-シンデレラ-




昔々、あるところに「シンデレラ」


「俺はそんな変な名ではないぞ。」


……泰衡様、という青年がいました。

泰衡様には3人の兄弟がいて、みんな悪い人ではないのですが、
自由奔放でマイペースな兄弟たちのため、
口は悪くともお人よしで真面目な泰衡様は大変苦労していました。


「口が悪いは余計だ……。」


ガチャン!


「!」

「あ…悪いな…。」


物音がして、シ…泰衡様が振り向くと棚の花瓶が割れていました。
2番目のお兄さん、知盛さんが寝ぼけて倒してしまったようです。
知盛さんは一応謝りましたが、そのまま立ち去ろうとしました。


「お、おい!片付けないか!」

「……めんどうだ…お前に任せる。」


知盛さんはあくびをしながらそのまま行ってしまいました。


「……くそっ、何故俺が…。」


泰衡様はぶつぶつ文句を言いながらも知盛さんが壊した花瓶を片付けました。
泰衡様が後片付けを終えると、玄関が開いて、誰か帰って来ました。
泰衡様が見に行くと帰ってきたのは、たくさんの荷物を持った、
3兄弟末っ子の重衡さん、兼、銀でした(?)


「銀か?」

「あ、只今帰りました。泰衡様。」

「……何だ、その荷物は…。」

「何故か街で御婦人に頂きました。」

「……またか;」


大量の荷物を床に置いた銀を見ながら、泰衡様はため息をつきました。
銀は3兄弟(+泰衡様)の中では、人当たりがよく、特に女性に優しいので、
街の女性に大人気で、よく贈り物を貰っていました。
そして、その贈り物の量がかなりすごいので、銀の部屋はごった返しでした。


「お前の部屋だけではない!蔵も倉庫もいっぱいだぞ!何でもかんでも貰って来るな!!銀!!」

「申し訳ありません、泰衡様…けれど折角のご厚意を無下にできませんので…。」

「大体、その整理は誰がやってると思ってるんだ!!」

「申し訳ありません、泰衡様。」


そうなんです。
実は泰衡様が怒っているのは倉庫や蔵が荷物でいっぱいだからだけではありません。
銀の贈り物をいつも泰衡様が片付けているからなのです。

最初は銀が自分でやっていたのですが、銀が片付けると、
泰衡様が戸を開けた時、必ずなだれが起こるので、(実はわざとだったりしますが…。)
しびれを切らした泰衡様が自分がやると言い張ったのです。

泰衡様は、またぶつぶつと文句を言いつつ銀の持ち帰ったものを片付けました。



***



「おい、帰ったぜ〜。」


やっと片づけが終わったころ、1番上の重盛兄上、兼、将臣君が帰ってきました。
将臣君は買ってきた食材をドンと台所に置くと、


「これで何か作って食ってくれ、俺はもう食ってきたから。
 悪いな、俺は疲れたから先に風呂に入って寝るわ。」


それだけ言うと、さっさと行ってしまいました。


「な!おい待て!一体誰が…」

「…無責任な兄上だ」

「そろそろ夕食ですか?」


泰衡様は、将臣君を引きとめようとしましたが、
入れ違いに知盛さんと銀が入ってきて、将臣君は行ってしまいました。


「………」


台所に知盛さん、銀と取り残されてしまった泰衡様。
この中で夕食の用意ができそうなのは…

知盛さんは、なんだか危なすぎますし、
銀は一見平気そうですが、知盛さんとは違う意味で何故か不安です。

(自分しかいない…!;)

泰衡様は、諦めた様に夕食の用意をし始めました。


……とまあ、こんな感じで泰衡様は大変な毎日を送っていました。

そんなある日のこと……。



***



「兄上、泰衡様。」

「どうした?重衡?」


街から帰った重衡さん、兼、銀が何やら紙をみんなに見せました。


「……何だ?それは…。」

「街で配っていたんです。」

「へ〜?何々?
 『王女16歳の誕生日につき、婚約者選抜の宴を催す。独身男性は奮って参加されたし。』
 運動会のパンフレットみたいだな…;こんなのでいいのか?;」

「王女様の婚約者ですか…。」

「クッ……では、これに選ばれればこの国は俺のものと言う訳だ…。」

「……兄上は何か王になってなさりたいことでも?」

「…戦だ。」

「却下だ。お前は絶対選ばれん。」

「ククク…連れない兄上だ…。」

「まあなんだ、婚約はともかく面白そうだな。飯もあるだろう。」

「貧乏性だな。」

「うるせーよ。」

「王女様も気になりますけどね…今まで人前には
 姿をお見せにならなかったはずですが…。」

「噂では……雪のように純粋で美しい姫君らしいが…?」

「…それじゃ、『シンデレラ』じゃなくて『白雪姫』だな…;」

「「「は?」」」

「いや…何でも…。とにかく、参加するだけ、参加するか。」

「クッ、まあ…俺も…暇つぶしに付き合うかな…。」

「雪と形容される程の美しい姫君にお会いするのが楽しみですね。」


平家3兄弟が口々にそう言った中…。


「俺は行かんぞ。」


泰衡様はきっぱりと言いました。


「なんでだよ?」

「せっかくですから泰衡様も行かれた方が…。」


将臣君、銀は同行を勧めましたが、泰衡様はプイっと背を向け、


「くだらん。俺はそんなことに興味はない。」


そう言って、自分の部屋に戻っていってしまいました。
銀はちょっぴり残念そうな顔をし、将臣君も少し考えていましたが、


「まあ、無理やり連れて行くこともないか。」


と、いうことで、その夜。
泰衡様を残して、平家三兄弟はお城へと出かけていきました。



***



さて、一人家に残った泰衡様ですが。
いつも3人に振り回され、大変な思いをしているので、
一人の時間を満喫し、ゆっくり体を休めていました。

パラパラと書物をめくっていた泰衡様がウトウトし出した時…。


チャッチャララ〜ン♪


間抜けな音楽と、まばゆい光と共に突然目の前に女性が現れました。


「間抜けな音楽とは失礼な…!」

「……な、なんだ…お前;」


突然のことに驚きながらも泰衡様が声をかけると、
女性はにっこり微笑みました。


「私は通りすがりの魔法使いです♪
 一人寂しく残されたシンデレラを助けに来ました!」


上機嫌で魔法使いはそう言いましたが、泰衡様は、


「そんな奴はこの家にはいない。」


と言い、また書物に目を落としました。
冷たくあしらわれた魔法使いでしたが、めげずに話しかけました。


「泰衡さんのことですよ。」

「俺はそんな名ではない。」

「…じゃあ……ツンデレラ…?」

「なんのことだ…。」

「いえ、なんでも。
 とにかく、泰衡さんがお城に行けるように手伝ってあげましょう!」


魔法使いは眩しいばかりの笑顔でそう言いましたが、
反対に泰衡様は露骨に嫌な顔をしました。


「結構だ。ここにいるのは俺の意思だ。助けなど必要ない。」

「またまた♪強がっちゃって

「さっさと帰れ。」


完全拒否体勢の泰衡様でしたが、魔法使いは構わず呪文を唱えました。


「めぐれ天の声、ひびけ地の声、
 哀れなシンデレラに素敵なドレスを!」


キラリ〜ン☆


魔法使いが呪文を唱えると、泰衡様の服が……煌びやかなドレスに…


「貴様!!何のつもりだ!!何だこの服は!!!!」

「お、落ち着いてください。じょ、冗談ですよ。」


マジ切れの泰衡様に、さすがの魔法使いも少したじろぎました。


「せっかくシンデレラなのでちょっとやってみたかっただけです。」

「ふざけるな!さっさと戻せ!」

「わかってますよ、今度はちゃんとやります。えい!」


魔法使いがもう一度呪文を唱えると、ドレスは、
黒い衣装に下がり藤のマントの正装になりました。


「これでどうですか!」

「…悪くないな。………ではない!俺は行く気はないと言ったはずだが…。」

「せっかくなんだから行きましょうよ。
 可愛いお姫様もいるんですよ?」

「そんなものに興味もない。」


必死に説得する魔法使いを無下に断る泰衡様。
それでも魔法使いはめげません。


「さあ!いよいよメインディッシュ!
 かぼちゃの馬車を!泰衡さん!かぼちゃを!!」

「ないぞ。」

「え!?朝あったじゃないですか!」

「……(何故知っている?)昼食に食べた。」

「何食べてんですか!」

「食べると言い出したのは俺ではない。」

「うう…;」

「残念だったな。ならいい加減諦めてさっさと…」

「しょうがないですね、かぼちゃの馬車は諦めて、次の手で行きましょう。」

(まだあるのか…;)

「Come on!金!」

「ワン!」

「金?」


魔法使いが名を呼ぶと、やって来たのは泰衡様の愛犬、金。


「一体何のつもり…。」

「めぐれ天の声、ひびけ地の声、金よ!大きくなれ!」

キラリ〜ン☆



泰衡様が、口を挟む間もなく魔法使いが呪文を唱えると、
文字通り、金が『大きく』なりました。


「さあ!これでお城に行って下さい!」


「馬鹿かーー!貴様ーー!」


「え?何です?」


「こんな馬鹿でかい犬がいたら大騒ぎになるだろう!!!」



『大きく』なっただけの金。
馬車でもなんでもない『大きい犬』。
泰衡様の意見は最もです。

が、魔法使いは全く気にしていないのか、
相変わらずの笑顔で答えました。


「かぼちゃもないですし、乗れれば何でもいいでしょう。
 お城までは遠くて、歩いては行けませんから…」

「だから、行く必要はないと…」

「さあ!金!泰衡さんを乗せてお城まで行って!」

「ワン!」


「ちょっと待てーーーーーーーー!!!」


「いってらっしゃ〜い♪」


泰衡様の意見はあっさり無視され、シンデレラこと泰衡様は、
満足そうな魔法使いに見送られ、お城へと向かいました。



***



その頃、お城ではパーティーの真っ最中でしたが、
何故か王女様の姿は見当たりませんでした。


「婚約パーティーと銘打っておいて、主賓が留守とはな…。」

「まあ、こんなんで決められるのも気の毒だけどな。」

「最初挨拶には見えられたようですが、その後から見当らないそうですよ。」


お城に来ていた、平家三兄弟は、王女の不在を多少は気に留めながらも
それぞれパーティーを満喫していました。



***



「……くっ、あの魔法使いめ…;」


それからしばらくして、泰衡様がお城に到着しました。
爆走した金に乗ってきたため、少し気分が悪い様子です。
ブツブツと魔法使いに文句を言いながら、フラフラと歩いていました。

もともとパーティーに参加する意思はなかった泰衡様。
すぐに帰りたかったのですが、これ以上金に乗っているのは
しんどかったので、一先ず休憩することにしました。

金は門の端の方でおとなしく待つように言い聞かせ、
見つからないように、一応隠しておきました。

泰衡様は犬酔い(?)を醒ます為にパーティーの最中なら
人もいないであろうと思い、庭の方へと歩いていきました。


「あ…!」


と、その時。頭上で小さな声がして、
泰衡様が顔を上げると、白い人影が落ちてきました。


「!?」


慌てた泰衡様は、咄嗟に受け止めようとはしましたが、
何せ突然のことで、受けきれず二人ともその場に倒れてしまいました。


「……っ;」

「す、すみません!お怪我はありませんか!?」


受け切れなかったとはいえ、一応庇った泰衡様は下敷きになってしまい、
頭を抑えながら起き上がりました。
落ちてきた人物は怪我はないようで、慌てて泰衡様に謝りました。

元々気分の悪い時に重なって起きた災難に、泰衡様は一層不機嫌な顔をしましたが、
深々と頭を下げて、必死に謝っている人物の様子に少し気持ちも治まりました。


「馬鹿か、お前…。」

「すみません…。」


落っこちてきたのは、白いドレスを着た少女でした。
俯いているので顔はわかりません。
泰衡様が呆れたように大きなため息をついた時…。


王女〜。」

ちゃんどこ〜?」


誰か探しているような声が聞こえました。


(……王女?)


どうやらお城の従者が王女様を探しているようです。
と、その声を聞いて、目の前の少女がビクリと反応し、オロオロと狼狽えました。


(……まさか…。)


半信半疑ではありましたが、明らかに困った様子の少女を放っておけず、
泰衡様は少女の手を取ると、庭の端の植木の中に隠れました。


「あ、あの…?」

「見付かりたくないのなら、黙っていろ。」

「は、はい。」


驚いていた少女でしたが、泰衡様がそう言うと
ぐっと口を押さえて俯きました。


(…………)


そんな少女の様子に、泰衡様はふっと笑うと、
そっと少女を抱きしめて、マントの中に隠しました。



***



「「…………」」


しばらく黙って隠れていると、足音も話し声も聞こえなくなりました。
どうやら、王女様を探していた人たちは行ってしまったようです。

それでも一応辺りを確認し、大丈夫だとわかると、
泰衡様はそっと少女を放しました。


「あ、あの…ありがとうございました…。」


泰衡様が手を放すと、少女は頭を下げてお礼を言い、顔を上げました。


「………っ///


今までずっと俯いていた少女が、突然顔を上げたので、
泰衡様は少し驚いて後ずさりました。

なんせ今までちゃんと顔を合わせていなかったので、
少女の顔を見たのは今が初めてです。

その上、匿って抱きしめていた為に顔が近く、
少女の大きな瞳が真っ直ぐ自分を見つめていて、泰衡様は怯みました。
少女の瞳があまりにも美しく、吸い込まれそうで…。


「あの……?」


驚いて呆けていた泰衡様は、少女の声に我に返りました。
慌てて平静を装い、立ち上がり、少女も立たせました。


「ありがとうございました。」


少女はもう一度お礼を言うとにっこり微笑みました。
必死に動揺を抑えようとしているのに、可愛らしい笑顔を向けられて、
泰衡様はもう真っ赤です。


「別に、助けたわけじゃない。
 見付かって騒がれるのが迷惑だっただけだ……。」


ふいっとそっぽを向いて、憎まれ口を叩くので精一杯でした。
それでも笑顔を絶やさず、にこにこしている少女に泰衡様は
困ってしまいましたが、不思議と嫌な気にはなりませんでした。

なんとか落ち着いてきた泰衡様は、改めて少女を見ました。

王女、と呼ばれていたことにまさかと思いましたが、
知盛さんや銀が言っていた事を思い出しました。

「雪のように純粋で美しい姫君」

目の前の少女は、まさにそう呼ぶに相応しい存在です。
純白のドレスを身にまとい、雪のように真っ白な髪と白い肌。
そして氷のように澄んだ瞳をしています。
間近で見て、思わず見惚れてしまったのも仕方がないと思うほどです。


「……お前が王女なのか?名はなんと言う?」

「あ、……はい。……と言います。」


大分、いつもの調子に戻ってきた泰衡様は、王女様にそう尋ねました。
自分の国の王女様の名前も知らないとは失礼極まりありません。


「……うるさいぞ。」

「え…;」

「いや;……こちらの話だ…;ところで…。」

「はい?」

「お前が、本当に王女だと言うのならこんな所にいていいのか?
 今日の宴はお前のためにもようされたものだろう…。」


泰衡様がそう言うと、王女様は申し訳なさそうな顔になりました。


「……すみません。」

「俺に謝る必要はない。」

「あ、はい…;」

「何故こんな所にいるんだ?」


もう一度尋ねた泰衡様に、王女様はぽつりぽつりと話しました。


「あ…あの、この後は今日来られた方何人かとダンスをしなければいけないのですが…
 私あまり自信がなくて…。それに、知らない方と踊るのも怖くて…;;」


ポソポソと段々消えそうな声で話す王女様。
不安そうな顔が見るに耐えられなくなり、泰衡様はそっと王女様の手を取りました。


「?」

「一国を治めるものがそんなことでどうする気だ…。もっと堂々としていろ。」

「…はい、…ありがとうございます。」


泰衡様の言葉に一瞬驚いた顔をした王女様でしたが、
安心したように、嬉しそうに笑いました。

王女様の笑顔を見て、泰衡様もふっと笑うと、
思わず取ってしまった手に焦りましたが、意を決したように言いました。


「……その、…何だ…;;もし、お前が構わないなら…」

「?はい?」

「俺が……;;」

「??」

「踊ってやってもいいが?」

「え…。」

「………///


泰衡様の突然の申し出に王女様は驚いて目を丸くしましたが、
真っ赤になりながらも一生懸命言ってくれた泰衡様に、
なんだか嬉しくなって、王女様は泰衡様の手を握り返しました。


「……お願いします///


赤くなって照れたように笑う王女様に、
泰衡様も照れ笑いを浮かべると二人は月明かりの下、
風と虫の音色に後押しされて静かに踊り始めました。



***



「……十分披露できる腕だと思うが…。」

「…本当ですか?」

「…ああ。」


自信がないと言っていた王女様でしたが、
踊ってみた泰衡様は流石王女と言うべきか、
十分優れた実力の王女様にそう、賞賛の言葉を述べました。
泰衡様に褒められて、王女様は嬉しそうに笑いました。


「ありがとうございます。…でも、」

「ん?」

「一緒に踊ったのが貴方だから…、だから上手くできたんです…きっと。」

「……///

「ありがとうございました、楽しかったです。」

「…俺の…方こそ…///


王女様の言葉にすっかり照れている泰衡様でしたが、
素直な王女様につられたのか、ボソリとそんなことを言いました。


「あ。」

「ど、どうかしたのか?」


その時、王女様が何かを思い出したように声を上げました。
王女様は驚いている泰衡様を見返すと、


「あの…そういえば、お名前を…。
 貴方のお名前を聞いていませんでしたね…聞いても宜しいですか?」


と言いました。


(あ…)


そういえば、そうです。王女様の名前は聞きましたが、
泰衡様は名乗っていません。


「俺は……。」


泰衡様が答えようとした時…。



「ワン!!」


「わぁ!!何だ!このでかい生き物は!?」


門の方で騒がしい声がしました。


「金…!?」


どうやらお城の人に金が見付かってしまったようです。
泰衡様は慌てて門の所へ駆けていきました。


「あ…。」

「…っ」


引き止めるように聞こえた王女様の声。
後ろ髪引かれる思いでしたが、泰衡様は振り向かず、
金の所へ急ぎました。



***



泰衡様が去っていた後、一人残されてしまった王女様。
名前も聞けなかったことにがっかりしましたが、
慌てていた泰衡様を引き止めることはできなかったのです。

王女様は泰衡様が去って行った先を哀しそうに眺めていましたが、
ふと何かが目に留まり、木の傍へ歩み寄りました。


「これは…。」


木の枝に、金色の下がり藤の描かれた黒い布の切れ端がひかかっていました。
もちろん、泰衡様のものです。
急いでいたので引っかかって、破けてしまったのでしょう。

王女様はその布を取ると、そっと握り締めました。
名前も聞かずに別れてしまった泰衡様に再び出会えることを祈りながら…。



***



なんとか、騒ぎになる前に金を助け出し、泰衡様は家に帰ることができました。
家に帰ると金は元の大きさに戻り、泰衡様の服も元に戻りました。
……あの下がり藤のマントを除いて。

最後の最後でまた騒ぎに巻き込まれ、超マッハの金に乗ってきた泰衡様。
また具合が悪くなり、ぐったりとベットに倒れこみました。

こんなことに巻き込んだ魔法使いを罵りつつも、
お城で出会った王女様のことを思い出すと、
満更でもない…という思いも微かに。

王女様への好意を意識してしまった、泰衡様は真っ赤になり、
思いを振り払うように激しく首を振ると、目を閉じそのまま眠りにつきました。



***



翌朝。


「まったく…昨日はどうしようかと思ったわ;」

「す、すみませんでした。」

「まあ、こうして無事だったしいいじゃないか朔。」

「まあ…婚約が嫌なのはわかりますけどね…。」


昨日のことを怒られてしまった王女様でしたが、
何だかんだ言っても王女様に弱い従者達。

世話係を兼ねている朔殿も、いろいろ言いましたが、
最後には苦笑いでそんなことを言いました。


「でも、婚約相手は決めなきゃね〜。
 こんなに恋文や贈り物が来ているんだよ…;」


困った様子で、沢山の荷物を差し出したのは朔殿の兄上で、景時殿。
後半はいなかったものの、最初に挨拶をしているので、
王女様への求婚の手紙は後を絶たなかったようです。

その文や贈り物を見て、王女様も苦笑いしました。


「……でも、やっぱり無理やりの婚約とかは不本意ね…。」

「それは俺だって、ちゃんに無理やり婚約なんてさせたくないけどさ〜。」

「ねえ、ちゃん?昨日の宴で気になる人はいなかったの?」

「え…」

「もし少しでも気になる人がいたら遠慮なく言ってね。」

「そうだね。俺たちは王女様の…ちゃんの幸せを願っているからね。」


優しく言ってくれた朔殿と景時殿。
二人の心遣いが嬉しく、王女様は笑顔を返し、そして思い切ったように口を開きました。


「あの…実は…。」

「え!?いるの?」

「は、はい……///


尋ねたもののまさかと思っていた景時さんは思わず大声を上げました。
王女様は照れて真っ赤になりながらもおずおずと何かを二人の前に差し出しました。


「あら?何、その布?」


王女様が差し出したのは黒い布。
そう、あの泰衡様が着ていた下がり藤の服の切れ端でした。


「昨日その方が着ていた服なんですけど…、
 慌てて帰られたので…これが庭の木に引っかかっていたんです。」

「……こんな黒い衣装を着ていた人いたかな?」


景時さんは王女様から布を受け取り、
まじまじと眺めましたが首を傾げました。


「名前とかはわからないの?」

「……はい。」


朔殿も折角王女様自ら好意を持った相手がいるというのなら、
是非とも、その相手を見つけてあげたいと思いましたが、
この黒い衣装に見覚えはありません。

実際、泰衡様はパーティーには参加していなかったわけですから、
当然と言えば当然ですが…なので泰衡様のことを知っているのは王女様のみ。

しかし、王女様も会話を交わし、共に踊ったりもしたしにもかかわらず、
泰衡様の素性についてはまったくわかりません。
名前も結局名乗る前に泰衡様は帰ってしまったのです。


「手がかりはこの布の切れ端だけか…。」


すっかり困ったようにため息をついた戦奉行、景時殿。
と、そこへ軍師の武蔵坊弁慶殿がやってきました。


「おや、どうしたんですか?」


景時殿と朔殿は弁慶殿に事情を話しました。


「なるほど…。では、手がかりはそれだけなんですね?」

「ええ…。」

「すみません、私がもう少しちゃんと…。
 せめてお名前ぐらいは聞いておくべきでしたね…。」


しゅんと落ち込む王女様に、弁慶殿はにっこりと
爽やかな笑顔を向けると、


「貴方が気にすることはありませんよ。
 王女様相手に名を名乗らないなんて、相手が失礼なだけですから。」


と、言いました。何か冷たい風が流れた気はしましたが…、
弁慶殿は気にせず、例の布を手に取ると少し考えて微笑みました。


「……そうですね。不本意ですが…可愛い王女様の為です。
 その相手、探してみましょう。僕にいい考えがあります。」



***



「兄上!泰衡様!」


今日も平和な平家三兄弟と泰衡様の家。
ゴロゴロしている兄上二人と何故か台所で食器を片付けている泰衡様。

さっきまでは知盛さんが片づけてくれていたのですが、
あまりに食器を割りすぎるので、痺れを切らした泰衡様がまた変わりにやっているのでした。


「おお、どした?銀?」


将臣君こと重盛兄上が振り返ると、
銀はまた何やら紙を持っていて、


「王女様の結婚相手が決定したそうですよ。」


と、言いました。


ガシャン!!


銀の言葉が終わるのとほぼ同時に台所で食器の割れる音が。


「?泰衡様?如何致しましたか?」

「なんでもない!!」


驚いた銀が声をかけましたが、何故か泰衡様は不機嫌に返事をしました。
将臣君も不思議に思いましたが、銀に向き直ると話を続けました。


「へ〜、決まったのか。で、どんな奴なんだ?」

「いえ、決まったようなのですが、誰かわらないそうです。」

「なんだよそれ?」


将臣君が尋ねると、銀は手にしていた紙を差し出しました。


「ん?何々?

 『宴の日「黒い下がり藤の衣装」を着用されたし者に告ぐ。
  破損した衣服の一部を王女様がお持ちなので、
  それと一致する衣服を持参した者を婚約者とす。
  広場にて選定を行うので参上されたし。』

 ……どういうことだよ?」


紙に書かれた文面を読み上げ、将臣君は首を傾げました。


「一応候補者はいらっしゃるようですが…正確に何方なのかわからないようですね。」

「なんだよ・・・それ;」


銀が苦笑いで返事し、将臣君は呆れたように呟きました。
その時、片付け終えたのか泰衡様が部屋にやってきましたが、
なんだか様子が変です。


「泰衡様?どうしました?」

「今の話は……本当なのか?」

「はい?」


何故か難しい表情をしている泰衡様。
将臣君も銀も不思議そうに顔を見合わせましたが、


「クッ、あんたの懸念はこいつだろう?」


いつの間に移動していたのか、知盛さんが部屋の入り口にいて、
その手には……。


「あ、そいつは…。」

「っ!!」


文面で指摘されていた『下がり藤の黒い衣装』が…。


「どうしたんだ?それ?」

「部屋にあった…。」

「泰衡のか?」

「ああ…。」

「では、ここに書かれているのは泰衡様のことですか?」

「………;」

「なんだ、結局行ってたのか?」

「い、行くわけないだろう…;」

「ではあの衣装は?」

「たまたま部屋にあっただけのもの…一致するわけないだろう…;」


まだパニック状態の泰衡様。
ひたすら否定しましたが…楽しそうに様子を眺めていた知盛さんが
とんでもないことを言い出しました。


「お前が否定するなら…俺がこれを持って行っても構わないな。」

「……何?」

「王になれば戦いに不自由しまい…、
 ついでにあの姫も頂いて…退屈しのぎにはなりそうだ…。」

「!!」

「クックッ…幸いこの衣装も一部綻びがある…偶然の一致を祈るぜ…?」

「!??」


驚いて固まっている泰衡様を尻目に、
知盛さんは楽しそうに笑いながら家を出て行ってしまいました。


「「「……………」」」

「お、おい!あのままでいいのかよ!」


突然のことで固まっていた三人でしたが、
最初に我に返ったのは将臣君でした。


「アイツが王になったりしたら大変だぞ!」

「…;;」

「それに、王女様も…泰衡様本当によろしいのですか?」

「……」


銀の言葉に王女様のことを思い出した泰衡様。
名前を名乗ることもできなくて、心残りのあるまま別れてしまった王女様。
去り際に見た、あの哀しそうな表情が頭を過ぎりました。
そして、あの可愛らしい笑顔も…。


「…っ!くそっ!」


泰衡様は悔しそうにそう言うと、家を飛び出し
慌てて知盛さんの後を追っていきました。


「やれやれ…。」

「がんばって下さい、泰衡様…。」



***



その頃広場では、おふれ通り布を持ち寄った人を選定していました。


「すごい人数だよね…;」

「ええ、まあ。こうなるとは思っていましたが、
 流石に破れた服が偶然一致するなどありえませんから、
 まあ、悪くはない方法だと思いましてね。」


選定を取り仕切っている景時殿、弁慶殿の二人は一先ず、
王女の横で控えて、報告を待っています。


「すみません…なんだか大変なことになってしまって…;」


ひたすら恐縮している王女様でしたが、
泰衡様に会えるかもしれないと言う期待で胸はいっぱいで、
そんな王女様の様子を景時殿も弁慶殿も微笑ましく思っていました。


「弁慶様、景時様!」


すると、突然慌てた様子の従者がやってきました。


「どうしました?」

「一致する衣装を持参したものがいました!」

「「!!」」

「では、その者をこちらに。」

「はっ。」


驚いて顔を見合わせた王女様と景時殿でしたが、
弁慶殿は冷静に指示を出し、いよいよ対面することになりました。


「こちらです…。」

(え…?)

「クッ…どうした?雪の姫君?」


やってきた人物を見て、王女様は目を丸くしました。
それもそのはず、当然泰衡様ではありません。


「……」


落胆している王女様の雰囲気に気付いた、
弁慶殿、景時殿は顔を見合わせ、口を開きました。


『…違うんだね?』


景時殿の問いに、王女様は小さく頷くと、
今度は弁慶殿が知盛さんに尋ねました。


「貴方、本当にあの衣装の持ち主ですか?」

「疑うのか?」

「王女様が貴方ではないと仰っていますからね…。」

「クッ、それは残念だな。
 …だが、お触れでは『一致する衣服を持参した者を婚約者とす。』
 とのことではなかったのか?」

「それは……」

「それに…確かにこの衣装は俺のものではないが…、
 持ち主が必要ないと言ったので、俺が貰っただけだ…。」

「それじゃあ、やっぱり違う方なのですね。」

「ああ、だがお触れの通りにはしたはず…今更ダメと言うことはないだろう?」


知盛さんはふふんと勝ち誇ったように弁慶殿を、
そして、王女様を見ました。

王女様は、そんな知盛さんの言葉に少し怯みましたがそれよりも…。
知盛さんが最初に言った言葉…。

『持ち主が必要ないと言った』

という言葉に酷くショックを受けました。
泰衡様は自分には会いたくないんだ……と。
しゅんとすっかり落ち込んでしまった雰囲気の王女様に、弁慶殿も景時殿も
焦りましたが、王女様は立ち上がると知盛さんの側へ歩み寄りました。


「…何か?雪の姫君?」


側へ来た王女様を楽しそうに眺めて知盛さんが声をかけると、
王女様はゆっくり顔を上げ、真っ直ぐ知盛さんを見ました。


「お触れに偽りはありません…貴方が構わないと仰るのなら……」


そして、そう言うとすっと頭を下げました。
王女様の行動を楽しそうに眺めていた知盛さんは、


「クッ……もちろん、喜んで…。」


そう返事をし、王女様に手を伸ばしました。
その時……。


「ま、待て!!!」


必死の声が止めに入り、みんな驚いて声の方を見ました。
息も絶え絶えに叫んだのは…もちろん泰衡様でした。


「あ…貴方は…」

「……お前…。」

「これは泰衡…何か?」

「……知盛…。」


突然現れた泰衡様に、みんな驚きましたが王女様の反応に、
泰衡様があの衣装の本来の持ち主であることを弁慶殿も景時殿も気づきました。
止めには入ったものの、何と言っていいものか泰衡様は
言葉につまりましたが、一呼吸置くと覚悟を決めたように口を開きました。


「…それは…俺の物だ。返してもらう…。」

「いらんと言っただろう?」

「……返せ。」


泰衡様も必死でしたが、怯むことない知盛さんに
二人は沈黙してにらみ合っていました。

埒のあかない二人のやり取りに景時殿も弁慶殿も、口出ししてよいものか
思案していると…思いがけず口を開いたのは王女様でした。


「あ、あの……や、泰衡様…?」

「……お前…。」

「あ、あの…あの時は…いろいろとご無礼を…お許し下さい。」


王女様は泰衡様に歩み寄るとそう言って頭を下げました。
王女様の言葉に泰衡様は驚きましたが、ふと表情を曇らせると、


「俺こそ…すまない…名も名乗らずに…。」


と言って、謝りました。
王女様は首を振り、苦しそうな顔をした泰衡様の手をそっと取ると、
まっすぐ泰衡様を見つめました。


「?」

「…………」


王女様の行動を不思議に思った泰衡様が顔を見つめ返すと、
王女様は真っ赤になりましたが意を決したように言いました。


「お慕いしています…泰衡様……///

「……!!」

「あ、あの時……初めてお会いした時から…///私…///


段々と小さくなっていく声でしたが、
最初の一言は泰衡様にしっかり届いていました。
真っ赤になりながらも、一生懸命言葉を続ける王女様が
たまらなく愛しくなり、泰衡様は王女様を思いっきり抱きしめました。


「俺も……お前が…好きだ……!」


たまらず口にした言葉。
泰衡様の返事を聞いて、王女様は驚いたように目を見開きましたが、
嬉しそうに笑って言いました。


「私もです……ありがとうございます……泰衡様…!」


***


すっかり二人だけの世界のような場の雰囲気に、
困った戦奉行景時殿が苦笑いした時…。


「コホン!」


軍師弁慶殿が咳払いをしました。


「公衆の面前で何をしているんでしょうね?」


にっこりと凍りつくような笑顔でそう言った弁慶殿の言葉に、
泰衡様は慌てて王女様から離れました。


「………///;;」

「あの……弁慶様…///

「わかっていますよ。王女様。」


弁慶殿は真っ赤になっている王女様に優しい笑顔を見せると、
泰衡様に向き直り、


「不本意ですけどね、可愛い王女様の願いです。貴方を相手に認めましょう。」


そう言って下がり藤の肩掛けを泰衡様に返しました。


「よかったね、ちゃん!」

「はい!」


景時殿も王女様に笑いかけ、全てが丸く収まったと思われた時…。


「俺は不可…という訳か…。」


と、低い声が呟きました。
皆の後ろで成り行きを眺めていた知盛さんでした。
王女様は知盛さんの側へ行くとペコリと深く頭を下げました。


「知…盛様?」

「ああ…。」

「申し訳ありません…私は…!」


王女様が申し訳なさそうにそう言うと、
知盛さんはぐっと王女様を抱き寄せました。


「!!」

「…みなまで言うな…仕方ない。今回は…諦めるとしよう…。
 他を思っている女を無理やり手に入れる趣味はない…。」

「すみません…。」

「それに…お前のような平和ボケした姫君では…退屈しそうだ…。」

「…すみません;」

「ただ……」


知盛さんはそこまで言うと、少し王女様から体を離し
じっと王女様を見つめました。


「?」

「お前に興味を持ったのは…嘘ではない…。
 このまま帰るのもしゃくだ…このぐらいは……許されるだろう?」


知盛さんはそう言って王女様の額に口付けました。


「!!」

「!?知盛!!貴様……!!」


知盛さんの行動にブチ切れた泰衡様は弁慶殿と景時殿が
必死に押さえ込み、知盛さんはその隙に帰って行きました。


「じゃあな…雪の姫君。泰衡……せいぜい俺に…感謝しろよ?…クククッ」


こうして王女様と泰衡様は結婚することになりました。
まだまだいろいろありそうですが…。

にぎやかな面々と、これからも二人は幸せに暮らして行くことでしょう。


めでたし。めでたし。



***



キャスト

シンデレラ・・・泰衡様
お兄さん1・・・将臣君
お兄さん2・・・知盛さん
弟・・・銀
魔法使い・・・神子様

王女様・・・
戦奉行・・・景時さん
軍師・・・弁慶さん
女房(?)・・・朔



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2007.05.23