今日もまた一段と晴れやかな良い日和です。

明るい日差しと澄み渡る空に心が癒されます。

……そんな良いお天気なんですけど…ね。





-誰より大切な君だから-




本日はまた美しい天気の日和なのですが、
我が主、藤原泰衡様は書斎に篭って調べものをされています。

日頃から執務で室内に居られることが多い方ではありますが、
ここ最近は仕事以外で何か調べたいことがおありの様で、
丸一日部屋から出られないこともあります。

仕事の合間を縫って、本当に熱心に調べられているようです。
それは良いのですが…。


「泰衡様…少し休まれては如何ですか?」


すっかり疲れた顔をされている泰衡様に、
私はたまらずそう声をかけましたが、泰衡様は不機嫌そうな顔で、


「別に……どうということはない……。」


と答えただけでした。
何をお調べになっているのか教えて頂けたら、
お手伝いもできなくもないと思うのですが……。

ずっと一人で調べものをされている泰衡様の後姿に、
私は心の中でポツリと呟きかけました。

陰陽術の知識はありませんが、
少しでも泰衡様のお役に立てたら…。

一心不乱に勉学に勤しんでいる泰衡様ですが、
あのように必死なのには理由があるように感じました。
そして、恐らくその理由は……。

思い当たる所へと足を運び、声をかけ、返事を頂いて中へ入りました。


「具合は如何ですか?」

「銀様……」


私が声をかけると、空さんと琴さんが暗い顔を上げました。
傍には苦しそうに息をし、寝込んでいるさんが…。

泰衡様が執務をおしても必死にされているのはこのためでしょうね…。



***



数日前から体調を壊されているさん。
以前から気温の上がる暑い日は体調を崩しがちで、
よく寝込まれていたのですが、今回は長引いていて、
空さんや琴さんも心配されています。

もちろん薬師にも見て頂いたのですが、あまり思わしくないようです。
あのさんが狙われた事件以降、彼女の身辺をしばらく警護するよう、
泰衡様から命を受け、様子を見ていましたが、特に変わったことはなく、
安心していた矢先のことだったので、気がかりが増えてしまった感じでした。

先日の事件こと、詳しいことは泰衡様も仰いませんし、
こちらから尋ねるのも気が引けたので黙っていますが、
何やら秘密があるのかもしれませんね。

彼女のことは……。

泰衡様の様子を思い、あの時のことを思い出し、
私は静かに目を閉じ息をつきました。



***



そんな銀の心配を知ってか知らずか、
泰衡様は熱心に資料を読み耽っていた。
朝から夜遅く迄、ここ数日ずっと。

あまり時間がないかもしれないとの焦りが、
泰衡様を急せ休む暇を削がせていた。

あの事件以降、泰衡様はのことをいろいろと調べていた。
のことと言よりは『雪花精』のことを。
もう二度とを傷つけないために…。

たが、『雪花精』について書いている書物は少なく、
記述もあっても極僅か。肝心なことは何もわからない。
むしろ、泰衡様がから直に聞いた事の方が詳しい。
当然といえば当然だが…。

ただ、それでも、それでは泰衡様の知りたいことは手に入らない。
泰衡様が『知りたいこと』と言うのは、今のを助ける方法。

ここ数日、ずっと寝込んでいるを助ける方法だった。

『雪花精』、雪の精霊であるが今体調を崩している原因は、
間違いなく気候の、気温のせいだ。
今年の長い残暑に体が耐えられなくなってきているのか…。

だが、それならいくら薬師が見たところでどうにもならない。
かと言っての正体を明かすわけにもいかない。
それにたとえ明かしたところで、薬師には何もできない…。
の状態をなんとかできるのは自分だけ、そしてこのままではは…。

『雪花精は暑さに弱く気候の変化に耐え切れず消滅してしまうこともある。』

が言っていた言葉が頭を過る。


「…くそっ!!」


このままではは消滅してしまうかもしれない。
そう思うと焦りや苛立ちは募るばかり。
泰衡様は悪態を吐き、側の棚を殴り付けた。


ガシャ!


と、その拍子に棚から何かが落ちた。


「………」


目を向けると落ちたのはあの雪の花が入っていた器。
雪の花はが辛い思いをするからと早々に処分したが、器は残っていたようだ。


「…………!」


泰衡様は反射的に器を拾い上げたが、器に触れて思い出した。
凍るように冷たい器。これも雪の国に縁あるもの…。
だから処分せずに置いていたのだ。何かわかるかもしれない。
何かの役に立つかもしれない…と。


「!」


そこまで思い閃いた泰衡様は器を手に部屋を飛び出した。



***



「熱…全然下がらないわ…。」

「うん…顔も赤いし…ちゃん大丈夫かな…。」


の看病をしている空と琴は心配そうにため息をついた。
ここ数日はずっと付きっきりで看病しているが、全くよくならない。
苦しそうなを見ているしかない二人もすっかり落ち込みやつれていた。


「私…水を変えてくるわ…」

「うん、お願い。」


琴がそう言って立ち上がり部屋を出ようと襖に手をかけようとした時、襖が開いた。


「!や、泰衡様!!」

「え!?」


主君、泰衡様の登場に空と琴は驚きの声を上げた。
泰衡様は二人のことは然程気にした様子もなく、寝ているに目をやると、


の容体は?」


と言った。


「……あ、その;熱が下がらなくて…あまり思わしくありません…。」


少し怯みつつも空がそう返事をすると、泰衡様は難しい顔をして眉をしかめた。
そしてしばらく黙っていたが、


「おまえたちは下がれ。後は俺が様子を見る。」


と低くつぶやいた。


「「え?」」


突然のことに理解できず、二人が思わず聞き返すと泰衡様は、


「下がれと言ったんだ。…聞こえんのか?」


と言って二人を睨み付けた。


「「Σ!?し、失礼します!!」」


泰衡様に睨まれ、空と琴は逃げるように部屋を去っていった。


「……………」


一人になると、泰衡様はの傍へ腰を下ろし、そっとの頬を撫でた。


「!!」


に触れて、泰衡様は顔色を変えた。
の体、冷たいものと思っていたのに熱かったのだ。
確かに赤い上気した顔は熱そうだが、雪の精霊であるの体温は低いはず、
それを熱いと感じると言うことは……。


「くっ!」


泰衡様は慌てて持ってきた例の器に傍にあった水を入れてみた。
すると水はたちまち凍り付き、できた氷を今度は水に戻して水を冷やすと、
手ぬぐいをその中に浸けた。そしてその手ぬぐいを絞り、の顔を拭いてやった。


「…………」

「…………っ」

!」

「…………や…すひ…ら…さま…?」

、気が付いたか?」

「…………」


泰衡様が顔を拭いてやるとはうっすらと目を開けた。
今までずっと気を失っていた。久しぶりに聞いた声だった。
だが、その声は擦れて弱々しく…胸が締め付けられる思いだった。


…」

「私…」

「具合はどうだ?…皆心配しているぞ…。」

「……あ…すみません…。」


はボーッとした様子だったが、
迷惑をかけているのだと理解したか、
泰衡様の顔を見ると謝罪した。


(……こんな時にまで…)


今にも死にそうな程弱り切った状態でも、
周りのことを気にしたようなの言葉に泰衡様は複雑な顔をした。


「…謝ることなどないだろう……それに謝るぐらいならさっさと体調を戻せ。」

「……はい…。」


いつもと変わらない泰衡様の様子に、はうっすら笑顔を見せたが、
やはり辛そうだった。このままで保つのか…。
そう思わせる程の弱々しい雰囲気。

泰衡様は少し思案したが席を立ち、湯呑みを持って戻ってきた。
そしてまた水をあの器に移し、今度は凍る前に湯呑みに戻してそれをに渡した。
氷のように冷たい水。
は黙ってそれを飲み干し、飲み終えた時には顔色が少し戻っていた。


「ありがとうございます、泰衡様…。」


やっと元気を取り戻した様子のに泰衡様もほっとやわらかい表情を見せた。
しかし、これはつまり、の体調不良はやはり気候によるものということになる。
雪の精の体質故。夏さえ過ぎれば回復するだろうが…。
今の水は一時しのぎの気休めに過ぎない…。
すぐまた体調を崩してしまうだろう。まだ夏はあと少し…。


「……

「はい?」

「お前の体温を維持する方法は何かないのか?」

「……え?」

「お前の体調不良は暑さが原因だろう?何かないのか?」

「……」


泰衡様の言葉には黙る。
自分のこと、泰衡様が気遣ってくれているのはわかる。
が…、


?」

「あ…すみません…」

「……謝れと言っているんではないが?」

「……はい…」


自分のことで、泰衡様に迷惑をかけているのが辛かった。
それに自分の体質も。
自分が人ではないから、普通の人間でないばかりに泰衡様に…。

自分が人間ではないと知っても、泰衡様は自分を受け入れてくれ、
変わらず傍に居させてくれた。

それだけでも十分、感謝しても仕切れない程…もう十分だから…。


「泰衡様…私は平気ですから、気にしないで下さい…。」


は顔を伏せたまま、ボソリとそう口にした。


「何が平気だ、そんな体で……」


強がって言ったのだと思い、泰衡様はを叱責したが、
伏せた顔、今の言葉に、はっと顔色を変えた。


「………お前まさか…消えても平気だと言っているのではないだろうな…、
 消滅しても構わないなどと思っているのか…お前…!」

「…………」


思わずきつくなった泰衡様の語気。
だが、は答えなかった、それは肯定…。


「………っ!」


泰衡様はの腕を掴むと引き寄せ、そのまま強く抱き締めた。


「泰衡様…」


か細い体と声、本当に消えそうな程…。


「そんなことは……俺は許さん!
 お前は生きろ…お前のことは…必ず俺が助ける…だから心配するな…。」

「…………はい…。」


泰衡様の強い言葉に、も微かに頷いた。
もうすっかり弱ってしまっているのは事実…だから本心ではなく弱音だと、
泰衡様はそう受け取ることにした。

なら必ず助ける、自分が、何があろうが、そう心に誓い。
何より大切なお前のことは……俺が必ず。


…」

「はい。すみません、泰衡様…。」

「謝罪はもういい。」

「はい。」

「お前の体のことは、体調のことは俺が何とかする。
 だから……お前は気をしっかり持て。」

「はい!」


を離し、泰衡様はもう一度そう言ってから部屋を後にした。
何が何でもを助けると決めたから…。


泰衡様は自室に戻ると、すぐまた調べ物を始めた。
ただ、先程とは違い、何か閃いたものがあったのか、
迷わず書物を選び出し、作業に取り掛かった。
を助ける方法、何か見つけることができたのか…。



***



泰衡様が書物の他に手元に用意をしたのはあの雪の花の器。
水を一瞬で氷に変えた冷気を利用することを思いついたらしい。

泰衡様は器を加工した上で陰陽術を使って術を施した。
器…氷結石の力が分散しないように、失われないように、
そして、身に着けているものを守ってくれるように。

術と、想いを込めて。

殆ど徹夜になるほど時間をかけて、泰衡様が作ったのは腕輪だった。
氷結石を結晶のように加工し、見た目の装飾も美しい腕輪。
全ては彼女…のために…。

翌日夜が明けると、泰衡様はすぐさまの元へ行き、作った腕輪を手渡した。
そして、氷結石で作った腕輪の力ではたちまち元気を取り戻した。

石の力ももちろんだが、何よりのためにと、
一生懸命になってくれた泰衡様の想いのおかげ…。

これでは残りの夏は心配することなく時を過ごせるだろう…。
元気そうなの顔を見て、泰衡様はほっと安堵のため息を漏らした。



***



泰衡様がさんのお見舞いに行かれたと、空さんと琴さんから話を聞いた日。
その日の夜は、随分遅くまで泰衡様の部屋には明かりがついていました。

泰衡様のお見舞いで、さんは見違えるように元気になったと、
空さんと琴さんが仰っていましたし、やはり泰衡様は何か特別なことを
ご存じだと感じた私でしたが、やはりそのことに触れることは避けました。

泰衡様とさん、お二人のことを信じようと思ったからです。


「銀さん!」

「おはようございます、さん。」


そして、泰衡様が夜遅くまで起きておられた翌朝、
さんはすっかり元気になりました。

泰衡様はやはり彼女の為に徹夜で何かされていたようで、
翌朝すぐ彼女の元へ行き、その後すぐ、彼女は元気を取り戻しました。
薬師にもどうにもならなかったのに…と、すごい評判でしたが、
これも愛の力ですかね…。


「おや、さんそれは…?」


ふと、彼女が腕を上げた時、目についたのは美しい装飾の腕輪…?
私がそのことを指摘すると、


「泰衡様が下さいました。」


と、さんは嬉しそうな笑顔。
何か不思議な力を感じる気がしたそれ。
彼女が元気を取り戻したのはそれのせいかもしれませんね。
などと思い、私も笑いました。


「よくお似合いですよ。」

「…ありがとうございます!」


雪の結晶のような飾りが装飾の腕輪。
まさか泰衡様がお造りに…?

彼女のこととなると甘いと思う泰衡様ですが、
彼女のおかげで何か変わっていると思うのは事実です。

そしてそれが善いことである事も…。

願わくば彼女が、泰衡様にとって、誰より大切な人となりますように……。




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2007.12.12