-花-



「こんにちは、」


高館へ顔を出したは甘い香りに誘われるままに屋敷の庭へ足を運んだ。


「わ…すごい…。」


そして目にしたものは色鮮やかに咲き誇る花々。
自分も屋敷の庭の手入れを担当している身だから尚のこと、
隅々まで手入れされている美しい庭にすっかり圧倒されてしまった。


「あれ?君は…?」


庭を眺めていた所へ声をかけられ、
振り返ると緑色の髪の眼鏡を掛けた青年が立っていた。


「…確か…、ちゃん?だよね?」

「あ、はい。すみません、勝手にお邪魔してしまいまして。
 あの…神子様はいらっしゃいますか?」

「先輩は少し出かけてるよ。」

「あ、そうなのですか…。」


返事を聞いて明らかにが残念な様子をしたので青年はスクリと笑った。


「すぐ戻ると思うよ。待ってるかい?」

「え、よろしいのですか?」

「うん。」

「ありがとうございます、えっと…」

「俺は有川譲だよ。」

「あ、はい!ありがとうございます、譲様。」


にっこり笑ってお礼を言ったに譲殿も微笑んだ。



***



「高館のお庭は見事ですね。」


屋敷内にを案内し、お茶を出してくれた譲殿にはそう話し掛けた。
自分も屋敷の庭の手入れを担当しているからよくわかる、
こんなに綺麗にしてもらえて、大切にされて、庭も花も喜んでいるだろうと、
心底嬉しそうに話すに譲殿はすっかり照れて苦笑いした。


「ありがとう…///そんな風に言ってもらえると苦労したかいがあるよ。」

「え?…あ、もしかしてお手入れは譲様がされているのですか?」

「うん…まあ、一応ね。」

「そうなんですか!凄いです!」

「そんなことないよ。」

「いえ、あります。お花たちを見ているとよくわかります。
 譲様が如何に大切にされているのか。」


にっこりと全く退くことのないに譲殿はますます真っ赤になっていくが、
は気付いていないのか、頻りに誉めまくり、最後に遠慮がちに言った。


「あの…譲様…お願いがあるんですけど…」

「ん?何?」

「もしよろしければ、お庭のお手入れのコツを教えて下さいませんか?」



***



のお願い、譲殿が断るわけもなく、現在二人は庭にいた。


「それでこの花はあまり水をやらない方がいいんだよ。」

「なるほど…そうなのですか…。」


細かく説明をしてくれる譲殿に対し、も一生懸命話を聞いていた。
それぞれの花の特徴なども聞いていたは、ふとあることに気付いた。


「そういえば、この花は他より多いですね。」


バランス良く、いろいろ植えられているが、比較的全体を締めている花があった。
がそのことを尋ねると譲殿は、ああ、と気付いたように頷き、


「その花は先輩の好きな花だから…」


とそこまで言って、慌てて口を閉じた。


「神子様の?…神子様のためなんですね。」

「…まあ…ね///


熱心に聞いてきて、話していたため、ついつられるように言ってしまい譲殿は赤くなった。
はじっと花を見つめていたが譲殿を振り返ると、ぱっと明るい笑顔になり、


「譲様は神子様のことがお好きなんですね。」


と言った。


「え!…いや///俺は…///

「神子様のためにこんなにもされていて、きっと神子様も喜んでおられますよ。」


真っ赤になって狼狽えている譲殿とは対照的に、は全く怯まない、
変化のない顔だ。どうやら深い意味はないらしい。


「……あの…ちゃん?」

「はい?」

「……いや、なんでもないよ…;」


譲殿は慌てたが、がわかっていないなら、意味がないならと、
余計なことを言うのはやめた。墓穴を掘ることになりかねない…。

なんとなく沈黙してしまったが、は庭の花をじっと見つめたまま、何事か考えていた。



***



「泰衡様、」

「ああ、お前か…帰ったのか…。」

「はい、ただ今戻りました。」


屋敷に戻ったはすぐさま泰衡様の下へ向かった。
もちろんいつも高館へ行った後は必ず泰衡様に報告をしなければいけないのだが、
今日はそれだけではない。


「どうした?今日は何かあったのか?」


少し慌てているようなの様子に、泰衡様は訝しげな顔をした。


「いえ、今日は譲様にお庭のお花のことを教わりました。
 譲様はいろいろとお詳しくて、高館のお庭はとてもお綺麗でしたよ!」

「……そうか。」

「泰衡様も一度御覧になられては如何ですか?」

「…………機会があればな。」

「はい、是非。」


何だか妙に機嫌の良い
にこにこと笑顔で話す内容は譲殿のことで、称賛や尊敬の言葉ばかり…
いつものことだが泰衡様はまた不機嫌になっていた。

と、唐突には泰衡様に尋ねた。


「泰衡様のお好きなお花は何ですか?」

「……は?」


あまりにも突然で、今までの話からも全く繋がらない問いに、
泰衡様は一瞬間抜けな顔になりに聞き直した。


「……何だ…いきなり…。」

「あ…いえ、すみません;あの…;」


泰衡様に尋ねられ、あまりにいきなりだったことにも気付いて慌てて謝った。
それでもすぐ嬉しそうな顔に戻ると、ゆっくりと話し始めた。


「あの…譲様が高館のお庭を大切に手入れされているのは神子様のためだそうで、
 神子様のお好きなお花もたくさん植えられていたんです。神子様が喜んで下さるようにと。」

「…………」

「だから私も泰衡様に喜んで頂けるように、泰衡様のお好きなお花を植えたいと思いまして…。」

「……っ///


にっこりと満面の笑顔で言ったの言葉に泰衡様はたちまち真っ赤になった。


「あの、教えて頂けますか?」


真剣な顔で聞いてくるに泰衡様はどう答えたらいいものかと返事に窮した。
こんな風に聞かれ、こんな顔されてはそんなものない、などとは言えない。
とはいえ、花など詳しくもないし、いきなりで思いつくわけもなかった。


「……考えておく」


とりあえずそう言ってその場は誤魔化した。

その後、に返事をするべく悩んでいた泰衡様の下へやってきたのは銀。
一体どこでその話を聞いてきたのかわからないが、悩んでいる泰衡様に銀は…。


「泰衡様、そんなに悩まずとも…」

「何だ、銀?」

さんには、
 『貴女が逢いに来て下されば花などなくとも十分ですよ。』 
 とでもおっしゃって下さい。」

「…………そんなこと言えるわけないだろう…。」


全く無茶を言う銀だった…。




戻る




2010.03.28