ガサッガサガサ


夜中に庭で物音がして、
曲者かと視線を向けた先にいたのは白い影。
見間違うはずもない…アイツだ。





-箒星-




(こんな時間に何を…。)


半ばあきれ気味にため息を吐き、
障子に手をかけ思い切り開け、声をかけた。


「何してる、。」

「!!」


俺が声をかけるとびくっと肩を震わせて立ち上がった。


「あ……や、泰衡様…;」


隠れるとか、気付かないふりをするとか、
いろいろあるように思うのに、


「あ、あの…すみません;」


は素直に謝り頭を下げた。


「何してる…。」

「あ、あの…」


俺が尋ねると視線を泳がせ、しどろもどろになっている。
一瞬だが、が視線を向けた方を見ると
いつもと行動を共にしている二人の女がいるのが見えた。

二人はに手を合わせて謝る仕草をしたが、
俺が顔を向けるとすぐに隠れた。


「あ、あ、あ、あの!
 こ、こんな時間に申し訳ありません泰衡様!その…あの…;;」


俺があの二人のいる方へ視線を向けると、
が何やら必死に弁明しだした。
あの二人が見つからないようにするためだろう…。

もう気はついているが、必死の様子のに仕方なく気付かぬふりをした。
あの二人は後で銀にでも注意させればいいだろう。




「は、はい!」

「……言い訳は中で聞く。」

「……はい;」


は狼狽えたが、俺がそう言うとおとなしく部屋に入った。
俺は廊下に視線を向け、物音を聞き付けやってきた銀を見つけると、庭に視線を投げた。
銀も庭を見てあの二人を見つけると、俺が言わんとしたことがわかったようだ。
一礼し下がっていった。
外のことは銀に任せ、俺はが待つ部屋に入った。



***



「…それで、続きを聞こう。」

「あ、その…も、申し訳ありませんでした。」


はもう一度深々と頭を下げたが、
それ以上はどうも話しづらいのか中々口を開こうとしない。


「…………」

「…………」


中々次の言葉を口にしないに仕方なく俺が口を開いた。


「屋敷から逃げようとでもしたか?何か不満でもあるのか?」


精一杯皮肉を込めてそう言うと、
は眼を見開いて驚いた顔をし、


「そ!そんなわけありません!!
 不満など!泰衡様には感謝こそすれ、不満などは決して!!」


と、真剣な表情で言い切った。
余りの剣幕に俺の方が怯んだぐらいだ。
言い訳などではない、真っすぐな言葉に。真っすぐな眼に…。

真っすぐ眼を見返され居たたまれなくなったのは俺の方だった、
思えばこいつに皮肉を言うなど愚かな行為だったな…。
視線を外し一呼吸おき、動揺しそうだった気持ちを立て直すと敢えてキツイ口調で問いただした。


「では何をしていた?」

「………」


は少し怯んだような顔をしたが、やはり口を開かない。
言えば、あの二人のことを言わざるえなくなるからだろうな…。

俺は気付かれないよう溜め息を洩らすと、少し卑怯だとは思ったが、
に口を割らせるなら効果的だと思う言葉を選んで口にした。


…お前が正直に話せばあの二人は見逃してやらんでもないが…?」


その言葉を聞くと、は驚いた顔をした。
言っていないのに、あの二人のこと気付かれていたのかと驚いているのだろう。


「俺が気付かないと思ったか?」

「………申し訳ありません…。」


は沈んだ顔になり、頭を下げると観念したように話し始めた。


「あ、あの…実は…今宵は空に箒星が見えると言うお話を聞きまして…。」

「箒星?」

「はい、星が流れるように見えるそうです。」

「……つまり、それを見に行こうとしたのか。」

「…はい。黙っていたことは…すみませんでした。
 泰衡様に許可を頂くべきかとは思ったんですけど…。」


しゅんと本当に反省しているの様子に大体の想像はついた。
はいつも何をするにも必ず俺に報告し、許可を求めていた。
だから今回も報告するつもりでいただろう。
だが深夜の外出の許可など下りるわけがないと踏んだあの二人が内密にことを進める方を選んだ。

…大方そんなところだろう。
まあ実際がこのことを話していたとしても、
こんな時刻の外出許可を出すことはありえないから、
あの二人の読みはあたっていたのだが…。


「あの!箒星を見てみたいと言ったのは私なんです!
 なので、空さんと琴さんは……その…;」


黙り込んでいる俺の様子にが慌てたようにそう言った。
やはりあの二人のことを気に掛けて言葉を濁していたようだ。
どこまでも馬鹿な奴だ…。

思わず俺が盛大に溜め息をつくと、
はますます不安そうな顔をし、ひたすら頭を下げた。


「すみませんでした。泰衡様…。」


泣きそうな顔を上げられ、
こういう時に上手い言葉を続けられない自分を恨む。
かと言って銀のようなことを言うのは死んでもごめんだが…。


「あの二人は銀に様子を見させた。…アイツなら上手くやるだろう。」


ぽつりと言った言葉には反応し、


「ありがとうございます!」


嬉しそうに笑うとお礼を言った。


「とりあえず今はあの二人は見逃す。
 が、咎めんと言っているわけではない。銀からの報告次第だ。」

「はい。」

「こんな夜半の外出だ。
 護身のためにも銀が連れ戻して来たら、外出は諦めてもらおう。」

「はい、大丈夫です。銀さんなら…。」

「………」


にこっと安心したような笑顔を見せたに無上に苛立った。

『銀さんなら』

銀のことを心底信頼しているととれる言葉。
……大体こいつは何をするにも銀、銀と……。


「あ、あの;それに、涼さんと宵さんと落ち合われているはずですから
 …空さんと琴さんお二人だけではないですし、危険はないかと…。」


俺が不機嫌そうな顔をしたからか、
はまたしどろもどろに言葉を続ける。
が、の言った名に俺はますます顔をしかめた。


「涼?」

「え?あ、はい。もともと箒星のことは涼さんと宵さんが…」

「あの時の男か…。」

「えっと…、泰衡様は涼さんにはお会いして…」

「あの時の赤髪の男だな。」

「はい、そうですね。涼さんは赤い髪ですね。」


一度だけだが見かけた記憶のある男の姿を思い浮べた。
と親しそうにしていたあの男か…。
こんな夜半の外出、しかも男と落ち合う約束をしていたのか…。


「………」

「や、泰衡様…;あ、あ、あの;」


イライラと腹立たしい気持ちばかりが感情を占めていて、
口を開けばキツイ小言を言いそうで言葉を続けられず、
黙り込んでいると、今にも泣きだしそうなの声が耳に入った。


「……何だ?」

「そ、その;あの;本当にすみませんでした。もう今後決してこのようなことは…;」

「当たり前だ。」

「は、はい!」


すっかり怯えたような様子のに少し罪悪感を感じた。
どうやら相当不機嫌な顔をしていたようだ…;




「は、はい!」

「銀のことだ。あの二人を連れ戻すとしてもその『箒星』とやらを見てからだろう…。」

「はい…、その…こんなことを言うのは…なん何ですけど、
 みなさん楽しみにされていたので…見させて…さし上げて欲しいんです…けど…。」

「………」

「す、すみません。こんなこと…」


ひたすら恐縮していても、こういうことを言う辺りはこいつらしい…。


「お前は?」

「はい?」

「お前はどうなんだ?」

「?」

「だから…;」


きょとんと首を傾げるに呆れた。


「お前、自分は見にはいけんが良いのか?」

「あ、はい…私はいいんです。」

「見たいといったのはお前ではなかったのか?」

「はい…そうなんですけど…。」

「何だ?」


箒星を見たいといっていたわりには妙に諦めの早い
不思議に思い尋ね返すと、は複雑な表情で苦笑いし、


「泰衡様にきちんとお話しなかった私にも責任がありますし、
 こんな時間にお騒がせしてご迷惑をおかけしたことも…それに、
 …本当は泰衡様にお話したかったんです。めったに見ることができないという箒星。
 もし見ることができるなら、泰衡様たちにもお見せしたかったですし…。
 泰衡様にお伝えしていなかったこと心残りだったので…これでよかったのかと
 実は少しほっとしているんです…。」


最後は照れたように苦笑いしてそんなことを言った。


「…………っ///


まったく…仕方のないやつだ…。
始めはよくわからなかったが、最後にそんな顔でそんなことを
言われ俺もつられたように赤くなってしまい、慌てて顔を背けた。

他の男と約束をしていたこと、腹立たしいと思ったが…
は俺のことも忘れてはいなかったんだな…。
そう思うと嬉しくて、この際泰衡様『たち』と言ったことは聞かなかったことにした。




「はい。」

「今から外出を認めることはできないが…」

「はい、わかっています。」

「少し外に出てみるか…。」

「え?」

「……俺が付き合うと…言っているんだ///


自分でも驚く。俺は本当にこいつに甘い…。
は驚いた顔をしたがすぐ満面の笑顔になって、


「ありがとうございます!泰衡様!」


と言った。
この顔が見たくて、つい甘やかしているのかもな…。



***



「寒くはないか?」

「平気です。」


外に出る、と言っても出てきたのは文字通り庭。
本当に出ただけだ。
『箒星』を見に、という理由は俺にとっては然したるものではない。
実際見られるとも思ってはいない。

ただ、楽しみにしていたと言ったを引き止めて、心残りを持たせたくないだけだった。
案の定、は熱心に空を眺めている。やはり見たかったのだろう。
実際見られなくともこれで諦めもつくだろうと、俺はほっと安堵のため息を吐いた。


「泰衡様!」

「ど、どうした?」


突然に名を呼ばれ、腕を引かれ、
気を緩めた時だったために少し驚いて声が上ずった。
だが、は気付いていないのか俺ではなく空の方に視線を向けていた。


「見えました?」


そして振り向くと興奮した様子でそう言った。


「いや…;」


見えなかったと言うか、見ていなかった…。
俺が首を振ると、はがっくりと肩を落とした。
申し訳なく思う程の落ち込みようだ;


「お前は見たのだろう?」

「はい!」

「なら良いだろ。」

「ダメですよ!泰衡様も見て下さい!」

「何故だ?」


何故か必死に懇願するに不思議に思い尋ねた。


「願いが…。」

「ん?」

「箒星にお願い事をすると願いが叶うそうです。だから…」

「くだらんな。そんなことで叶うなら苦労はない。」


の言葉に思わず吐き捨てるようにそう言ってしまい
慌てて口を閉じた。が、は怯まず、


「それはそうなんですけど…そういうことじゃないんです…。」


と言った。


「?」


俺がよくわからずにいると、は続けた。


「願い事は叶えてもらうためにするんじゃなくて、
 自分で叶えます。ということを誓うためにするんですよ。」

「……」

「誓いをたてるんです。そして、がんばりますから見守っていて下さい…って。」


にっこりと笑ってそう言った。


「だから、泰衡様も何か…それに何もなくても、
 箒星は珍しいものなんですから、せっかくですから見て下さい。
 綺麗でしたよ?泰衡様にも見てほしいんです!」

「わ、わかった…;」


ぐいっと近づいてきて必死に頼むに焦ってあとずさった。
俺が了解の意を示すとは満足気に笑ってまた空を眺めた。


(やれやれ……)


仕方なく俺も視線を空に向け、の言ったことを考えた。


(願いと誓い……か…。)


ふっと流れた箒星。一瞬だったが確かに見えた。
思わずの方を見るとも俺を見上げていて嬉しそうに笑った。
箒星を見れたことよりも、そのことに満足し、
願いも誓うなら星ではなく、こいつになら…と思った。
これから先進む未来を…。



***おまけ



「はい。」

「…お前は、何を願ったんだ?」

「え…あ、えっと…///

「?」


何故か赤くなったに泰衡様は不振に思ったが、
は、


「内緒です…。」


と言って人差し指を口にあてた。
困惑気味に言葉を続けようとした泰衡様だったが、
は慌てたように踵を返すと、


「お休みなさいませ、泰衡様!」


誤魔化す様にそう言って去って行った。


「お、おい!」


引き止める間もなく、取り残され、
泰衡様は銀が戻るまで部屋の前に立ち尽くしていた…。




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2007.10.17