何だかその日は屋敷に贈り物がたくさん届いていて、来客も多かった。
屋敷の中も随分慌ただしい様子で女房の女性たちは何だかそわそわと落ち着かない様子だった。





-誰より貴方に幸福を-




「え、誕生日ですか?」

「ええ、そうなんですよ。」


屋敷の様子が気になったが銀に尋ねると、
返って来たのは意外な言葉だった。


「明日が泰衡様のお誕生日なんですか?」

「ええ、それでいろいろと贈り物が…。泰衡様は複雑そうな顔をされていましたが…。」


銀はくすくすと楽しそうに笑って言った。


「女房などの女性の方は特にいろいろとご用意して下さって、
 お気持ちも十分なのですが、頂いても置場に困るとか、必要ないと言って、
 泰衡様は直接はお受け取りにはならないので、こうして屋敷宛てに届くのでしょうね。」


今日はその片付けに追われている銀だったが、
楽しそうな様子で贈り物を眺めていた。


「泰衡様は贈り物…お喜びではないのですか?」


何だか困惑した様子で尋ねたに、銀はにっこり笑うと、


「……形式的なものや社交辞令が多いですからね…心からの贈り物ではないですし…。
 ですが、貴女が何かして差し上げればきっとお喜びになりますよ。」


と言った。


「え?私ですか?」

「はい。」


自信満々な笑顔の銀に言われ、は驚いた顔をしたが、
銀の笑顔を受けて、逆に不安そうな顔になった。


「で、でも……私…何を差し上げたら良いのか…」

「大丈夫ですよ、何かと言っても物じゃなくともお祝いの言葉でも、
 貴女のお気持ちの籠もったものならきっと泰衡様は何でも喜んでお受け取り下さいますよ。」


不安そうなに、銀はふわりと優しい表情になっての頭をなでた。


「……」


はまだ悩んでいるような顔だったが、
不安は消えた様子なので銀はふっと笑うと、


「それでは私は仕事に戻りますので…。貴女も頑張って下さい、さん。」


と言って去っていった。
は慌てて銀にお礼を言い、頭を下げて見送ったが、
銀の姿が見えなくなってもまだ考え込んでいた。



***



しばらく考えていたが、そんなにすぐ良い考えも浮かばないので、
もとりあえず仕事に戻り仕事が済んだ後、空と琴に相談してみることにした。


「え?誕生日?」

「泰衡様の?」


の質問に空と琴は驚いた顔をした。


「空さん、琴さん、ご存じなかったのですか?」


二人の返事にも驚いた顔をしたが、空は、


「そりゃ知ってるわけないじゃない…。」


と呆れていった。


「私たちは下の下の下ぐらいなんだよ?
 本当なら主人の泰衡様や秀衡様はお話はおろか、
 お姿を見ることすらないぐらい係わりがないのが普通なのよ?」

え!?そうなんですか?」

「うん…だからお誕生日なんてとても…。」

「まあ、は泰衡様が直々に連れてこられたから私たちとは違うのかもしれないけどね…。」

「そうなんですか…?」


う〜ん、と不思議そうな顔をしているに、
空と琴は苦笑いしたが、空はすぐたのしそうな顔になり、


「で!!何か泰衡様にお渡しするつもりなの?」


に尋ねた。


「え…私…私…。…………。」


は返事に詰まって黙り込んでしまった。


「どうしたの?ちゃん?」


琴が心配そうに尋ねると、は、


「あの…やっぱり畏れ多いことなんでしょうか…。」


と不安そうに二人を見つめた。


ちゃん…。」


琴は困ったように呟いたが、空はガシッとの肩を掴んだ。


!」

「は、はい!?」

「心配しなくても大丈夫!が泰衡様に贈り物をしても別に不自然なことは何もないわ。
 実際、は泰衡様にものすごくお世話になっているでしょ!」

「はい。」

「だからお礼したいでしょ?」

「はい。」

「泰衡様のお誕生日、お祝いしたいでしょ?」

「…はい!」

「よろしい♪」


力強く返事をしたに空はにっこりと満足そうに笑い、も安心したように笑った。


「それじゃあ何を贈るか考えないとね〜?」

「そうですね…。」

「きっとちゃんが贈るものなら何でも喜んで下さるわ。」

「そうですか…?」


一先ず三人は贈り物を考えることにした。
仕事も終えた時間なのでもう夕刻である。
贈り物が決まっていない状態で買いに行っても、
選んでいる間に門限がすぎてしまうかもしれないからだ。

というこで、泰衡様のお誕生日は明日だが、
今日贈るものを決めて明日用意することにした。


「……でも…泰衡様が一体何を喜ばれるかしら;」

「そうよね…それが難しいわね…;」


空と琴は難しい顔で顔を見合わせ呟いた。



***



結局…。
三人、あーでもない、こーでもないと相談していたが中々決まらない。
めぼしい物は大体贈られているだろうし、売り物を買うにしても、
安い給金の賄い人が買えるものではどうしても女房の方たちより劣ってしまう…。

こういう場合は心をこめた手作りの品を!と考えた空だったが、
一体何を作ったら良いのやら…。

良い考えは浮かばないまま夜半過ぎになってしまい、
明日も仕事があるからと仕方なく三人は休むことにした。

明日、何とかしよう!
と誓って。


「…………」


二人が寝静まった後、はそっと布団を抜け出し縁側に出た。
そして庭と空の月を眺めてポツリと呟き、満足そうに笑って部屋に戻った。



***



「贈り物決まったの!」

「えっと…はい、一応…。」


驚く空には少し怯んだが首を縦に振った。


「何にしたの?」


琴も興味深そうにに尋ねたが、が答えようとした時空が制止した。


「「空さん(ちゃん)?」」

「先に聞いちゃったら楽しみなくなっちゃうから、用意できたら見せて貰おうよ!」

「…そうね。」


空の提案に琴も同意し、とにかく贈り物の用意をすることを優先しよう!
と、の仕事は空と琴が引き受けることになり、は朝早くから、
泰衡様への誕生日の贈り物を探しに屋敷を出かけて行った。



***



を見送り、の仕事を代わりにすることにした空と琴は、
まずいつもが朝やっている庭の手入れをすることにした。


、何を持ってくるかな?」

「そうね、すごく気になるわ。」

「だよね。何だか自信あり気だったし、一体なんなのかな?
 泰衡様がお喜びになるようなもの…。」

「う〜ん…そう……!!」


突然会話していた琴が言葉につまり固まったので、
空は不思議そうに振り向いた。


「?どうかした?琴…!?や、泰衡様!?」


琴の視線の先には不機嫌そうな顔をしている泰衡様が立っていて、
空と琴は慌てて頭を下げて挨拶した。


「「お、おはようございます!泰衡様!」」

「…………アイツはどうした?」


泰衡様は少し庭を見回すと、返事をする代わりにそう呟いた。


「え?」


驚いたように返事をした琴に泰衡様はジロリとキツイ視線を向け、
それに琴が怯えたので空が慌てて間に入った。


「も、申し訳ありません!彼女には本日他に仕事がございまして外に!」

「………」

「いずれ戻ると思われますので!」

「…………」

「……;」


泰衡様はただじっと黙っているのでさすがの空も困り果てた時…。


「おや、おはようございます。空さん、琴さん。」


優しい声が助けに入った。


「「銀様!」」

「泰衡様、こちらのお二人はさんと同室のご友人の方です。」

「……そうか。いくぞ、銀。」

「はい、泰衡様。お二人ともお仕事頑張って下さい。」


銀が声をかけると、黙っていた泰衡様はふいっとその場を去っていき、
銀は二人に挨拶して泰衡様の後を追っていった。

泰衡様と銀の姿が見えなくなると、空と琴はその場にへたりこんだ。


「……泰衡様…怖っ!!

ちゃん…何で平気なんだろ…;」


思わず叫んでしまった空と涙ぐむ琴だった。



***



「泰衡様。」

「何だ?」

「おめでとうございます。」

「何がだ?」

「本日は泰衡様がお生れになられた日ですから。」

「……くだらんな。」


銀の祝いの言葉に泰衡様は不機嫌な顔をして呟いた。
機嫌とりの贈り物や媚びるような言葉にうんざりしているのだろう…。
銀は構わず、


「私からの贈り物は後程になりますが…」


と言った。銀の言葉に泰衡様は不思議そうに振り向いたが、
銀はにこにこと笑っているだけだった。



***



誕生日と言っても、泰衡様はいつも通り仕事をし、
いつも通り過ごしていた。

とはいえ、周りの態度や贈り物がいつもとは違い、
それが泰衡様の機嫌を損ねていた。

贈り物には目も通さず、処理はすべて銀に任せていたが、
直接やってきた人などの対応は泰衡様がしなければならない。
御館の知人などなら無下にすることもできないからだ。

そしてもう一つ…。

泰衡様の機嫌を損ねているのは、朝いつも最初に顔を合わせているのに
今日はまだ会っていない人物だった。


「………どこへ行ったんだ。」


泰衡様は不機嫌そうな声で低く呟いた。
自覚はなくとも毎朝顔を見るのを密かに楽しみにしている気持ちがあるため、
何となく気分がすぐれないようだ。

それに今日はやはり少し特別な日…。
銀にはくだらないと言い、周りからの祝いの言葉も疎ましいと思っているのは事実。
だが、それでも…、会いたかった、今会いたいと思っている人物には
祝いの言葉を言って欲しかったのかもしれない。
下心や利害関係なしにきっとあの笑顔と共に心からの言葉をくれるから…。

朝、一番最初に顔を合わせるから、当日一番最初に自分に言葉を
言ってくれるのは当然彼女だと思っていたのに、まさか留守で、
その上、昼が過ぎた今もまだ会っていない…。

まさか今日のことを知らないのではと不安になる泰衡様だったが、
銀の笑顔が何か思わせたので、仕方なく仕事に向かっていた。



***



……遅いね…。」

「そうね…。」

「手伝った方がよかったかな…。」


夕刻を過ぎ、もう暗くなってきた。
もうすぐ門限になってしまうのにはまだ帰ってこない。
屋敷の入り口での帰りを待っている空と琴は心配そうに呟き、


…早く…じゃないと泰衡様が…;」


空は青い顔で祈るように続けた。
そう…今日一日、泰衡様は恐ろしく機嫌が悪かった。

仏頂面なのはいつものことだが、今日は更に輪をかけたように恐ろしい顔で、
不機嫌オーラ全開といった感じだった。
今日がチャンスだと思っていた女房たちもあまりの迫力に声をかけられない程…。

最近少し穏やかになられたのでは…と噂されていたのだが、
今日でその噂は絶対嘘だと皆思っただろう…。
泰衡様が少し穏やかだと言われるような態度なのは相手の時だけだな、
と空と琴はつくづく思った。
そして今日、泰衡様が機嫌が悪いのはに会えていないからだろうとも…。

さすがに周りにあたり散らすような、大人気ない態度はとっていないが、
何せ機嫌が顔に出ている…、今日一日泰衡様と普通に接していたのは銀だけで、
銀だけはむしろ楽しんでいる様子だった…。

しかし、普段から怖い印象の泰衡様、いい加減機嫌を直してもらわないと、
屋敷の者達は困るばかりだ。


〜まだ〜;」


空が悲鳴のように呟いた時…。


「空さん!琴さん!」


慌てて走って来る人影が…。


「「(ちゃん)!」」

「遅くなって…すみません…中々見つからなくて…。」


肩で息をしながらは必死に謝った。


「そんなこと良いから!」

「そうそう!早く泰衡様の所に!!」

「え?あ、わ、は、はい?」


何故か必死の空と琴に押されるままには屋敷に戻って
早々に泰衡様の所へ行くことになった…。



***



「い、以上でございます。泰衡様。」

「………」

「泰衡様?」

「何だ?」

「い、いえ…;」

「話はそれだけか?」

「は、はい!」

「ならば俺はもう行く。」

「あ、あの、泰衡様、お返事は…。」

「俺は忙しい、その気はないと伝えておけ。」

「……しかし;」

「何だ?」

「……い、いえ、仰せのままに;」

「……ふん。」


必死に話す来客を一刀両断した泰衡様はバシッと
不機嫌な気持ちのまま障子を開けて部屋を出た。
そしてドスドスと部屋を後にし、自分の部屋へ向かった。
途中すれ違った従者が思わず道を譲る勢いだった。


(くそっ…!どこをほっつき歩いているんだ!)


もう日も暮れ、暗くなった空を仰ぎ見て泰衡様は心の中で呟いた。
こんな時間になっても戻っていないことを本来なら心配するべきなのだが、
今の泰衡様には冷静に考える余裕がなかった。


「……ちっ」


苦々しい顔で舌打ちをし、しぶしぶ部屋に入ろうとした時、


「泰衡様!」


名前を呼ばれた。


「……」

「あ、あ、あの…;帰りが遅くなってしまって申し訳ありませんでした…。」


必死の様子で泰衡様を呼んだのは、泰衡様がずっと逢いたかった人。


「……

「申し訳…ありません…泰衡様…。」


本当にすまなそうな、反省した顔だった。


「……こんな時間まで何をしていた。」


が反省しているのはわかっていたが、
今まで待たされ、散々不機嫌だったこともあって、
泰衡様はキツイ口調でを責めた。

はびくっと怯えたが、深く頭を下げてもう一度謝ると、
袖口から何か取出し泰衡様に差し出した。


「す、すみません。…すみませんでした…泰衡様。……これを…。」


が差し出したのは列なるように咲いている小さな白い花だった。


「何だ?その花は…?」


訝しげに尋ねる泰衡様に、は花に目をやり答えた。


「これは鈴蘭です。」

「鈴蘭?」

「はい、鈴蘭は皐月の誕生花なので…泰衡様、おめでとうございます。」


そして顔を上げるとふわっと笑ってそう言った。


「……」

「泰衡様がお生れになって、今日まで生きて、
 そしてお会いできた事、…とても…嬉しく思います。」

「……っ///


本当に嬉しそうに笑ってそう言うに、泰衡様は思わず顔を背けた。
真っすぐな瞳と真っすぐな言葉。今日は腐る程言われた祝いの言葉。
だが、すっと心に入り、本気で嬉しいと思ったのは今が初めてだった。


「泰衡様?」

「……何だ?」

「その…この花…受け取って頂けますか?」


顔を背けたからか、少し不安そうな声でがおそるおそる尋ねたので、
泰衡様は慌てて花を受け取った。


「………一応……預かっておく…。」

「……あ、ありがとうございます!」


素直ではない言葉だが、泰衡様らしい。
それに受け取ってくれたことが何より嬉しくて、はまたにっこり笑った。


「……///

「はい。」

「その……何だ…」

「?」


泰衡様は鈴蘭に少し目をやり、に視線を戻すと、
何か言いにくそうに口を開いた。


「…………あ…」

「ありがとうございます、ですか?泰衡様?」

「!!?」


泰衡様が必死に言葉を続けようとしている所へ、
あっさり誰かが続きを言った。


「銀さん。」

「はい、よかったですね。さん、泰衡様?」


銀は至極満足そうな笑顔で二人を見つめている。


「〜〜〜〜銀!!!」

「はい、何でしょう?泰衡様?」


泰衡様が怒鳴り付けても、銀は平然とし、逆にが驚いていた。


「…………、」

「は、はい!」


銀には何を言っても無駄と判断した泰衡様は
に視線を向け口を開いた。


「今日一日お前の代わりをしていた奴らには会わなくて良いのか?礼は言ったのか?」

「え?…あ、まだ、あの…。」

「……構わん、行け。」

「はい!ありがとうございます、泰衡様。」


名残惜しい気もしたが、銀の視線に耐えられなくなった
泰衡様はぱっぱと手を振ってを遠ざけた。


「もう宜しいのですか?泰衡様。長い間お待ちになっておられましたのに…。」

「……誰も待ってなど…」

「あ!忘れていました。」


ジロッと睨み付けた泰衡様を無視して銀はぽんと手を叩いた。


「………」

「私からのお祝いの品なんですが…」


思い出したようににっこりと笑顔で銀は言い、
泰衡様は不機嫌な顔のまま、


「そんなもの…」


と、拒否する姿勢だったが銀は、


「いえ、品といっても物ではないのですが…」


と、くすくすと楽しそうに話し始めた。


さんの下さった花、皐月の誕生花と仰っていましたが、他にも理由があるそうで。」

「他の理由?」

「ええ、先程戻られた時に…」



***



さん、今帰られたのですか?」

「……銀さん、遅くなってすみませんでした…。」

「いえ、構いませんが…泰衡様の贈り物を探しに?」

「はい。」

「それで、ご用意できたのですか?」

「はい、これです!」

「これは…可愛らしい花ですね、さんによく似ていますよ。」

「…ありがとうございます///これは鈴蘭です。この花は皐月の誕生花なので…。」

「なるほど…それでこの花を?」

「はい、それともう一つ…」

「はい?」

「鈴蘭の花言葉は『幸福の再来』と言うんです。」

「幸福の再来ですか…。」

「はい、ですから泰衡様に…」



***



「『誰より泰衡様に幸せがありますように…。』と言う想いを籠めてと…」

「…………」

「私からのお祝いの品は以上です、如何ですか泰衡様?」

「……っ///

「お気に召しましたか?」

「煩い!!」


真っ赤になっている泰衡様を銀はそれは嬉しそうな笑顔で眺めていた。
想い人からの心よりの贈り物は、泰衡様に十分幸せを届けたようである。


誰より優しい泰衡様、

貴方がこの世に生を受けたこと、誰より神に感謝します。

誰より貴方に幸福がありますように……。




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2007.05.01