「いいな〜…ちゃんは銀様とお話できて…。」

「え?」


ふと呟いたのは琴だった。





-優しい光-




「いきなりどうしたの?」


返事をしたのは空。
仕事も一段落した休憩時間、一休みして書物に目を落としていた空は、
親友の呟きに顔を上げた。


「うん…さっきも何か話してるのを見たから…」

「ああ…確かに…話してたわね。でも、泰衡様からの言伝でしょ、どうせ。」

「まあ…そうなんだけど…。」


話に上っている当人、は今はいない。
上の通りなにやら泰衡様に呼ばれて行ってしまった。


「私は銀様よりも、泰衡様と普通にお話されている方がすごいと思うけど…。」


今もきっと会っているのだろうと思うと…それだけでも尊敬する。
と空は続けた。


「それは私もそう思うけど…。」


こくこくと頷く琴だが、表情は複雑そうだ。


「まあ、ようするに…」


空は手にしていた書物を閉じると琴に詰め寄った。


「泰衡様は純粋にすごいだけだけど、銀様は羨ましい。と、言うわけね。」

「う…///まあ、そうね。」


きっぱり言い放った空に琴は赤くなった。
ようは琴は銀のことが好きなのだ。


「それには銀様のことを銀『さん』って呼んでるしね。それも羨ましいでしょ♪」

「…うん、仲良さそうに見えるものね…。」

「実際仲良いわよ、あの二人は。」

「…うん」


空の言葉に琴はしゅんとうなだれた。
そんな琴の様子に空はぷっと吹き出すと、ぽんぽんと琴の頭を叩いて謝った。


「あははっ!ごめん!ごめん!そんな落ち込まないでよ〜。」

「だって…。」

と銀様が何もないのはわかりきってるじゃない。」

「それはそうだけど…。」

「それに、よくよく考えれば、総領の泰衡様は当然だけど銀様に『様』を付ける必要はないのよね。
 銀様の雰囲気や周りがそう呼ぶからそう言ってたけど…。」

「そんな!銀様は銀様よ!」

「あ〜はいはい。」


必死になっている琴を流し、空はズズッとお茶を啜った。


「宵可哀相…。」

「え?」

「いや、何も。でもホント、は大丈夫よ。」

「わかってるよ〜。」

「まあ、仲良いもんね。琴とも。」

「それは、ちゃんも好きだもの。可愛いし。」

「だよね〜。可愛いよね〜。」


顔を見合わせ、空と琴は頷いた。
結局二人ともに対しても好意を持っているので、
悪い感情は湧いてはこない。


「でも…、夏美とかの嫌がらせの話はちょっとわかるかもね…。」


空はそう言うと苦笑いした。
琴から話を聞いただけの空だが、に会って行動を共にしていると、
が特別扱いされていることはよくわかった。

特に泰衡様は明らかだ。
泰衡様は空たち賄いの女性は疎か、女房の人たちですら、
話をすることは極めて少ないに違いない。
それなのに普通に会話し、呼ばれたりするのはだけだろう。

これでは夏美たちが根に持つのも無理はない…と、
空はそんなことを思いながらまたお茶を啜った。
あまり難しいことや、ややこしい事を深く考えない空本人はまったく気にしていないが、
それでも一般的に周りはそう見るかもしれない。


「うん…ねぇ?泰衡様は…やっぱりちゃんが好きなのかな…?」


こそっと小声になって琴が空に尋ねた。


「そうね…。」


空は少し思案するように視線を上げたが、にっこり笑って琴を見返すと、


「ま、もしそうなら銀様は一先ず安心だものね♪」


と言った。


「そ、空ちゃ〜ん///


空の言葉に琴は真っ赤になって思わずお茶を吹き出したのだった。



***



「「クシュン!」」

「大丈夫ですか?」


同時にくしゃみをした泰衡様とに銀が尋ねた。


「す、すみません;」

「風邪が流行っているんでしょうか…。」


慌てて謝るに、銀は少し心配そうな顔をしてそっとの額に手をあてた。


「あ、大丈夫ですよ?銀さん?」


銀の行動には答えたが、
銀は泰衡様の方に目をやると楽しそうに笑った。


「?」


不思議に思っても泰衡様の方を見ると、
銀とは一転泰衡様はそれは恐ろしいような不機嫌な顔をしていた。


「あ、あの;泰衡様は…お加減はお悪いのですか?」


驚いてが声をかけると、泰衡様はふんと一瞥して
机の書物をまとめ、銀に押しつけた。


「終わったと言って届けろ。」

「畏まりました。」


銀は表情一つ変えず、にこやかなままで部屋を出た。


「「………」」


銀がいなくなると、どうも空気が重くなる。
特にどちらともなく会話が途切れてしまうからだ。

用件も済んだようなので、もういいのかと思いつつ、
返事を頂かなければ勝手に出てはいけない…。
は困ったように泰衡様の顔を見上げた。


「その後、大事はないか?」

「え?」


ふと目が合うと、泰衡様はそう言った。


「大事はないのかと聞いている。」

「え、は、はい!大丈夫です!」


もう一度問われ、なんのことかわからなかったがは慌てて返事した。


「……」

「……;」


慌てているの顔を見て、泰衡様は大きなため息をつくと、
ふと表情を緩めて優しい声で言った。


「この間のような惨事になってからでは遅い…何かあったら…すぐに報告しろ。」

(あ…)


言い直した泰衡様の言葉に、この間の火事のことを言っているのだと気付いたは、
優しい声で気遣ってくれた泰衡様に嬉しくなってにっこり笑いかけた。


「はい、…ありがとうございます!泰衡様。」


お礼を言われ、泰衡様は難しい表情をした。
笑っているような、照れているような、
そんな気持ちを抑えたような複雑な表情だった。

その後すぐ、泰衡様はを仕事に戻させた。
呼び出したのは仕事があったからではなく、単にのことを、
そしてこの間のことを気にしていたからのようだ。



***



「あ、!」

「空さん、琴さん。」


泰衡様の部屋を後にして、戻ってきたを捕まえたのは空と琴。


「泰衡様の用件は済んだの?」

「はい、もう良いそうで…。あの、お仕事途中で申し訳ありませんでした。」


ぺこりと頭を下げたに空も琴も笑って返事した。


「いいの、いいの。仕事はすぐに終わったし、
 私たちも今まで休憩してたしね♪じゃ、午後もがんばろっか!」

「はい。」


泰衡様のお陰で、この前の傷はすっかり癒えたようだ。
あの時のこと、そして今し方の言葉も、にとっては何より嬉しい言葉。
銀のようにわかりやすくはないけれど、不器用な優しさが何より嬉しくて…。

泰衡様と二人だけになると、緊張して、どうしても言葉に詰まってしまうだったが、
泰衡様のことを恐がっているわけではない。
むしろ好意は最初から、初めて会ったときから持っている。

これから先も、ずっとこの方にならお仕えできると思えるぐらいに…。
また一つ、泰衡様に対する気持ちが大きくなるのを微かに心の端に感じながら、
は泰衡様の部屋の方を一度振り返り、嬉しそうに笑うと空と琴の後について仕事に戻った。



***



「泰衡様失礼致します。……おや、さんはもう戻られたのですか?」


届けものを済ませて戻ってきた銀は部屋を見回すとそう口にした。


「…仕事は終わったからな。」


泰衡様は仏頂面でそれだけ言って、銀が新に持ってきた書類を受け取った。


「……そうですか。」

「何か言いたいことがあるのか?」


何か言いたそうに呟いた銀に泰衡様は厳しい表情のままそういうと銀は、


「いえ、先日のことやはり心配ですので、少し気になっただけです。」


と言った。


「大事はないと、言っていた。」

「はい?」

「何かあればすぐに報告しろと。」

さんに、そう仰ったのですか?」

「?ああ。」


泰衡様の返事に銀は少し驚いた表情になった。
同時にそれを受けて泰衡様は不思議そうな顔をしたが、
銀はにっこりと笑顔になり、


「そうですか。」


と言った。銀の反応を訝しげに思いながら首を傾げた泰衡様だったが、
銀がそれ以上は何も言わなかったのでまた黙々と仕事を続けた。

あまり周りに関心を持たず、気遣うようなことを言わない泰衡様が
自覚はなくともを気遣って言った言葉に、銀は微笑ましく思ったのでした。




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2007.02.20