-鬼-




とある晴れた天気の良い日。
は庭で洗濯物を干していた。


「今日は天気も良くて風もあるので、洗濯物が早く乾きますね♪」


ここしばらく、悪天候が続いていて洗濯物が溜まっていたので、
久々の晴れやかな天気に、は上機嫌だった。


「〜♪」


鼻歌を歌いながら洗濯をしていて、見ている方も楽しい気分になりそうな程。
そんなに近づいて来たのは金だった。


「わん!わん!」


金は楽しそうなに負けないぐらい元気よくしっぽをふってに飛びついた。


「あ、金さん。」


金に気づいたは嬉しそうに振り向いたが、丁度その時強い風が吹いて、
が持っていた洗濯物が風に飛ばされてしまった。


「あ…!」

「わん!」


二人は慌てて後を追ったが、飛ばされた洗濯物は風に煽られ、
高い木の上に引っ掛かってしまった。


「あ…」

「わん。」

「困りましたね…。」

「くぅ〜ん。」


二人は顔を見合わせ、どうしたものかと悩んだが、
このままにしておく訳にもいかないので、なんとか洗濯物を取る事にした。


「わんわん!」

「大丈夫ですよ、金さん。」


はひょいと、木に手をかけ飛び乗った。
意外と身軽なは木に登るぐらいわけないように、どんどん上へと上って行く。
とはいえ、見つかったら怒られてしまうかもしれないと言う気持ちが少しを急かせていた。

あともう少しで手が届きそうな距離。
もう一つ、枝を上がれば余裕で届いた距離だったが、早く取らなければ…
と思ったは少し無理な体勢で手を伸ばした。


「もう…すぐ……あっ!

「わん!」


あともう少しのところでは足を踏み外し、高い木の上から落ちそうになってしまった。
金も慌てた声を上げ、も慌てたが何とか着地すれば…、
と思った時、地に着くより先に誰かに抱きとめられた。


「危ない真似はやめなさい。」


低く落ちついた声。
驚いたが顔を上げると、目に入ったのは綺麗な金色の髪と青い瞳。


「…リズヴァーン…様?」

「うむ。」


を助けてくれたのは、意外にも九郎殿と神子様の剣の師であるリズ先生だった。


「す、すみません;リズヴァーン様;」

「どこか怪我は?」

「大丈夫です!」

「そうか。」


は慌てて謝り、の慌てた様子を見ると先生はを下ろしてくれた。


「あの、ありがとうございました。」

「うむ。」


は改めて先生に御礼を言って頭を下げたが、
ふと手元を見ると取ろうとしたはずの洗濯物がない。


「あれ?」

「どうした?」

「あ…えっと…。」


困ったが慌てて上を見ると洗濯物はまだ木の上にあって、風に靡いていた。


「……あ;」


もう少しのところだったが結局取ることができなかったようだ。
がガックリと肩を落としたのを見て先生は不思議そうな顔をしたが、金が、


「わん!」


と鳴くと、先生も上を見て、
木に引っ掛かっている洗濯物を目に留めると、


「待っていなさい。」


と言ってふっと姿を消した。


「え?」


は驚いて声を上げたが、瞬きしている間に先生は戻っていて、
洗濯物をに渡した。


「これだな?」

「あ、は、はい!そうです!」

「以後、気をつけなさい。」


先生は何事もなかったかのように平然としているが、
は不思議そうに手元の洗濯物と、さっきまで洗濯物が引っ掛かっていた木の上を交互に見た。
実際に上って取ろうとしたのだから、随分高い場所に引っ掛かっていたことは身をもってわかっている。
それなのに先生はほんの一瞬で洗濯物を取ってきた。
それに木に上ったというわけでもなさそうだ。
いくらなんでも上って取ったなら早すぎるし、先生は確かにの目の前で消えたのだから…。


「あの…リズヴァーン様?」

「何か?」

「今の、どうされたんですか?」

「………」


率直なの言葉に、先生は一瞬言葉に詰まった。
たが、の表情は力を恐れたり、訝しむようなものではなく、
純粋に興味からの問いだということが見て取れた。

先生は少し躊躇ったが口を開いた。


「私は…鬼…鬼の一族。今のは一族の力だ…。」

「鬼?」

「そうだ…古より恐れられた一族だ…。」

「……そうなんですか。」

「…そうだ。」

「そうですか。」


低く呟かれた言葉。
恐れられた、と恐怖を引き出すような声と言葉だったが、はあっさり返事した。
まったく普通の反応、拍子抜けする程の…。


「じゃあリズヴァーン様と同じ一族の方しかできないんですね。」

「そうだ。」

「残念ですね、便利ですのに…。」

「…………ふっ」


むーと唸り、本当に残念そうな顔をしたに先生は思わず吹き出した。


「え?え?ど、どうかなさいましたか?リズヴァーン様;」


くくっと笑いを堪えるように口元を押さえている先生。

鬼の一族。

容姿だけでもそのことを知るものは恐れを抱き、畏怖するというのに……。
鬼の一族のことを話しても全く臆することなく、
むしろその力を便利だと言って羨ましがるとは。

笑いを堪えている先生をは不思議そうに見ていたが、
先生が笑っていることに気付くと嬉しそうな顔をした。


「ありがとうございました…リズヴァーン様…。」


そして告げたのは心からの感謝。
迷いない優しい笑顔と暖かい言葉に、先生も優しく微笑んだ。



***



「機嫌が良いな。」


が洗濯物を持って屋敷の方へ戻ってくると、丁度泰衡様と出くわした。
何やら機嫌の良いに泰衡様は何気なく声をかけた。


「泰衡様!」

「わん!」


は泰衡様に気付くと嬉しそうに笑い、
後ろをついてきていた金も鳴いた。


「何かあったのか?」


理由を尋ねた泰衡様に、は嬉しそうに笑うと、


「今、リズヴァーン様とお話しまして。」


と言った。


「リズヴァーン?……ああ、九郎の師か…。」

「はい、九郎様と神子様のお師匠様ですね。」

「……」


何だか妙に機嫌が良くて嬉しそうなの様子に、泰衡様は複雑な顔。


「……この屋敷内にいたのか?勝手に…」


怒っているかのような泰衡様の雰囲気には慌てて弁解した。


「あ!あの!勝手にと言いますか;私が、私を助けて下さったんです!木から落ちそうに…」

「何だと?木から落ちただと!?」

「……あ;」


思わず口を突いた言葉に、は慌てて口を塞いだがもう遅い。
泰衡様はすっかりご立腹の様子でを怒鳴りつけた。


!お前!危ない真似はするなと何度も!」

「す、すみません泰衡様!申し訳ありません!」


泰衡様にばれたら絶対に怒られるのはわかっていたから
急いで取ろうとした結果なのに、
自分で暴露してしまい、はひたすら謝るしかなかった。


「……それで、怪我はないのか?」


ふと優しい声音になった泰衡様は少し照れたような顔でそう言った。
は一瞬驚いた顔をしたが、すぐ嬉しそうに笑うと、


「はい、平気です。」


と答えた。


「そうか。」


の笑顔に、泰衡様も機嫌が直ったかと思われたが…、


「リズヴァーン様のお陰です。リズヴァーン様は凄いですね。
 さすがは九郎様と神子様のお師匠様です。」


にっこりと笑顔で言ったにまた不機嫌になった。


「高い木の上に一瞬で移動して、洗濯物を取って下さって!
 鬼の一族の力だと仰っていました。」

「鬼の一族……」

「何か特別な一族の方は特別な力をお持ちなんですね。」

「…………」


は鬼の一族と言うのがどういうものかわかっていないのだな、
と泰衡様は合点がいった。
むしろ何処か誇らしげなは自分達と重ねているのかもしれない…とも。


「お前…お前たちにも何か特殊な力が?」

「そうですね…『雪花の舞』とかは特別な力と言えるかもしれません。」

「雪花の舞?」

「はい。春を呼ぶための舞です。」

「ふん…。」

「それにしても…」

「何だ?」


が少し考えるように呟いて、泰衡様は尋ね返した。


「あ、いえ。そういう特別な力は教えようとして教えられるものではないんですね。
 リズヴァーン様も仰っていましたが…。
 私たちの舞も、同じ舞を人間の方が舞っても意味はないと兄様も言っていました。」

「まあ、そうだろうな…。」

「そうなると……」

「?」

「もしも、リズヴァーン様と私が結婚をしてお子様に恵まれたら、
 リズヴァーン様のようなお力と、私の雪花精の力の両方を持った子供が生まれるんでしょうか?」

「……な!?///

「それなら凄いですね。」


事もなげに言った。全く他意がなく、深い意味も全くないから言える言葉で、
さらりと言った言葉だったが……


「そ、そんなこと……」

「はい?」

「そんなこと俺は絶対に認めん!絶対に許さんからな!!」

「は!はい!?」


泰衡様は大声でを怒鳴りつけた。
泰衡様のあまりの剣幕にさすがのも怯え気味で、声を聞き付け銀も飛んできた。


「どうなさいましたか!?泰衡様?……さん?」

「いえ、あの私…;」


すっかり怯え、混乱しているを見て銀は不思議そうな顔をしたが、
泰衡様は構わず低い声でに話し掛けた。


…」

「は、はい!!」

「わかったか?絶対だ。絶対に許さんぞ?」

「は、はい!わ、わかりました!」

「…ふん」


泰衡様は一先ず激しく首を縦に振って頷いたに満足したのか、
着物を翻しその場を後にし、


「泰衡様、お待ち下さい;」


銀は慌ててその後を追っていった。


「………………」

「わん!」

「……!」


一人残され茫然と立ち尽くしていたは金の声に我に返り、
気が抜けたようにその場にへたりこんだ。


「くぅ〜ん。」

「金さん…」


金は心配そうにに擦り寄り顔を舐めた。


「あ、ありがとうございます…大丈夫です……少し…驚いただけで…;」


は金の頭を優しく撫でると、


「泰衡様……どうしてあんなに怒られたんでしょう……?」


と不思議そうにぽつりと呟いた。




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2011.05.22