-初詣-



「あけましておめでとうございます。」


今日は一月一日新しい年の始まりです。


「ああ。」


でも特にいつもと変わった様子はないみたいで、
泰衡様はいつもの短い挨拶を返してくれたあと、
いつもと同じように忙しそうに行ってしまいました。


「おめでとうございます、さん。」


忙しそうな泰衡様の後ろ姿を見ていると後ろから挨拶され、
ふと振り返ると銀さんがいつもの眩しい笑顔で立っていました。


「銀さん、あけましておめでとうございます。」


私はぺこりと頭を下げました。


「今年もよろしくお願いします。」

「ええ、こちらこそ。よろしくお願いします。」


銀さんはいつもと変わらずにこにこしていて、
新しい年を迎えた晴れやかな気持ちが伝わってくるようでした。
それに比べると…。


「あの…泰衡様はお忙しそうですね?」


足早に去っていった泰衡様を思い出して、私は銀さんに尋ねました。
返事はいつもと同じだったけど、何だか疲れている雰囲気が漂っていたから…。
私がそう尋ねると、銀さんは苦笑いをして、


「ええ……何せ年末年始の行事の準備や、
 挨拶まわりなどがありましたから…随分お疲れのようです。」

そう答えたました。
そんな銀さんの表情もちょっぴり疲れているように感じて、


「そうなんですか…。」


私は少し心配になりました。
わかっていたけど、やっぱりいつも忙しくしている泰衡様や銀さんが、
何だか可哀相な気がして、体調も悪くならないかと…。

今し方少し用事を言われ、外に出ていた時、
ゆったりした楽しそうな雰囲気が町には流れていたのに、
泰衡様たちはお正月も休めないのかな…。

雪に覆われた美しい平泉の美しいお正月。
心休めるには丁度良いように思ったのに…。
私がお手伝いできることとかないのかな…。
そんなことを考えていると銀さんが、


さん、あとで泰衡様にお茶でも出して差し上げて下さいませんか?
 きっと喜ばれると思いますから。」


と言いました。


「…はい!」


些細なことでも、何かできるのが嬉しくて、
私は元気よく返事をすると残りの仕事に取り掛かりました。



***



やっと用事が終わった後、私は二つの湯呑みにお茶を入れて、
泰衡様の部屋に向かいました。


「あ、あの、泰衡様いらっしゃいますか?
 お茶をお持ちしました、です。」


部屋の外から声をかけると、


「入れ。」


と短く泰衡様が返事をしてくれました。


「失礼します。」


私が頭を下げて部屋に入ると、泰衡様は机に向かって何か書類を見ていました、やっぱりすごい量です…。
机の上が書物でいっぱいなのでどうすればいいかと思っていると、
泰衡様はさっと書物をまとめて、湯呑みを置く場所を作ってくれました。
そして、そこに置くようにというように私を見たので、私は湯呑みの一つを机に置きました。
もうひとつは……。


「なんだ、お前も飲むのか?」


私が持っているお盆の上にもう一つ湯呑みがあるのに気付いた泰衡様が尋ねました。


「あ…いえ、これは銀さんの分だったんですけど…。」


私が答えると、泰衡様は少し複雑な顔になりましたが、


「……銀は、少し出ている。無駄にすることもない、お前が飲んでいけ。」


と言ってくれたので、私は泰衡様の前に腰を下ろしました。


「「…………」」


泰衡様の好意で一緒にお茶を飲むことにはなりましたが、
忙しそうにお仕事をされている泰衡様の邪魔をするのは憚られたので私が黙っていると、
泰衡様の方が口を開かれました。


「お前は仕事は終わったのか?」

「あ、はい。一応…泰衡様は元旦からお忙しそうで大変ですね。」

「…この程度、どうということはない。」

「はい…でも、無理しないで下さいね。泰衡様がお体を壊されないか心配です…。」


私がそう言うと、泰衡様は難しい顔をされて、ふいっと顔を背けました。
何か気に障ることを言ってしまったのかと少し慌てましたが、泰衡様は机の書物をまとめて棚に片付けると、


「このあと時間があるなら、お前も共に来るか?」


と言いました。


「え?どこか出られるのですか?」

「…銀が、初詣に行け行けとうるさいのでな…
 父上も元日に詣でるのは習わしだと言っているから…このあと行くつもりだが、どうする?」


泰衡様の突然のお誘いは正直びっくりしましたが、
私がご一緒しても良いと言って下さいましたので、是非ご一緒させて頂くことにしました。


「し…」

「銀も呼んで来るといい…。」

「あ、はい!」


こうして、泰衡様と銀さんと三人で初詣に行くことになりました。



***



さん大丈夫ですか?」

「あ、は、はい…。」


初詣はすごい人で私はお二人についていくのがやっとでした。
泰衡様が参拝されると連絡を入れれば本堂まで道を作って頂けるのにと、
屋敷を出る前従者の方に言われたのですが泰衡様は何故かそれだと不服なようで、
普通にお参りされるようでした。

でも、人が多くて流されそうになってしまい危うい所で銀さんに助けられました。
銀さんは私の手を取ると、同時に前を歩いていた泰衡様を引き止めて、
泰衡様の手に私の手を握らせました。


「な、なんだ?」

「別に私でも良いんですけど、さんをお誘いなさったのは泰衡様ですから、ちゃんと護って差し上げて下さい。」

「…………」


泰衡様は難しい顔をされて、固まっています。


「あ、あの、すみません泰衡様!わ、私は大丈夫ですよ!」


私は慌てましたが、泰衡様はぐっと手を握り締め、


「行くぞ…。」


と言うと、先を歩いて行かれました。


「は、はい!ありがとうございます。」


やっぱり優しい泰衡様、そして銀さんも。
お二人と初詣に来られて嬉しいです。
初詣、新年の挨拶と共に、今年一年の決意と願い事を。


(泰衡様や銀さん、金さんや御館様…大切な人たちみんなにとって、今年一年が良い年でありますように…。)



おまけ***

「泰衡様…。」

「なんだ、銀…。」

「せっかくでしたのに、私まで誘わなくとも…。」

「何の話だ。」

「せっかくなのでお二人で来られたらよろしかったのでは?」

「……」

「?泰衡様?」

「…どうしてもお前もという、の希望だ。」

「…はあ、……心中お察しします。」

「どういう意味だ…。」




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2007.03.09