-鎖-



「………」


何だか視線を感じて敦盛さんは顔を上げた。
見れば、藤原泰衡殿の所に勤めている少女がじっと自分の方を見ていた。
……名前は確か…。


殿…何か?」


あまり顔を合わせることはないが、一度銀と一緒に来ていて、
その時の自己紹介で聞いていた名を思い出し、敦盛さんは声をかけた。

敦盛さんに名前を呼ばれ、少女、
は少し驚き申し訳なさそうな顔をして謝った。


「あ…すみません…;」


はじっと見つめていたことで、不快な思いをさせたかと慌てたようで、
敦盛さんもまた、言い方が悪かったかと慌てて謝った。


「いや、謝ることは…私が何か…。
 貴方の気に障ることでもしたのなら…私こそすまない…。」

「いいえ!とんでもありません!!」


敦盛さんに謝られ、はまた慌てた。
ぶんぶんと激しく首を振って否定し、
少し考えるような素振りをした後、躊躇いがちに口を開いた。


「あの…少し気になってしまって…。」

「何か…?」

「その…敦盛様の手の…鎖…ですか?」


敦盛さんの手を指さして、は何故か暗い顔をして尋ね、
敦盛さんが言われて手を上げると、ジャラッと鎖が擦れる音がした。


「……ああ、これか…。」

「痛く……ないんですか?」


不安そうな顔で尋ねるに、敦盛さんはふっと笑ったが、
すぐに辛そうな顔になり小さく呟いた。


「これは私の戒めだから……。」

「戒め?」


敦盛さんの返事にが不思議そうな顔をしたが、
敦盛さんは顔を伏せたまま続ける。


「私の……身は穢れているから、こうして戒めておかないと…。」


ぐっと鎖を握り締め、辛そうに呟く敦盛さん。
はそんな表情に絶えられなくなった様に大きな声を出した。


「そんな!そんなことないです!!」

「!!」

「そんな…そんなもので、体も心も縛っておくなんて悲しいです。
 戒めなんて…。」


突然大声を出したに、敦盛さんは驚いた顔をしたが、
は沈痛な表情のまま言葉を続けた。


「敦盛様にどんな戒めなければならないことがあるのかは存じませんが、
 敦盛様ならそのお気持ちだけでも十分……こんなものに頼らなくとも…!」


辛そうなの表情に、敦盛さんは呆気に取られていた。
にとっては「」は決していいものではない。
良い思い出はなく、辛い過去…。
そんなものに縛られている敦盛さんが気の毒に見えたのだ。

は必死に言葉を続けると、敦盛さんの鎖に手を伸ばし、
敦盛さんはそこで慌てて我に返った。


「!!ダメだ!私に触れては…!」


バッと腕と鎖を隠すようにした敦盛さんには驚き申し訳なさそうに顔を伏せた。


…あ、すみません…;
 出過ぎた真似を………申し訳ありません…;」

「あ…いや、すまない…。
 そういうわけでは…貴方に何かあったら泰衡殿に申し訳が立たないから…。」

「え?」

「いや、ありがとう…。
 貴方のその言葉だけでも十分嬉しい。
 気持ちを……しっかり持つことも大切なのだな…。」


敦盛さんは慌てて謝ったが、ふっと嬉しそうな顔をしての顔を見つめた。
ずっと辛そうだった敦盛さんの表情が緩んだことに、はほっとし、
堪らなく嬉しくて、満面の笑顔を見せた。


「……はい!」


そんなの笑顔を見て、敦盛さんはふっと微笑むと、


「…貴方は不思議な人だな。」


と言った。


「……え?」

「神子殿に…少し似ているかもしれない…。」


ふと顔を伏せ、それでも柔らかい表情のまま確信を持ったように敦盛さんは呟いた。
落ち着いたような雰囲気になった敦盛さんだったが、その言葉に今度はが慌てた。


「え!?そ、そんな…滅相もないです!
 私はそんな;神子様のようなご立派なことは何も…;;」


ぶんぶんと激しく首を振って慌てるに、せっかく落ち着いた表情になっていた
敦盛さんの表情がまた困ったものになった。


「い、いや;すまない…;
 その…そういうことでは…;;」

「……は、はい;」

「「……………;」」


先程までの重い空気はないものの…お互い言葉をなくして沈黙。
せっかく話をしてくれ、打ち解けてきたかと思ったところだったのに…。

また、困ったような、焦ったような表情になってしまった敦盛さんに、
自分のせいで会話を終らせてしまったと、責任を感じたは、
意を決したように顔を上げ、敦盛さんに話しかけた。


「……あの、敦盛様?」

「な、何か?」

「あの……敦盛様は笛がお得意だとお聞きしました…。
 宜しければ、何か…一曲お聞かせ願えますでしょうか?」


そう言われ、少し驚いたように顔を上げた敦盛さんだったが、
少し照れたような苦笑いのようなの表情を見て、ほっと安堵の息を吐くと、


「………喜んで…。」


と、優しく微笑んで笛を吹いてくれた。



***



「泰衡様!」

「隣か…帰ったのか…。」

「はい、ただいま戻りました。」


夕刻、高館から戻ったはさっそく泰衡様の下へ報告に上がった。


「何もなかったか?」

「?はい、神子様たちは皆さんお変わりなく…お元気でいらっしゃいましたよ。」

「……そうか。」


元よりを高館へ行かせる事をよしとしていなかった泰衡様は、
少し不機嫌そうな様子のままの報告を聞いていた。

はそのことには気付かずに嬉しそうな顔をすると、
今日あったことを話し始めた。


「今日は敦盛様が笛を聞かせて下さいました!」

「……ああ…あの平家の…。」


泰衡様は少し眉を潜めると、そう呟き、
それを聞いては思い出したような顔をした。


「……あ、そうですね。敦盛様の姓は確か…。」

「……フン…平家の落人か…」


不機嫌な様子のまま冷たく言い放った泰衡様には少し慌てて弁明した。


「あ、あのでも!敦盛様はとてもお優しい方ですよ。」

「………」

「怨霊のことも…とても気にされていて…」

「怨霊も元はと言えば平家が…」

「それに…!笛が!
 笛がとっても美しくて、お優しい……。
 本当にとても優しい音色を奏でられる方でした!」

「……………」

「あ、あの…ですから…;」


はなんとか泰衡様に分かってもらおうと必死に言ったが、
何だか逆に泰衡様の表情は険しくなっていくばかりだった。
とは言え、一生懸命なの言葉に泰衡様も折れ、大きく息を吐くと、


「……わかった。」


と言って、頷いた。
は、少しほっとするとまたすぐ笑顔になって、


「泰衡様も一度敦盛様の笛をお聞きになられては如何ですか?
 本当にとても素敵でしたよ?」


と、泰衡様に勧めた。
泰衡様はふいっと顔を背け、


「気が向いたらな…。」


と、答えるだけで、やはり何処か不機嫌な雰囲気。
はなんとか機嫌を直して貰おうと、必死になったが…。


「あの…私、敦盛様にお願いしてみましょうか?」



「はい?」

「…………お前はもういいから…大人しく屋敷にいろ…。」

「?は…はい…?」


泰衡様はそう言うとそのまま部屋に戻っていってしまった。
は呆気に取られていたが、何気に威圧感のあった最後の言葉に、
しばらくは大人しく屋敷で謹慎しましたとさ。




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2010.10.25