「わ!?大丈夫さん!」

「どうしたの!しっかり!」


何やら表が騒がしく、おまけに気になる名前を耳にして泰衡様は部屋を出た。





-風の贈り物-




「何を騒いでいる。」

「「!!」」


泰衡様が声をかけると、驚いた顔で女性が二人振り向いた。


「や、泰衡様……。」


一人は慌てて立ち上がり頭を下げたが、もう一人は膝をついたまま
ぐったりして気を失っている様子のを抱き起こしていた。


「どうした?」

「あ…その…彼女が少し体調を崩しまして…。」

「日射病だと思うんですけど…。」


二人は心配そうにを見つめた。
なるほど、赤い顔をしていて息も荒くはいかにも苦しそうだ。
さすがに心配になった泰衡様は、


「あとは俺が見る。お前たちは仕事に戻れ。」


と言って、傍へ近寄りを抱き上げた。


「「え!?」」


泰衡様の言葉に女性二人は驚き思わず大声を上げて顔を見合わせた。


「なんだ?」


訝しげな表情で二人を見返した泰衡様に、
女性たちは慌てて、頭を下げその場を立ち去った。


「如何なさいましたか、泰衡様?」


女性たちと入れ替わりにやってきたのは銀だった。


「銀か、薬師を呼べ。」

「畏まりました。」


薬師を呼びに銀がその場を去ると、泰衡様はを抱えたまま自室に戻った。



***



自室に戻った泰衡様は、とりあえず布団を引くとその上にを寝かせた。
さっきよりはマシになっているような気もするが、やはり苦しそうだ。

居合わせた女性は「日射病」と言っていたが、
そういえば前にも銀が、が日射病で倒れたと言っていたが…。
はそんなに暑さに弱いのか…?

確かに今日は少し陽射しが強いかもしれないが、倒れる程でもないだろう。
いつも黒い服装をしている泰衡様にしてみれば、服装だけでもの方が涼しそうだ。
だが、苦しそうにしているの様子からすればただ事ではないのは明らかだ。

泰衡様はそっと手を伸ばすと、前髪を掻き分け熱を測るようにの額に触れた。


(……!)


の肌は冷たかった。
日射病で赤い顔をしているし、苦しそうにしている様子から
熱があるだろうと思っていたのに、の肌は冷たい。
以前に金、銀と供に夕涼みに行った時、川に落ちたは冷たかったが、
あれは川で体が冷えたためかと思っていたが、今も冷たいのはどういうことだ…。

確かに赤くなっている顔は、熱っているように熱いがそれは
あくまで少しで、体温そのものはかなり低いだろう。
泰衡様が不振に思っていると、薬師を連れて銀が戻ってきた。


「お待たせ致しました、泰衡様。」


薬師は泰衡様に一礼し、に目を留めると眉をしかめた。


「またですか。」

「また?」


薬師の言葉に泰衡様も顔をしかめた。


「ええ、先日も少し…。無理をしないよう言っていたのですがね…。」


薬師は荷から薬箱を取り出すと、すっとひとつ薬を取り出した。


「解熱薬ですので、目を覚ましたらこれを飲ませてあげて下さいますか?」


薬師はそう言い、泰衡様に薬を渡すとの容体についていろいろ説明した。
どうやら『また』と言うのは事実らしい。
もう何度目かになるので、今の状態もよくわかっているようだ。


「彼女はどうも体温が普通の人よりもかなり低いようでしてね。
 体温の低い人は少しでも体温が上がると体調を崩してしまいがちで、暑さに弱いのですよ。
 ですから、無理させずつらい時は涼しいところで休ませてあげて下さい。」


薬師はそれだけ言うと、泰衡様と銀に頭を下げ部屋を出て行った。
泰衡様はに視線を戻すと、大きなため息をついた。
そんな泰衡様の様子に、銀はふっと微笑むと机の上にまとめていた資料を手にし、


「こちらは私が御館にお届け致しますので、泰衡様はさんについていてあげて下さい。」


そう言って、泰衡様が返事をするより先に部屋を出て行った。
銀の素早い行動に呆気に取られた泰衡様だが、のことが心配なのは事実。
銀が持っていった書類で仕事は終わっていたのでしばらくについていることにした。

今まだ息の荒い状態の
薬は預かったが目を覚ましたら、と言われた。
とはいえ、起こすのも躊躇われたので仕方なく泰衡様は立ち上がり
窓辺に行くと窓を開けた。日差しは暑いが、窓を開けたことで風が入る。

泰衡様の部屋は風通しも良い場所にある。
部屋に篭って仕事をすることも多いからだ。
窓を開けたことで、部屋の中に風が入り熱も冷めたのかの息が大人しくなった。
風は決して冷たくはない生ぬるい風だがないよりはマシなのだろう。
泰衡様は窓辺にもたれかかったままでじっとを眺めていた。

今自分がしている行為をじっと考えながら……。

『今自分がしている行動』と言うのは。

を部屋で休ませていること。
薬師を呼んでやったこと。
薬を預かっていること。
部屋の窓を開けたこと。
が起きるのを待っていること。

などである。
忙しい身で(今は仕事が済んでいるとはいえ)あるはずなのに、
何故ここまでこの少女のために何かしてるのか…。
自分自身の行動なのに、理解できないでいた。

そもそもどうしてこの女を拾ったかすらよくわかない。
銀の時のように使えると思って引き取ったわけでもない。
追われていたから匿って、助けた。
だが、今思えば別に放っていても何ら問題はなかったはずだ。
自分はそんなくだらない正義感で動くような人間ではないはず…。

もうを引き取って大分経つのにそんなことを考えていた。
本当は彼女に好意を持っていること、薄々は感じている泰衡様だが認めたくないのだろう…。


「ん……。」


微かに聞こえた声、が目を覚ましたのだ。


「……?」


はゆっくり起き上がると不思議そうに部屋を見回している。


「気が付いたか?」


泰衡様が声をかけると弾かれたように振り向いた。


「泰衡様!あ、え、こ、ここは…?」

「……俺の自室だ。」

「えっ!え〜っと…;;」


混乱し、わけがわからない、と言う表情の
泰衡様は大きなため息をついて説明した。


「お前、倒れたんだ。暑さで。」


泰衡様がそう言うと、思い当たったのか慌てだした。


「しかも今回だけではないらしいな?もう何度目だ?薬師が呆れていたぞ。」

「申し訳ありません…。」

「自身の体調管理ぐらいは自分でしろ。」

「すみません…。」


すっかり落ち込んでしまったに、泰衡様は薬師から預かっていた薬を渡した。
は薬を受け取ると、泰衡様にお礼を言って薬を飲み、飲み終えるとそのまま部屋を出ていこうとした。


「待て、どこにいく?」

「え?」


の行動に泰衡様は厳しい表情で声をかけた。


「まさか仕事に戻るつもりではあるまいな。」

「………;」


図星らしい。
困ったような表情が明らかにそれを物語っている。


「今日はもういい、しばらく休んでいろ。」


泰衡様がそう言っても、は複雑な顔のままだ。


「でも……」


口を開きかけたの言葉を遮るように泰衡様は続けていった。


「体調の悪い奴を無理矢理働かせるような、悪い主君か?俺は?」


ふっと皮肉めいた口調でそう言った泰衡様には慌てて首を振った。


「いいえ!いいえ!そんなことありません!!」


ぶんぶんと大げさなぐらい激しく首を振って否定するに泰衡様はふっと笑うと、


「ならおとなしくしていろ。」


と言って腕組みした。
は困ったような顔をしたがちょこんと布団の上に腰を下ろした。


「「…………」」


何となく沈黙が流れる中、が泰衡様を見上げて尋ねた。


「あ、あの…泰衡様…。」

「なんだ?」

「私どうしたらいいんですか?」

「?寝ればいいだろう?」

「はあ…でも、目は覚めましたし…。泰衡様はどうなさるのですか?」

「俺は……」


言われて泰衡様は狼狽えた。
よく考えれば、寝ろと言われても横で自分にじっと見られていたのでは
が寝られるわけがないと言うことに…。


「………;;」

「?泰衡様?」


が不思議そうに見上げる中なんとか平静を保ちつつ泰衡様は口を開いた。


「……寝ているのが暇なら、俺に付き合え。」


それだけ言うと、さっと部屋を出ていった泰衡様をは慌てて追いかけていった。



***



「どこか遠出をされるのですか?」


泰衡様の後を追ってついた場所には馬がつながれていて、は泰衡様に尋ねた。


「どこということはない。少し出かけるだけだ。」


泰衡様はそう言ってを振り返ると馬に乗るように言った。


「え!?」


驚いた声を上げあとずさるに泰衡様は、


「馬に乗るのは初めてか?」


と言うと、は、


「いえ、乗ったことはありますけど…一人では…。」


と不安そうな顔で泰衡様を見上げて言った。


「無論、俺が後ろに乗る。心配はいらん。」


泰衡様はを安心させるように少し語気を緩めて言ったが、
の次の言葉に不機嫌な顔になった。


「あ、あの、銀さんは?」


(……何故ここで銀が出てくる…!)


明らかに不機嫌とわかる泰衡様の表情には慌てた。


「あ、あの、出かけるなら銀さんをお呼びしなくて良いのですか?」


突然泰衡様が不機嫌になった理由がわかっていないは繰り返し泰衡様に尋ねた。


「……俺と二人だけでは不満か?」


泰衡様は苛立ちを隠せないままに向けてそんなことを言った。


「え?そ、そんなことありません!」

「なら構わんだろう。」

「わ!」


の返事を聞くと、泰衡様はを抱き上げ馬に乗せると自分も後ろに乗った。


「しっかり掴まっていろ。」

「は、はい!」


が安定したのを確認すると泰衡様は手綱を手にし、馬を走らせた。



***



着いた先は北上川を眺める高台。
日差しはあるが風が吹き抜けている場所で涼むには良い場所だろう。
の体調を気にした泰衡様の心遣いだった。


「着いたぞ。」


ぎゅーっと自分にしがみ付いているに泰衡様はさすがに慌てていった。


「あ、はい。」


声をかけるとは目を開け、ぱっと泰衡様から離れた。
少し名残惜しい気もしたが、泰衡様は先に馬を下りるとのことも抱き上げ下ろした。


「ありがとうございます。」


は馬を下りるとタタッと崖の方へ駆け寄り眼下の川を眺めて声を上げた。


「わ〜!すごいですね!」


ウキウキと楽しそうに景色を眺めているに泰衡様はほっとしたが、
崖の先の方へも平気で寄っていくに慌てて声をかけた。


「おい、あまり端によると…。」

「わっ!」

「……っ!」


言ったそばから足を踏み外し、
バランスを崩したに泰衡様は慌てて手を伸ばした。


「馬鹿が……だから言ったんだ…。」

「す、すみません…。」


泰衡様に抱き留められ、
なんとか落ちずにすんだはほっとため息をついた。



***



今度はある程度距離を保ち、景色を眺めた。
見える景色を泰衡様に尋ね、教えてもらい、ゆっくりと時間は過ぎていった。


「体調はもう良いのか?」


ふいにそう口にした泰衡様に、はにっこり笑うと、


「はい、もう平気です。泰衡様のお陰ですね。」


と言った。


「俺は……。」


率直にそう言われるとさすがにバツの悪い泰衡様は複雑な顔をした。
傍から見れば照れているだけだと言えなくもないが…。


「ここは風が気持ち良いですから、大好きです!
 川の匂いも流れてきて、とっても良い所ですね!」


にこにこと嬉しそうに話すに泰衡様は落ち着かず、つい皮肉を言った。


「ここへ来るまで馬では恐がっていただろう。」


自分にしがみ付いて離れなかったの様子を思い出し、
泰衡様はふっと笑った。


「……はい;すみませんでした。」


は苦笑いして謝ったが、


「でも、泰衡様がいて下さったから平気でした。ありがとうございます!」


と、またにっこり笑った。


「…………;」


どんなに皮肉を言っても、にっこり笑顔で返す
動揺しつつも、照れているのも隠せなかった。


(……なんでこんな素直なんだ…こいつは…///)


泰衡様は赤くなった顔を隠すために顔を背けて少し離れた。
馬をつないだ場所まで行くとを振り返り、


「そろそろ帰るぞ。」


と声をかけた。


「はい!」


は元気良く返事をすると泰衡様に駆け寄った。



***



行きにが恐がっていたので帰りはゆっくり馬を走らせた泰衡様。
前に乗っているを見ると、上機嫌で体調もすっかり元通りのようでほっと安堵した。


「そんなに気に入ったか?」


機嫌の良い様子が手に取るようにわかるに泰衡様は声をかけた。
案の定、は嬉しそうに笑って返事した。


「はい!ありがとうございます、泰衡様!」


そんな様子に泰衡様はポツリと一言。


「一人では来るなよ。」

「はい。」

「……来たければ…俺が付き合ってやる。」


「えっ?わ!」


嬉しそうなの笑顔につい口が勝手に言っていた。
泰衡様は慌てて誤魔化すように馬を走らせた。




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2006.12.10