「ばれんたいんでー…ですか?」


聞き慣れない言葉には首を傾げた。





-St.Valentine-




「そうだよ。私の世界にある行事なの。
 女の子が男の子にチョコレートをあげて告白したりするの♪」


高館に来ていたを捕まえて、白龍の神子様はそれは楽しそうに話した。
はいまいち聞き慣れない言葉ばかりで理解に窮したが、
楽しそうな神子様の様子に顔は自然と笑顔になっていた。


「へぇ…ちょこれーと?と言うのもどういうものかわかりませんが、
 神子様の世界には不思議なものが沢山あるのですね…。」


首を傾げながらではあるが、興味をしめしてくれるに神子様は意気揚揚と話を続ける。


「『チョコレート』は私の世界の食物でお菓子だよ。
 すごく甘くて美味しくて、疲れがとれるって言われているし…」

「そんなに凄いものなんですか…!」

「そうそう、泰衡さんにあげたらきっと喜ぶと思うよ!」

「はい、泰衡様がお元気になられるのなら喜ばしいことですね!」


すっかり話に夢中になってくれたに、神子様はすっかり得意気だ。
これは上手くいきそうかと思われたが…


「それで、その『ちょこれーと』と言うのはどうやって作るのですか?」

「…………え…?」


の言葉に神子様固まる。


「……神子様?」

(そ、そうだよね;ここに売ってるわけないんだよね…;)


とりあえず『バレンタインデー』が近いため、そのことが念頭第一にあった神子様。
チョコを渡して、と泰衡様が上手くいけば…などと思っていた神子様。

チョコがここにはないということをすっかり忘れていた…。


「あ…えっと…;」

「?どうかなさいました?」


急に表情の固くなった神子様に、は首を傾げたが、
神子様は困惑したような苦笑いするだけだった。


「あの…先輩ちょっと…」


と、そこへやってきたのは天の白虎、有川譲殿。


「譲くん!丁度よかった!」


譲殿を見とめた神子様は我が意を得たりと明るい顔になり、唐突に尋ねた。


「譲くん、チョコレートって作れる?」

「え?どうしたんですか?突然…。」


いきなりすぎて訳のわからない譲殿は当然訝しんだが、
神子様が『バレンタインデー』の話をすると納得してくれ、
それでも残念そうに首を振った。


「さすがにチョコレートはちょっと…。原材料がないから…。」

「そうだよね…」

「すみません、先輩…。」


返事を聞いてがっかりと肩を落とした神子様に、
譲殿は申し訳なさそうに顔を伏せた。


「あ、いいよ!そんな!譲くんのせいじゃないし。ごめんね、無理言って…。」


落ち込む譲殿に神子様は慌てて手を振った。
それでも真面目な譲殿。やっぱり悔しいのだろう、神妙な顔をして考え込んでいると、
クスッと優しい笑い声がした。


「朔様。」


神子様と譲殿が振り返るより先にがその人物に気付いて名を呼んだ。


「「朔…?」」


続いて二人が名を呼ぶと、黒龍の神子、梶原朔殿は楽しそうに口を開いた。


「別にそんなに落ち込まなくても…その『ちょこれーと』は無理でも
 せっかくだからできるお菓子を作ったら良いんじゃないかしら?」


にっこりと、優しい笑顔で言ってくれた朔殿の言葉に、
難しい顔をしていた二人にも笑顔が戻った。


「そうだね!せっかくだし、チョコに拘らなくても良いよね!譲くん、手伝ってくれる?」

「はい、もちろん。」


こうしてバレンタインデーに向けて、お菓子作りが始まった。



***



「随分たくさん作られたんですね。」


完成したお菓子の量を見て、地の朱雀、弁慶さんが感心したように呟いた。


「いえ、せっかくだと思ったら気合い入っちゃって…」


弁慶さんの言葉に神子様は頭をかいて苦笑いした。
さすがに量が多すぎたかもしれないと、自分でも思っていたからだ。


「けど、それだけ神子姫の想いがつまっているんだろう?」


と、そこへ顔を出したのは天の朱雀、ヒノエ殿。
ヒノエ殿は弁慶さんから庇うように神子様に近付き笑顔を見せた。


「心配しなくても花の姫君の手作りなら、俺がちゃんと受け取るよv


日本中の女性を虜にできそうな、それは綺麗な笑顔でそう言ったヒノエ殿に神子様は照れ笑い。
対して弁慶さんからは黒いオーラが出ていた。


「ヒノエ、僕も何も望美さんを責めているつもりはありませんよ?」

「…どうかな?」


静かに火花を散らす二人だったが、神子様以下は二人を無視して話を進めた。


「まあ、足りないよりは良いよね♪」

「そうね、きっとみんな喜ぶわ。」

「ええ。それに皆で食べれば意外とすぐになくなるかもしれませんよ。」

「それじゃあちゃんが泰衡さんに渡す分だけはよけておかないと…。」

「あ、すみません神子様。」


譲殿の言葉に神子様はせっせと準備を進め、は慌てて手伝った。


ちゃんはこれを泰衡さんに渡して告白してねv


綺麗に包装したお菓子を手渡し、神子様はにっこり笑顔でにそう言った。


「こ、告白…?;」


神子様の言葉に驚いて、苦笑いしたのは譲殿。
確かにバレンタインと言えばそうかもしれないが…。


「先輩?;」

「だってせっかくのチャンスだし!」

「はぁ…;でも…;」


そんなこと、周りが口出すことではないのでは…;
喉元まで出かけた台詞を飲み込んだ譲殿の気持ちもスルーして、
神子様は再度に向き直った。


「ね!ちゃん!」


満面の笑顔の神子様には首を傾げた。


「あの…」

「何?」


不思議そうに言葉を返すに、神子様は笑顔のままで答えたが、
次のの言葉に一瞬固まった。


「告白…って、何を告白したら良いんですか?」

「…………え?」


よくわからないの言葉。


「告白って言ったら…告白でしょ?」


神子様もどう言うべきかわからず、同じことを繰り返した。


「……はぁ…?」

「……えっと…;」


半ば困ったような空気が二人の間に流れた。
すると見兼ねた譲殿がに尋ねた。


ちゃんは…告白がどういうことだと思ってるのかな…?」

「え?」


譲殿の言葉に少し考えるように首を捻ったが、は…


「えっと……内緒にしていたことを…正直に話す…?」

「…………」

「………何か…悪いことしたみたいだね…;」


の答えに目が点になる二人。
辛うじて神子様が突っ込んだ。



***



高館から屋敷への帰り道、大事に手の中に持っているお菓子に目をやり、
は神子様の言葉を考えていた。

さっき言われた『告白』について。

の答えに、脱力気味に返した神子様。
の答えは神子様の思うものとは違ったらしい。


「告白って言うのは、大好きだ!って気持ちを伝えることよ!」


神子様は半ばヤケ気味に言い切り、勢いに押されたはお菓子を渡し、
その旨を泰衡様に伝えると約束した。


(……大好き…)


とはいえ、にとってそんなことは今更なことこの上ない。
自分が泰衡様を大好きなのは誰もがわかっていることではないのか?

は首を傾げた。

大好きだから傍にいて、仕えているのだ。
もちろん、それが仕事だと言う人もいるかもしれない。
とて、助けてもらった恩義があるし、行くあてがないと言うのは事実だが…。

それでも泰衡様だから今まで尽くしてこれたのだ。
そして、これからも…。

ずっと変わることはない『大好きな主』への『大好きという気持ち』

そのことに何故か拘る神子様の真意をは理解していなかったが、
神子様の世界にはそれを伝える日があり、
せっかくだから伝えるべきだと言った神子様の言葉にはも納得しかけていた。

いつもお世話になっていて、誰より感謝し、尊敬している。
この世界でが一番大切で、大好きな人。
それは泰衡様で間違いないのだから。


(日頃の感謝も籠めて…泰衡様に……)


屋敷に着く頃には、の気持ちは決まっていた。
せっかくの今日この日に、泰衡様に気持ちを伝えようと…。



***



一方、その頃泰衡様は屋敷にはいなかった。
少し野暮用で出かけていて、仕事は終わったのだが気に障ることがあり、気分は最悪。
屋敷に戻る気にもなれなくて、一人気紛れに人気のない場所を歩いていた。

一人。

今は本当に気分が悪く、誰とも顔を合わせたくなかった泰衡様は銀すらも傍から追い払っていた。
もちろん銀は心配し、共にいることを望んだが、頑なに拒否する泰衡様に仕方なく従った。
自分が一緒にいても、泰衡様の気を晴らせないと…。

一人になった銀は仕方なく先に一人屋敷に戻り、主の帰りを待つことにした。



***



「あ、銀さん。」


帰りを待つならと、今はいない主の部屋へと足を運んだ銀は
部屋の前でと顔を合わせた。


「ああ、さん。どうかなさいましたか?」


待っていたとばかりに声をかけてきた小さな訪問者に、
銀はにっこり笑顔を返した。


「あの…泰衡様は…?」

「泰衡様は…少し、お戻りが遅れるようで…何か御用でしたか?」

「えっと…その……」


笑顔で対応してくれた銀に、は神子様から聞いたバレンタインデーの事を話した。


「なるほど…。神子様の世界にはそのような催しが…。
 誰もが素直に好意をお伝えする事ができる日とは、素晴らしい日ですね。」


普段素直になれない自分の主には何より好ましい日かもしれない。
銀はますます嬉しそうな笑顔をした。


「それで…さんは泰衡様に?」

「はい。…銀さんにもと思ったんですけど…。」

「いえ、私のことはお気になさらず。」


申し訳なさそうに言ったに、銀は慌てて手を振った。


「お気持ちだけでも十分嬉しいです。
 ありがとうございます、さん。貴方にそう言って頂けて光栄です。」


雲ってしまったの表情を晴らすように、銀はあえて明るい笑顔で言った。
もちろん、言葉にも嘘はない。

自分のことも気遣ってくれたの気持ちは何よりも嬉しい。
だが、銀にとっての何よりの幸せは主の幸せ。
が気遣う相手は泰衡様だけの方が望ましいのだ。


「では、さん。どうせですから中でお待ちになってはどうですか?」


銀は泰衡様の部屋の戸を開けを促し、自分も中へ入った。
始めから物が少なく、がらんとした泰衡様の部屋。
今は唯一であり絶対の存在感を持っている主も不在なので何となく寂しくも感じる部屋だ。


「…あの…宜しいのですか?」

「貴方なら構わないでしょう。」


困惑しているを宥め、部屋に残して、銀はその場を後にした。
自分も待っていようと思っていたが、彼女が待ってくれるならその方が泰衡様も喜ぶだろうと。

銀が部屋を出て行ってしばらく、は大人しく座っていたが、
段々と退屈になりひょこと外に顔を出した。

空は赤くなり、もう夕暮れ時のようだ。


「泰衡様…遅いですね…。」


未だ戻らぬ主を想い、は小さく息をついた。
逢えないことの寂しさと、少しの心配もある。


「泰衡様…。」


は寂しそうに主の名を呼ぶと戸口に座り込んだ。



***



もう夜もふけた頃。暗くなった廊下に、
その闇よりも深い漆黒の髪と装束を纏ったこの屋敷の主が歩いていた。

遅くなるとは思っていたが、こんな時間になるとは…。

主、泰衡様は少し自身に呆れ、ため息を吐いた。
しかもこんな時間までふらふらしていたにもかかわらず、混沌とした気持ちは少しも晴れていない。


「…………」


泰衡様は邪魔な前髪を掻き上げると盛大にため息をついた。
と、その時、自分の部屋の前に白いものがいるのが目に入った。
夜でも…否、夜だからこそ余計に目立つそれは間違いなく…。


!?」


もう辺りも暗くなっり、就寝時刻も回っていると言うのに一体何故…!
泰衡様は慌ててに駆け寄った。


!」


声をかけ、肩を掴むとが顔を上げた。


「う…ん…。やす…ひら…様?」


虚ろな瞳で自分を見上げるに思わずドキリとしたが、
よく見るとは半分眠っている…。

いくらが雪の精霊とはいえ、こんな時期にのこんな時間、
おまけにこんな格好で外で眠りこけてなどいては風邪をひくのではないか…。

心配しつつもあまりの呑気さに呆れていると、はコテッと泰衡様に寄り掛かってきた。
本気で熟睡している。さっき微かに気付いたのかと思ったが…。

仕方なく…泰衡様はを自分の部屋へ入れると布団をひいて寝かせた。
自分の部屋に連れ込むのはいろいろと問題があるとは思ったが、
あのまま放っておくわけにもいかず、友人二人と同室のをこんな時間に送ることもできないからだ。

を寝かせると泰衡様は包みを手に机に向かった。
を抱き上げた時、の手元から落ちた包み。手紙が添えてある。
おそらくはこれを自分に渡すために待っていたのだろうと泰衡様は解釈し、包みと手紙を開けた。


「まったく…別にわざわざ待たずとも明日にすれば良いものを…。」


ぶつぶつと文句を言いながら手を動かす泰衡様。
だが、やはり嬉しいのだろう、口の端が笑っていた。

が、開いた中身を見て泰衡様は真っ赤になって顔を抑えた。


「………っ///


開いた包みの中身はお菓子。そして手紙には…。


『大好きな泰衡様へ 


と一言。

後ろで呑気に眠っている送り主にちらっと視線を投げると、
泰衡様は盛大に思いため息をついた。


長い夜になりそうだ…と。




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2008.02.15