。 すると… キィ バタン キコキコ バタン 家の中から機織り機の音が…。 (やはり…) もう作らなくて良いと言ったのに…。 けれど、城でのやり取りを、そして今自分が無事でいることを考えると、 が城でした取引の条件は考えるまでもありませんでした。 『私が部屋から出るまでは、決して戸を開けないで下さい。』 機織りの部屋には入らないと約束していましたが…。 (これ以上機を織り続けたらは死んでしまうかもしれない…。) そう思うといても経ってもいられず、 泰衡様は部屋の戸を開けました。 「!」 「!!」 「…!…お前は…」 機織りの部屋…中にいたのは、 痩せた羽も少い一羽の鶴でした。 「泰衡様…」 「…お前は…あの時の…」 そう…大分前、金と助けたあの鶴でした。 「…私が部屋にいる時は…戸を開けないとでと約束したのに…」 鶴はそう呟いて涙を流すと、最後の羽を使って織った布と、 部屋の隅に重ねていた布を手に取り、泰衡様に差し出しました。 「お城の…方とお約束した布です…。 もう私の羽は残っていないのでこれ以上は作れません…。 最後の…布ですこれを…お城に献上して下さい…。」 「……約束…?………お前やはりあの時に…」 「…今までありがとうございました…泰衡様…。」 泰衡様が布を受け取ると、 鶴はもう殆ど羽根のない手を広げ、空へ飛び立とうとしました。 「!…ま、待て!!」 「!」 鶴が飛ぼうとした瞬間、泰衡様は鶴の羽を掴んで引き止めました。 泰衡様が羽を掴むと、鶴は人間の姿になり、泰衡様はそのままを抱きしめました。 「…泰衡様…」 「何処へ行く気だ…お前は…」 「姿を見られてしまってはもうここにいることはできません…。 あの時…助けて頂いたご恩返しを…少しでもしたかったんです…。」 「………」 弱弱しい声では泰衡様にそう答えました。 あの時の恩返しをするために、人の姿を借り、こうして今までやってきたこと。 でも、正体がばれてしまった今は…。 「そんなことは…どうでも良い…。」 「…え?」 悲しそうに言ったの言葉を泰衡様は強い口調で遮りました。 は驚いた顔で泰衡様を見上げます。 「…お前が…お前が何者だろうと俺は構わない。 恩返しも…もう十分してもらった…もう十分だ…。」 「泰衡様…。」 「だから…」 「?」 「これからは…もう恩返しなど関係なく…俺の傍に…居てくれないか…?」 「……え…?」 「あの時…初めて俺の所へ来た時、嫁にしろといったのは恩返しだからなのか? そうでないなら……俺と…正式に一緒になって欲しい…。」 その泰衡様の言葉に、はさらに驚いて目を見開きました。 が、そんなを見つめる泰衡様の瞳は真剣そのもので、嘘偽りはありません。 「お前が人でなくとも構わない…今度は俺が…お前に恩を返す番だ…。 一生かけて…。だから…何処へも行くな…俺の傍にいろ…。」 助けてもらった恩を返す、そのことが終われば、 もう自身の役目は終わり、必要とされることはないかと思っていた。 羽根もなくなり、機を織ることもできなくなった今、 そんな言葉を泰衡様からもらえるとは思っていませんでした。 「………っ…」 は涙を流しながらも首を縦に振りました。 助けてもらった恩返し、最初はもちろんそれが理由でした。 けれど、今こうしていること、 ここまでしたのはそれだけではなく、泰衡様だから…。 『私がお仕えするのは…泰衡様だけです。』 迷いもなく口に出来た言葉。 本当はずっと…。 「…好きです…泰衡様……ずっと…お傍に置いて下さい…。」 こうして…鶴の少女と木こりの青年は末永く幸せに暮らしました。 「ワン!」 もちろん金もずっと一緒に…。 めでたしめでたし。 戻る 2008.06.28
何だか…全然違うといえば違う話になってしまいました;
鶴の恩返し…アレンジバージョンということで…(爆) おとぎものは大体ギャグ話が多かったんですが、 今回は登場人物も少ないことから結構シリアスものになりました。 …まあ、最初はちょっとギャグ入ってましたが。(ナレーションとの対話とか) でも、最後は一応ハッピーエンドなので良いでしょう! 布を城に謙譲し、その後は平和に暮らしたということで。 ちなみに、城の殿様と女性は、お気づきの方もいるかもですが、 当然『源頼朝』と『北条政子』です。 最初は清盛にしようかと思ったのですが、『悪者』なので、この二人が適任かと…。 かなり難しかったですし、非似とは思いますが、結構楽しく書きました〜(特に北条政子) でわでわ、ここまで読んで下さった方感謝感謝です! |