「金さん」

「わん!」

「今日は銀さんがお留守なので、私がお散歩ご一緒します。行きましょう?」


がそう言うと金は元気良く返事し、嬉しそうに尻尾を振った。





-散歩-




「!わん!」

「あ、金さん!どうしたんですか?」


散歩に行く支度をして、出発しようとした時、
突然金が屋敷の入り口目がけて走って行ってしまい、
は慌てて後を追った。


「金!元気そうだな!」


走っていった金は屋敷の入り口にいた人物に大喜びで飛び付き、
その人物も嬉しそうに金を抱き締めた。


「あ…えっと……九郎様?」

「ん?ああ…お前は確か泰衡殿の…」


金が大喜びで飛び付いたのは源九郎義経殿だった。
九郎殿は声をかけたに目を留めると少し首をかしげた。


「あ、はい、ご無沙汰しております。九郎様。です。」


九郎殿が顔を上げると、は慌てて頭を下げて挨拶した。


「ああ、そうだな。殿、久しぶりだな。」


頭を下げたに九郎殿は優しく笑いかけ、はほっとしたように顔を上げた。


「泰衡殿はいるか?」

「いえ、泰衡様は銀さんとお出かけになりました。」

「そうなのか…」

「お急ぎの御用事でしたか?」


残念そうな九郎殿の様子にが尋ねると、
九郎殿は少し考え首を振った。


「いや、それ程でもないんが…。まあ、また後で来るかな。」


急ぎではないと言いつつも、九郎殿は少し困ったような顔をした。
もどうしたものかと思ったが、行き先は聞いていないのでわからない。

困った雰囲気が辺りに漂う中、それを破ったのは金だった。


「わんわん!」


金は九郎殿の着物を引っ張り頻りに戯れ、
の足元にも走りよりぐるぐる回った。


「何だ、金?」

「散歩に行くところでしたので…」

「ああ、そうか。よし行くか金?」

「わん!」


九郎殿がそう言うと、金は一声高く鳴き、駆け出した。


殿、俺も同行して構わないか?泰衡殿が戻るまで時間もあるようだし…。」

「ええ、もちろんです。金さんも喜んでいますし。」


こうして、と九郎殿は一緒に金の散歩に行くことになった。



***



「金さんは九郎様にすごく懐いておられますね。」


いつもよりはしゃいで、走り回っている金を眺めながら、
は九郎殿に話し掛けた。


「ああ、金を最初に見つけたのは俺だからな。」

「あ、そうなのですか?」

「ああ、連れて帰るか悩んでいた所に泰衡殿が来て飼ってくれることになったんだ。
 最初はどうなるかと思ったが、今も元気でよかった。」

「泰衡様もとても可愛がっていますから。」


にこにこと笑って話すに、九郎殿は少し首を傾げた。


「泰衡殿は金の世話をしているのか?
 俺が屋敷にいた頃は世話をしているのを見たことがないが…?
 それに…可愛がっているのか?」


う〜ん、と考える素振りをしている。
は変わらない笑顔のままで答えた。


「確かにお世話は泰衡様は…、泰衡様はお忙しいですから…。
 でも、可愛がってはおられますよ。金さんが泰衡様に懐いているのがその証拠です。」

「…泰衡殿が金を可愛がっている所など想像できないが…。」


じっとの返事を聞いていた九郎殿は再び首を傾げる。
で、そんな九郎殿の様子にくすくすと笑った。


「確かに泰衡様は九郎様が思われるような可愛がり方はされないと思いますが…
 可愛がられていると思いますよ、金さんのこと。」

「そうか?」

「はい。」


自信満々に頷いたに、九郎殿もほっとしたように笑った。
そしてじっとを見つめていたが、唐突に、ぽつりと呟いた。


殿は…泰衡殿のことを信頼しているのだな。」


はその言葉に少し驚いたように目を開いたが、
すぐにまた笑顔に戻ると、


「はい、もちろんです。」


と、大きく頷いた。


「泰衡様は恩人ですから…。」

「恩人?」

「はい。たくさん…、たくさん、助けられました。」

「……あの泰衡が…」


驚いたように言った九郎殿にはまた笑った。


「泰衡様はお優しいですよ?」

「…ああ、それはわかっている。あれでも御館の息子だし…
 根は悪いやつじゃないんだが…。素直じゃないというか…わかりにくいからな…。」


笑顔で言ったに苦笑いし、う〜んとまた悩む九郎殿。


「弁慶なんかはあれでわかりやすい、可愛い、
 などと言っていたが…俺にはさっぱりだ…;」


などとぶつぶつ言っている。
そんな九郎殿を見ていたは思い出したように言った。


「泰衡様は九郎様のことも大切に想っておられますよ。
 泰衡様が時折話して下さったご友人と言うのが九郎様のことだと最近わかりました。」

「え?泰衡殿が…俺のことを?」

「はい。」


泰衡様が直接的に友人だと言ったことはないかもしれない。
昔の知り合い。その程度の言い方。
けれど、泰衡様が話す内容を聞いていると、
その『知り合い』が好意的な存在であることはよくわかる。

そういった意味合いを含むように話しはしない、淡々とした話。
けど、ほんの少し、気付くものにしか気付かぬ程、ほんの少しだけ、
泰衡様の雰囲気が柔らかく感じられるのだ。
そしてそれが、その『知り合い』のためだとも。

九郎殿は半信半疑な様子だが、熱心に話すの話を聞いていた。
すると泰衡様が意外にも、昔のことを結構覚えていたのだということがわかる。
そして、それをこの少女に話している事実にも、九郎殿は驚いた。

泰衡様は決して名前は言わなかったが、話を聞いていると、
いつも同じ人物を指していることはわかった。
そして、九郎殿に会ってその人物が九郎殿だと言うことも。


「そうですよね?」


泰衡様から聞いた話を九郎殿にし、は尋ねた。


「ああ、確かに。」


九郎殿は頷き肯定の意を示した。

九郎殿はいまいち覚えていないようなこともあったが、
話を聞いて思い出すこともあった。

その時は「馬鹿なやつだ。」「どうしようもないやつだ。」と泰衡様は
叱責してくるばかりで、楽しかった記憶ではないが今聞くと懐かしいような気もする。


「驚いたな…泰衡殿がそんなことまで覚えていたとは…。」


九郎殿はの話を聞いて、感心したように呟いた。


「それに人に話すとはな……。」

「よく話されたわけではないです、稀にです。」

「それでも…あの泰衡が……。」


九郎殿は頻りに感心している。
泰衡様のこと、悪い人だと思ってはいないが、とっつきにくく、
あまり接しやすいとは言えないと思っていた。

だが、この少女はそうではないようだ。
心底頼りにしている様子、そして楽しそうに話す話に彼女が泰衡様に非常に好意的で、
泰衡様もまた、これだけの話をするのは彼女を信頼しているのだろう。

久しぶりに会った泰衡様、相変わらずかと思ったが、少しだけ昔より柔らかくなったかと、
かすかに思ったのは、この少女のせいなのかもしれないな…。と九郎殿は思った。



***



金の散歩を終え、屋敷に戻ってきた九郎殿とは、
丁度外出から戻ってきた泰衡様と銀に出くわした。


「泰衡様!」

…と九郎か…何をしていた?」


泰衡様は二人に目を留めると複雑な表情をした。


「九郎様が泰衡様に御用事があるそうで。」

「お前が留守だったから、金の散歩に付き合いながら待たせてもらった。」

「はい。九郎様がご一緒して下さって楽しかったです。」

「いや、俺の方こそ。」


にっこりと顔を見合わせる二人に、泰衡様はまた複雑な顔をする。


「ふっ…御曹司もお暇なことだな…。」


ため息を吐き、いつものように皮肉な笑いと嫌味を言い、


、お前はもう良いから下がれ。九郎殿、話は中で聞く。銀。」


さっさと皆に指示を出して屋敷に入っていった。


「はい、わかりました。泰衡様。それでは九郎様、こちらに。さん。」

「はい、失礼します。」


泰衡様の後は銀が引継ぎ、九郎殿を案内すると、
は一礼して自分の仕事に戻っていった。

口数は少ないし、相変わらずの態度のようだが、も銀も慣れた様子だった。

良い部下を持ったなと、九郎殿はしみじみと思い、思わず微笑むと、
銀の後に続いて屋敷に入っていった…。




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2009.10.24