いつも常々忙しいが、かといって鍛錬を欠くわけにはいかない。
いずれこの腕が必要になる時もある。

何より大切な主と、愛しい人を守るために…。





-大好きな人-




「やっ!せい!」


珍しく早めに時間が取れた銀は庭で鍛錬をしていた。

毎日欠かさず鍛錬しているが、最近はあまり時間が取れなかったため、
早くから取り組むことが出来た今日はいつも以上に熱心だった。


「…はぁ!」


しばらく鍛錬を続け、方天戟を振りかぶり、
振り下ろして顔を上げると…。


「銀さん、お疲れ様です。」


丁度目の前にやってきたと目が合い、
はにっこりと微笑んだ。


「…これはさん、ありがとうございます。
 貴方にそう言って頂けると、疲れも取れるようですよ。」


銀も同じように笑顔を返し、
本当にほっとするような優しい空気が流れた。


「ありがとうございます。でも、少し休憩されては如何ですか?」


は銀の返事に笑顔のまま返すとそんな提案をした。
銀は丁度調子が上がってきた所だし…と、少し迷ったが、


「泰衡様が、銀さんが随分長く鍛錬されているようなので、
 無理をされないか心配されていましたよ。」


のその言葉に驚いたように目を丸くした。


「え?泰衡様がですか?」

「…あ」


銀が思わず聞き返すと、は少し焦ったように声を漏らした。

大方、泰衡様がそのことを自分には言うなと言っていたのだろう。
それなのについ口をついてしまい、は焦ったのだ。

オロオロと慌てるに銀は密かに噴出しつつも、
泰衡様のそんな言葉を教えてくれたに感謝した。


「大丈夫ですよさん。聞いていないことにします。」

「え?」


銀は一頻り笑うと、安心させるようににそう声をかけた。
言われたは、始めはわかっていなかったが、
泰衡様の言ったこと、銀は想像がついたのだと気づき、
自分の立場も汲んでくれるのだと理解してお礼を言った。


「泰衡様にも困ったものですね。」


とりあえず鍛錬を中断し、休憩することにした銀。
それならば泰衡様の所へ顔を出すべきかと思い、と連れ立って泰衡様の元へ向かった。

道中、先のことを思い出し、また笑っている。
泰衡様が自分のことを気遣ってくれていたことが余程嬉しいのだろう。
口ではそんな風に言っているが、嬉しそうな銀の様子にも笑った。


「銀さんは…泰衡様のこと大好きなんですね。」


思わず呟いた
もちろん他意はない言葉。
銀は少し驚いたものの、直ぐ笑顔になって頷いた。


「…ええ、もちろんです。」


誰よりも大切な存在。
自分が今こうしているのは誰よりあの方のお陰。
泰衡様に救われなければ今の自分はない。

助けられたことへの恩義が大きかったが、
今ではそれだけではないことを、銀は深く感じていた。

その辺の境遇は銀とは似た所があり、
共に泰衡様に助けられた身、泰衡様への想いは同じだった。

今し方、銀が熱心に鍛錬していたのは全ては泰衡様のため。
が以前、銀に戦闘の技術を学ぼうとしたのも泰衡様のため。
共に泰衡様に仕える従者として…銀もも泰衡様のことが大好きなのだ。


「銀さんの今のお言葉を聞いたら、泰衡様きっと喜びますね。」


銀の答えを聞いて、は嬉しそうに微笑んだ。


「…そうでしょうか?」

「はい、もちろんです!泰衡様も銀さんのこと、大好きですよ!」

「………本当に…そう思いますか…?」

「はい!」


自分が泰衡様を慕っているのは従者である立場としても当然。
それに恩義のある身でもあるのだから。

だが、泰衡様の方が自分のことをどれ程評価してくれているのか、銀は正直わからなかった。
嫌われてはいないだろう、その自信はある。

だが、たまに不安に思う時もあるのだ。
いつも近くにいるからこそ、頼りにされているからこそ、不安に思う時も…。


「泰衡様は銀さんのこととても信頼していますし、
 大切ですから、無理しないで頂きたいんですよ、きっと。」


だから、こんな風に第三者の口からこんな言葉が聞けるのはありがたい。
特に、なら嘘は言わないし、泰衡様が本心を零していてもおかしくはないから。


「…ありがとうございます。」


銀は幸せそうに笑ってに御礼を言い、泰衡様の元へ戻った。
も泰衡様に挨拶をすると仕事に戻り、いつも通り銀は泰衡様の傍に仕える。


「…泰衡様、ありがとうございます…。」


二人だけになって、銀は思わずお礼の言葉を零した。
さっきから聞いた、自分を気遣ってくれたことに対してだけではない。
いろいろ全ての気持ちが篭った言葉。


「?何のことだ?銀。」


さっきの話は秘密。
いろいろ思っている自身の気持ちも秘密。
泰衡様は何も知らないけれど…。


「…いえ、別に。」


それでも、銀は満足そうに笑った。
伝えなくても変わらない気持ち。
泰衡様は大好きな、大切な主人。

これからもずっと…。




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2010.06.06