-星に願いを-




買い物のために町へ出かけたは、町中の至る所に
下げられている竹を見つけては首を傾げた。

あれはどういう意味があるんだろう?…と。

竹はどれも飾り付けがされていて、とても綺麗だが、
だからこそ、何か意味があるように思える。

町の中、中心の、極めて大きな竹を眺めながら、
はそんなことを考えていた。

そして、なんとなく目に付いた、竹に結び付けてある紙。
何か書いてあるようなので、手にとって見てみると、

『母上が元気になりますように。』

その紙にはそう書かれていた。


(…………願い事?)


が紙を見てそう思ったとき、後ろから声をかけられた。


「あれ?さん?」

「え?」


振り返ると立っていたのは、涼と宵だった。


「あ、宵さん。涼さん。」

「こんにちは。」

「よお。」


が振り返ると、二人は笑顔で挨拶してくれた。
そして、が手に持っている紙を見ると、宵は楽しそうに言った。


「貴方も短冊をかけに来たんですか?」

「短冊?」

「それだよ、それ。七夕の短冊かけに来たんじゃないのか?」

「七夕?」


涼も、の持っている短冊を指差し言ったが、
どうもよくわからない、と言ったように首を傾げるを見て、
涼と宵は顔を見合わせた。


「もしかして…さん七夕ご存知ないんですか?」

「え…え〜っと;」

「本当かよ?変わってるな…。」

「涼、そんな言い方失礼ですよ。
 七夕祭りを盛大にしない村や町もあるかもしれませんし、知らない人もいるかもしれません。」

「あ、ああ…悪い;けど、話も聞いたことはないのか?
 七夕ってのは牽牛星と織女星を祭る行事なんだけど…。」

「牽牛星と織女星……」


自分の無知を少し恥じそうになっただったが、
涼に言われ、思い出したことがあった。


「……あ、聞いたことあります。
 あの、一年に一度しかお逢いできない恋人の…。」


昔、兄様が話して聞かせてくれた話。
雪の国ではない、人間の国で聞いた話だと。

黒い夜空に輝く星の川、『天の川』。
そこで、一年に一度だけ逢瀬を許された恋人、彦星と織姫の話。

夜になっても空が白く星がない雪の国では、
その話に出てくる『天の川』を見ることもないので、記憶に薄れていた物語だった。

が思い出したように言った言葉に、宵が頷いた。


「そう、そのお話のお祭りですね。
 そして、そのお祭りではこうして短冊に願い事を書くんですよ。
 すると、叶えられると。まあ、必ず…とまではいかないかもしれませんが。」

「へぇ…そうなんですか。」

さんも書いてみてはどうですか?」


宵はにっこり笑ってそういうと、懐から短冊を取り出しに渡した。


「え、私もですか?」

「ええ、せっかくですから。
 僕も、涼も書いたので持ってきたんです。ね、涼?」

「あ、ああ…。」


宵にそう話を振られ、涼は照れくさそうにそっぽを向いた。


「お二人は何を書いたんですか?」


はその様子には気づかず、
短冊に落としていた視線を上げ、興味深そうに二人に尋ねた。


「僕達ですか?」

「はい。」


に尋ねられ、少し迷ったが、宵は、


「秘密です。」


と言って笑った。


「願い事は人に話さない方が叶うらしいので、内緒ということに。」

「そうなんですか。わかりました。」


宵の言葉にはあっさり納得し笑顔を見せた。


「ありがとうございます。
 さんも願い事を書いたらこの笹に結ぶと良いですよ。
 この笹が一番大きくて、星に願いが届くと言われていますから。」


宵も笑って笹を見上げるとそう言った。本当に大きな笹。
そしてたくさんの短冊がかかっていて、宵の言うことも納得できる。


「星に願いが…はい!書いたらまた持ってきます!」


も笹を見上げ、嬉しそうに笑ってそう言い、
その後、涼と宵と別れて屋敷に戻った。



***



屋敷に戻ったは通常どおり仕事にかかり、
すべて終わらせた後、縁側に腰掛け短冊に書く願いを考えていた。


「う〜ん……、何が良いでしょうね…。」


空を眺めながらあれこれ願い事を考えていたが、
特に思いつくことはない。
あるいは、あり過ぎてまとまらないのか…。
すっかり迷っていると、


「わん!」


足元に金が寄ってきた。


「金さん。」

「わん。」

「金さんは何が良いですか?願い事?」

「くぅ〜ん?」


が頭を撫で、尋ねると、金は不思議そうに首を傾げる。
そんな金を楽しそうにが撫でていると、金の後ろに誰か近づいてきて足を止めた。
の視界に入ったのはその人物の足元で黒い着物。
まだ声を発してはいないが誰かはわかる。


「お疲れさまです。泰衡様。」


は顔を上げるとにっこり笑ってそう言った。


「……ああ、」


突然顔を上げられ、そして笑顔を向けられ、
少し怯んだが、泰衡様はいつも通りの返事を返した。


「何をしている…?」


そしてそうに尋ねた。


「願い事を……」

「願い事?」


は立ち上がりながらそう答えかけたが、
思いついたように、パッと明るい笑顔になり、


「泰衡様の願い事は何かありますか?」


と、泰衡様に問い掛けた。


「俺の?」

「はい!七夕の短冊を頂いて、書くことを考えていたんですけど…。」

「……なら自分で考えろ。
 俺の願いを聞いたところで意味はない。参考にもならないだろう。」


の言葉に泰衡様は複雑そうに眉をしかめたが、
は笑顔のまま首を振った。


「いえ、参考というわけでは。」


そして、短冊を泰衡様に差し出した。


「何だ?」

「…私は特に思いつきませんし、よろしければ泰衡様どうぞ?」

「何…?だが…、」

「私は……泰衡様の願い事が叶うようにお願いします。」

「…………」

「それが私の願いです。」

「…………」


にっこりと笑顔でそう言うに、泰衡様は言葉に詰まった。
別に七夕の願いなど信じてもいないし、期待などしていない。
そもそも、こんなことで願いが叶えば苦労はしないのだ…。
だが、こんな風に言われ、無邪気な笑顔を向けられては、無下に断ることもできない。


「…………」

「短冊に願い事を書いたら笹に飾り付けをするそうです。
 泰衡様はお忙しいと思いますので、書かれたら私が持って行きますから…。」


泰衡様が答えないでいると、話は進んで行くばかりだ。
は泰衡様が願いを書いてくれるものと思ってしまったらしい。
そんなの様子に泰衡様は仕方ない、と言わんばかりにため息を吐き頷いた。


「わかった…、だが、お前が持っていく必要はない。」

「え?」

「祭りの当日に、盛況ぶりを見るために少し出るが…その時で良いだろう…。」

「あ、はい。それでしたら…泰衡様もお祭りに行くことができますし、良いですね。」

「……ああ」


にっこりと嬉しそうにするに、泰衡様は複雑そうに苦笑いするばかりだ。
正直、祭りの様子見も気の進まない仕事の部類なのだが、はわかっていない…。


…」

「はい。」

「お前も来るか?」

「え?」

「俺が一人で祭りの場にいるのは目立つ…。誰か居れば…少しはマシだろう。」


言いにくそうにな、迷うような言い方だったが、には伝わったようだ。
ぱぁと嬉しそうな顔をした。


「私がご一緒してよろしいのですか?」

「ああ、かまわん。」

「ありがとうございます。泰衡様!」



***



七夕当日。


「泰衡様!あそこですよ!」

、走るな。」


祭りの会場で楽しそうにしているを見ながら、泰衡様はため息を洩らした。
と言っても機嫌が悪いわけではない。
浮かれるを見て、仕方ない、と苦笑いと共に洩れたため息だった。

は宵に勧められた会場中心の笹に泰衡様を案内し、短冊を付けるように勧めた。

泰衡様は黙って頷き、短冊を高い位置に結び付けた。
には見えないような位置に。


「結べました?」

「ああ。用件は終わったから行くぞ。」

「え?お祭りを見られないんですか?」

「……ここは人が多すぎる。」


泰衡様は短冊を結び付け終わるとの手を引き、
さっさと人込みから離れた。
一応お忍びだが、人に気付かれると騒ぎになるからだ。


「泰衡様の願い事、叶うと良いですね。」


泰衡様に手を引かれ、歩いているはふと泰衡様にそう声をかけた。


「……願いが何かは聞かないのか?」


ちらっとに視線を投げ、泰衡様はそう口にした。
てっきり聞いてくると思っていたのに。

短冊を結ぶ時もあまり関心がないようだったの様子に、
思わず泰衡様の方がそう言ってしまった。

短冊を上の方へ結び付けたのは、に見られないようにするためだったし、
教える気はないものの、聞かれないのはそれはそれで複雑らしい。

泰衡様の言葉にはにっこり笑うと、


「願い事は人に話さない方が叶うらしいので、秘密の方が良いそうです。」


と言った。先日、宵が言っていたことだ。


「……そうか。」

「はい。……お聞きしたい気もしますが
 …それで泰衡様の願い事が叶わなかったら嫌ですし。」


苦笑いするに、泰衡様もふっと笑った。
自分の願いに関心がないわけではなく、自分を気遣ってのことと、ほっとしたのだ。



***



しばらく歩き続け、泰衡様は足を止めると、の腕を引き自分の前に立たせた。


「見ろ。」

「……わ…!すごい。」


丘の上から祭りの場所を見下ろし、あの笹や、縁日などの、明かりに照らされ、
賑やかな雰囲気には楽しそうな反応を見せ、それを確認した泰衡様は今度は空を見上げた。


「ああ、それと上も…あれが 『天の川』あまのがわ だ。」

「…………!あれが…!」


見上げた夜空には驚きの声を上げた。
普段よりずっと多い星の数。そして、輝く星々の形。
まさしく 『天の川』てんのかわ だった。


「すごい…!本当に星の川なんですね!」

「ああ…、」


嬉しそうに振り向いたに泰衡様も満足そうに笑った。


「あんな美しい場所で逢瀬を約束された恋人どうしは幸せですね。」


天の川に見惚れ、ぽつりと呟いた
そのの言葉に泰衡様が言葉を口にした。


「……年に一度しか会えなくてもか?」

「……え…」


驚いて泰衡様を振り向いただったが、
泰衡様の方が驚いた様子で自分の口を押さえていた。

無意識に口を突いた言葉だったようだ。
複雑そうに眉を寄せている。

『一年に一度』

その短い逢瀬は泰衡様には辛いと感じるものなのか…。
は少し考え、そっと泰衡様の手を取った。


?」

「一年に一度しか逢えないのは淋しいかもしれませんが……」

「…………」

「きっとその一時が、何より幸せなんですよ。逢えない一年を補って余るほど。」

「…………」

「それだけお互い、思い合っているんです。」


真っすぐ眼を見てにっこり笑った
自分よりずっと幼い少女の強い言葉に、泰衡様は言葉に詰まった。
体は小さく冷たくとも、心は広くなんと暖かいものか…。

だが、それは互いの愛情の受け方の差なのかもしれない。
幼少より過酷な環境を生きた泰衡様と、暖かく守られていたとの。
ただ、だからこそ互いにひかれ必要としている。


「願いは…」

「え?」

「俺の願いは叶うと思うぞ。」

「そうなんですか?」

「ああ、」

「それはよかったです!」

「ああ…」

(これから先も…お前がいるならな…。)


もしもこの先長く逢えない時が来ても、
この二人なら…再会を……互いのことを信じていられることでしょう。



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2007.08.05