「で、これをこうやると…」


フッ


「わ…綺麗…。」

「…すごいな…これは、」


目の前に広がる幻想的な光景に驚きの声が漏れた。





-しゃぼん玉-




事の初めはまたまたやって来た神子殿。
屋敷の庭で掃除をしていたと、
縁側に寝転んでそれを眺めていたの元へ、
いつものごとく神子殿がやって来た。


「こんにちは〜ちゃんいる?」

「あ、神子様。こんにちは。」

「ああ、神子殿。また来たのか。」

さん…泰衡さんみたいな言い方やめてくださいよ…。」

「ああ、悪い;そんなつもりじゃなかったんだが…;」

「まあ、わかってますけど。」


そんなちょっとしたやり取りと、笑顔を交わした後、
一先ず掃除が終わらなければ時間が空かないのため、
神子殿も手伝って、三人はひとまず掃除を終わらせた。


「で、今日は何を持ってきてくれたんだ?神子殿?」


掃除を終え再び庭に戻って来ると、はすぐ神子殿に尋ねた。
好奇心むき出しに尋ねて来るに神子殿は思わず噴出し、
笑いながらに話しかけた。


さんって、いつもなんでも熱心ですよね。」

「なに、人間好奇心や探究心をなくしちゃ終わりさ☆」


必死に笑いを堪えるように言う神子殿に対し、はぱちっと片目を閉じて見せた。
神子殿よりも年上で、もう十分大人のだが、そういう所は子供っぽい。
否、少年らしいというべきか…。
真っ直ぐで純粋な心、いつまでも無くさずにいて欲しいものだ。


「そうですね。」


神子殿はの言葉に頷き、同意すると、
袖口から持ってきたものを取り出した。
何やら液体の入った瓶のようだ。


「今日持ってきたのはこれだよ。」

「何ですか?その水?」

「これはただの水じゃないの。」


神子殿は瓶を見て不思議そうに首を傾げたに笑いかけると、
他にも細い棒を取り出し、先を液体に浸け口にくわえた。


「で、これをこうやると…」

フッ

「わ…綺麗…。」

「…すごいな…これは、」


神子殿は口にくわえた棒に息を吹き込み、神子殿が息を吹き込むと、
棒の先からふわっと透明な泡が飛び出した。

弱弱しく揺れる粟は儚く消えてしまうものもあるが、
光の反射によって鮮やかな色を映し出すそれは美しく、
目の前に広がる幻想的な光景にから驚きの声が漏れた。


「すごいです…!神子様、これは…。」

「神子殿の力か?」

「そんな大層なものじゃないですよ。
 これは私たちの世界の遊びです。」


すっかりしゃぼん玉に目を奪われ、
感激している二人に、神子殿は嬉しそうに笑った。


「遊び?神子様の世界ではこれは普通なんですか?」

「うん、結構普通かな。最近あんまり見ないけど…。
 昔よくあった遊びだよ。私も小さい頃、将臣君や譲君とやったかな。」

「へぇ…素敵ですね…。」

ちゃんもやってみる?」

「良いのですか?」

「もちろん♪」

「俺も、俺も。」

「はいはい。」


興味津々と、意気揚々と、目を輝かせた二人に、神子殿は満足そうにほほ笑んだ。
今回も大当たりだと。

自分の世界とはまた違うこの世界、色々見せたいものや教えたいと思うこと、
向こうの世界にいる間に色々思いついては、こうしてやってきてお披露目していた。

ほんの他愛無いことでも、は特に喜んでくれるので神子殿もつい色々としてしまうのだ。
今回のこれも家に居る時、たまたま思いついたこと。
それをこんなに喜んでくれて、神子殿も満足だった。


「見ろ見ろ!こんなでかいのが!」

「わぁ!兄様凄いです!」

「ホントだ、すごい…!」

「へへ〜ん♪」


そんなこんなですっかり盛り上がった三人は、
しばらくしゃぼん玉で遊んでいたのだが・・・。


「何をしている!」


そんな所へまさに鶴の一声。三人の動きがピタリと止まった。
そして、三人が声の方へ顔を向けると、不機嫌面した泰衡様が。


「泰衡……;」

「何をしていると言っているんだ!何だこれは!!」


辛うじて返事に声を発したを鋭い眼差しで睨むと、
泰衡様は再び怒鳴って庭を指差した。

見れば庭はそこら中泡だらけ…。
すっかり夢中になっていた三人は気づかなかったようだ。


「あちゃ〜;」

「す、すみません;泰衡様…!」

「ちゃ、ちゃんと掃除しますから;」


流石にちょっと、今回は自分たちに非があることは、
認めざるを得ないので三人は素直に謝り慌てて各々頭を下げた。

頭を垂れて謝罪する三人に、泰衡様は厳しい表情は崩さなかったが、
それ以上は何も言わずに去っていき、三人はほっと安堵の息を漏らした。


「怒られちまったな;」

「ちょっと調子に乗りすぎましたね;」

「ああ、…これは流石の泰衡だって怒るわな…;」


そして辺りを見回し、と神子殿は顔を見合わせ苦笑いした。
そこら中泡だらけで、しゃぼん玉も溢れている庭。


「ともかく、もう一度お掃除しますか!」

「はい、泰衡様には後でもう一度きちんと謝ります。」


こうして屋敷の庭掃除(本日二度目)に突入した。



***



掃除を終えると、神子殿はもう遅いからと元の世界に帰って行った。
明日もまた勤めがあるからと、別れもそこそこに。
またいつでも会いに来るから、と手を振り、例の液体をに預けて。


「神子様はお忙しい方ですね。」

「う〜ん、どうかな…。微妙なとこだと思うぞ。
 泰衡は、暇だから頻繁にここへ来れるんだと言ってるからな…。一理ある。」

「そうですか…?」

「ああ。…まあ、ともかく俺も戻る。、また明日。」

「あ、はい。兄様。お気をつけて。」

「ああ、泰衡によろしくな。」


神子殿が帰った後、もそれだけ言うといつものように帰って行き、
を見送ったは、一先ず最後の片付けを済ませると泰衡様の部屋へ向かった。


「泰衡様、失礼します。」

か?入れ。」

「はい。」


泰衡様の言葉に、はペコリと一礼し部屋に入った。

泰衡様はいつも通り仕事をしていて、
いつも通り机の上の書類に目を向けたままで返事をしている。

は後ろ手で戸を閉めると、
もう一度深く頭を下げて、その場で謝罪の言葉を述べた。


「あの…泰衡様、先程はお騒がせして申し訳ありませんでした。」


深々と頭を下げるに、ちらっと視線を投げると、
泰衡様は書類を片付けつつ、声をかけた。


「庭の片付けは済んだのか?」

「はい、もう大丈夫です。」

「…まったく、何かと思ったぞ…。」

「はい、すみません…;」


さっきまでの庭の様子を思い出し、も苦笑いした。
泡だらけになっていた庭。
最初に掃除をした意味も皆無になるほどすごかった。
突然あの有り様を目にした泰衡様もさぞ驚いただろう。


「大体何だったんだ?あれは?…また神子殿の仕業か?」

「はぁ…えっと…;」


どうも神子殿を非難するような言い方の泰衡様には言葉に詰まった。


「全く…あの方は面倒ごとばかり持ち込む…。」


おまけに、更にブツブツと文句を言いながら片付けをする泰衡様には慌てて弁解した。


「あの…!泰衡様!神子様は悪気があるわけでは…!
 私たちのこと、いつも気にかけて下さっているだけですから。」

「だがな…」

「今日のことも…あれは少し調子に乗ってしまった私の責任ですので。
 神子様は、神子様の世界のもの私たちに見せて下さっただけです。」

「………」

「だから…」


一生懸命言葉を続けるに、泰衡様は仕方ない、という感じで息をつき、言葉を止めた。


「あの、泰衡様はあのような形で見ることになりましたが、
 あれは本当はとても綺麗なものなんです、きっと泰衡様もお気に召します。」

「……ほう。」

「本当です!絶対…もしよければ、今お見せします!」

「ふっ…面白い、なら見せてみろ。」

「はい!」


必死に言ったに、泰衡様は少し意地の悪い言い方をしたが、
は泰衡様の返事に嬉しそうに笑うと、部屋の窓際へ歩み寄った。

泰衡様も仕方なく立ち上がり、
の傍へ寄ると何やらゴソゴソと支度しているを見ていた。


「いきますよ?」

「…ああ。」


先の神子殿と同じように、棒を口にくわえると、
はそっと息を吹き込んだ。


フッ


「………」

「…如何ですか?」


先だった神子殿と同じ、変わらず上手くいったと思っただったが、
反応はなく、返事もない泰衡様を少し不安気に見上げた。
気に入ってもらえると、自信満々に言ってしまっただけにばつが悪い…。


「あの…泰衡様…?」

「ああ…」


もう一度尋ねると、泰衡様は小さく返事をし、
くしゃっとの頭を撫でた。

驚いて顔を上げたの目に映ったのは、
泰衡様の優しい瞳だった。


「……お気に召しました?」

「…そうだな」


もう一度尋ねたに、泰衡様はふっと笑ってくれ、
も安心したように満面の笑顔になった。


「神子様の世界の遊びで『しゃぼん玉』という名だそうです。」

「……これの名か、」

「はい。美しいですよね。」

「……儚く消ゆる、夢の如しか…」

「…………」

「………何だ?」

「いえ、お見事です。泰衡様。」

「……ふん///


ぽつりと言った泰衡様の言葉をが賞賛すると、
泰衡様は照れたように笑った。

儚いものは人の夢…。
けれどそれこそ美しいもの…。

たとえ夢でも、儚くとも、
大切な人と見る美しいものは価値のあるものとして…。




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2011.09.18