-かさ地蔵-




むかしむかしあるところに、

泰衡様と銀という二人の青年と、という少女、
そして金という名の犬の四人の家族(?)がいました。

四人(正確には三人と一匹ですが)は
貧しいながらも仲良く暮らしていました。


「……何故俺達が貧しいんだ…。」

「…まあまあ泰衡様。今回はこういう話なだけです。」

「………」


年の暮れ、大分蓄えもなくなってきて、
おまけにが病に倒れてしまったので、お金が必要になり、
どうしたものかと、泰衡様と銀は困ってしまいました。


「申し訳ありません…泰衡様…銀さん…。」

「…お前は気にするな…。」

「そうですよ、我々が何とかしますから。」


に心配をかけまいと、二人は相談し、
銀が笠を作って、泰衡様が町に売りに行くことにしました。


「……本当にこんなものが売れるのか…?」

「私やさんが売りに行った時は何でも売れますから、泰衡様がんばって下さい!」

「………」


笠が売れるか、ちょっぴり不安な泰衡様でしたが、
病気で苦しんでいるのため、看病は銀に任せ、
金と一緒に町へ笠を売りに行くことにしました。


「わんわん!」

「大人しくしていろ、金。」



***



さて、町に到着した泰衡様ですが、
いつも町へ売りに行くのは銀かの仕事です。
どうやって笠を売れば良いのか…実はよくわかりません。

ひとまず笠を並べて座っていましたが、
自分から売り込むようなことはしない上に、
怖い顔で(わざとではないのですが)座っているので、
いまいちお客さんは来ませんでした。


「わんわん。」

「おい、犬だぞ!」

「わ〜可愛い!」

(………くそ…何故俺がこんなこと…;)


金がいるので子供達はよってきますが、
それでも笠は売れませんし…すっかり疲れた泰衡様でした。



***



「…………」

「わんわん。」

「煩い…金…。」

「くぅ〜ん。」

「…………」


結局…笠は一つも売れないまま、
すっかりあたりは暗くなり、おまけに雪が降ってきたので、
仕方なく帰ることになってしまいました。

大分遅くなってしまった上に、薬も買えなかったので、
すっかり落ち込み、機嫌の悪い泰衡様。
金に八つ当たりしています…。


「別に八つ当たりではない…。」


……。


「!わん。」

「何だ?金?」


帰り道。町外れに差し掛かった時、
金が何かを見つけたようで、突然駆け出していきました。

泰衡様も仕方なく後を付いていくと、道端に八人のお地蔵様が、
頭に雪をかぶって寒そうに立ちならんでいました。


「……何だ…地蔵か…しかしやけに多いな…。」

「わん。」


泰衡様がそう言ってお地蔵様を眺めていると、
金はお地蔵様の上に飛び乗り頭の上の雪を払ってあげました。


「…そんなもの放っておけ、金。」

「わん。」

「…………」


泰衡様は金を止めましたが、金は熱心に雪を掃い、
掃い終わるとじっと泰衡様を見つめました。


「…………何だ?」

「わん!」

「…………」


どうやら売れ残りの笠をお地蔵さんにあげて欲しいようです。


「……くだらんな。石の地蔵だぞ別に寒くは…」

「…くぅ〜ん」

「…………」

「…きゅ〜ん」

「……………………わかった……好きにしろ…;」


うるうると一生懸命お願いする金に、流石の泰衡様も折れ、
仕方なくお地蔵様に笠をかぶせてあげました。


「ほら、これで満足か?」

「わん!」


…ところが、泰衡様の持っている笠は六つ。
お地蔵様は八人なので二つ足りません。


「……足りない分は仕方ないだろう。
 大体普通『かさ地蔵』の地蔵は六体だ…こんなに多いのが悪い…。」

「わん。」

「…………」


泰衡様はお地蔵様を睨みつけ、文句を言いましたが、
金は納得していない様子です。

泰衡様は仕方がない、とため息をつくと、
自分のかぶっていた笠を七人目のお地蔵様にかぶせました。

そして、最後八人目のお地蔵様には…。


「これはやるわけではないからな。今夜一晩貸すだけだ。」

「わん!」


自分の着ていた下がり藤の肩掛けをかけてあげました。
ぶつぶつ文句を言いながらも、結局は優しいご主人に、
金は大喜びで飛びつきました。


「金。お前が責任を持って明日取り返しに行けよ。」

「わん!」

「…………まったく…。」


泰衡様は複雑そうな顔をしていましたが、
満更でもない様子で、金と仲良く帰路に着きました。



***



「お帰りなさいませ、泰衡様」

「泰衡様、金さん。」


家に帰ると、銀とが二人を出迎えました。


、具合は良いのか?寝ていなくて…」

「大丈夫です、おかえりなさいませ、泰衡様。」

「ああ…。」

「今は熱も引いているようですので、
 少し気分転換に起きられているんですよ。」

「そうか…なら良いが…。」


出迎えてきたのこと、少し心配ではありましたが、
帰ってきた金と楽しそうにじゃれているの様子に、
泰衡様はひとまず安心したように息をもらしました。


「ところで泰衡様…」


と、今度は銀が首を傾げました。


「着物はどうされたんですか?それに笠も…。」


売るために持って行った笠はともかく、
泰衡様の大切な下がり藤の肩下げも無くなっていることに、
銀が不思議そうに尋ねました。

銀の問いに泰衡様はばつの悪そうな顔をし、
しばらく返事を渋っていましたが、やがて、


「………金がどうしてもと…な…。」


とそれだけ言って、泰衡様は口を閉ざし、
銀は首を傾げました。

事情はよくわかりませんでしたが、何やら金が関係しているようです。
でも、泰衡様が仰らないならと深くは追求しませんでした。

ひとまず、のために銀が作ったおかゆを食べて、
泰衡様たちは今日は休むことにしました…。



***



その夜…。

美しい十六夜の月が、あの八人のお地蔵様を照らしていました。
すると…


「やあ、今日は美しい月だね。」

「満月以外の月見もまた乙なものですね。」


不思議なことに、八人のお地蔵様たちが動き出しました。


「で、今日動けたのはやっぱりこの『笠』のせいか?」

「多分そうだと思うけど…。」

「あの青年に…恩返しをするためだろう…。」

「なるほど、さすが先生。」

「どっちかって言うとあの『わんちゃんに』な気もするけどね…。」

「だが、あの犬はあの青年の犬だろう。それに…。」

「やっぱこの着物は返すべきだよな?」


お地蔵様たちは、泰衡様の下がり藤の肩下げを見て、
顔を見合わせました。


「あの金と言う犬が取りに来るようだが…。」

「もともと僕らを気にかけてくれたのはあの犬ですからね。
 彼の手をまた煩わせるのもなんですし、お返ししましょうか。」

「仕方ないね、あの男に借りがあるのも何だか癪だし。
 一応恩返ししても良いかな。野郎に恩返しするなんて気が進まないけどね…。」

「あはは、ヒノエ君らしいね。けど、やっぱりお礼はした方がいいよ。
 あの犬の飼い主の青年も根は良い人なんだよ。」

「うむ。一先ずあの青年の家へ行ってみてはどうだ。」

「よし、じゃあみんな行くぞ!」


…というわけで、お地蔵様たちは泰衡様(と金)に、
恩返しをするために、泰衡様の家へ行くことにしました。


「ところで…恩返しの品は用意してなくていいのかい?」

「そうですね…本当に着物を返すだけなんでしょうか…;」


道中、恩返しに行くわりには軽装なことに疑問を持ったお地蔵様も
いましたが、いろいろ言っているうちに泰衡様たちの家に到着しました。


「思ったより小さい家だな。」

「それに結構傷んでいるようだな。」

「でもこれなら忍び込みやすそうじゃないかな?」

「じゃあ、早速入ってみようか。」


家に到着したお地蔵様達は、何やらぶつぶつ言っていましたが、
中に入ってみることになりました、その時。


「待ちなさい!」


一番年長と思われるお地蔵様が皆を止めました。


「どうかしましたか!先生!」

「どうやら中に手練れの者がいるようだ。
 このまま入ってはすぐに見つかってしまう…。」

「本当ですか!」

「流石リズ先生、そんなことがわかるなんて☆」

「でも困りましたね…ではどうしましょうか…。」


先生と呼ばれたお地蔵様の言葉に、他のお地蔵様たちは
少し困ってしまいましたが、そこは先生地蔵、


「…一先ず私が様子を見てこよう…。」


そう言ってふっと姿を消しました。
どうやら屋根から様子を伺うようです。


「流石先生!」


先生地蔵の一番弟子、九郎地蔵は先生の
適切な判断と行動にすっかり感心していました。


「……あの…少し良いだろうか…?」


そんな中、控えめな敦盛地蔵がおずおずと手を上げました。


「どうした?敦盛?」

「……少し気になるんだが…今の我々は地蔵だから…
 重いと思うが…。…屋根に上って大丈夫なのか?」


不安そうな顔で皆を見回しポツリと言いました。


「俺も…同じことを思ったよ…;
 それに、この家が傷んでるって最初に言ってたのに…;」


眼鏡の譲地蔵も同意しました。


「「「「「!!!!」」」」」


二人の言葉に皆がはっとなり、
顔を見合わせた…その時!!



バキッ!バリバリ!


ドシン!!



家の上と中からものすごい音が…。


「先生!?」


九郎地蔵は大慌てで家の中に入り、他のみんなも続きました。


「先生!」

「リズ先生!」


家の中に入ると、泰衡様と銀が、と金を庇うようにして端にいました。
どうやら、先生の下敷きにはならずにすんだようです。


「先生!ご無事ですか!」


部屋の真ん中に大きな穴が開いて、煙が立ち込めていましたが、
そこから先生地蔵が顔を出しました。


「問題ない。」


「大有りだ!馬鹿者が!!」

バシッ!


先生地蔵の発言に泰衡様がぶち切れて、
先生を殴りましたが、


「○×△■!?」

「泰衡様!?」

「や、泰衡様大丈夫ですか;」


先生はお地蔵様なので、殴った泰衡様の方が痛かったようです。
泰衡様は腕を押さえて崩れ落ちました…。


「な!先生に何を!」

「九郎、先生をぶった事は感心できませんが。
 気持ちはわかります。ここは許してあげて下さい。」

「そうだな、先生の下敷きになってたら確実に死んでたぞ;」

「怪我はないかい?愛らしい姫君?」


こっそり様子を見るつもりが、見つかってしまい、
しっちゃかめっちゃかなお地蔵様たちでした…。



***



「で…なんだ貴様らは…。」


すっかり存在も正体もばれてしまったお地蔵様たち。
仕方なく、泰衡様たちに事情を説明することにしました。


「私達は、夕方貴方に笠を頂いた地蔵です。」

「夕方のお礼に恩返しに来たと言うわけ。」

「それと借りた着物を返しに…大切な着物なのにすまなかった…。」


口々に説明するお地蔵様に、泰衡様は顔を顰めました。


「恩返しだと…?」

「…仕返しとも取れる数々の行いだったけど……」

「まったくだな。恩返しで人の家にこんな大穴を空けるのか?
 それに下手をすれば命を落とす所だったが…?」


すっかりご立腹の泰衡様。
お地蔵様の言葉に、いやみたっぷりに返しました。
が、今回ばかりは自分達の非を分かっているお地蔵様たち、
深々と頭を下げて謝罪しました。


「悪気はなかったんだ。許してやってくれ。」

「うむ。私も悪かったと思っている。すまない。」

「俺も謝る。すまなかった。」

「…………」


一生懸命謝るお地蔵様達に、泰衡様も少し表情を緩めました。
と銀も特に気にはしていない様子ですし、それに金はお地蔵様たちを、
特に九郎地蔵を気に入っているのか、随分なついています。
仮にもお地蔵様の彼らに悪気があるとは考えられませんし…。
ということで、一先ず泰衡様も機嫌を直してくれました。


「壊してしまった家は俺たちが責任を持って直すよ。」

「それに、彼女は具合が悪いのでしょう?
 よければ、私が薬を用意しますから。」

「もう年末だし、俺でよければ何か…おせち料理でも作るよ。」

「材料も我々が用意しよう。」

「私もイノシシでも獲ってくるとしよう…。」

「俺も手伝います!先生!」


笠や着物のお返しと、恩返しに来たのに逆に迷惑をかけてしまった
お詫びにと、お地蔵様たちはいろいろお手伝いをしてくれることになりました。

年末、賑やかなお正月が迎えられそうです。


「……まったく…。」


わいわいと賑やかにしているお地蔵様たちを眺め、
呆れたようにため息をついていた泰衡様ですが…


「よいお正月が迎えられそうですね。」


銀が楽しそうに声をかけました。


「……騒がしくて敵わん…。」

「ですが、泰衡様の善行故でしょう?
 よかったではないですか、流石お優しいですね、泰衡様。」

「ふん…くだらんな。元はと言えば金の…」

「ですが我々は皆泰衡様に助けられた身ですし、ねえさん。」

「はい、お地蔵様たちも、優しい泰衡様のお心にきっと救われましたよ。」

「………」


素直になれず、反発し気味の泰衡様でしたが、
銀やの素直で率直な言葉に返事に詰まりました。
そして…


「私も銀さんも金さんも泰衡様に助けられ、
 お傍に置いて頂いていること感謝していますし、幸せです。
 泰衡様…来年もよろしくお願い致します。」


にっこり笑ってそう言ったに、泰衡様は赤くなり、
銀はそれを満足そうに眺めて笑い、同じように頭を下げました。


来年も、これからも、ずっと一緒に、ずっと傍に…。
みんなで仲良く暮らせますように。


泰衡様たち、そしてお地蔵様たちは仲良く
年を越し、新年を向かえ、その後も幸せに暮らしました。


めでたしめでたし。




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2008.01.23