-特効薬-




自室で書物を片手に薬を作っていた弁慶さん。
集中していたが、部屋の外から聞こえた声に気付いて顔を上げた。


「弁慶様、いらっしゃいますか?」

(おや?)


聞こえてきたのは、鈴の音のような愛らしい声。
今日来るであろうと思っていた人物とは別な声だった。


「これはさん、どうしました?」


弁慶さんは部屋の戸を明けると爽やかな笑顔でその客人に挨拶した。


「こんにちは、弁慶様。銀さんの変わりにお届け物をお持ちしました。
 銀さんは少し急用ができてしましましたので…。」

「そうでしたか。わざわざすみません。
 それ程急ぎでもなかったので後日でもよかったのですが…。
 貴女の手を煩わせてしまいましたね。」

「いえ、そんなことありません。大丈夫ですよ。」


笑顔で挨拶した弁慶さんに、客人の少女『』も、
弁慶さんに負けない程の笑顔で返事をした。



***



弁慶さんはそのままを部屋に招き入れ、
手早く辺りを片付けるとお茶を出した。


「あ、すみません。弁慶様…あのお気を使わず…。」


すばやい弁慶さんの対応には恐縮したが、
弁慶さんは優しい表情のままお茶を勧め話し掛けた。


「いえいえ、せっかくの可愛らしいお客さんですからね。
 おもてなしさせて下さい。」

「はあ…///ありがとうございます弁慶様。」

「どうです?泰衡殿のお世話は?」


弁慶さんは少し含むような言い方でに尋ねた。


「え?いえ、お世話だなんてとんでもないです。
 泰衡様はお優しいですし、お世話になっているのは私の方です。」


は弁慶さんの言葉に少し驚いて首を振るとそう答えた。
弁慶さんは変わらない笑顔のまま、


「そうですか。」


と言うと、ふと天井に視線をめぐらせ、何事か考えているようだった。

はきょろきょろと弁慶さんの部屋を見回し、思い出したように尋ねた。


「そういえば、弁慶様は薬師様でいらっしゃいますよね?」

「ええ。そうですよ。」

「今もお薬を作っておられたのですか?」

「ええ、作り置きの分が少なくなってきたので…」

「さっきのお届け物もお薬なんですか?」

「いえ、さっきのは違います。薬の材料と言いますか……興味がありますか?」


何やら熱心に尋ねてくるに、
弁慶さんは楽しそうな雰囲気になるとそう尋ねた。


「あ…いえ;泰衡様やみなさんに何かあった時、少しでもお役に立てたらと思っただけです。」


弁慶さんの言葉には照れ笑いを浮かべて返事をし、
弁慶さんは微笑ましく思って笑った。


さんらしいですね……
 それじゃあ一つ、取って置きの治療法を教えて上げましょうか?」

「え?」


そして少し含むような笑いをしての耳に囁いた。


「これはやるなら泰衡殿に、大したことはないかすり傷などの時に……」

「はあ…。」



***



「泰衡様!!」


翌日、が泰衡様と歩いていた時、
珍しく慌てた銀の声が泰衡様の名を呼んだ。


「?」


不思議に思い振り向いた泰衡様とだったが、
泰衡様が振り向いたと同時に



ゴッ!!



「!!」


何かが思いっきり泰衡様の頭にぶつかり、泰衡様は思わずその場に膝をついた。


「ややや泰衡様!?だ、大丈夫ですか!?」

「〜〜っ;」


は慌てて声をかけたが泰衡様は痛みで声も出ない様子。


「すみません;泰衡様、大丈夫ですか?」

「馬鹿が…何をしている…。」


銀が慌てて駆け付け謝った時、
泰衡様はやっと顔を上げ、銀を睨み付けた。


「申し訳ありません、慌てていて手が滑ってしまいました。
 すみませんがさん、泰衡様の手当てをお願いします。」

「はい。」


銀は本当に慌てている様子で、
泰衡様にぶつけた物を拾い上げるとそのまま行ってしまった。


「大丈夫ですか?泰衡様?」


が心配そうに声をかけると泰衡様は、


「何でもない、この程度…かすり傷だ。」


と言って、おさえていた額の傷から手を放した。
確かにかすり傷のようだ。


(かすり傷…)


は泰衡様の怪我を見て、昨日の弁慶さんの言葉を思い出し、
銀にも手当てを頼まれと思い、泰衡様の傍に近づいた。


「あの、泰衡様…」

「ん?何だ…り……!?


そして、そっと泰衡様に顔を寄せると額の傷に口付けた。


「っ、!!お、お前…何を…///


泰衡様は驚いて真っ赤な顔を押さえて立ち上がった。


「消毒と手当てを…かすり傷のような怪我は舐めれば治るそうですよ。」

「な…///だ、誰が…」

「昨日、弁慶様が。そういえば、兄様もよく言っていましたし。」

(あの腹黒軍師が……!)


事の元凶となった人物を思い出し、泰衡様は心の中で罵った。
はというと、相変わらずの様子で事の重大さは全くわかっていないようだ。
このままだと…、




「はい、泰衡様。」

「その…こういう事を軽々しく誰にでもやるなよ?」


一抹の不安、泰衡様が必死の思いで言うと、
意外にもはあっさり頷き、


「はい、弁慶様はやるなら泰衡様に、と仰っていました。」


と言った。


「…………」

「?泰衡様?」

(あの男は〜〜!!)


結局は全部弁慶さんの思惑通りだということに気付き、
泰衡様は再度弁慶さんのことを恨んだ。


「……、こんなことで怪我は治らん。
 もうやるな、他のやつも……俺にもだ…。」

「え?あ、はい。」


泰衡様はなんとか平静を保ち極力冷静な口調でそう言うと、
に背を向け歩きだした。


「あの、でしたらきちんと手当て致しましょうか?お薬を…」

「いや、もういい。この程度どうということはない…///


は慌てて後を追いそう言ったが、
泰衡様は振り返らずに赤い顔のまま首を振った。



***



「おい!弁慶!貴様……!」

「おや、これは泰衡殿。どうしました?
 珍しいですね、貴方がわざわざこちらに来られるなんて…。」

「どうしただと!ふざけるな!」


後日、弁慶さんの所へ殴り込みに行った泰衡様でしたが…


「おやおや、困った人ですね。どうせ先日のことでしょう?
 わざわざ僕にそんなことを言いに来るということは、してもらったんですね?
 手当て。さんに?」

「…………っ!」

「よかったですね。如何でした?」

「何が……///

「しかし、だからと言ってわざわざ自慢しに来なくとも…それともお礼ですか?」


「そんなわけないだろう!!」


「泰衡様;落ち着いて下さい;」


すっかり弁慶さんにからかわれてしまいましたとさ……。




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2010.02.11