-お土産-



「さてと…今日はどうするかな…」


熊野の頭領、藤原湛増こと、ヒノエ殿。
愛しの神子様も出かけてしまったため、手持ち無沙汰に町を歩いていた。
父湛快殿が泰衡様の後見人でもあるため、平泉の地を訪れるのは初めてではない。
むしろ詳しい方だろう。
慣れた様子で町を見回り、市に顔を出し、ふと目に付いた人物を見て楽しそうに笑った。


「今日は泰衡のやつをからかってやるか…」


そう呟くと、さっとその人物に近づいて肩を抱くと声をかけた。


「やあ、麗しい雪の姫君♪」

「え?」

「今日は一人で買い物かい?」

「あ、ヒノエ様。こんにちは。」


にこっと笑顔を見せてくれた少女にヒノエ殿も微笑んだ。



***



「ヒノエ様もお一人なんですか?」

「そう、今日は…少しね。
 けど愛らしい雪の姫君に会えたから、一人で出かけたかいがあったよ。」

「……ありがとうございます///


パチッと片目を閉じてそう言ったヒノエ殿には照れたように苦笑いした。
今日はなんとなく一人で町をぶらついていると言ったヒノエ殿。
実はも珍しく仕事ではなく、私用だった。
と言っても用事でもないので同じですね、と、が笑うと、
ヒノエ殿は嬉しそうに笑って、


「それならオレが案内しようか?」


と言った。


「え?ヒノエ様がですか?」

「そう、ご不満かな?」

「え!いえ、とんでもありません。光栄です。」

「ならお手をどうぞ、雪の姫君?
 大丈夫、後悔はさせない。最高の一日を約束するよ


自信満々なヒノエ殿はそう言い、の手を取り口付けした。

こうして二人、町をぶらつくことになったが、
あちこち歩いては話も尽きず、珍しいものをいろいろ見せてくれたりするヒノエ殿に、
はしきりに感心し、全く退屈することもなかった。


「すごいですね、ヒノエ様。」

「ん?」

「どうしてそんなにお詳しいのですか?」


客人と言う立場であるはずなのに、よりも圧倒的に平泉に詳しいヒノエ殿。
目を丸くして尋ねたにヒノエ殿は余裕の笑顔で答えた。


「愛らしい姫君のためならこの程度当然。喜んでもらえたかな?」

「はい!楽しいです。泰衡様や銀さんにも見て頂きたいと思うものもたくさんでした!」


そんなヒノエ殿に、も嬉しそうに笑って答え、
の答えに含まれていた名前を聞いてヒノエ殿はふっと笑うと、
顎に手を当てて呟いた。


「雪の姫君は本当に泰衡のことが好きだね。
 オレといるのに姫君の心が泰衡のところにあると思うと少し妬けるね。」

「え…そんなことは…ただ、泰衡様には感謝しても仕切れない程お世話になっていますので、
 何かできることがあったらといつも思っていますし…だから…」


ヒノエ殿の言葉に少し驚いた顔をしただったが、
すぐにいつもと変わらない笑顔でそう言った。

好意と信頼、深い意味はないとしても、
いつでも一番の心を占めているのは泰衡様であること、ヒノエ殿は十分感じたのだった。

そんなを微笑ましく思って眺めていたヒノエ殿だったが、
思いがけず反撃を受けた。


「それに、ヒノエ様もいつも神子様のことをお想いですよね?」

「え?」


さらりと言われた言葉。思わず聞き流しそうになってしまった。
もちろんこの少女の言葉なのだから深い意味はないだろう。
だが、それでも少し鼓動が早まる気がした。


「どういう意味だい?」


表面上はいつもと変わらない余裕の笑顔で尋ね返したヒノエ殿。
もいつもと変わらない笑顔のまま答えた。


「ヒノエ様が神子様のことをお好きだということです。」

「…それはもちろんそうだよ?けど、今は雪の姫君と共にいるんだ。
 他の姫のことを思ってるなんて失礼なことはしないよ。」


ふふっと余裕のあるように言ってかわしたつもりだったが、
はまたにっこり笑うと、いいえ、と首を振った。


「先程ヒノエ様が髪飾りを見立てて下さった時に、私が神子様にも何か贈り物を?
 と尋ねた時、ヒノエ様随分悩まれたのでは?」

「!」

「ほんの一瞬でしたけど……ヒノエ様が神子様のこと、大切に想われていることよくわかりました。」

(……そうかあの時)


の指摘に、ヒノエ殿は驚いた顔になり頭をかいた。
そう…の言ったことは当たっていた。

に髪飾りを見立てた時、は神子様のことを口にした。
贈り物をすれば喜ぶのでは?と。そう言われ、ヒノエ殿も神子様のことを思った。
ほんの一瞬。贈り物を渡した時、それは喜んで美しい笑顔を見せてくれるだろう…と。
そう思うとぜひ神子様にも何か買いたかったが、今はと共に居るからと、その場では考えないようにしたのだ。

だが、そんな微かな心情、まさかこの少女に見抜かれていようとは…。


「まいったね…」


ヒノエ殿は観念したように頭をかいた。
ほやっとした雰囲気や見た目、鈍いと称されていた少女なのに
まさかそんなに観察眼に優れていようとは…。

だが、真っ直ぐ澄んだ瞳は真実を見通すようで…、
だからこそ泰衡様のことをそこまで信頼してるのかもしれないともヒノエ殿は思った。

皆に対する態度は厳しく、誤解されがちな泰衡様。
だが、心根は純粋で真っ直ぐであること、この少女は気づいているのだと…。

そして、神子に対する自分の気持ち。
まだそこまではと思っていたのに、本当はすっかり心は神子姫に。
まさかこの幼い雪の姫君に言われて気づくなんて…。

ヒノエ殿は自嘲気味に苦笑いした。


「……あの、ヒノエ様?」


何やら長いこと考え込んでいたのか、気づくと少女が不思議そうに自分を見ている。


「ああ…ごめんごめん。なんでもないよ。…敵わないな、雪の姫君。」

「へ?」


ヒノエ殿は照れた顔を隠すようにの頭を撫でた。
当のはというときょとんと不思議そうな顔。
すべて無意識での言葉。大したものだ…とヒノエ殿は半ば呆れた。


「さて、せっかくだから泰衡殿にも何か見立てようか?
 雪の姫君からの贈り物ならきっと喜ぶよ。」

「ホントですか?」

「ああ、まかせて♪」


無邪気な姫君にせめてものお礼とそんなことを言って、
二人は引き続き町へ繰り出した。



***



「やあ、泰衡。」

「…なんだ、お前か。」


翌日。ヒノエ殿は珍しく伽羅御所へと足を運んだ。
昨日のことがあったから、なんとなく様子を見に来たのだ。


「……へぇ、やっぱりね。」

「何だ?」


ふと泰衡様の手元を見て、ヒノエ殿は楽しそうに呟いた。
その言い方が気に障ったのか泰衡様が厳しい顔になると、ヒノエ殿は楽しそうに続ける。


「そ・れ♪雪の姫君のお土産だろう?まさか律儀に使ってるとはちょっと意外だったよ。」

「!」


ヒノエ殿が指差したのは泰衡様が持っていた書物に挟まっていたしおり。
泰衡様は慌てて隠したが、何故知ってる?とでも言うようにヒノエ殿を睨んだ。


「だって、オレも一緒に選んだからね。」

「何?」

「しかし、泰衡がここまであの雪の姫君に弱いとは思わなかったよ…ま、可愛いもんな。」

「……貴様、何が言いたい?」

「ふふっ、別に♪」


何だかすっかり険悪になりつつある二人の雰囲気だったが、
そこへ丁度話をしていた人物が…。


「泰衡様、…あ、ヒノエ様こんにちは。」

…」

「やあ、雪の姫君、昨日はどうも。」

「いえ、私の方こそ。ありがとうございましたヒノエ様。」


にっこり笑って顔を見合わせる二人に、泰衡様は怖い顔…。




「はい、泰衡様。」

「昨日…とは何のことだ?」


どうも怒ったような雰囲気の泰衡様には少し怯み気味に答えた。


「あ…あの;昨日は町でヒノエ様にお会いして…町を案内して頂きまして…」

「…………」

「せっかくのお休みに一人は寂しいからね♪」


対するヒノエ殿は非常に楽しそうだ。


「その…泰衡様にお渡ししたしおりもヒノエ様が選んで下さったんです。
 泰衡様がお持ちになるならもう少し…その…使いやすいとものを…と。
 泰衡様に喜んで頂けてよかったです。」

「…………」

「雪の姫君が選ぶものは可愛すぎるからね、
 泰衡みたいな無骨な男には似合わないから。」

「……うるさい。」


ふふっと楽しそうに言うヒノエ殿をギロッと睨み付けると、
泰衡様はそのままに向き直って何事か言い掛けた。
が、どうも怯えている様子のに言葉に詰まった。

今口を開けば恐らく口を突くのは小言か説教だろう。
しかも自分の私情丸出しの八つ当りの…。

昨日、がヒノエ殿と会っていたなど知らなかったし、
お土産もまさかヒノエ殿が選んだものだったなど夢にも思っていなかった泰衡様。

が言わなかったのは隠していたわけではなく、
聞かれなかったからだと言うこと、わかってはいる…が…。


「…………」

「…………」


複雑な心中は変わらない。
不安そうな泣きそうな顔で見上げるの瞳を見ると何も言えなくなり、
辺りは沈黙…。

と、動いたのはヒノエ殿で、泰衡様の肩に手をかけるとふっと笑って、


「そのお土産はオレがわざわざ選んでやったんだから、
 泰衡も今度お礼にオレに何か見立ててみなよ。」


と言った。


「…は?」

「相手に見合う贈り物を選ぶセンスがあるか…見たいね。」

「……何だと、」


挑発的にそう言ったヒノエ殿をまた不機嫌そうに睨み付けた泰衡様だったが、
ヒノエ殿は気にせず、今度はに声をかける。


「ねぇ、雪の姫君。」

「え、あ、はい!」

「次はオレのために泰衡と一緒に何か買いに行ってね♪」

「はい、昨日のお礼は必ず。」

「楽しみにしているよ。」

「はい。」


さり気なく言ったヒノエ殿の言葉。
は然程気にせず返事をしたが、泰衡様はヒノエ殿の意図に気付いて目を丸くした。


「お前…、」

「はいはい、礼は良いから。」

「な!だ、誰が貴様など…!」

「じゃ、精々仲良くしなよ♪」


ひらひらと手を振り、まだ何事か後ろで文句を言っている
泰衡様を尻目にヒノエ殿は屋敷を後にした。


「まったく…世話のやける…。」


楽しそうに笑ってそう呟いて。




戻る




2009.12.13