「……っ…くそ…;」


「泰衡様、ご無理なさらない方が宜しいのでは?」


「……平気だ……なんでもない……。」


「…………はい。」





-隠せぬ想い-




数日前から体調が思わしくない泰衡様。
だが忙しく、休んでいる暇もなかった。

今も無理を圧して会議に出席していたが、
退席しようと席を立った時、激しい眩暈に襲われて、
ふらついた所を銀に支えられた。

これ以上の無理は……と、銀も心配しているが、
泰衡様は休む気はないらしく、次の会議のことを調べるべく、
ふらふらと書斎に入っていった。

泰衡様が忙しいこと、銀も良く分かってはいるが、
ここ数日の無理も祟ってて、このままでは本当に倒れてしまいかねない。

かといって、これ以上自分が何を言っても、
泰衡様は聞き入れては下さらないだろう…。

銀はため息をつくと、泰衡様を書斎に残し、早足にどこかへ向かった。



***



「あの…失礼します……。」


泰衡様が書斎に入ってしばらく、
銀の変わりに書斎にやってきたのは
そっと書斎の戸を開け中へ入った。

が書斎へやって来たのはもちろん銀に言われたから。
泰衡様が体調が悪いのに無理をしているから様子を見てきて欲しい、と。

自分の言うことは聞いてくれない泰衡様だが、
何かと甘い彼女の言うことなら、と銀の作戦。

はもちろんそんなことわかっていないが、
泰衡様が無理をしていると聞いては心配でないはずはない。
大慌てで書斎へやって来た。


「泰衡様?いらっしゃいませんか?」


書斎に入って、再度声をかけたが返事がない。
はきょろきょろと辺りを見回し、後ろの本棚の後ろを何気なく覗いた。


「……!!泰衡様!?


そこで目にしたのは、倒れている泰衡様。


「泰衡様!しっかりして下さい!大丈夫ですか!」


は慌てて駆け寄り、一先ず泰衡様を抱き起こした。
顔を見ると真っ赤で、かなりの高熱の様子。
息も荒いし、苦しそうだ。


「泰衡様……。」


が不安そうにもう一度名前を呼ぶと、泰衡様はゆっくり目を開けた。


「…………?」

「泰衡様!大丈夫ですか……今、誰か…!」

「……平気だ……何でも……」


がそう言うと、泰衡様はそう返事したが、
いまいち意識ははっきりしていない感じだった。
大体、今の今まで倒れて気を失っていたのに大丈夫なわけがない。


「平気じゃないです!ひどい熱ですよ!」


は泰衡様の額に手を当て、真っ直ぐ目を見てそう言った。
顔も赤いし、明らかに体調が悪そうだ。


「熱…?………そうか……どうりで暑いわけだ…。」


泰衡様はそう言い、フッと皮肉っぽく笑うと髪をかき上げ、
額に当てていたの手を握った。


「……?……泰衡様?」

「…………」


手を握ったまま、じっと自分を見つめる泰衡様の様子を不思議に思っただったが、
今はそんなことを気にしている場合ではない。


「待っていて下さい、今銀さんを呼んで来ますから…」


そう言い、は立ち上がったが、
泰衡様はの手を握ったまま離そうとしなかった。


「?泰衡様…あの…………わっ!?


そして、困惑しているを泰衡様は引き寄せ抱きしめた。


「泰衡様……?」


思いがけない状態と、泰衡様らしくない行動。
不思議に思いながら振り返ろうとしただったが、
泰衡様は後ろから抱きしめた腕に力を入れると、
の髪に顔を埋め、耳元で呟いた。


「…………行くな……」

「………え?」

「大体お前は……いつも銀、銀と……、
 そんなに…………アイツが良いと言うのか……。

「泰衡…様?」


小声過ぎて聞き取れないが、苦しそうな、寂しそうな声だった。
が振り返ると、泰衡様は傷ついたような顔をしていて、
はどうしていいかわからなくなり、そのまま泰衡様を見つめていた。

泰衡様も視線を外さずを見つめ、そっと髪を撫でると、
そのまま頬に手を添えた。


……俺は…………お前が……!」

「泰衡様……。」

「………………」

「泰衡様!?しっかりして下さい!!」


泰衡様はそこまで言って、また気を失ってしまった。
抱きしめていた力は緩んだが、右手だけはしっかりの手を握り締めたままで……。



***



「……うっ……」

「気がつかれましたか?」

「……?俺は?…………?」

「はい、気分は如何ですか?泰衡様。」

「……俺は……一体…………!!


と目が合い、不思議そうな顔をした泰衡様。
頭をフル回転させて状況を把握しようとしたが、ふと頭を横に向けた時、
自分がに膝枕されていることに気付き、慌てて起き上がった。


!!…………なっ///

「泰衡様?」

、お前何故ここにいる?」

「え?」


ここは書斎。
確か一人で入ったはずなのに……。
困惑している泰衡様の問いに、は事情を説明した。

銀に言われて来た事。
来たら泰衡様が倒れていた事。
熱が酷かった事……。


「あの、誰か……銀さんをお呼びした方が良いかと思ったんですけど、
 体温を下げるなら、私でもできますし、泰衡様をお一人にしておけなくて…。」

「……そうか///


心配そうに自分を見つめるに、赤くなって泰衡様は顔を背けた。


「……すまない。」

「え?」


は自分を心配して、ずっと付きっ切りで看病をしてくれていた。
そう思うと、自然と感謝と謝罪の言葉が口をついた。
は少し驚いたが、安心したように笑うと、


「いえ……ご気分は如何ですか?」


と言って泰衡様に尋ねた。


「……ああ、悪くはない。熱もひいたようだ。」


すっと額に手を当て、泰衡様はそう答えた。


「よかった……。」


ほっとしたように呟き、にっこりと嬉しそうに笑ったを見て、
泰衡様はまたかぁっと赤くなり、せっかく下がった熱が上がりそうだった。

ともかく、仕事中に倒れてしまったということは、
まだいろいろやることが残っているということになる。


、俺は仕事に戻る。銀にここへ来るよう伝えろ。
 そして、お前も仕事に戻れ。」

「はい、わかりました。」


泰衡様は立ち上がり、にそう言うと、また書斎の棚に向き直った。
は一礼し、書斎を出ようとしたが、出口まで行くと振り返り、


「あの、泰衡様…まだ…ご無理はしないで下さいね…。」


と遠慮がちに言った。
泰衡様は振り返らなかったが、小さく手を上げて返事をし、
それを見て、は満足そうに笑って書斎を出て行った。


「……まったく…。」


自嘲気味に泰衡様が呟いた時、


「体調が戻られたようで安心致しました、泰衡様。」

「!?」


何処にいたのか、突然銀が顔を出した。


「し、銀……!お前……いつから…;」

「心配でしたので、様子を見ていたのです。」

「………………」

「まさか、泰衡様があのように大胆なことをされるとは思いませんでしたが…」


くすくすと明らかに黒い笑顔で楽しそうに言った銀に、
泰衡様は不思議そうな顔をした。


「……?何のことだ?」

「……覚えておられないのですか?」

「だから、何をだ?」

「…………」

「銀?」


どうもとぼけている、という感じでもない泰衡様。
銀はふ〜んと考えるような顔をしたが、
泰衡様の耳元に口を寄せると、ボソボソと何事か囁いた。


「――――な、なんだと!?

「本当に覚えておられないのですか?」

「ばっ……馬鹿な…!俺が……そんな……こと……;;;」

「熱に侵されて、無意識の行動でしたか…。」

「………………本当だろうな?;」

「本当です。何ならさんにご確認されては?」

そ、そんなことできるか!!

「……しかし勿体無いですね。あれだけのことをして記憶にないなんて…。」

銀!!!


一部始終見ていた銀の報告と討論になり、
すっかり疲れてしまった泰衡様は、結局この日は仕事にならず、
正式に休養を取る羽目になりました。


「本当に本当だろうな?」

「本当です。」

「………………」

「……いい加減お認め下さい、泰衡様。」

「……………馬鹿な:」




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2011.02.01